たまには褒めたりしますよ
午後授業はリィティカ先生の組と合同だ。
こんなにテンションあがる日は学園始まって以来と言える。
ひどい筋肉痛でも無理矢理、出てきたのはコレが理由だ。
もう一度、言いましょう。
午後はリィティカ先生との合同授業です。
日数的にもリィティカ先生の合同授業は少なく、今日を逃せば合同制の最期までリィティカ先生との授業はおあずけなのです。
そりゃ、気合も入ろうものです。
心なしか身体が軽い。
引き攣るような筋肉の痛みもどこかに消えてしまったようにすら感じます。
間違っても昼ご飯が原因だと思いたくないです。
あの魔女の窯が何らかの化学物質で身体に影響を与えている可能性も否めないが、そんなものよりリィティカ先生の御尊顔のほうが百倍、元気が出るのは当たり前なのです。
「あ、ヨシュアン先生ぃ」
先に儀式場で待っていたのは小さく手を振って自分を迎えてくれる、微笑みのリィティカ先生。
あぁ、こうしているとデートの待ち合わせのようではありませんか。
「君たちがいなければ……」
「それはどういう意味ですの? 先生」
ジト目で自分の本意を疑うクリスティーナ君。
自分の後ろには午前授業の移動教室の時みたく、ぞろぞろと生徒たちがついてきてます。
「いいですか。リィティカ先生は心優しく穏やかな方なので、くれぐれも、くーれーぐーれーも! リィティカ先生が驚くような奇っ怪な真似はしないように」
「なんで改めてそんなこと言い出すかな?」
疑惑の眼差しを向けるマッフル君。
「合同授業の度に言っていると思いますよ?」
「ホームルームでよく言われていますが、念押しされたのはこれが初めてです」
漆の瞳を射抜くように向けるエリエス君。
「はっは~ん。さては先生はあの人に欲情してるでありますね」
とたん、キャーと沸き出す生徒たち。
言ったそばからこれだ。ほらご覧なさいリィティカ先生が不思議な顔をされていらっしゃる。
あとセロ君? どうして君は真っ赤な顔でもじもじしてるのかな?
まるで告白された女の子みたいな顔をしてますが。
「リリーナ君。言葉は正しく使いなさい殴りますよ」
「違うでありますか?」
「直球ど真ん中でストライクですが何か?」
自分はまったく悪びれもない、真顔でした。
子供の茶化に全力でマジレスする自分がいました。
「「「うっわぁ~……」」」
エリエス君とセロ君以外、ドン引きした。何故だ。
でもってセロ君がとうとう顔を覆ってイヤイヤ首を振ってます。耳まで真っ赤ですよ。耳年増ですか。
「先生が大人ですぅ~……」
何がですか。何をつぶやいてるんですか。
恋に興味津々なお年頃ですかそうですか。
「先生は甘えたい人ですか?」
「ド直球で何を聞いてきているのですかエリエス君」
「女性心理的に」
「先生は男性です。勝手に女性にしないの」
「大差ない」
だから、なんで皆して物言いたげな表情なんですか?
「癒されたいんですよ身も心も。ほら、変な話してないでさっさと儀式場へいく」
自分の半生振り返って、癒やしを求めて何が悪い。
殺伐とした荒野のような心に一雫の潤いを求めたって誰が糾弾するっていうんですか。神様すら助けてくれないっていうのに。
うん。例え生徒たちがこっちを見てヒソヒソしていたとしても、癒やしを求める乾き者な心は止められないのです。
リィティカ先生と挨拶して、それから軽く授業の概要を説明する。
さすがリィティカ先生はちゃんと理解してくれたようで何度も頷いてくれた。
「お話の通りぃ、生徒たちには儀式服を着させてませんがぁ……、大丈夫なんですかぁ? ウチの子たちは術式が苦手でぇ、私も苦手なのでどうしたらいいのかぁ」
「あー、まず儀式服の意味はご存知ですよね?」
「え~っとぉ、儀式服って術式が使いやすくなるって服ですよねぇ?」
リィティカ先生の仰ったような誤解が多いのですがこれは間違いです。
「いいえ。術式に使われる源素は二種類あります。空気中に含まれる『外源素』。動植物の内側にある『内源素』です。儀式服はどちらかというと『内源素』を整える性質があるのです。しかし、どちらが扱いやすいかと問われれば『外源素』です」
突然、始まった講義に生徒たちが慌てて注目し始める。
いや、授業じゃないんですが……、まぁいいでしょう。
「授業は『外源素』の操作を中心にしていきますから、実は儀式服は必要なかったりします」
「え、え~? そうなんですかぁ? それじゃぁ……」
「いえ、確かに『内源素』を整えると集中力が増したり、『外源素』を感じやすくなったりする副次効果がありますので、まったく無駄ということはありません」
「はぁ、そうだったんですかぁ。知りませんでしたぁ。ヨシュアン先生は本当に物知りですねぇ」
今、自分、鼻高々です。
天まで貫け自分の鼻よ。
「先生、質問です」
積極的に手をあげるのはご存知エリエス君。
疑問に厳しい子なのです。
「そのような効果があるのなら、どうして私たちは儀式服の着用を禁じられているのですか?」
「そーですわ! よくおっしゃいましたエリエスさん! 先生は術式の実践を初めてからずっとそのようなことを言い続けてこられましたが、それはハンデではありませんの? それとも先生は私たちに術式を教える気がないのかしら」
と、便乗してきたクリスティーナ君が叫んでくる。でもね、こっそり今「これじゃ、私のゴージャスな儀式服が箪笥の華になってしまいますわ」とつぶやいていたよね?
ただ単に見せびらかしたいだけか。
「では問いましょうクリスティーナ君。実際に術式というものがどういう場所でよく使われているかご存知ですか?」
「え」
途端に身じろぎし始めるクリスティーナ君。
周囲もクリスティーナ君に視線が集まる。あ、ダメだ。この状況だと王族は……、
「もちろん! 知ってるに決まってますわ!」
見栄を張り始めるですよ。
ここでこの子のプライドを潰してやるのは簡単なのだが、プライドは言い換えれば自信とも言える。
自らに自信がない者はどんなものでも失敗しやすくなる。
精神的な思いっきりに枷がかかる、と言えるのだろうか。
術式は繊細な精神制御を必要とする。
未熟な彼女たちは、そういう小さな部分でも躓きやすいわけで。
フォローしてやらないとなぁ……、メンドクサイ。
「ヨシュアンクラスで答えられない子はいないと思うので……、い な い と、思うので! リィティカクラスの子を当てましょうか」
あえてクリスティーナ君にプレッシャーを与えた状態で救ってやる。
少し安心した、というクリスティーナ君の顔。しかし何故、胸を張る。
「私が答えさしあげてもよろしくてよ!」
なおも生徒が自分自身を追いこんでいってます。この子は実にMなんじゃないだろうか? 疑惑が発生しました。
とりあえず一発、頭を殴ってクリスティーナ君を黙らせる。
自分の配慮を一瞬で無に帰さないの。
「何故……、殴られましたの」
「では、そこの緑髪の子」
クリスティーナ君は放置して、そばかすがチャーミングな少女を当てる。
当てられてギョッとした少女は、おずおずと前に出る。
「名前を聞いても?」
「はい。マウリィ・クロケッツって言います」
大きくおじぎするマウリィ君。礼儀正しい子で良かった。
初対面ながら自分の好感度は上昇してますよ。
「では、質問を少しだけ変えましょうか。もちろん難易度をあげるためのものではありませんので気を楽にしてください。答えやすいようにするためです。では問題『術式が多く使われている職業は何?』」
少し、頭をひねって、それからポンっと手を打つ。
頭に術式ランプでも閃いたような仕草でした。
「土木工事で大工さん! ……です」
「はい正解です」
リィティカクラスから拍手が沸く。
釣られてかヨシュアンクラスでも拍手をし始める。
んー、いいですね。和気藹々としてて。
ウチの子らは殺伐としてますからね、どこぞの二名が。
「他にも炭鉱の採掘、伐採なんかにも術式は使われています。個々の村なんかは手作業が中心でしょうからピンとこない子もいるのでしょうが、リスリア王国には『術式施工業』などといった職種があり、主に国主導の公共施設や道路のためにその力を使われています。また術式師になった者の大半がこちらに流れますね。戦時では工作兵や術式団などといった前線では見ないところに働いたりしています。」
この子たちの両親に術式師が居れば大抵が『術式施工業』に関わる職業についているはず。
やってることは簡単です。発破解体や岩盤破壊、材木のカットなどなど、大工さんの建築物を作る材料を作ったりしているわけです。
「ちょっと有名な話だと、国教であるリィティカ教――失礼、間違えました。国教であるヒュティパ神教の聖女アリテアはその奇跡で殉教者の道を作り上げ、また訪れる者には手厚い『回復の奇跡』によって人々を癒したと言います。彼女は道路というものの重要性をよくよく理解していたようですね」
道路は流通にダイレクトな影響を与えますからね。
誰だって整っている道と獣道、どちらを荷物抱えて歩きたいかと問われれば、前者を選びます。
余談ではあるがこの聖女アリテアの使ったとされる『回復術式』。
人体の欠損はおろか、体力まで回復させたとされる奇跡なのですが、未だこの世界の誰一人として再現できた者はいない。
『回復術式』の構成陣に関しては、自分でもちょっと見当が付きません。
もしかしたら、聖女アリテアは優れた医療者だったのではないかと言われていますが、う~ん……、もしも、人体の作用を完全に理解できるのならば。
『復元術式』で指の欠損くらいは治せるかも、しれないなぁ。完全に予想ですが。
まぁ、こんなこと口にでも出したら、たちまち『神の御使い』とやらが五月蝿くさえずってくれるでしょう。
「さて話を戻しましょう。そんな環境の中、術式を使うために儀式服を着て行いますか? 土とか泥とか跳ねまくりますよ? まさか仕事中に『儀式服じゃないとダメなんです』とか言いませんよね?」
何人かはハッと今、気づいたような顔をしてるなー。反応が良くてよろしいです。
「他にもありますよ。誰かに襲われた時、仮に盗賊としましょうか。『儀式服を着るからちょっとまってー』とでも言うつもりですか? 理屈上の術式師ならばそれでいいでしょう。宮仕えのお偉いさんならそれでも良いでしょう。しかし君たちが術式を使う時、多くはマトモな環境であるとは言えない可能性のほうが高いのです」
総勢十名の生徒たちを流し見る。
「自分が教える術式は現実に沿っています。現実に使えるものを実践的に教えていきます。これに何か不満、または不服があるというのなら誰もが納得できる理屈を持って発言しなさい」
言いたいことは言い終えました。
クリスティーナ君なんかはグゥの音も出ないほど論破されましたし、エリエス君も満足そうだ。
だが、ここで終わってはいけない。
これでは質問に対して、ただ説教しただけだ。
うなだれているクリスティーナ君の頭を撫でてやる。
エリエス君に手を伸ばしたら、逃げられました。まただよ。
「しかし、疑問を持ち、発言することはとても大事なことです。二人ともよく考え、発言しました。それだけは褒めてあげましょう。学びの徒としては正しいことです」
「「「「「え!?」」」」」
疑問の五重奏が響きわたりました。え?
「せ、先生が……、あのヨシュアン先生が!」
「褒めた……、私を!?」
「先生が優しぃのですっ」
「驚きです」
「明日は槍が降るであります」
はーい、うるさいですよー、ウチの生徒ども。
「ヨシュアン先生ぃ。普段、この子たちに何をしているんですかぁ?」
あぁ、ジト目のリィティカ先生も素敵です。
ですが誤解です。やだなぁ、まるで自分が暴力を奮っているみたいじゃないですか。
「何を言ってるのです。自分は褒めて殺すタイプですよ?」
「あー、殺すのかー」
「そうですわね。褒めての部分が必要ないですわね」
「先生は厳しぃのです……」
「悪魔に魂を売ったかのように」
「居眠りで電撃、余裕であります」
言いたい放題だなぁ、おい。
ウル・フラァートで手をバチバチ言わせたら、皆、逃げていきました。
う~ん、なんという連帯感か。素晴らしいですね。後で宿題、たんまり出してあげるので覚悟なさい。
「よし。ではそろそろ授業を始めましょうか」
始まりの合図と共に帰ってくる生徒たち。
その様子をリィティカクラスの子たちは唖然と見ていたのでした。




