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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
33/374

大乱闘スマッシュなんたらかんたら

 倒れたクライヴへと、医療に携わっているのだろう着衣に身を包んだ女性が駆け寄る。


 ベルガ・リオ・フラァート。

 本来、青の源素で圧縮した水塊を高速で放出する術式だ。

 質量に速度が加わることで生まれる威力は、至近距離に限り岩をも砕く。どころか鉄板、重装甲、あるいはミスリル程度なら破壊できるんじゃないだろうか? 人間に使えば胴体くらい軽く吹き飛びます。血の雨でスプラッタです。


 しかし、自分が使ったベルガ・リオ・フラァートは少々改良を加えている。


 高速射出する水塊を圧縮した青の源素に変え、青の源素の特徴である『超加速中は他の源素を駆逐する性質』――絶色を体内で引き起こさせる。身体の源素を無くした人は一瞬にして昏倒する。

 人が身体の中で無意識に操っている源素を一斉に失えば、そりゃショックで意識も無くなりますよ。内臓やら体内のリズムをひっちゃかめっちゃかにかき乱されてしまうのですから。

 まぁ、またしばらくすれば元に戻るので、気絶させるにはうってつけである。


 もっとも上級術式で気絶させるだけなのだから、安定のコスパ最悪なのは言うまでもない。


 本来、上級術式で殺せる人の数は百を超えますゆえ。


 それでも上級を撃たなければならなかった理由。


 それは相手がクライヴだからだ。

 術式騎士としての彼が無意識に自らにまとわりつかせている防御結界は堅い。クライヴとマッフル君に同じ術式、電撃を浴びせたのなら、まず間違いなくクライヴは膝をつくだけで終わるだろうな。マッフル君は言うまでもなくノックアウトです。


 術式に対する抵抗性がある。

 そして、あの一発を撃った自分に後が残されていないことから確実に仕留めなければならなかった。

 だからこその上級術式。


 さすがのクライヴでも上級術式をまともに受けたら、あぁして倒れるのも当然である。


 全ての作戦が上手くいったことに、内心、ホッとしている間に女医が淀みなく脈、息を確認、生命に別状がないと目でロラン商人に訴える。

 それを受けたロラン商人は小さく頷くと、大きく息を吸いこむ。


「勝者! ヨシュアン・グラム!」


 この言葉を持って、唖然としていた観客は一斉に歓声をあげた。

 負けた賭けチケットが空に浮かび、叫喚と罵声、歓喜と祝福の声が同時にかけられる。


 一体、何が起きたのか理解できない者、決着の物言いをする者、その判定に関して喧嘩し始める者、興行の出来を語る者、様々だ。

 しかし、そんな紳士淑女のバカ野郎どもには目もくれず、自分は生徒たちの元へと向かう。


「というわけで、術式騎士に真正面から挑んではいけません。不意打って倒してください」


 もう、これというほどもない、情けない教えだった。

 正直、細かいことを言いたいのですが、身体中がいてぇのですよ。腕なんかナイフで剣を受けたせいでパンパンですよ。

 ウル・ウォルルムは筋肉を過剰酷使しますから、たぶん、明日は筋肉痛だろうし……、明日に来たら恩の字ですが。無理な身体の動かし方もしたので節々も痛みます。

 クライヴの術式で吹き飛ばされたせいで、傷だらけですしね。


 もう見た目はボロボロです。あっちは傷一つついていないというのに、この有様……、正直、どっちが勝ったのかわからない。


「あ……」


 しかし、自分の教え=努力を聞いてない生徒がいます。


「あぁ!? クライヴ様!!」


 題名をつけるなら嘆きの乙女だろうか?

 クリスティーナ君の悲鳴がキャラバン中に響きわたる。


「先生! なんてことを!」

「そうだよ! 銀貨1枚どうしてくれるんだよ!」


 あーあー、なんか賭けに負けたヤツまで、出っ張ってきたぞ?


「クライヴ様が! クライヴ様が先生のせいで死んでしまわれたわ!?」

「死んでません。生きてます」

「どうやって死んでないと言い切るおつもりですの!」

「クリスティーナ君。それはあのお医者さんに真っ向から喧嘩売ってますからね? ほら、ものすごい眼で睨んでます」

「うぐぐ! もう許せませんわ! クライヴ様の仇は私がとりますわ――!!」


 血迷ったクリスティーナ君が飛びかかってきたので殴り倒しました。

 ゲンコツ一発で地に沈む生徒。情けなくて涙が出そうです。


「お金の恨みは親の仇ぃー!?」


 狂気に片足つっこんだ生徒2号、マッフル君が殴りかかってきたのでウル・プリムで痺れさせました。

 わずか20秒の間にこの大惨事。一体、どういうことなのだろうか。


「は、はわわわわ……、ふぅ」


 この大惨事にセロ君が気絶しました。

 おい、30秒もしないうちに生徒三名がリタイアってどうなったらこうなるんだ。


 慌ててリリーナ君がセロ君を後ろから支える。


「先生を信じないからこんな目に……、であります」

「ホクホク顔で言われても説得力ないですからね」


 このエルフ、2銀貨も賭けてたのでさぞ大儲けでしょうよ。


「先生。質問があります」

「エリエス君はこんな中でも通常運行ですね。先生、驚きです」

「それほどでも」


 このやり取りもなんか懐かしいなぁ。

 最初の錬成の授業以来です。


「団長の仇だ!」

「今度はなんです!」


 後ろから叫び声と共に突撃する美形団員。

 うわ、なんかイヤな予感がするので、鳩尾一発で沈めておきました。

 淡麗な顔に鬼のような形相を貼り付け、眠る団員。

 なんだこいつ、極まってやがる……、緑のに似た空気を感じます。いわゆるアレです。


「四番! 人形屋店主! 値切られた恨みぃ」

「ご老体は無理するんじゃありません!」


 今日も敬老精神は絶好調で、首筋を叩いて優しく意識を落としました。


「五番! 肉屋の娘! 未来の夫に何すんのよー!!」

「告白は本人にしなさい!」


 首を締めて落としました。

 なんでこんないい顔で倒れるんだこの人。笑ってやがる怖ぇ……。


 よくよく見ると周囲の人間の眼がギラついている。

 今か今かと自分を狙っているような顔だ。なんだ、なんなんですか、この状況!


「六番! 冒険者クラウス・ソエス! 俺のライバルに何しやがるー!!」

「決着は両名でつけなさい!」

「七番! 体育担当ヘグマント・ラーシー! 肉の洗礼を受けよ!」

「仕事しろ!」

「八番! 学園生徒! なんだかよくわからないけれど今がチャンスだ!」

「わからないのなら混ざらないの!」

「九番! 我が名は剛剣ヴァレッシー・カビターン! 我が剛剣の錆となれぃーい!」

「その眼が錆びついてるんですよ!」


 大剣を振るう大男の攻撃を避けて接近、首に腕を巻き込んで首狩り投げ。

 地面に叩きつけられた男の向こう側から新しいチャレンジャーが飛びかかってくる。


 襲いかかる相手をちぎっては投げ、ちぎっては殴りとばす。

 もういっそ、戦略級術式でこの場を更地にしてしまおうか。


 そんな薄暗いことを考えようにも敵が多すぎて陣を構成する暇もない。

 これ、実は三千人とやりあったときと同じ状況じゃね?

 あの時も戦略級を使いきれなかった覚えがある。

 うわー、地味に術式師にとって厳しい状況じゃないですか。


 ほのかに漂うアルコール臭が、こいつらを酔わせてることを教えてくれます死ね。


 もう何人、倒してきたかわからない状態でまた新しいチャレンジャーが現れる。


「錬成担当リィティカ・シューリン・シュヴァルエですぅ」

「どこからでもかかって……、え?」


 全身が動くのをやめてしまいました。

 どこかおずおずとした表情はこの場に似つかわしくない美貌を讃え、震える睫毛は天使の羽をも野鳥の毛羽先に貶めるほどの煌びやかな潤いがある。

 その真珠の肌から小さく除く白魚の指に持った奇妙な物体。


 その物体に自分は見覚えがあった。


 紙を複数枚重ね、扇に広げたそれは……まごうことなきオシオキ用術式具!


 『びりびりハリセン』じゃないですかー!?

 

 神の啓示のごとく降り下ろされる紫電をまとった白いハリセン。その動きはとても緩やかで、穏やかで。

 裁判の判定を待つ罪人のごとき心持ちで、自分は『びりびりハリセン』から目をそらせない。


 天罰が下る、その一瞬前に自分は全てを悟る。


 そう、確かにシャルティア先生に渡したはずの『びりびりハリセン』。

 シャルティア先生に『びりびりハリセン』のことは話していない。

 未だ生徒に使ったこともないので生徒はおろか、シャルティア先生なんて知らないはずだった。

 しかし、自分はシャルティア先生を甘く見ていた。


 学習要綱の改善のとき、自分はシャルティア先生に『びりびりハリセン』の材料を経費で落ちないかと打診した。

 すげなく却下されたが、シャルティア先生は自分が自力で『びりびりハリセン』を作りあげるだろうと予想していたのだ。

 それがいつ完成したか、気づいたのはきっと完成後からずっと付けていた腕輪からだろう。


 きっと奇妙に映っただろう、その腕輪。

 そして自分の職業を思い出し、シャルティア先生は推測した。

 あの腕輪こそがオシオキ用術式具だと。


 特に何かに使うつもりなんてなかったはずだ。気づいたところで何かが変わるわけではない。

 腕輪だってキーワードを言わなければ『びりびりハリセン』に変化しないのだ。


 だけど、シャルティア先生はさらに推測した。

 大事なものを鍵のついた箱に閉じこめることはままある。しかし、日常で使うマッチや包丁を鍵のついたタンスや箱にしまうだろうか?

 同じ理由で自分の『びりびりハリセン』も、日常的に使うものならば。


 キーワードを複雑なものにするだろうか?


 残念ながら、正解と言わざるをえない。

 確かに自分の作った『びりびりハリセン』のキーワードは『開放』の一言で展開する代物だ。

 何度かキーワードを試せば、簡単に『びりびりハリセン』は起動する。


 しかし、何故、リィティカ先生が――いや、これも自分の行動を見ていれば予想がつく。

 自分がリィティカ先生にだけは非常に甘い、ということくらい。

 シャルティア先生が『びりびりハリセン』を持って叩きにきても自分は反撃するだろう。

 だが、これがリィティカ先生ならば――自分は攻撃なんてできない。女神を攻撃するなんてそんな罰当たりなことできませんよ?


 かくして、自分はシャルティア先生の思惑通り――


「いい加減にしなさぁ~い~!」


 リィティカ先生の叱咤。

 と同時に鳴り響く鋭い炸裂音。擬音で言うなら「スパコーン!」ですね。

 それは自分が大地に叩きつけられた音だった。


 地面の底から見たシャルティア先生の邪悪な笑みは瞼の裏にまで焼付けました。覚えてろよ!!


 痺れたままの自分でも周囲の状況はわかる。

 無双していた自分が、か弱く美しく荘厳かつ瀟洒で憐憫な女性に倒されたとわかった周囲はポカンとしてしまっている。

 静寂の中、何度か咳払いする声は……ロラン商人だろうか?


 やがて、ロラン商人の靴の底が見える。

 リィティカ先生の近くに行き、その手を掴み、空に掲げる。


「学園最強決定戦はリーングラード学園錬成担当教師・リィティカ嬢に決定しましたー!!」


 その声はどこか自棄になった者の声だった。


 周囲が爆発的な歓声をあげる中、自分が一言だけ言えるのなら。



「……もうどうにでもなーれ」



 全てをそっと捨てて、脱力することしかできなかった。


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