不可逆性問題
明日にはキャラバンは帰ってしまうので、すでに撤収作業が始まっている。
ぼんやりと屋上の欄干に体重をあずけて、自分は赤く染まったキャラバンの人たちの姿をボケーっと眺めている。
「あー……、つかれたぁ」
疲れがそのまま声にして出たような声が出ました。
きっと口からは魂が出てしまっているような気もします。
クライヴと決闘してから一時間弱。
その間は特に語るべき……、ことしかないような気がする。
何せ、痺れる身体を無理矢理、動かして、ダウンした大勢のバカどもを医務室に運びこんだんですからね? どこまで世話をかけさせれば気が済むというのか。
学び舎の一階入口に医務室があって本当に良かったです。
リィティカ先生は今、そこで倒れているバカどもの面倒を女医さんと一緒に看ていらっしゃることだろうマジ天使。
全てを運び終えた際にリィティカ先生には謝られました。
「ごめんなさい。あんなに威力があるとは思わなくてぇ……。絶対、安心安全にヨシュアン先生を止められるってシャルティアさんがぁ……、うぅ、うそつきぃ」
「いいえ、いいんですよ。お気になさらないでください。アレはそう、邪神の計略か何かです」
邪神? と首を傾げるリィティカ先生が可愛すぎて死ぬかもしれませんでした。
「でもぉ、あれって生徒に使うって話を聞きましたがぁ?」
「気のせいです。護身用ですってば。ほら、妙な騎士団長とかが絡んでくるかもしれないじゃないですかハハッ!」
真正面から息を吐くように嘘を吐く自分をお許しください。
オシオキ用術式具も返してもらえたことですので、まぁ、いいでしょう。
やはりテストをしてなかっただけあって、威力は高すぎたようだ。まさか自分で耐久テストするハメになるとは。術式耐性のある自分が倒れるほどって、常人だと死ぬんじゃないかな? 生徒の生命が救われた瞬間でもあった。
さすがはリィティカ先生は慈愛の塊です。もう慈愛の源素を名乗ってもいいんじゃないかな?
後で調整しておくことにして、この話はおしまい。
リィティカ先生をずっと眺めていたい気持ちより先に決着をつけなければならない相手がいる。
ちなみに邪神シャルティアは、広場で呑気にお酒を呑んでいるところを発見しました。
あんにゃろう、と詰め寄りましたよ、えぇ。
「収集つかなくなりそうでな。てっとり早く終わらせただけだ。そう睨むな。大体だ、ヨシュアン。お前自身、あのまま戦い続けるのは酷だったはずだ。むしろ感謝してもらいたいものだな」
「まるで良いことを言っているようですが何点が疑問がありますよ?」
「ほう?」
「そもそも、あの群集のテンションの高さ、誰かに煽動されたと見ていいでしょうね。それでもってシャルティア先生、貴方はクライヴさんとの決闘が始まる前から自分のオシオキ用術式具を取るように言っていた。今、考えると迂闊でマヌケでした。自分を止められる充分な凶器を相手に渡してしまったんですから。観客が暴走すると知っていたからこそ、終わらせ方も知っていた。ちょうどリィティカ先生からシャルティア先生に唆されたという証言は得てますので。えー、つまり、遠回しに言いますと貴方が犯人だ」
「状況証拠ばかりでロクな推理ではないが……、まぁ、いい肴になったとだけ言っておいてやる」
「……さいですか」
いつか後悔させてやる。
「だから睨むな。しょうがない。今度、飯の一つくらい奢ってやろう。それで機嫌を直せ」
「はぁ、わかりましたよ恨みは忘れませんが手打ちとしましょう」
「女々しいヤツだな、まったく」
悪びれず酒を飲み続ける才女は、確かに過去、『天災児』と呼ばれるだけのことはあった。
ため息しか出ないとはこのことだ。
邪神にいいようにされた悔しさと共に歩いていると学園長に遭遇しました。
学園長にはねぎらいの言葉をかけてもらったのはいいが、それより大事な話がありますよね。
「とはいえ、我が家まで距離がありますからね。隕鉄の授与は2ヶ月は待ってもらうことになるでしょうね」
「待ちますから必ずください。絶対ですよ?」
「本当に現金ですね。まぁ、これからも頑張ってもらうことになるでしょうから手付には充分でしょう」
意味深な言葉は寒気がするには充分だったと思います。自分、これから何をさせられるんでしょうか?
しかし、これにも疑問は尽きない。
そもそもクライヴとの興行で、隕鉄ほどの価値があったのか? 正直、全然、労働対報酬が釣り合わない気がする。
他にも意味があるのだろうか?
あるいは……、いや、これ以上考えるとハゲる。
たぶん、もっと上のほうで話がついてる系だろう。思惑があるのならそのうち反応が返ってくるだろう。そのときに叩き潰すか放置するか決めたらいい。
ともあれ、ここでの生活も一ヶ月……、長かったような短かった、うん、どちらかというと濃い時間ばかりでもう2倍くらい時間を過ごしている気分だ。
慣れない教師生活で疲れた。もう王都の自宅に帰って寝てたい。涙が溢れそうです。
黄昏を見ながら黄昏ているうちに屋上の扉が開く音がする。
どうやらセンチメンタリズムは終了のようです。
「先生」
現れたのはエリエス君。
片目を隠したまま、じっと立つ姿が学園の亡霊とかそんな感じに見えます。
亡霊、ねぇ?
源素の集合体みたいなのは見たことがあるけれど、ついぞ亡霊には出会わなかったな。
もしも亡霊が居たら、自分にどれだけ憑いてきているか……、想像してゾッとしました。
小柄な少女がトコトコと歩いてくる姿はなんとなく癒されるものがあります。
ついつい頭を撫でてあげようと手を出したら、スッ、と軽く避わされました。何故、逃げる。
「先生、質問の答えをもらっていません」
「はて? そうでしたか?」
そもそも、どんな質問だったか思い出そうとして、思い出せない。
あれ? もう歳なのかな? ついさっきのことなのに全然、思い出せ……、るわけねぇよ。質問されてねぇですよ。
質問を聞かれる前に乱闘しちゃったんだから。
「どんな質問ですか。たしか、聞いていないはずだと思いますが」
「はい。それは先程の冒険者――クリスティーナさん曰く騎士団長との決闘のことです」
「答えられる範囲でなら」
さすがにクライヴと自分の関係を喋るわけにはいきませんからね。
表向き、興行ということになっているんです。裏向きは頭がおかしくなったクライヴがまた決闘したがっただけなんですが。両方ともロクでもねぇのが玉に瑕です。
「いくつかありますので順に聞いていきます。たくさん武器があったのにも関わらず、どうしてナイフなんて不利な武器で戦ったのかです」
クライヴと同じリーチの剣やグレートソード、地味に強いクラブなんてものまであったに、あえてブレードナイフにした理由、ねぇ。
「これは簡単ですよ。問いましょうエリエス君。自分より武術の心得のある相手と長い間、打ち合おうと思ったらどうしますか?」
「逃げるのではなく、打ち合う、ですか?」
「そうです」
「……同じ武器、ではないです。地形……、状況……、毒……」
今、毒って言った。
相手の弱体を狙うためだけに毒とか、この子の常識は計りきれません。
「相手より早く動くですか?」
「半分正解ですね」
相手のほうが剣速、力ともに上の場合、つまり相手のほうが上手だった場合だ。
まともに打ち合うことはできない。
剣術っていうのは差があればあるほど単純に勝負が決まってしまう技術だ。打ち合いになんてならない。
自分とクライヴが同じ武器を持ったら、即殺されます。
あの人の剣の腕前もハンパないですからね。騎士百人抜きが日課だそうですし。アホじゃないかと思います。
「正確には自分とクライヴさんの差を埋める武器にするべきなのです」
それでブレードナイフだったというわけだ。
というよりブレードナイフ以外は全て重たい武器しかなかった。逆点、ブレードナイフが一番軽い武器だったと言える。
「でも、ナイフだと長剣を受けたら……」
「まず間違いなく力負けするでしょうね。クライヴさんのほうが鍛えてる上に威力のある長剣。負けないほうがおかしい。ですがそれはただのデメリットです。メリットのほうこそが本筋。先ほどエリエス君も言った『速さ』ですね」
長剣……ブロードソードはクライヴが持っても重たい武器だ。
いや、そもそも武器自体が重たいものだ。
何より、リーチがある。武器は長くなればなるほど重たく攻撃頻度が少なくなる。長剣のブロードソードを基準にしても取り回しや構え等々、数えればバカになるほど理由がある。
重さは同時に遅さに変わるのだ。
「これは体育の授業になってしまいますが、受け流しという技術があるんですよ」
相手の刀剣に合わせて、打点をズラす技術です。
自分はクライヴとの戦いの間、ずっと受け流しに集中していた。
「それは、相手の斬撃を短いリーチで待つことになりませんか?」
「なります。勇気を持って果敢に受け流しです」
なんとも呆れたようなエリエス君のため息だった。
「そこまで打ち合いに執着したのは何故ですか」
執着。いい表現だと思う。
確かに執着と言っていいだろう。
わざわざ相手と打ち合うためだけに短いリーチ武器を持って、デメリットだけしか目立たない受け流しを実行していたのだから。
エリエス君への答えはこれ一つで事足りる。
ロラン商人が佩用ベルトごと記念にくれたブレードナイフ。
鞘ごと取り出し、エリエス君に渡す。
抜いてみろ、と目で促すと素直にナイフを抜き放つ。
あ、この子に凶器を持たせるとヤヴァいことを思い出しました。錬成の授業でいきなりエス・プリムを撃ってきた恐怖再びです。
しかし、今度のエリエス君はそこまで気が回らなかったようだ。
抜き放ち、刀身を見て身体がピタリと止まった。漆の瞳も驚くように揺れている。
「術、式具?」
「ブレードナイフ型ウル・プリム発射装置……ですかね」
ナイフの刀身に薄く刻まれた術式の構成陣。
思い出して欲しい。
術式具は『金属に術式を刻むこと』で生まれる。
「いつの間に……、初めから術式具だった? いいえ、あの時の興行から特別な武器を用意するはずはないから……、出来レース? 先生は初めから勝つように仕組まれていたのですか?」
そう考えるのも無理はない。
「いいえ。ロラン商人に確かめてもらってもいいですが、間違いなくそのナイフはただのブレードナイフでした」
「なら、どうやって、いつの間に術式具に……」
「決闘の流れを思い出してみてごらんなさい」
言われ、エリエス君は目を閉じて考えている。
決闘の流れを単純化すればこうだ。
クライヴの斬撃を何度も受ける→自分がウル・プリムを撃つ→クライヴが防御結界を作る→術式が弾かれる→クライヴが攻撃する→ウル・ウォルルムで迎撃、カウンター→クライヴが逃げる→仕切り直して何度か打ち合う→大技のためクライヴが距離を取る→自分が復元術式を使う→大技発動、自分、大ピンチ→結界端まで吹き飛ばされる自分→チェックメイト→クライヴの背後で術式具が発動→自分の大技でクライヴが撃沈。
この流れで、どこで自分が術式具を作ったかがわかる。
目を見開いたエリエス君。
「復元術式!」
「正解」
珍しいエリエス君の張りのある声。
ちょっと頬が赤いのは知的好奇心を刺激されているからか? この子も変わった癖がありますね。
「わざと打ち合いをしたのもブレードナイフに傷をつけるため。そしてその傷を一部だけ治せば狙った形の傷……刻印がつくれる。だとしたら先生は、戦闘中に術式具を一つ、作りあげたことになります」
「その通りですね」
とはいえ、傷だらけにしても刻印通りに行くわけではない。
折れる可能性もあったうえ、うまく斬撃に合わせられるかもネックになった。
クライヴの頭が極まっていてくれたせいで果敢に攻めてきたのも運が良かった。もちろん、クライヴの腕が無ければ金属のナイフがあぁも簡単に削れることもなかっただろうさ。
まぁ、諸々の運も手助けしたような気もしなくもない。
復元術式で出来るのは失った部分の再修復くらいですからね。足りない刻印部分を作ることはできない。最悪、こっそり自分で傷つけることも考えました。
ちなみに最後にナイフを無くした時、運良くクライヴの後ろにあったように見えたでしょうがアレは意図してやりました。
衝撃破がまき散らされているときにナイフを手放しても自分より後ろに行きますからね。
衝撃を受けて、転がってるときに手放してクライヴが来るのを待っていました。
あの男は自分の手で決着をつけないと気が済まない。最後は絶対に接近してくるとわかっていましたから予想は容易です。
そして、発動キーワード。
さすがに無差別に発動されては迷惑だったので、キーワード部分だけはちゃんとつくりました。
キーワードは『貴方の負け』。
このキーワードにしたのも理由がある。
急造なので一発限りの力しか込められなかったのもあって、一回だけのチャンスしかなかった。さりげなく発動させるために『勝負』に関係することをキーワードにしなければならなかったし、『キーワードを言った本人』に発動させる仕様にもしました。
こうすれば自分が口にしなくても、もしかしたらクライヴが偶然、『貴方の負け』だと言う可能性もあったわけです。
もっとも貴殿……、なんて言われたら発動ミスですが。
自分が口にすれば問題ない。
何せ、ナイフと自分の線上にクライヴがいましたしね。
もっとタイミングが悪かったなら、自分で自爆していた可能性も……、うわー、その場合、目も当てられないなぁ。
「なんという……」
エリエス君が震えているように見える。
ん? 何だろう。なんか怖がらせるようなことをしただろうか。
「先生はすごいです。とっさの判断、このナイフを作る手際も最後の術式もそう」
「それほどでもありませんよ」
まぁね? 自分もそれなりに頑張ったと思ってますよ?
負けてもノーリスクだったというのも大きかったでしょうね。いやクライヴは本当に相手にプレッシャーをかけるのが苦手だなぁ!
もしかしたら負けた後に何か言われる可能性もありましたが勝てば官軍。終わりよければ全て良しです。
「どうして先生は」
声の質が変わった。
妙な空気のエリエス君に自分は首を傾げます。
「どうして先生はもっと早く出会ってくれなかったんですか」
それは本当に絞り出すような声だった。
過去を後悔しているようには思えない。怒りでも憎しみでもない。
ただ小さな身体が泣いているように震えているだけだ。
嘆き。
そう呼ばれるんだろう、その感情が一体、この小さな子のどこに眠っていたのだろうか。
ナイフを落とし、ズリズリと下がりながら屋上の扉へと逃げ出したエリエス君を。
自分は何も言うこともできず黙って見送ってしまった。
いや、実際、何を言えというのでしょうかわかりません。
誰か教えて欲しいと仰いだ空は、もう星が瞬いてしまっていた。




