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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第六章
361/374

step by step

 時間を遡ること昨日の晩。

 シャルティア先生対策を終えた後の話です。


「それより決闘に向けてマッフル君の鍛えなおし……、せっかくなので全員、鍛えなおしましょうか。エドも協力してください。もちろん報酬も支払いますから」


 こうして一つの問題を棚に上げてみたら、兼ねてより考えていたプランに最適な人物が居たのに気づきました。


 目の前でくねくねする謎の男にして、文化功績の雄です。

 多くのフォーラムで活躍するエドなら教師としても最適です。


「あらん。何かしらん? かわいい男の子とか?」

「生徒に手を出した場合、容赦しませんよ」

「目の色まで変えちゃって……、だぁいじょうぶよぉ」


 その冗談が一番、肝が冷えます。


「自分は学園長の言いつけがあって手出しできません。しかし、手出しと言いますが『どこからどこまでが手の範囲』と決めるのは誰なんでしょうね?」

「そうねぇ。普通ならクレオ学園長でしょうけど『手が見えない』のなら同じってわけねぇ」


 明確に教えた証拠さえなければ学園長も何も言わないでしょう。

 あるいは気づいていたとしても学園長は追及できません。


 そもそもが止められると思って言ったように思えません。

 それでも念には念を入れて損はないでしょう。


「できる範囲なら協力するけれど、まだ中立の立場は崩したくないのよ。理由は……、まぁ、細かい駆け引きが多いから、かしらん?」


 エドの立場は貴族というよりも文化功績者の面が強く出ています。


 例えるなら有名人が何かの政策を強くプッシュしたとしましょう。

 その結果、政策を支持する団体が無駄にアポを求めたり、痛くもない腹を探られたり、実りのない時間が増えてしまうでしょう。


 時間程度と軽く考えがちですが対帝国から民間に至るまで重要な研究を取り仕切るエドにとって、時間は非常に貴重なものです。

 滞る研究も多く、国防の面で大きな損失にも繋がります。


 計画の賛成派として忙しく立ち回るより、潜在的協力者として中立を保ってもらうほうがこちらにも利があります。


 最終最後にこちら側に居てもらえるだけで十分でしょう。


 なのでエドがまだ中立に居たがるのは自然なことです。


「わかっています。流石にそこまでしてもらいたいわけではありませんし、教える術式も考えてもらわなくても大丈夫なように内容もこちらで決めています。それで報酬なんですが……」


 そのうえで学園のアレコレにエドを関わらせるのは少し――どころではない問題が主に性癖の面でありますが――思うところがあります。

 エドにも基盤となる支持フォーラムや血縁、子貴族がいますからね。

 それらがエドの思惑を超えて動くことはまずないでしょうが、中立である以上、子飼いが勝手に動くこともあり得ます。


 エドが学園に関わったからと手を出してくるバカのことですね。

 これらはエドに注意勧告してもらうのが一番ですし、実際に釘くらいは刺しているでしょう。


 懸念材料のリスクは低い以上、今更言う必要もありませんね。

 それよりも報酬です。


「リジルの脈金を使った術式を一つ。公開するというのはどうでしょう」

「ちょっとヨシュアン!? そんなの初めて聞いたわよん?」


 そりゃそうでしょう。


 自分もリジルの脈金を使った術式なんか自爆術式くらいしか知りませんでしたよ。


「クソジジイの遺産の一つで様々な理由があって不必要な術式の一つでした」


 もちろん自分にとっては、という注意書きが貼られてしまいますが、この際になって有効活用できるとは思いませんでした。


「リジルの脈金について、何か知ってるんじゃないかしらん?」

「さぁ? 謎の方が多いですけどね、あれは。それより気を付けてください。その術式は自分たちにとっては毒です。試しに使うならともかく常用を避けてください」

「どういう術式なのん?」

「強化術式の種類です。系統は……、今のところありません」

「新しい概念の強化術式なんてわくわくするわねぇ。あ~ん、昂っちゃうわん」


 強化術式は基本、肉体ベースを強くするものがほとんどです。

 腕力を上げたり、骨の強度を上げたり、それ以外だと自然現象によって速度を上げたり、戦略級になれば自然そのものになるというものもあります。


 それらとは違う、極端な強化方式。

 ナカテーという特殊な場を知った自分ならこの術式の特殊性がよくわかります。


「できれば誰かに教えたいとは思わないのですが、背に腹は変えられません」


 その危険性も。


「心をよろい、装う術式。今から自宅で羊皮紙に陣を描きます。それを教材に生徒たちに教えてほしいんですよ」


 その一言にエドは驚いたように手を口に当てました。


 まぁ、報酬そのものが教材とは思わないでしょう。

 エドに教えて欲しい術式になるんですから当然、術式の公開も行わなければなりません。


 その影響力や毒を知らないのに教師が生徒に教えるなんて無知を通り越してアホな話ですよ。


「独占じゃなくて一般公開だなんて……、ん~、困ったわねぇ。一足先に教えてもらうだけでも価値はある、かしらん?」


 そんな呟きに返事もせずに自分は塔屋の扉に近寄り、取っ手に指をかけました。


 この夜が終わるまでに教材用の陣を書き、エドに術式の詳細を語り、実際に生徒たちが制御できるレベルまで改造してもらわなければなりません。


 もしかしたら一睡もできないかもしれませんね。

 まぁ、しかし、これもまた背に腹は代えられないことなんでしょう。


 そうして出来上がった術式が今、羊皮紙の形でエドの手元にありました。


 夕闇の森の中、エドを中心に半円形を描いて座る生徒たちを自分は一歩引いた位置で眺めていました。


「もっと色んな話をしてあげたいんだけどねぇ。でもあと六日。ううん、もう五日になっちゃうわ。だから早くしないと五日後に間に合わないわん。だから今回は基礎的なことは皆に教えてあげられるけれど細かい調整や師事は全部、マッフルちゃんに集中して教えちゃうことにしたの。異論はなぁい?」


 いきなりですが自分の方針とは大きく違いますね。

 自分なら生徒全員をなんとか仕上げようとしますが、エドは一人に絞って集中するつもりです。

 確かに効率的と言えば効率的ですが今の自分ではできない割り切りです。


 マッフル君だけの依怙贔屓に繋がりかねない、そんな指示に生徒たちは大きく頷きました。

 ただし、マッフル君以外は。


「え……、いいの?」


 マッフル君は仲間たちの姿を見まわしました。


「クリスティーナはこだわってたじゃん、そういうのに」

「仕方ありませんわ。【タクティクス・ブロンド】からの薫陶というのなら果たされていますもの。何より貴女の夢がかかった決闘でしょうに。別に応援してなんかしていませんけれど、急ぎの愚民を押しのけるほどではありませんわ」


 なんでしょうね。

 半年前のクリスティーナ君なら絶対に言わない言葉が、今のクリスティーナ君からは自然と零れていました。


「エリエスだって、好きじゃん、そういうの」

「問題ない。あとでマッフルが教えてくれたらいい。ダメなら先生が知ってる」

「……あぁ、うん。確かに先生が一枚以上噛んでるっぽいし、教えてもらう内容も大体、知ってそうだけどさ」


 エリエス君も瞳に不満一つ、湛えずごくごく自然にマッフル君を優先していました。


 エリエス君が知的好奇心を抑え、仲間のために自然体でいる。

 その二人の結果がどうにも少しだけ自分にとって誇らしく感じるのは気のせいなんかじゃないんでしょうね。


 セロ君もリリーナ君も何も言わず、しかし、同意の空気を出していました。


「……わかった。それでお願いします」


 マッフル君は小さく頭を下げ、エドもニコリと意思を受け取りました。


 すんなり同意されましたね。

 自分ならここで一つ、小さな波乱くらいあってもおかしくないんですが。


「それじゃぁ、確認が取れたところで始めたいんだけどねぇ。その前に今から教える術式なんだけどねん。絶対に私が監督していないところで使わないでほしいの」


 これには生徒たちも身じろぎました。

 驚きを隠しきれなかったみたいですね。


 今まで自分が教えてきた術式は使い方を考えるようにと諭してきた形になりますが、絶対などと言う強い言葉は使いませんでした。

 

「ものすごく危険だから……、はい、エリエスちゃん」

「それは暴発の可能性が高い、難しい術式だからですか?」

「いいえ。難易度自体は下級の上位。あるいは上級の下位くらいかしらん。今のアナタたちなら難しくてもできないほどじゃないわん」


 すぐさまエリエス君が挙手し、エドもまた素早く返答をしました。

 その回答を得たエリエス君は納得の表すように顎を上下に揺らして、手を下げました。


 あれ? 妙にスムーズに進みますね?


「監督する人がいない場所では絶対に使わないこと。これは不自然なことじゃなくて上級以上の術式は一部、使用制限の項目があるのよん。そして、監督者は私のような地位にある人やヨシュアンみたいに人に指導をしてもいいと国が認めた人かしらん。他にもある程度の功績のある冒険者たちも、上級術式の使用制限が緩和されたり監督責任者になれたりするわん。その見定めは少し複雑になるから割愛するけれど地位や称号、身分と抱き合わせて監督者責任がついてくることは覚えておいて欲しいの」


 あぁ、そういえばそんな制度がありましたね。

 ほとんど有名無実化している術式制限のことです。

 術式師がローブの与えられることで管理され始めたと同時に制定された法律です。


 町中で上級術式をぶっ放したら騎士たちに捕まるのは単純に危険人物扱いされるというだけでなく術式制限の項目に引っ掛かって捕まっているなんてこともあったはずです。


「今から羊皮紙を配るわねぇ。術式の韻は『トゥアリム』。六属の源素のどれでも使え、陣も立体型だけどもそう難しいものじゃないわん」

「いや、立体の時点で難しいじゃん……」


 三枚の羊皮紙にはそれぞれ前、横、上からの陣模様が描かれています。

 実際に見せた方が早いのですが『眼』がない子に教えるには立体型は難しいのも確かです。


 今のところ、立体型の陣は座学の範囲を超えていません。

 生徒たちが使う術式は平面型やウォルルムに代表される平面の歪曲陣くらいです。


 あぁ、そういえばセロ君だけが立体型を使えますね。

 白の物理結界は陣が立体型です。

 故に他の結界術式よりも難易度が高いんですよね。


「学園の授業だとほとんど特殊術韻や陣を教わっていないと思うけれど、術式には時々、基本要素のエス・リオ・リューム・ウル・リム・ルガに中和のム。あと六色混合のヘキサかしらん。属性を示す基本韻と陣の両方を使わない、単独で使える術式があるのよ。そういうのを特殊術韻や特殊術陣というのは習っていると思うのだけど……」


 エドがこちらを見たので頷きました。

 えぇ、確かに基礎の座学で半年前くらいにやったところです。


 はい、そこマッフル君。


 そんなのやったっけ? みたいな顔をしないように。

 リリーナ君も暇になってきたからって上下に揺れない。単純に目障りです。


「まずアナタたちにしてもらいたいのは今日中に陣を覚えてくること。以上よん」


 は? こっちがあっけに取られそうになりました。

 ここまで説明して放り投げですか?


「だってねぇ。この術式、何が難しいって使った後が一番、難しいの。だから覚えることだけならアナタたちも一人でできるじゃない? 覚えて使えるようになるまでが第一の壁、その後は使いこなせるようになるまでが第二の壁。覚えてくれないと話にならないのよん」


 身も蓋もありませんね。

 いえ、今からだと確かに覚えるので精一杯ですけど、本当に割り切りがすごいですね。


 エドは何十人、何百人と教えているせいでしょうか。

 その結果、独力で頑張らないといけない部分まで手を出そうとしないんですね。


「じゃぁ、今日はこれまで。明日からこの場所で授業しましょ。実はここ、【貴賓館】のすぐ裏なのよん。気づいた子はいるかしらん?」

「えー、補足しましょうか。明日から放課後、【貴賓館】に集まってください。すぐ裏手にいけばここに到着します」

「え、うん、えっと。で、これってどういう術式なの?」


 マッフル君の挙手と同時の言葉にエドが少し悩むように頬に手を触れました。

 適切な言葉を探した結果、自分を見てにっこりしました。


 あぁ、はいはい。

 そういうの、自分がやるんですね。


「簡単に言えば強化術式ですが毛色がかなり違います」


 自分もこの概念をどう説明したらいいか迷いますね。


「源素の物質化。術式剣に近いですね」


 マッフル君には陣に至るまで全て教えたのですが結局、できなくて今に至った術式とは言いません。

 ですが説明自体はすでに行っていたのでわかりやすいはずです。


 形質変化から派生する術式。

 術式そのものを物質化させるものはそう珍しいものではありません。

 そもそもがエス・プリムやリオ・プリム、火球や水球は物質化と言ってもいいでしょう。


 術陣を経由した源素を力場で留めるだけの技術です。

 より簡単に言えば炎の剣や氷の剣を術式で作るようなものです。


「ですが、この術式はさらにもう一つ上の概念となります。そして、それと同じ原理の技術こそが【雅装】です」

「【雅装】? それって何さ?」

「簡単に言ってしまえば超難易度を誇る武術の奥義です」

「おお。なんかすごそう。でも超難易度ってことはさ」

「当然、君たちではできません」

「覚えられない技を教えてもらっても困るし!」


 そもそも何十年と武術を高密度で行い、様々な苦行を乗り越えて得られる境地です。


 習練に継ぐ修練、収束に継ぐ収斂しゅうれんを経てようやく形になるものを間違ってもティーンズが簡単にやれるようでは先人たちが血の涙を流しますよ。


「授業は最後まで聞くように。ちょっと哲学的な話になりますが先生は全てのものには『適切な代用品』があると考えています」


 これは少し寄り道になりそうなので軽く流しましょうか。

 もうそろそろ陽も暮れてしまいそうです。


「適切な代用品って何さ」

「例えばそうですね。もしも陸竜を使わずに、しかし陸竜と同等の速度で走る竜車があったらどうします?」

「どう……、て言われても?」

「リスリアでは陸竜が主な轢獣れきじゅうです。一方で北部。法国あたりではグライフが使われています。完全な同等ではありませんが少なくともそのぞれぞれの場所では同じ役割をしていますね」

「あー、だから『完全な代用品』じゃなくって『適切な代用品』なんだ」


 他の子たちもぼちぼち納得していますね。

 あくまで代用品、余談ですが人は代用品にはなりえませんが適用くらいはできそうですね。


「つまり『トゥアリム』は【雅装】を再現する術式です」


 説明しながらホロウ・プリムを使い、周囲を明るくしました。


 ポカンとしている生徒たちの顔をどう表現したらいいでしょうね。

 陰影が濃くてハニワのようです。


「ここまで頭に入れておいたら十分です。あとはエド先生の言うとおり、今日中に術陣を覚えてくるように」

「や~ん、エド先生だなんて照れるわぁ」


 ここまでの話を終えて、頭を抱えるマッフル君や謎に胸を張るクリスティーナ君、知識の咀嚼を繰り返すように目を伏せるエリエス君に目をぱちくりさせているセロ君、あまり表情が変わらないリリーナ君を連れて、森を引き返しました。


 しかし、投げっぱなしで良かったかもしれません。

 実際に覚えるマッフル君たちには悪いのですがこれから用事があります。


 えぇ、おそらく今日一番、大変になるでしょう。


 何せ夜から邪神と対決するという大仕事が待っているのですから。


今年もあとわずかです。

本年はひとかたならぬご愛顧にあずかり、誠にありがとうございました。


そして、来年もどうぞよろしくお願いいたします。


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