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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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火狐の尾を踏む

 エリエス君への謎が増えました。

 そんな午前授業でしたが、どうにかならないものか。


 【大食堂】でランチにしようと思ったら隅の席でモソモソとロールブレッドをほおばる男が。

 珍しく【大食堂】に居たのはアレフレットだった。


 いやいや。さすがの自分もアレフレットへ自分から近づこうと思いませんよ。大体、彼、鬱陶しいじゃないですか。自分より身長が高いのも気に食わない。平均身長なめんなコラ。それに何かことあるごとに突っかかってきて、あしらってやったらやったで大声で怒鳴ってさ。癇の強いメス猫だってそんな声出しませんよ。自分も26歳、いい大人だから笑ってスルーしていますが誰だって怒鳴られていい気がするはずもない。でも、勘違いしないでほしい。自分は同僚としてはある程度、尊敬しているし学ぶべきところがあれば真似ているのだ。そう、彼とて自分より先輩であることは否めない。大人な自分からすれば先輩は立てるものだし、望んで荒波を立てるようなつもりもないのだ。このドライと言える距離感はどんな人にも有効だと自分は密かに思っている。

 つまるところ、自分はアレフレットを同僚と思ってはいるものの友達とは見ていない。当たり前ですよ、友人は選びたい派ですからね。選ばなかったばっかりにバカな王様の面倒を背負い込まされてこんな僻地まで出張するハメになったのですから。人となりを調べるために慎重さがあって然るべきだ。


 しかし、しかし、だ。


 ここで大人な自分がアレフレットに歩み寄らないのはおかしくないか? そもそもドライな関係なんだから通りすがりに挨拶するだけでいいのだろうが、近所づきあいの面からすれば自分は彼に対して、ある程度、相手の我の強さ的なものを許してやる必要があるのだと思う。

 歳もこっちが上だというのならなおさらです。


 仕方ないなぁ。

 まぁ、自分も鬼ではありませんから? ちょっとくらい多目に見てやってもおかしくないわけですよ。なら、彼と一緒にご飯を食べる? バカ言わないでくださいそれとこれは話が別です。そんなフランクな付き合い、一ヶ月そこらでできるわけないじゃないですか。

 なら、今回はスルーすべきだ。

 もしも、アレフレットが何か言ってくるようなら「あ、居たのですか?」くらいの挨拶を交わして一緒にご飯でもいただけばいい。


 うん、そうしようそうすべきだ。


「というわけなんですよ」

「何がだよ! というか馴れ馴れしく同席するな!」


 アレフレットの対面に座って、今月の限定メニューを机に置く。


「待て! なんだその土鍋は……、こんな時期に土鍋?」

「今月の限定メニューです」


 開けるとそこに地獄が広がっていました。

 アレフレットが口をポカンと開けたまま、その光景を直視する。


 それは例えるなら『魔女の窯』だろうか?

 紫色に沸騰する液体に浮かぶ、何かの肉らしき物体は緑色でとても肉性の生き物だとは思えない色彩だ。他にも灰色の何かやとろみの付いた毒々しい茸といった目に優しくない物体がゴロゴロと入っているソレは奇跡的に無臭。どういう化学反応が起きたのか平穏すぎて心配です。いやもう見た目が平穏では済まされませんが。


 紫の液体より溢れ出す時間単位で色彩を変える湯気はどんな原理なんでしょうね?


 今月の限定メニュー『ローレライの絶叫~西海岸風~』と呼ばれる代物であった。

 絶叫したいのはこちらのほうです。

 

 前回、あんなにマズ飯にゲェーしたのに何故また限定メニューを頼んだか、不思議に思われるだろう。


 だって、なんか興味が沸いたので。

 前回、マズかったんだから今回はどんなものかなーって?


「……な、何を注文したらそんなんぐ!?」


 油断だらけのアレフレットの口に高速でスプーンを突き入れました。

 もちろん、緑色の肉入りです。

 ゴホゴホと咳き込む毒見役は憎しみを形にしたような23mmの球体を使って、ジロリと睨みつけてくる。


「何をする! 危ないだろう!」


 一生懸命、体の中の毒素を抜こうとえずいている大人は見るに絶えません。


「で、味はどうです?」

「あーじー!? お前はその前にまず何か言うことがあるんじゃないのか!」

「毒味以外の感想の何を求めろと?」

「毒味させたことを謝れ!」


 まだ喉に灰色の物体がつっかえて苦しいだろうに、無理に喋って……、そこまで喋りたいとは思っていませんでした。


「早く感想を言ってくれないと冷めるじゃないですか。何のために最初の一口をあげたと思ってるんです」

「いい加減な! その人の意見を無視したまま話を進めるのを止めろ!」


 話が進まないと食べられないじゃないですか。

 じっと見つめ続けると根負けしたのか盛大にプイッと横むいて、


「まずい! まずいに決まってるだろ! 捨ててしまえそんなもの!」


 と叫びましたとさ。


「いただきまーす」

「食うのかよ! 人の感想をアテにしないのか!!」


 もちろん、アレフレットの口につっこんだスプーンは放り投げて、新しいスプーンを取り出します。

 放物線を描いたスプーンは綺麗に洗口に飛びこみ、役目を終えました。

 こんなこともあろうかと二つ持ってきた甲斐がありました。


 しかし、食べたら内臓から別の何かに変えられるんじゃないかという存在感は変わらずで一口目は勇気が要りましたが。


「どうせ嘘をつくだろうと思っていまして。感想と逆の意見を参考にしました」

「つくづく腹の立つ男だな!」


 わかりやすいリアクションをするからです。


 しかし、本当にイヤだったら席を立てばいいものを未だ居座っているところを見ると、それなりに嫌いだとか思っていないんだろうな。

 もしも嫌いなのに居座り続けているなら、真性のドMか耐久テストでもしてるかのどちらかだろう。


「ところでアレフレット先生。術式の腕前は模擬試合のときに見せてもらいましたが、誰かの師事を仰いでのことですか?」

「く……ッ! どこまでも要求を無視する輩だ! お前のその常識の欠いた質問には答えてやるが、そんなの当たり前だろう。師事を仰がずしてどうやって術式を使える」


 やはり世間一般では術式の行使に師の存在は絶対か。


「優秀なお師さんだったようですね。その歳で三色の『眼』持ち、術式も一通りつかえてましたし構成に無駄もない」

「な、なんだ。いきなり褒めても何も出ないぞ。だが、術式の腕に関しては少々、自信があってだな―――」


 つらつらと術式について語っているところ申し訳ないが、自分にとってあれくらいの技術は雑魚と変わらないのであった。

 だって、あんな遅い……、世間一般では速いのかな? 何にせよあの程度の構成力だと自分が居た戦場だと五回は殺されていますね。


「そういえば興行を見ていたが、まさかお前が上級の術式まで使えたとはな。しかし、あんな近距離でわざわざ上級を使ってるところを見ると、僕からしたらまぁまぁだな」


 中級くらいだと根性で立ち上がってくるんですよ、あの人。

 なんて言い訳しません。黙って聞いておいてあげます。


「しかし、それだけ術式に自信があるのなら、どうして術式担当ではなく暦学担当に?」

「……何も知らなかったのか」


 珍しくアレフレットが素のままで驚いている。


「そうか。お前が変で図太く腹ただしいヤツには変わりないが、これだけは言っておいてやろう」


 妙に真剣な顔で何か言い出したので、自分は張りがあって、コクのある紫色の肉片にスプーンを突き刺し、口に含む。コリコリしてますが……、味は表現できません。美味しいはずなのにどこかおかしい。

 何か、このスープが味覚を『美味しい』と誤解させているような、そんな違和感を食感と共に味わう。麻薬の類か?


「もともと術式担当は僕だったんだ」

「へぇー」

「暦学は60にもなる法務院の老師だったのだが急に辞退したんだ。暦学担当を決める途中、王の裁定で術式師を招くというからということで僕は暦学担当に追いやられた」

「しかし、報告書では暦学の小テスト、アレフレットクラスは高い点数をとっていたように見えますが」

「暦学も専攻していたからな。教えられないことはないってだけだ。もちろん、この学園で誰にも負けない自信は当然、持ち合わせているがな!」


 ほーん。そんな経緯もあって初日から突っかかってきたわけか。


「もちろん、まだお前を認めたわけじゃない。どうやら少し腕が立つようだがいずれどちらが術式師として上かハッキリさせてやる」


 気合の入った眼差しと共に、宣戦布告されました。

 最低、【タクティクス・ブロンド】レベルになってから挑戦してもらえないかなぁ、自分も暇じゃないし。


「そうですね。楽しみにしておきましょう。もちろん手加減しません」

「ほう! ようやくやる気に」

「戦略級を使わせていただきます」

「まて!? なんでお前はそうピンからキリなんだ! というか戦略級を個人で放つつもりか! 死ぬぞ!」

「もちろんです。それくらいしないと死んでましたから」

「自爆なら他でやれ!」


 戦略級が使えるということを信じてくれませんでした。


 戦略級は儀式場を使って、総勢100名単位でやる大型の術式です。主に戦争なんかで使われていて『ベルゼルガ・リオフラム』も戦略級の部類に入ります。


 個人における戦略級術式の使用が可能か否か。

 これはもうすでに答えが出てしまっている問題だ。


 答えは簡単。

 カルナガラン方式では無理でもサートール方式だと理論上、可能だということが実践でも証明されています。


 そもそもその理論上で机上で空想のような物語を実戦に使えるようにしたのが当代の【タクティクス・ブロンド】ですので何もおかしい話じゃないんですが。


 アレフレットには信じられないだろうなー。

 まだカルナガラン方式使ってましたし。


「戦略級を使えるなんて【タクティクス・ブロンド】でも限られているんだぞ!」


 いいえ。全員、普通に使えてます。

 ただ、何を戦略級とするか、にも寄りますので見た目は地味でも戦略レベルでは一個師団に勝ることもままあります。


 戦略級と上級の差は広くても、戦略級に届く上級術式はたくさんあるのですよ。


「具体的に誰が?」

「……有名なところだと、【吠える赤鉄】メルサラ・ヴァリルフーガだ。彼女はランスバール革命の折、革命軍の一個部隊を全滅させるほどの術式を個人で編み上げたという。その結果、賢王ランスバールは彼女の実力を認め、敵であったにも関わらず彼女に【タクティクス・ブロンド】の赤の称号を与えたんだ」

「当時は傭兵でしたっけ」


 懐かしいなぁ。できればその当時に戻って、メルサラとのエンカウントをやり直したいです。真っ先に逃げます。

 あの時、メルサラを打ち破ってしまったせいで今日まで彼女にストーカーされて困ってますから。


「他にも【凍てつく黒星】――」


 その名前が出た瞬間、自分はアレフレットの口に茸を放り込みました。

 喉に引っかかったのか苦しそうに首を抑えている。


「あぁ、すみません。何やら聞きたくないゴキブリの名前が聞こえそうになったので」


 そう言い終えると自分は立ち上がり、土鍋を持って洗口に向かいました。

 何やら背中で抗議しているアレフレットには悪いですが、アレ以上、黒いのの話を聞くとアレフレットを『勢い余って』殺してしまいそうです。


 しかし、まぁ、とりあえず自分の考えが世間一般と食い違っていないことに安心しました。


 やっぱりエリエス君が生まれた環境は少し、おかしい。

 本腰を入れて調査すべきだと何かが囁いている。


 貴族院絡みな感じはしませんが、今後、エリエス君の先生をするにあたって重要な何かがありそうです。


 とはいえ、誰に聞いたものか。

 差し当って、エリエス君だけではなく生徒全員、教師全員の追加資料を求める文をキャラバンに託しましたので、後一ヶ月くらいで届くでしょう。


 火急の用件ならば、誰かが早馬でやってくるでしょう。


 それまでの間、自分はどうするべきか。


「現状維持ですかね、やっぱり」


 どうにも中途半端な気持ちのまま、【大食堂】を後にしました。

 でも、そのすぐ5秒後くらいに「次の授業はリィティカ先生と合同だー! やったー!」と叫びながら浮かれっぱなしでしたとさ。



 もっともこの後、術式の授業で自分は知らされることになる。

 神様ってヤツの底意地の悪さと現状維持なんていう甘えが自分には許されないことを。


12/05/25 ひどい四文字熟語の間違いを訂正;

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