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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
35/374

かわず と くちなわ と なめくじり

 寝て、起きて、悶絶して朝飯作って、今日も元気に仕事です。

 筋肉痛、ちょーきびしいです。それだけで仕事意欲は大幅ダウン。


 そして、社宅ログハウスを出たらなんか極まった騎士が仁王立ちで立ってるし。


「おはようグラム」

「……おはようございます」


 こんなに反応に困る挨拶は初めてです。

 だって、あの美形のクール騎士クライヴが「おはよう」とか言うんですよ? 普通の挨拶なのに違和感しかない。

 こいつは天然のボケメイカーか!


「キャラバンが出立する前に挨拶に来た」

「それはどうも律儀にありがとうございます」


 そのまま気まずさと共にどこか行ってくんないかなぁ。


「次は負けん」


 またやるんですか? イヤに決まってるでしょうに。


「お前が結婚するまで俺は諦めない」


 なんだその脅し文句。婚期の逃した憐れな男に一生涯、つきまとってやる宣言か?

 あとじっくり聞くと非常にイヤな言葉にしか聞こえない。なんだこいつ、誰かなんとかしてくれ。もうイヤだ。顔も見たくない!


 内心、拳を握り締めて騎士団長の丁寧な顔を寸刻みで殴っているところをハタッと気付く。

 こいつはモテる。

 モテない男が嫉妬に燃えて新たな戦士になるくらい、モテる。

 自分は特定の女性さえ……、たとえばリィティカ先生とか、リィティカ先生とか、リィティカ先生とか、がクライヴに靡かないかぎりそんな感情を出すことはありませんが。

 女性の扱いというジャンルにおいて、こいつほど有用な人物はいないのではないか?


 昨日のエリエス君。

 かなり様子がおかしかった。


『どうして先生はもっと早く出会ってくれなかったんですか』


 あの言葉は一晩経っても理解できません。

 どういう意味なのかさっぱりです。


 もしかしたら自分が女性の心というのを知らないからわからないのかもしれない。


 なので少し、聞いてみよう。聞くだけならタダです。


「年頃(14才)の女性に『もっと早く出会いたかった』と言われたらどう思いますか?」

「……何故、それを俺に聞く」

「聞いてみたいからです。どうぞ」

「女性に関しては不慣れなんだがな。聞くならもっと別の人間に」

「黙れ。聞いてるんだから答えろ」

「……年頃(結婚適齢期)の女性がそういうのなら、そのままの意味ではないか?」

「だから、その意味を聞いてるんです」

「そうか。もっと早く会いたかったということは、つまり……、心に決めた相手がいるのだろう。しかし惹かれてしまった相手とはゆえ、心に決めた相手を裏切れないから叶わない願望として言葉にした。でいいか?」

「知りませんよ。聞きたいのはこっちなんですから」


 色恋という感じじゃなかったんです。

 あの空気、感情、エリエス君のぶつけてきたものはそういう桃色とは一線を画して、もっとこう……。


 考えている間にクライヴも何かに気づいたのか急に睨み出した。


「……まさかあてつけか?」

「クライヴさん。そろそろ自分は昔の口調に戻ろうと思います。お前、何言ってんだ殺すぞ」


 久しぶりにドスの効いた声が出ました。


「殺気を出すな」

「殺気の一つや二つ漏れますよ。こっちの理解できる言葉でしゃべれ」

「……どうやら本気で怒っているようだな」


 何かに納得したようにクライヴは反射的な構えから元の仁王立ちに戻りました。


「まぁ、話は戻りますがさっき言った台詞『~~会いたかった』をドス黒い感情で言われたらどう感じます?」

「また妙な質問を……。それは生命を狙ってるな」

「……妙な説得力がありますね」

「以前、似たようなことを伯爵令嬢に言われてな。頭の中で俺と恋仲になっていたそうだ。否定したんだが聞いてくれなくてな。つい」

「つい?」

「殴り飛ばしてしまった。もちろん気絶させるように狙ったが……、ナイフを振り回し始めたせいで手加減が効かなくてな。後悔の極みだ」


 本当に後悔しているのか歯を食い縛って拳を力み始めた。

 なに、この人、苦悩姿もかっこいい死んでください。


「居取りしなかったんですか?」

「なんだ、それは」


 心底、不思議そうな顔をしていたので『居取り』について説明してあげた。

 簡単に言えば武器を持った相手を捕縛する技術です。

 対戦争に特化した騎士だと、剣で手加減できても無傷で捕まえるなんて技術はあまり必要ない。


 下手をすれば、騎士団長のクライヴよりそこらの巡回騎士のほうが対制圧に向いているだろう。


「そんな技術があったのか」

「まぁ、自分たちは戦争が基本ですから見敵必殺することはあっても生け捕りって方向性は考えてませんし」


 法術式騎士団は警邏とかしませんしね。


 そのうち、もっと国が安定していけば捕縛技術を法術式騎士団も覚えていくんだろうけどさ。

 さすがガチガチの規則で縛り上げている騎士団。手加減の具合が気絶とか目を覆いたくなるな。

 しかも急造で実戦=戦争だったせいで、可哀想なくらい無力化について乏しすぎる。


「古い騎士さんなんかだと知ってると思いますよ」

「そうか。同じ轍を踏まないように修練しておこう」


 そう言って去っていく騎士団団長クライヴ。

 その後ろ姿は無駄に凛々しかったですが、おい、お前、相談してる自分がモヤモヤしてんのになんで相談されてるお前がスッキリした顔で帰っていくんだよ。


 もう二度とクライヴをあてにしないと誓った朝でした。

 アホとのやりとりは疲れます。


 去っていくクライヴを追うように【宿泊施設】から【学舎】の正面まで歩いていく。

 屋台然としていたキャラバンは馬車や竜車の姿に変わっていた。

 大半はもう出発してしまったようで、残っているのは5台だけだ。

 自分以外の他の教師は全員、すでに集まっている。

 クライヴと無駄話した分、出遅れてしまったようだ。


「ではまた一ヶ月後にお会いしましょう」


 学園長や自分、他の教師陣に挨拶し握手で別れていく。

 ロラン商人の和やかな笑顔に、自分は「二度目の興行は絶対にない」と念押しをして別れました。

 ガタンガタンと音を立て、列車のごとく立ち去っていく姿は荒野を行くキャラバンそのままの姿のように見えました。

 周囲は森しかありませんがね。


 キャラバンの撤収を見送って、それから授業です。

 こんな豪勢な見送りは今回限りだろうさ。

 次からは勝手に帰っていくそうだ。


「それでは皆さん。私たちも今日の仕事と参りましょう」


 学園長の一言を皮切りに教師陣でぞろぞろと校舎に入っていく。


 何かが一つ、終わったような気分です。


「授業かー」


 やったー、昨日の今日で休まず授業だー、懸案事項も抱えている状態でまともに授業できるか心配です。


 今日の授業は暦学です。

 クリスティーナ君がギリギリ学習要綱を満たしてくれたおかげでアレフレットとの合同授業ではありません。


 キャラバンが来てから慌ただしかったり、ざわざわしていて落ち着かない授業が多かったせいか静かな感じがする。

 まぁ、これが当たり前なんでしょうけど。


 朝のホームルームの時間。

 今日の授業内容と通達事項を語りながらもエリエス君を盗み見る。


 昨日のような取り乱した様子はない。

 いつものとおり、感情の乏しい顔で通達したことを手帳にまとめていく姿がある。


 本当にこの子はなんなんだろうか?

 理解できないということよりも、わからないことのほうが多い。


 もしも、この子のことで何かをしようと思ったら、こっちから歩み寄らなきゃいけないのか。本当に面倒だなぁ。


 さて、生徒一人のことだけ悩んでいるわけにもいかない。

 移動教室なので生徒たちを引き連れ、【大図書館】へ。


 そういえば今回が初の【大図書館】だったっけ。

 色々あって訪れる機会がなかったが、生徒を含めた中で一番、期待しているのは実は自分です。


 西渡り廊下を渡ったすぐの場所には大きな円柱形の建物がある。

 借り受けた鍵で鋼鉄製の扉を開けば、そこは知の結晶が並ぶ素敵空間。


 灯台のような空間の壁面には360°本棚が並べられている。外周だけではなく内周にも本棚を完備。自分よりも背の高い本棚は正直、ワクワク感がハンパない。ちゃんと本棚のない中央の空間は授業しやすいようにと机と椅子、ぶら下げられた黒板があったりと教えることを前提とした造り。いいじゃないですか。


 2階は吹き抜けのベランダ構造だ。

 ちょっとデザインしたヤツ、連れてこい。褒めてあげよう。

 木製カウンターにすら小さな装飾や彫り込みがあったりなんかして、匠の技を感じさせる。


 ちゃんと窓も光源を意識しているのか、中央が一番明るいようにしてあったり、そうでない部分には術式ランプを取り付けたりしてあってポイントも高い。


 自分、たぶん、ここなら一日中居座れる自信があります。

 研究意欲が湧いてくる気がします。


 思い思いの机に座りだす生徒たちの前に立ち、教鞭を取り出します。


「個人の知識量には限界があります。許容できない分の知識は別の記憶媒体に納め忘却という劣化から守ることが我々にできる唯一の対策でしょう。さて古の時代より人はそうやって、知識の量と質を高めまた同時に広める役割を持つ本を書きます」


 そうやって積み重なった古今東西の先人たちの知恵の子供たちが、この図書館には納められている。


「今回はその先人たちの知恵を借りながらのお勉強となります」


 自分は前もって計画しておいた授業内容を思い出すために、ペラリと手元の手帳のページを開く。


「現在、ユーグニスタニア大陸には大きく分けて三つの国があります。それぞれ、北を支配するユーグニスタニア法国。東を支配するグラナベルト帝国。そして西を支配するリスリア王国です」


 巨視的な視点、神の視点からこの大陸を見れば『傾いた三角』のような形をしている。

 三角形の角をそれぞれの国が支配していて、ちょうど中央で三つに分かれていると考えばわかりやすいだろう。


「この三国はどうしても、自分の領地を広げたいのか過去に何度も戦争を起こしています。もっともそのころは北西を支配したラグラン聖教国があったりしたのですが、現在はグラナベルト帝国に支配されてしまいました。まぁ、そのお陰かどうかしりませんが、三国協定以来、お互いの国は迂闊に他国に手を出すことができなくなってしまいました。さてここからが問題です。どうして、三国になってから戦争が発生しなくなったのでしょう。題材となる資料を元に、この疑問に答えてください。また資料は図書館の中にありますので、各人でこれと思った資料をもって明確に答えてくださいね」


 本来ならばリスリアの歴史を語るべきだろうが、それはもう終わってる。

 次は対外的な話になるし、それと併せたリスリア暦学を学んでもらうことになっている。


「制限時間は30分です。では解散」


 生徒たちはそれぞれ本棚に向かって行動を始めている。


 自分は本棚を探る生徒たちを眺めながら、司書のものだろう椅子に座る。

 ふかふかです。無駄にクッションが効いている……、なんだこの座り心地。

 社宅ログハウスの椅子は木製で長時間座ってると尻が痛くなるっていうのに……ブルジョワめ。


「ちょっと!これは私が見つけた本ですわ!」

「先に見つけたのはこっちに決まってるじゃん!」


 意味なく富める者を貶めていると、図書館にあるまじき騒音が聞こえてきました。

 飽きもしないで、あの子たちはまた……。


 普段の素行が嘘のように勉強中は真面目な彼女らもこればっかりは学習能力がないようだ。


「手をつけたのは私です! 土くれ平民!」

「ほとんど同時だったろ! 何これ見よがしに言ってんだよ! この悪趣味フリル!」

「な! フリルのどこかいけませんの! 貴方こそなんですか! その安っぽい下着のような服は! 露出趣味でもあるつもりですか、いいえ、その身体では露悪趣味ですわね!」

「乳ばっかりでかいのが言うか! だいたいこの服は今年のトレンドだ! 悪趣味のトップブランドのくせに吹くな! 離せバカ!」

「それはこちらの台詞です! さっさと王族たる私に本を譲りなさい」


 なんともまぁ、服飾から相手を罵倒する様は呆れるを通り越して驚きに値します。

 そろりと近づき、本棚の影から見た彼女たちは、うお!?

 本の両端をお互いに握って引っ張り合っている。


 本が傷む! というより破れる!?


 急いで制裁せねばなりません。


「両方とも静かにしなさい」


 びりびりハリセンを顕現させて、疾風のように二人の頭を殴りました。


「「ぎゃいん!?」」


 スパーンと小気味良い音と共に倒れてくれます。


 ちゃんと寝る前に改善しておいた威力はちゃんと働いたようです。

 ピクピクしながら床に転がる二人に腕を組んで見下ろす。


「しばらく転がってなさい。罰です。もちろんその間にも制限時間は過ぎますのでこれ以上のオシオキされる前に急いだほうがいいですよ?」


 クリスティーナ君とマッフル君にはいいお灸でしょう。


 図書館で暴れる二人を成敗したら、お次は……本棚に紛れるようにしゃがみこんで本を読んでいるセロ君。

 手に持っている本はここからではよく見えない。

 これも気配を消して後ろから、そーっと覗き見てみると……。


「セロ君」

「うぇえ!? せ、先生ぃ~……」


 急いで本を隠しているところ申し訳ありませんがバッチリ中身を見てます。


「『バナビー・ベイター』は授業と関係ないので読まないように」

「ご、ごめんなさい……。は、ち、ちがうのです、これは立派に授業の教材なのですっ」


 珍しくセロ君が言い訳しはじめた。

 うん? 最近、自分に慣れてきたのかな? ちゃんと意見を言えるようになってきてますね。


「どのように関係あるのか説明してもらえますか?」

「あぅ……、あうあうー」


 頑張るセロ君。必死で頭を捻るセロ君。わたわたしながらそれでも考えるセロ君。

 小動物ちっくな動きはともかく、


「……ごめんなさぃ」


 結果が伴わないので残念です。


「ちゃんと授業に集中するように」

「はぃ……」

「あとは、ここを使いたいと思ったら放課後か参礼日にでも自分のところに来なさい。ここを開けられるようにしてあげます」

「あ……、はいっ」


 あいかわらずセロ君には甘いのでした。


 他の生徒たちの様子を見て、またフカフカ椅子のところに戻ってくる。

 ちくしょう、癒される。

 本気で椅子を作り直そうか、と考えているとびりびりハリセンを仕舞ってないことに気づいた。


 キーワードと共に収納し、再び椅子を堪能しようかと思ったのだが。

 そうは問屋が……、いや、生徒が許さないようだ。


「………」


 さっき自分が隠れたように本棚の影に隠れて、こちらを観察している漆色の瞳が見えます。

 なんでしょうね。気づいていないと思っているのでしょうが、バレバレです。

 いくらヨシュアンクラスエースだったとしても、自分との実力差はありすぎますからね。


 さて。考えどころだ。

 まず自分はエリエス君のあの言葉の意味を知らねばならない。

 直接的に理由を聞いて答えてくれるか……、これはやってみないとわからない。しかし、言った直後、逃げ出してしまったところからエリエス君なりに『言ってはいけない』ことだという自覚があったと見るべきだろう。


 これを前提に考えると、聞いても答えてくれないだろう。


 となると他に手段があるとしたら……、ないわけで。

 情報不足です。これはエリエス君と親睦を深めて情報を得るしかない、ない、ない。面倒くさいです。


 名残惜しいですが椅子から立ち上がって、本棚を縫うように移動する。

 エリエス君も付いてきているようで、気配があっちこっちと移動しているのがわかります。


「そろそろかな」


 ほぼ半周したところで、急に本棚を曲がり中央へ。

 エリエス君の視界から完全に居なくなったところを見計らって、すぐに本棚の影へと移動する。


 エリエス君は釣られて中央の机がある場所まで小走りで向かうのを横目に、今度は自分が気配を消します。

 そしてエリエス君の歩んだ後を辿るように進むと、ほら、エリエス君の後ろ。

 簡単なひっかけです。


「いない」


 と呟くエリエス君の後ろで顎に手を乗せたポーズなんかとってみたりします。


「室内での対象の監視は」


 ビクリと肩を震わせたエリエス君がバッと振り返る。


「たとえ対象が動いても動かないことです。室内のように狭い所ではまず『視界に入りにくい場所』を前もって理解しておき、対象をそこにおびき寄せることが要点になります」


 エリエス君は黙ったまま、じっとこっちを見ている。

 悪びれない態度には恐れ入ります。


「で、何か用ですか? 監視なんかして」


 無言でした。なんかしゃべって欲しい。

 そういえばこうしてちゃんと向かい合うのは屋上の件を除けば初めてか?


 埒があかない。

 ため息一つして、肩をすくめます。


「……では資料は見つかりましたか?」


 すると今度は簡単に行動で示してくれた。

 自分の目の前に、一冊の本を差し出すエリエス君。

 題名は……、『蛙と蛇とナメクジ』。


 エスプリの効いたジョークだろうか。それとも、ブラックジョークか?


 この子は、どうにも無口で困る。

 質疑応答はきちんと喋るのに、こうした個人的な内容になるととたんに口数と単語が減る。


 例えるなら。


「先生。それ」


 と指差す。

 本当に最低限の言葉しか発しない。


 お陰で何を言いたいかさっぱりわからない。


「それ?」

「……それ」


 周囲を見渡す。

 何もない。後ろを見れば本棚。他に周囲は机に並べた筆記用具と出席簿くらいか。


 ふとエリエス君の視線が動いていないことに気付く。

 自分の手元をじーっと眺めて、何が……。


「あぁ。これですか?」


 理解しました。

 腕輪を見せるとエリエス君もゆっくり頷く。


「これがどうかしましたか」

「見せて」


 特に断る理由がないので、びりびりハリセンを展開して貸すことにした。


 しげしげとハリセンを見つめ、広げたり閉じたりしているエリエス君は……、なんというか奇妙な生物のように見えます。

 なんだろう、このシュールな光景。

 少女がハリセンをひっくりかえす姿に感想を抱かれても困ります。


「……不思議」


 今、君を超える不思議生物は珍しく静かなリリーナ君くらいしかいませんからね。


「故郷に伝わる伝統的な……なんでしょうね? 人を殴る以外に使用されたケースを見たことないですから」


 実際、誰が考えたのだろう。

 誰か機会があったら調べて欲しい。


「武器?」

「殺傷力はありませんよ」

「でも、クリスティーナさんとマッフルさんは」

「それはオリジナルの術式を込めているからです」

「黄属性を付加させた紙……。術式発生時に媒体そのものを燃やさないように青属性を紙にコーティングさせてる。青属性の上に黄属性? 通過効果で、より燃えやすくなるはずなのに、どうして……」


 ブツブツと呟く内容は、自分が込めた術式の内容だ。


 一見にして見抜くとは。

 やはりこの子は生徒の中で抜きんでて秀でている。不気味さも抜きん出て秀でてる。


「わかった。緑属性を緩衝材に使ってる。稲妻発生を、緑の風で逆流を遮断し、さらにもしもに備えての緑属性に稲妻を逃がすように青属性を引いてるんだ……。青属性が通電性を高めてる? でも暴走しないように緑属性がコントロールしている。お互いがお互いを引っ張り合って高めあっている。なのに大怪我しないようにも工夫されてる。用途がはっきりしてないのに、術式だけはすごく高度」


 頬が赤いまま、つらつらと持論を発表し始める。

 無意識だったのか、口に出していると気づいて、片手で口を閉じる姿はなかなかチャーミングでしたよ?


「先生」


 またしても指さされる。今度は自分の後ろへ。

 何事かと後ろを見ても、何もない。

 瞬間、足元の影が動いているのに気付く。

 これは、と気がついたときには自分は反応していました。


 襲いかかってきたエリエス君。

 頭へとびりびりハリセンを振るうためジャンプしたエリエス君の姿をスローモーションのように視界の端に収めながら、身体は自動的に迎撃体勢に入る。


 びりびりハリセンを持つ腕を掴み、エリエス君の動きを阻害しないようにと逆に引いてやる。

 空中で一回転したまま、地面に叩きつけられたエリエス君は、痛みより先にポカンとした顔で自分を見ている。


 居取り、ではありませんが捕縛術の一つです。


「何をするのですか?」

「それはこっちの台詞ですエリエス君。突然の凶行について是非、訳を話してもらいますよ」


 この子、もしかして貴族院のスパイなんだろうか。

 ずっと前から生命を狙ってきているようにしか思えません。


 もっとも、殺気がなかったので殺す気なんてなかっただろうが、心臓には悪いんですよ。


 突然の音に驚いたセロ君が本棚から、そーっと顔を出していましたが無視しておきましょう。

 たぶん、リリーナ君は無視を決め込んでいるだろうし、残り二人はシビレ中だ。


「申し訳ありません」


 謝るならするなよ! びっくりしたでしょうが!


「ですが……、その、試して、みたくて」


 エリエス君の言葉を理解するのに、数瞬、時間が必要でした。

 試す? 何を? もしかしてびりびりハリセンか?


「効果が知りたいなら、あそこで転がっている二人を観察することをオススメしましょう」

「はい」


 叩きつけたまま動かないエリエス君を立たせる。

 背中に埃がついていたので、わざわざ払ってあげて、それから正面に立つ。

 そういえば初めてこの子に触ったような気が……、あ、一回、オシオキしてるのでそうでもないか。


 でも、自分の意思で触らせることを許容されたのは初めてか?


「興味があったのはわかりました。ですが人に向かって術は使わない。エリエス君だってこれくらいは教えてもらっているでしょう?」

「先生も」

「先生はいいんです」

「不条理」


 こっちが言いたい。

 何故か、つんけんした態度に見えるのは何故だろうか?


「教えてもらってません」


 ひねくれているわけでも、落ち着いているわけでもない。

 漆色の瞳はあの屋上のときのように揺らいでいる。


「そんなの教えてもらってません」

「それは教えた人が悪いですね。いいですか――」


「そんなの、いません」


 きっぱりとした言葉だった。

 嘘をついているようにも見えないし、自分に反抗的というわけでもない。犯行的であることは否めませんが、どこか頑ななところを見せてくる。


 なんだ? どういうことだ?


「……それは、つまり、今までに教師のようなものに師事を受けていなかったということですか?」

「はい」

「そうですか。なら人に術式は撃たない。撃っていいのは生命がかかったときと試合の時だけ。わかりましたか」

「はい」


 冷静な対応をとっていたように見えますが、内心、自分は動揺しまくっていた。


 そんなことありえないのだ。

 エリエス君の成績はヨシュアンクラスのトップで、術式も無難に使いこなせる。

 エス・プリムを撃ってきたのがいい例だろう。


 つまり、エリエス君は何かの教養を受けているにも関わらず、『誰も彼女に何かを教えることはなかった』ということになってしまう。


 術式は誰かに教わらないかぎり、使えない。

 稀に使える者はいるにはいるが、そういう者に限って構成や陣や術韻がバラバラだったりするのだ。


 しかし、エリエス君の術式にそんな陰りは一つもない。

 まるで教本通りのまともな、真っ当すぎる術式だった。


 あれは教わらなければほぼ不可能と言ってもいいだろう。


 無知のまま、字が読めないのと同じ理屈だ。たとえ何かが書いてあっても、理解するために必要な字の知識がなければ、それはただの模様と変わらないのだから。


 そうしてコツや基本を叩き込まれて初めて、自分が何をしたいのか。

 何に興味があるのかを知っていく。

 知識を得ることで、自らの求めるものを知ることなのだ。


 教育の不十分な、この社会で。

 この学園で優秀な成績を収めるまで。


 抜きんでて秀でている。


 その異常さを理解していただけるだろうか。


 嘘をついている、と考えるのが普通だ。

 しかし、エリエス君からは嘘を付いているような素振りもなければ、むしろ『正しいことを言ったことに固執している』風にすら見える。


 正直、頭は悩みっぱなしです。

 しかし、それをエリエス君に見せるわけにはいかない。


 自分が動揺したら、エリエス君も動揺して……してくれるかなぁ? 少なくとも不安になってしまうだろう。

 自分の特異性に気づいて、何かしらの心の病に侵されたりしませんか? そのあたり、ちょー心配です。


「あと今まで先生がいなかったとのことですが、先生が居るじゃありませんか。先生では不満ですか?」

「……いいえ」


 ちょっと逡巡したぞ。どういうことだコラ。

 あと言ってみて恥ずかしかったぞこの野郎。


「先生が、いました」


 頑なだった肩から力がゆっくり抜けていくのがわかる。

 それは本人にも気づいていない変化だったかもしれないが、自分にはそれが『安心した』ような姿にも見えた。


「私にも、先生がいました」

「そうですね」

「内弟子です」

「そこまでではありません」


 何か言いたげな漆色の瞳をなんとかしてください。


 しかし、自分も大概、この子に慣れてきたようで。

 瞳から感情を汲み取れるくらいには自分も成長しているようで安心しました。

 これで見当違いだったら、大恥どころか生徒からの好感度も下がりますからね。一大事です。


 それにしても謎の多い子だ。

 もしかしてこの子の謎を解き明かさなきゃいけない系ですか。そうですかそうじゃないといいなぁ、でも、そういうのに限って貴族院とはなんとも関係なかったりするんですよねー。


 前途多難ではあるが、一応の決着はついたのか?

 今一つ、よくわからないことのほうが多かったのだが、エリエス君がどことなく満足しているのなら、そこからツッコむ必要もない。


 後でこの子の追加資料を送ってもらうことにしよう。


「先生、術式を解読させてください」

「いきなりクリティカルで情け容赦ない要求し始めましたよこの生徒。そういうのは順々にやっていきますので我慢なさい」

「………」


 ものすごく不満そうな無表情でした。


 とりあえず今日はこのくらいでいいだろう。

 まだ一年……最短で3ヶ月あるわけです。

 この子のことはまだ、おいおい知っていくでしょう。


「さて、盗み見ている生徒諸君。そろそろ資料探しの時間が終わりますよ。ダメだった人には容赦なくオシオキするのでキリキリ動きなさい」


 自分の言葉を聞いていたセロ君が視界端で慌てているのが見える。

 本棚にもたれながらシビレと戦っている二人は自分の言葉に絶望じみた顔をしていた。

 そして、窓際でリリーナ君が……、おい待て、なんで本を片手にペンを持っている!


「コラー! 偉人の顔に落書きするんじゃありません!」


 リリーナ君の首根っこを引っ捕まえるために、飛びかかりました。

 このエルフ、油断も隙もねぇですよ。



 さて、今回の課題での優秀者を発表しよう。


「この資料にあるように、三国の軍事バランスが極めて安定しもしも、特定の国同士が戦争を始めてしまえば、勝敗はともかく戦わなかった国が勝ちやすくなるという状況になったためだと思われます。この状態を一種の三すくみと同じ状態です。ですが、三国ともイニシアティブを取るために内偵を国家間に走らせる情報戦が開始されており、如何しがたい事態を……」


 エリエス君の答えは他よりも群を抜いていた。

 教本通りとはいえ、要点をついているしわかりやすい。


 ちなみに、群を抜いてダメだったのは。


「……く、くそぅ~」

「……く、くつじょくですわ」


 結局、資料の所有権を確立できなかったバカ二人は。

 水の入ったバケツを頭に乗せて授業を過ごしていただきました。



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