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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第六章
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You Stupid darkness

 空は紺碧に汚され、星と月だけがわずかな明かりとして君臨する時間。


 自分の知っていた夜は煌々とした、わずかな闇すら拒絶するような偏執的な光景でした。

 それはおそらく、この世の誰もが想像できないものでしょう。


 誰もが知っていることですが闇はあまりにも暗く、危険です。

 暗闇の向こうに何がいるのかわからない――足元も見えなくなれば立ち位置すら狂わせ、己の無明を不明で覆い隠します。

 それは危険というだけでなく、いわば無知の具現としてあるからでしょう。


 己を知らず、相手もわからず、何をすべきかもわからない。

 それらは無知とどう違うのでしょう。


 暗闇を無知とするのなら、なるほど夜はこの世で最も安価な自分を映す鏡なのでしょう。


 人が知恵を求めるように暗闇を晴らす行為は人である以上、どこか本能で求めずにはいられないことです。

 人が無知のままでいられないように、暗闇を晴らすことによって叡智を得たと表現するのです。


 その、なんたる子供じみた発想でしょう。

 己の手に松明が握られていると知り、空に翳す行為は無邪気すぎて鼻で笑いたくなります。


 それでも誰もがその光景を目指すのでしょう。


 無邪気に、無垢に、当たり前のように。

 闇を晴らした己の姿を誇らしげに、それでいて当たり前の顔で世の闇を闊歩するのです。


「だから今はまだ薄闇の時代です」


 暗黒でもなく地獄でもない、無明でもなければ凄惨でもない、この時代。

 これから歩きながら明かりを灯していく時代です。


 そんな時代にどんな理由があろうとも、そのわずかな灯りを消そうとした者を許しはしません。

 

 自分は今、学び舎の屋上で一人、闇の向こうを眺めていました。

 ちゃんとシャルティア先生は丁重にお部屋へとお送りした後で、ですね。


 遠視の術式カノトラを起動させ、森の中を行く『屋根に松明を灯したグランハザード商会の竜車』を見続けていました。


 どうやら約束通りにできたようですね、グランハザード。

 酔っぱらっていてもやりきるのが大人というものです。


 あの二台の竜車はリーングラードを出ようと山道を進んでいました。

 その中身は簡単で、一台は食料、一台は人を運んでいます。

 もっともその食料を運んでいる竜車にはグランハザードの私兵しかいませんけどね。


 ちょっとした偽装です。

 後々の言い訳以上の理由はありません。


 やがて人を運んでいた竜車が止まり、私兵が陸竜を台車から外し、その場から去っていきました。

 停車ポイントも四聖団が拓けた道からずいぶん離れていて、もう森の中と言っても十分、通用します。


 そう、そこはリーングラードから出る道ではありません。

 強いて言わなくともそこから先の道なんてものは一切、ありません。


「何が起こっているのかわかっていないのでしょう?」


 呟いても返事なんて返ってきません。

 彼我距離は遠く――そもそも呟いたのもただの自己確認でしかありません。


 異常事態に気づいた竜車の中の彼らは外に出ようと必死に暴れていますね。

 バタンバタンと車体から暴れるような音が聞こえてくるようです。

 周囲の人の気配が消えたので今が逃亡のチャンスだと思っているんでしょう。


 あの台車に詰められた人々は先日、学園を襲ってきた盗賊たちです。


 腰から【愚剣】を引き抜き、射撃ブリッドを挿入し、横手に構えたまままっすぐ拳を突き出しました。


 その瞬間、身を覆う津波のような術陣がうねり、収縮し、十字架を描きました。

 一方で左手には一本の渦巻く津波のような術陣を握りました。


 弓矢のように大きく引き絞り、カノトラから見える光景に視点を合わせます。


 狙いは一つ。

 心にあるのはたった一つ。


「ベルゼルガ・アラム」


 放たれた怒涛(どとう)の矢は暗闇の空に一筋の青い閃光を描きました。

 青光の矢は寸分、違わず目的地に着弾し、必滅の威力をまき散らし始めました。


「さて、首尾は」


 着弾点は見事、本丸を撃ち貫き、青い怒涛が渦巻きながら周囲に拡散していきました。

 あの付近にいた生物はその全てがたった一つの形状となり地を濡らしていることでしょう。


 視界に映る小さな点からは決して目をそらさず、残心するように【愚剣】の切っ先を地へと落としました。


 この術式は極めて自分の原点に近い術式です。

 ベルゼルガ・リオフラムが使えなかった頃に、自由操作とアレンジを駆使して術陣を劣化させ、術韻をワンランク落として戦術級術式として変化させたものです。


 劣化させたとはいいますがその効果は戦略級に匹敵すると自負しています。


 可能な限り攻撃範囲を絞り、飛距離に特化したこの術式は遠距離射撃として最高にして最長でしょう。

 味方陣営の本陣に居ながら敵陣地の本丸、その中心である敵大将とその周囲の敵兵だけを『肉のスープにする』という効果から戦術戦略の面はもちろんのこと、付随する士気低下効果、後腐れなさなんていう精神や物理的な側面などの様々な要素に優れ、さらにはコスト面においても破格にして最高の術式です。


 それでいて効果はベルゼルガ・リオフラムと大差はありません。


 概念結界殺しの一つとして編み出したコレは今でも使いやすさ抜群ですね。


「協力、感謝しますよ」

「あらん。ちょっと書類に名前を書いただけなのにうれしいわぁ」


 振り向くと、まるで最初から居たかのようにエドは屋上の扉の前でしなを作って立っていました。


 エドは手のひらに小さなフロウ・プリムを作ると艶然としたまま扉に体重を預けました。


 自分はエドに何時、どこで、何をするか教えていないにも関わらずこの場にいたことについて疑問を浮かべませんでした。

 というよりも、ここにいると予想して最初から居たようですね。


 空気の密度を変えて光を遮る膜を作るくらいエドにとっては造作もありません。

 むしろエドはそうした物理法則を利用した術式も得意としています。


「様子を見に来るのなら場所を言っておくべきでしたね」

「大体、見当がついていたからん」


 エドは頬に手を当てて被弾した場所を眺めていました。

 目にはカノトラの術式、自分よりもより高性能なアレンジを加えられているソレはまざまざと惨状を映し出しているでしょう。


「それにしても怖い術式よね。ベルゼルガの系譜は」

「作った人間が作った人間ですからね」

「先代青銅位……、確かに色々と強烈な人だったものねぇ」


 使っている自分が言うのもなんですがベルゼルガの術韻について知っていることはそう多くありません。


 自分に術式を教えた偏屈ジジイで先代青銅位だった故人。

 『統べる青銅』ウルヴェリオ・ハークスレイことクソジジイについてもよくわからないことだらけです。


 今になって思うことはあのジジイ、おそらく『ナカテー』のことも知っていたんじゃないかと疑っています。


 ともあれベルゼルガです。

 ベルゼルガという術陣は遺跡から発掘されたものをクソジジイの独自解釈と開発によって、人間が使用できるように貶められた術陣と考えています。

 術韻と術陣にほんの少しのズレらしきものがあるので本来はまた別の術韻があるのでしょう。

 元の術陣はおそらく神話級だと考えていますが、さすがに資料がなかったので半分以上は想像です。


「高速回転する青の源素は他の源素を排除する。それは内源素も同じ。でもベルゼルガは違う。もっと容赦のないものだわん」


 エドの言う通りベルゼルガは青の源素の性質を極限まで高めたものです。


「欠片も残さないほど根こそぎに――魂の器でもある『リジルの脈金(すじがね)』すら溶かして解(ほど)いて人の形すら失わせるなんて。感性の停止を持って生物の概念を溶かすのはどんな気分なのかしらん」


 人の肉がスープになった時の色を自分はよく知っています。

 その人の悪臭を凝縮した匂いもまた、自分はよく知っています。


「リジルの脈金が実質的にその生物の概念的形状を保持している証拠ですね。簡単に言えばリジルの脈金は『人間を人間たらしめている源素的臓器』と呼ぶべきでしょうか」

「興味深くはあるけれど質問の答えとしては頓珍漢よん」


 どうやら今回、回りくどさはエドにとってアウトだそうです。


「まったく。何一つ感じません」


 それが感性を停止させるということです。

 人を殺そうが尊厳を犯そうが禁忌を侵そうが有象無象に関係なく、感触の一切がありません。


 エリエス君風に言うのなら特筆すべきことはありません、というべきでしょうか。


「そう。兵器ならコレ以上のものはないんでしょうけれど……、でもね、ヨシュアン」

「わかっていますよ。何のためにわざわざ夜に狙撃なんて真似をしたと思ったんですか」

「そういうことじゃないわよん」


 ゆっくりとエドは指先のフロウ・プリムを増やしていきました。

 それも夜光蝶に見えるように形を変え、目立たない程度の光量を維持したままです。


 たった三つの術陣でここまでの術式形態を変えられるのはエドならではでしょうね。

 エドは術式研究者としての側面もあり、自由操作も得意としています。


「せっかく人としての感性が戻ったのにこんなことをまだ続けるの?」

「生き方は変えられませんよ」

「貴方が言うにはまだ早いと思うんだけどねぇ」

「生き急いだものでしてね」


 エドの小さいため息が聞こえてきました。


「少なくとも今のヨシュアンはちゃんと変わってるわよん。だから簡単に昔の自分を背負おうとしないで欲しいのよん。言っても聞かないとわかっていても、それが守るためだったとしても、ね」


 エドのお墨付きだというのなら確かにそうなのでしょう。


 自分は盗賊たちを滅ぼした方角を見ながら目を細めました。


 きっと感性の停止をしなければ多少は死を悼む気持ちも持てたでしょう。

 それが敵だったとしても自分が培ってきた先入観、常識はきっと死を悼んだでしょう。


 だからこそ、こう言えます。


「このリーングラードの森は敵対者にとって人食いの森であるべきです」


 そんなものよりも重要なことがあり、すでに腹が決まっているのなら迷う隙間などありはしません。


「子供に教育をする……、たったそれだけのことであっちこっちから妨害やら因縁やらが顔を出して邪魔をしてくるなんて滑稽です。いい加減、うんざりしてきましてね」


 頭の痛い問題を棚上げしすぎて山のように積み重なっているんですよ。

 それもいつものことですけどね。


 いつものことだからと放置していたら仕事なんて進みやしないんです。


「頭から喰われたくなければ黙って指を銜えていろ――そうは思いませんか?」


 大きなもので『マッフル親娘の決闘』、『シャルティア先生の調査』、『来月の第二試練対策』、『赤ん坊の引き取り手』、『学園と宿泊施設の防衛強化案』、『クレティアスを含む保護者たちへの対応』。

 小さなもので『生徒たちの成長に伴い、服が小さくなりつつあること』くらいでしょうか?


 それぞれはある程度、対処案はあります。

 ただ一つを除いて、ですが差し当たってまず自分の及びつかないところから始めましょうか。


「貴方の愛はきっと世界すら滅ぼすのねぇ」


 自分が振り向くとほんの少し、呆れるような顔のエドがいました。


「ところでエド。近々シャルティロット家が絶えるような案件なんてありましたか?」

「急に話が変わったわねぇ。ん~……、そもそもシャルティロット家とは縁がなかったから噂話しか知らないけれど、それでもシャルティアちゃんの家が潰れるような噂はなかったわよん」


 一応、聞いてみましたがやっぱりわかりませんでしたか。


 ベルベールさんが調査したのならシャルティア先生の実家が潰れる兆しや事件くらい掴んでいるはずです。

 そのベルベールさんが掴んでいない情報なら存在しないか、あるいは極めて深いところで動いている何かと取るべきでしょうね。


 知りえない情報を確かめる術はありません。

 ここはシャルティア先生の言葉を真実と仮定してみましょう。


 ならばシャルティロット家は絶えるのでシャルティア先生の目的は実家を救うこと……、いえ、それだと話はおかしくなります。


「状況を説明するのでエドも一緒に考えてもらえますか?」

「あらん? 一緒にだなんて熱烈ねん。今まで一度も聞けなかったのにどうしたの」

「気のせいじゃないですか? あぁ、でも、お誘いしたことは一度もありませんでしたね。何せ誘うよりも巻きこまれる方が得意でして」

「巻きこむ、の間違いじゃなくて?」


 自分は肩をすくめてからシャルティア先生の証言を話していきました。


 話が進むにつれてエドの顔がすまし顔から 呆れ顔、最後に至っては指先を額に当てて天を仰いでいました。


「ねぇ、ヨシュアン。結婚してないこと、誰かに言われたらどう思う?」

「わかっていますよ。知っていますし、気遣いのない言葉だったことも理解しています」


 シャルティア先生への質問を考えた瞬間、自分は考える限りを考え尽くしました。


 まずこの『嘘のない問答』はシンプルですが、捻くれた内容が含まれています。


 最初に二通りの考え方があります。

 一つは嘘が含まれていない本当の答えである。もう一つは嘘をつかないというのが嘘である場合の答えです。


 シャルティア先生の本気に対して疑いを持つこと自体、大きな罠のような気がしますが能天気に真正面から受け取れないのも事実です。

 信用云々ではなく義務教育計画、強いては貴族院打破、そして生徒たちの未来がかかっているのですから自分もありとあらゆる可能性を考慮しなければなりません。


 次いでどんな質問をするかで話は大きく変わっていきます。


 まずはシャルティア先生の答えが本当なら確定情報が手に入ります。

 例えば『スパイなのか?』と聞くことによってスパイであることが確定します。

 ですが、この質問は諸刃の刃です。


 もしもシャルティア先生が白だった場合、自分がスパイを探す立場にある人間だと知られてしまいます。

 結果、自分を取り巻く様々な物事にシャルティア先生も巻き込んでしまうでしょう。


 頼れる味方にもなるでしょうが逆手に取られた場合、自分の喉元に食いこむ刃にもなりかねません。


 そして、黒だった場合――これが一番、あって欲しくないと考えてしまいました。


 あの頭の回転で純粋に敵に回るのは厄介ですが、何よりシャルティア先生が犯人だった場合、どうやって第一試練の時にテーレさんと学園長の監視を掻い潜って金庫の書類を偽造できたかまったくわからないからです。


 もしも自分が知らない未知の技術、遺跡兵器や遺産術式を持っていた場合、その問いの瞬間に逃げられるか自決する可能性があるからです。


 この可能性は薄い、とは言い切れません。


 何故ならクリック・クラックの持っていた術陣を溶かす薬や魔獣を活性化させた薬、メルサラから聞いた『瞬間移動を可能とした術式具』……、それらを持っていないと言い切れるでしょうか?

 こちらとは一線を画す別の技術が存在していないと言い切れるでしょうか?


 どちらもリスクを考慮すると避けるべき内容でしょう。

 ちなみに返答後にシャルティア先生を消すという選択肢はありません。

 今から数学の試練対策まで背負ってやってられますか。


 もっとも良い質問は『シャルティア先生が自分の立場に気づかず、それでいてスパイかどうかを推測できる次善の質問』となります。

 この質問、そのものがノーヒントだったのは言うまでもないでしょう。


 ですがシャルティア先生の人となりは知っています。

 性格も癖も、怒り方も不器用なところもです。


 シャルティア先生が貫いてきた生き方の中で、明らかに不自然な部分を考えればたった一つだけしか浮かびませんでした。


「だからって言い方はあるものよん? その場で殺されなかったのが奇跡だから」

「さすがに大袈裟ですよ。失礼なのはわかっていますがそいつは盛りすぎじゃないですか?」

「あのね、ヨシュアン。世の中にはちょっと贔屓にした商人の娘さんと二、三言話しただけで結婚することもあるのよん」


 それは商人側からの熱烈なアプローチ故にでしょう。

 向こうからすれば貴族と縁を持てるというのは利益でしょうし、貴族側も商人という金袋を得られるのですから相互利益の賜物です。


「同じ理屈になるけど、ちょっとヴァインでドレスにシミを作っただけで辱められたと大騒ぎして結婚しちゃった女の子も居てね。それは貴族同士だったけれど」


 それも貴族同士が……、あぁ、そういうことですか。


 理屈は何でもいいんです。

 シャルティア先生側がその気なら自分は責任を取ってシャルティア先生を娶らないとならなくなってしまう、ということです。


 ようするにエドは弱みを握られていることを気づかせたいのでしょう。


「学園に居る間は無理でも生徒ちゃんたちが卒業したらシャルティアちゃんも立派な貴族なんだから注意はしなさいね。もっともヨシュアンがいいと思うのなら応援するわよ。その前にレギィちゃんとの修羅場が待っているでしょうけれど」


 何故でしょうね。

 竜虎相搏(う)つというより竜虎愛鬱という言葉が浮かんだのは。


 何よりその現場にいるだろう自分が吐血を漏らしているイメージがありありと浮かびました。


「……無性にフィヨに会いたくなりましたね」


 あの謎の世界にはどうやったら帰れるんでしょうか?

 モフモフに聞いてみましょうか。


 今の自分なら余裕で夢の荒野を踏破できる気分です。


「あの子なら微笑んで受け入れそうだけどねぇ。そのうえで家の改築の相談なんかしてきそう。あらやだ、そんなことになったらヨシュアン、貴族にならなきゃいけなくなるわねぇ。一夫多妻の権利は貴族にしかないもの」


 八方塞がりじゃないですか。

 余計に血を吐くことになりそうで嫌すぎます。


「でも、おかしな話ねぇ? 家が絶えるはずなら結婚するでしょ? 最悪、家は絶えても血は残るもの。でも結婚はしてない。するつもりもなさそうよね。じゃぁ恩赦で家の存続を願うとしたら」

「そうです。そこが気になりました」


 通常、貴族が恩赦で家の存続を願うという行為がかなりリスクの高い話です。


 『自分の家が二進(にっち)も三進(さっち)もいかないから陛下、お助けを』という行為と言葉を周囲に知られてしまうと同じ格の貴族からは格下と扱われ、格下からは足元を見られるという、言ってしまえば自分で自分の家格を下げるのと同じ行為とされています。


 自分は概要程度しか知りませんがエドならその影響力やデメリットをよく知っているでしょう。


「シャルティアちゃんの家格だと下級貴族の上くらいの扱いになるかしらん? 今から家を維持して積み重ねていこうとする立志の時なのにものすごい痛手よねぇ」

「貴族が家を維持できなくなる理由は?」

「金銭か闘争か、貴方に殺されるかのどれかねぇ」


 真実なだけに一言余計です。

 ちなみに正確には処罰ですね。

 悪行によるものか国の都合かはまた別の問題でしょうが、国にとって痛手になるのなら切り捨てられるのは会社とそう変わりありませんね。


「成り上がりなら恩赦は避けたいはずよ。不利益を覆すような恩赦なら特に。なら仮に恩赦に縋るしかない状況なのに、それより先にシャルティアちゃんを結婚させないのは何故かしらん? 次善にしても最善にしてもそれが確実なのに」


 正直、反吐が出る思考ですが使える駒を使わない理由がよくわかりません。

 感情的な理由? そもそもレギィのような凶悪な意思と力と立場でもない限り、女性貴族の結婚は不可避です。


「ダメね。貴族としての考えだとどれもありそうでなさそう。いいえ、なさそうでありそう、というべきかしらん?」


 ……貴族としての考え?


 あぁ、いえ、これは、唐突に閃いただけの直感に等しいものです。

 何一つ、正解も不正解もわからないまま理屈も揃えず自分は結論だけを言葉にしていました。


 夜に小さく吸いこまれた呟きはエドをポカンとさせるには十分な効果があったようです。


「……あのねぇ。それはないわん。だってそんなことをしたらシャルティアちゃんは」


 それからエドは言葉を続けませんでした。


 自分は自らが発した声を再び、頭に刻みこみ、理屈を並べていきます。

 どれをどう並べたら理屈になり、筋が通り、論理となり、正解へと導くモノになるのか。


 やがて一つの正解とロジックを手にしたまま、欄干に体重を預けました。


「突拍子もないのは承知の上です」


 空はまだ明けていません。

 薄暗闇ですらありません。


 まるで水底のように温い暗闇を眺めながら、しかし、手には頼りない論理(つるぎ)が一つ。


「もしかしてソレを武器にシャルティアちゃんに挑むつもり?」

「正直、自信はありません」


 今だってこの回答で合否が決まってしまうかのような、微妙な不安を感じています。

 そう、本来なら感じることのなかった不安が無駄に足を止めようと足掻いています。


 感情が戻ったが故の躊躇ですか。

 戻ったのにまだ平然と人殺しを選択肢に加える程度にはつくづくイカレていますね。


「頭の痛い問題はまだありますからね。時間が迫っている決闘なんかは一番の大問題です。対処案があってもどうなるかわかりません」


 正解か不正解か。


 正解なら貫き通し、不正解なら即座に修正してきました。

 それは今回に限った話ではありませんでしたね。


 ほんの少しの話をした後、自分は屋上を去りました。

 跡は何も見えない闇だけが残ったとしても、それを不思議がる者や不審に思う者なんて居らず、いつも通りの夜が過ぎていきました。


■重要ワード『このリーングラードの森は敵対者にとって人食いの森であるべきです』の設置を確認。

  第四フラグポイントの通過を確認しました。

  これより流界事象への本格的な進行の後、指定の転移事象までの逆行を始めます。

■なおこの本文は第二権限以上の観測者以外の閲覧を禁じます。

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