だから、またねー
生徒たちの冒険譚を聴き終わると、食事を与え、寮に返しました。
掃除の類はむくつけき集団がしてしまったので、自分とエドは食卓を挟んでイスに座っていました。
エドから聞いた自分の状況は最悪だったようです。
ヘイエルド・ウォルルムを使ったり、大道具を運ぶために強化術式を使ったり、色々と無茶をしたのでそれが原因ではないかと言われましたが、思い当たる節すぎて何も言えません。
投与された薬は無色の源素を除去するものではなく、内源素を活性化させるものだったようです。
投薬後、無色の源素は緩やかに沈静化して、生命は助かりました。
ですが体に負担が大きい薬物だったらしく、この三日の昏倒は無色の源素よりも、心身共に疲れた体に薬物がトドメを刺した形だったそうです。
「あの薬、普通の人なら死んでるはずなのよねぇ」
穏やかで物騒なことを平気で言われました。
「常人が死ぬようなものを使わないでください」
「それって竜がトカゲのフリをしているみたいに聞こえるわねん」
余談ですが誰が言ったんでしたっけ。
【タクティクス・ブロンド】が竜種に匹敵する戦力だと。
愚剣を取りに帰った時に見た竜種はちょっと戦いたいとは思えませんでしたね。
「それにヨシュアンへの投薬量はぜぇんぶ、把握してるわよん。貴方、過去に何度、死にかけたか覚えてる?」
「片手で数えられる程度でしょうか」
「両手で数えられるくらいよ。今回のも含めても足の指を加えなくて良かったのが幸いだわん」
そんなに死にそうになっていましたっけ?
全然、覚えていません。何度か死にかけているのは覚えていますが。
「まず体の方だけど両腕は問題なく動くわねん? 体調はあんまり良くないらしいけど、それは眠りすぎの弊害だからすぐに良くなるわ。腕の痣は治らなかったわねぇ。それも時間と共に治るとは思うのよねぇ」
まるで何かが巻きついて肉に喰いこむような形をしていますが、特に妙なつっぱりもなく、自然に肌に馴染んでいます。
体調も朝食を摂ってから徐々によくなっていることを考えると三日間、何も食べていなかったのも原因だったのかもしれません。
「まぁ、『気をつける』と言えるようになっただけマシとしておきましょうかしらん。それより、調査隊から調査情報をもらったわよん」
「どういうまとめ方をされていましたか?」
エドが指を鳴らすと笑顔のマッチョメンが羊皮紙の束を机の上に置きました。
報告書をパラパラとめくり、気になった箇所だけ読んでは次に進むを繰り返します。
「一応、私たちもこの調査書が正しいのか調査することになるから、出発はもうしばらく先になりそうねぇん。貴方の経過観察も必要だもの」
「生徒の悪影響になりそうなんで早めに退散を、と言いたいところですが……」
いつの間にか顔合わせしていたのか、生徒たちはごく自然にエドという存在を受け入れていました。
確かにエドは初見で倦厭する人もいますが一度、人柄に触れると『女性ほど』受け入れやすいみたいですね。
中には女性として見る人も居て正気を疑います。
いえ、そう見た方が楽なんでしょうが、これはエドです。名状しがたい友です。
「あらん、皆、楽しくて良い子たちじゃない。見所のある男の子も居て私は楽しいわよん」
フリド君は早急に逃げるようにおすすめしましょう。
「気になる点がいくつかあります」
調査隊の報告書は面白いくらいに自分のことは書かれていませんでした。
「【無色の獣】の一件です。双方の書面に残せないのはわかっていましたが、正直な話を報告しなかった、信義にもとるとされる話になりませんか?」
「三国協定よねぇ。あくまで今回は上級魔獣の出現についてのことだもの。【神話級】魔獣を倒しましたなんて書かなくても大丈夫よん。でも、やっぱりアルファスリン姫から直にランスバール様への報告は避けられないし、貴方も法国への顔見せを避けられないことだけは覚えていてねん」
「ちらっと行って帰ってきますよ。それとモフモフの扱いですが、どう見ます?」
「それは本人に聞いてみたらいいじゃない? ねぇ、モフモフちゃん」
生徒たちがいなくなったのでソファー前の占領地で丸くなっていたモフモフは顔をあげて、あくびしました。
『同胞と共に在る』
どうやら法国に渡るつもりはないようです。
「モフモフちゃんにその気がないなら法国の人たちも何も言えないわよ。王国に文句を言って許可をもらっても、王国の所有物じゃないんだもの。聞いた限りだとモフモフちゃんはヨシュアンに加護を与えていると考えているみたいだけど、たぶん、ヨシュアンがお願いしたら動くと踏んでるわよん。だったら、どう考えてもヨシュアンを狙ってくるわよねん」
やはり、そう考えましたか。
インガルズさんもそのつもりで動いていたように見えました。
下手すると向こうに行った時に試合の一つや二つ、やらされるかもしれませんね。今は怪我と無色の源素のこともあって言ってはこないでしょうが。
「でも、王国側はヨシュアンを動かせない理由があるわん。だって【タクティクス・ブロンド】だもの。唯一の穴は貴方が貴族じゃないことかしらん。平民ならお金で解決できるものねぇ。法国が鉱山一つでも譲ってくれるならものすごく助かるわよ? 王国は今、予算が足りないんだもの。人一人でもらえる権利としては破格の額よね。逆に貴族になったら間違いなくアルファスリン姫を妻に迎え入れる話になるわよぉ?」
「その場合は帝国に逃げます。生徒と結婚とか、何を考えてるんですか。あと貴族になるのも死んでもゴメンです」
エドは「それは困るわねぇ」と肩を小さくすくめました。
「生徒だろうが教師だろうが、国益には関係ないものねぇ。ランスバール様がそんなことを許すとは思えないけど。次。愚剣の話もしなきゃね。封印はしてるのよね?」
愚剣は二階のベッド下に封印しています。
鎖で床に張り付けています。床を引っペがされると持って行かれますが、モフモフが番をしているので誰にも盗られないでしょう。
「アレも法国が欲しがるわよねぇ。でも、これも所有者が決まっちゃってるからやっぱりヨシュアンが狙われる、と。やったわねヨシュアン。法国にモテモテよん」
「政治の話をしなければおざなりに歓迎するんですがね」
「今回の件を考えると繋がりだけでも確保しておけば、いざという時にアルファスリン姫を前に出してヨシュアンを引っ張り出す、が法国にとって理想的じゃないかしら。所属は王国、でも法国の魔獣退治にも協力してもらえる、という関係ねん。その代わり、法国の特産品や鉱石を融通してもらえるかもねぇ。少しつついてみたんだけど、やっぱりソレで話がまとまりそうな空気があったわよん」
直ちに影響がなく今後、長く付き合える関係ですか。
本当は確保したいでしょうが、そのためのハードルはベルベールさんですから向こうもガッツリ手を出せずに困っているのでしょう。
モフモフの怒りを買うかもしれない、という面もあると思います。
「ならもう一つ。文化祭の件を踏まえて法国が学園に関与する意思はあると思いますか?」
「それはあるわよぉ、当然ね。文化祭の件で優秀な人材を育てる場、という主張はできたけど、その優秀な人材が槍を持って法国を攻めないとも限らないじゃない。最低限、手を打っておかないと国として成り立たないわよん。これは前にも言ったけど留学生制度を逆手に取るんじゃないかとは思っているわん」
「そして、その上で自分たちはどう動くか、です」
「攻撃する必要もなければ、素直に法国のために働く必要もないわねぇ。節度を保って清く正しく交際しましょ」
今回の件、両国の均衡が大きく振れる割には安定していますね。
まるで見えない支点に支えられているみたいです。
「まぁ、そんなところですね。一応、情報の共有ができたところでお開きとしましょうか」
「本当は【神話級】魔獣がいなくなった影響なんかも考えたいけど、こればっかりは情報がなさすぎるわん。後回しになりそうよ。あと、そうねぇ。貴方、病人なんだからちゃんと休まないと明日、変な顔でお見送りすることになっちゃうわよん?」
「えぇ、そうですね。今日はゆっくり休ませてもらいます」
「なんなら身の回りのお世話に一人、活きのいい子を見繕って……」
「せっかくですが遠慮します。もし、この社宅に近づけたらエンブレリオ・プリムを使います」
病み上がりに寒気のする危険を投入してんじゃねぇですよ。
「本当にきかん坊ねぇ……」
仕方ない、という顔でエドは去っていきました。
後は見舞いに来たヘグマントやピットラット先生を出迎え、明日は出勤する旨を伝えたり、明日の段取りリィティカ先生のお見舞いの品を貰ったりしていました。
何故か顔を出さないアレフレットのことは放っておいて、なんだかんだしていれば夕方になり、自分はいつもより早く眠りました。
眠り続けていたのにも関わらず、まだ睡眠が取れたことに翌朝、ちょっと意外に思っていました。
見送りというのはもちろん、アルファスリン君たち調査隊の送迎です。
二週間の滞在期間が終わり、今度は四聖団として王都に向かいます。
歓迎した時と同じように並び、調査隊を待ちます。
一つ、違うことがあるのなら以前は外からやってきたアルファスリン君の鳥車が【貴賓館】の方角からやってきたことでしょうか。
調査隊全隊は門の外で待機しています。
アルファスリン君はこの全隊に合流して、おしまいです。
鳥車から降りてきたアンドレアスさんがアルファスリン君をエスコートし、警備する形でインガルズさんも近くにいます。
前よりも物々しさがなくなっているのは、それだけ胸襟を開いた証拠でしょう。
「世話になったのじゃ、クレオ学園長。学園での生活は中々に刺激があって楽しかったぞ!」
「いいえ、こちらも生徒、そして、教師にとっても良い刺激になったのではないかと存じます」
「うむ。実り多き日々じゃった。この学園事業が成功することを風神ヒュティパ様に祈っておるぞ」
「王女の祝福に感謝します。道中、どうかお気を付けくださいませ」
学園長が頭を下げ、アルファスリン君が受け取る形で終わります。
終わるはずなんですけどね、やっぱり、ここでアルファスリン君は形式を無視した行動を取りました。
「皆の者、顔をあげよ」
アルファスリン君はヨシュアンクラスの前に来ると見せつけるように胸を張りました。
一体、何が始まるんでしょうね。
今回はガルージンのような護衛もいません。
一応、インガルズさんがすぐに割って入れる位置にいますが、最初と比べるとやはり護衛が緩いですね。
「学園での生活は楽しかったのじゃ。妾にとって得難い経験じゃった。特にヨシュアンクラスの皆には語っても尽くせないほどの言葉があるのじゃ」
クリスティーナ君は何かを言おうとして、しかし、静かに頷き、笑みを浮かべていました。
マッフル君は「こういうの、苦手だな」というように困りきった顔をしていましたが、それでも二カリと歯を見せました。
セロ君は涙をこらえていましたが、頑張って鼻をすすって笑おうとしています。
エリエス君は相変わらずの無表情、しかし、渦巻く瞳にどんな色が隠れているのかここからではよくわかりません。
リリーナ君は神妙な顔つきでしたが、微妙に顔を緩くさせています。
「お別れじゃ。皆の者、達者でな」
「さようなら、アルファスリン姫――いいえ、ファスリン。貴方と過ごした日々は忘れませんわ」
クリスティーナ君が代表して、カーテシーをしました。
アルファスリン君はこのカーテシーを微笑みながら、『王国式のカーテシー』で返しました。
これにインガルズさんが少し眉を上げましたが、誰も何も言わないところを見ると自分も黙っていた方がいいですね。
王族が、他国の文化の礼節を象るということは相手に対して最大限の敬意を持っている証です。
軽々しくできるものではありません。
そのまま、アルファスリン君は鳥車に入り、出発しました。
静かな、とても穏やかな別れのように見えました。
「セロ、下を向いたらダメだかんね。昨日、決めたっしょ」
「はぃ……、なのですっ」
セロ君をマッフル君がポンポンとあやしているのが見えました。
限界まで我慢しているのが見え見えです。
これも一つの別れなのでしょう。
最後は笑顔で、なんて殊勝じゃないですか。
それだけ生徒たちの中でアルファスリン君が居た証拠であり、無軌道だった生徒たちが礼節の場を重んじて、感情を殺して場を弁えた証拠です。
皆、わかっています。
きっと、もう、アルファスリン君と会う機会はないということに。
この義務教育計画中はもちろん、外に出れば一国の姫と関わる可能性があるのはクリスティーナ君とキースレイト君くらいです。
ティルレッタ君はギリギリなんとかいけるとは思いますが、どうでしょうね。
今生の別れに等しい、別れです。
自分はもう一度、会う可能性が非常に高いので、生徒たちの手紙くらいは持って行ってやれますね。
のんびり鳥車を見送り、今まさに門を抜けたそのときでした。
「イヤじゃあ―――――――!!!」
鳥車の天蓋が開き、アルファスリン君が顔を出し叫びました。
アンドレアスさんが必死でアルファスリン君の腰にしがみつき、外に出ないように頑張っています。
「なんで妾だけここに居れんのじゃ! ここでもっと皆と一緒に居って何が悪いというのじゃ!」
悲痛な叫びにまずセロ君が轟沈しました。
涙が止まらなくなって膝から崩れ落ちたみたいです。
慌ててマッフル君がセロ君を抱えますが、そのマッフル君にしたって歯を食いしばっています。
「友達じゃぞ! あそこに居るのは友達で、妾はなんで出て行かねばならん!」
クリスティーナ君は眉根を寄せて、それでも頬に涙が伝いました。
「落ち着いてくださいアルファスリン姫様! 皆の顔をご覧ください! 皆、堪えております!」
「だからなんじゃ! 妾が、妾だってな! 皆と一緒に居たいのじゃ! 演劇をして! 勉強して! 冒険して! 笑っていたいのじゃ!」
エリエス君は冷静にそのアルファスリン君を観察していました。
少し、困惑ぎみな表情をしているところからエリエス君も揺さぶられているのがわかります。
「……初めて、できた仲間なのじゃ」
打って変わって、小さなその呟きを生徒たちには聞こえなかったでしょう。
唇が読めなければわかりやしなかったはずです。
アルファスリン君を押さえながら、それでも鳥車は門を抜けて学園から去ろうとしています。
「モモとは違う、初めての……」
その瞬間です。
生徒たちの中から風のように飛び出す影がありました。
ヘグマントすら目を見張る、その速さに自分は不覚にも唇が歪んでしまいました。
彼女の得意な強化術式はリューム・ウォルルム。
その性能は学園生徒の誰よりも洗練されています。
基本を踏破し、応用を超えて、完全に自らのものにした術式はもはや身体運用の一部です。
その領域までその歳で成せるのはこの学園に一人だけです。
「リリーナ君! 一応、言いますが止まりなさい」
「それは止める意思があるのか?」
隣のアレフレットからジト目と共にツッコミが入りました。
それに対して自分はゆっくり肩をすくめました。
ぐんぐんと鳥車との距離を詰めて、一足で鳥車に乗ったリリーナ君はどこから出したのか何かを取り出して、アルファスリン君に手渡しました。
あれは手帳ですか?
「リンリン!」
リリーナ君はそのまま、鳥車を蹴って、学園の門の上に着地しました。
「そのうち、会いにいくでありますよ!」
門の上から手を振るリリーナ君にアルファスリン君は完全にきょとんとしています。
「だから、またねー、であります」
法国の兵たちは流石にこの行動に驚き、どうするべきか隊長格らしき人を見ていましたが、隊長格の人も少し困惑しています。
それも鳥車から太い腕が伸び、なんらかのハンドサインと共に兵たちは静まりました。
インガルズさんも粋なことしますね。
なら、自分も動きましょうか。
「ちょっとリリーナ君をオシオキしてきます」
学園長に言って、それから列から離れました。
自分が近づいてもリリーナ君は動かず、容易に門の傍まで近寄れました。
「さて、満足しましたか?」
「ん~、それなりに、であります。それより先生に質問であります」
「なんでしょう。オシオキの種類は選ばせてあげますよ。一応、礼節の場を壊したのですから、ね」
しかし、自分にオシオキをする意思はありませんでした。
リリーナ君がしたことは常識はずれかもしれませんが、誰かの心を救う行為です。
立場上、罰則を与えなければなりませんが、多少は大目に見ますよ。
「リンリンに会うにはどうしたらいいでありますか?」
その言葉はきっと、リリーナ君にとっての最初の目的です。
ですが、この貴族社会において易々とは叶わない種類のものです。
「そうですね。有名人になるか、貴族になるか、どちらにしても正規の手段では途方もない功績が必要ですね。それも他国からお声がかかるくらいですね」
「ふぅん、であります」
途方もない夢を初めて抱く少女を何時、引きずり下ろすべきか。難問ですね。
その問題はきっと等価で、どうしようもなく不確かなものです。
主軸がブレない限り、常に保っていられるものであっても、ブレない人間なんていません。
あっちにコロコロ、こっちにコロコロ、主張を変えてしまいがちです。
そんな中でこの子が目的を叶えるために、自分は何ができるでしょうか?
教えるものは無数にあっても残り半年で何を教えられるでしょうか。
何を身につけさせ、何を考えさせるべきでしょうか。
その難しさにめまいがしそうです。
リリーナ君の耳を引っ張って学び舎に戻るまで、その難問の答えは自分の中でも天秤のようにグラグラと揺れていました。
第五章『神話の夢』――了。
ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。
今章においても投稿者の未熟が露呈する部分が多くあり、特に書き直しを敢行し、ご愛読いただけた方々にも多大なご迷惑をおかけしたことをこの場をお借りして、謝らせていただきます。
申し訳ありませんでした。
しかし、同時に大きな転機も訪れました。
オーバーラップ文庫様の主催するOVL文庫web小説大賞の大賞受賞により、まさかの拙作が書籍になるという吉事が到来しました。
四月のお話でしたが、もう五ヶ月、日数的には四ヶ月前のお話ですが書籍化作業と並行しての連載活動、時間的な苦難も多い今章でした。
それでも、感想をいだだき、また今章中にレビューをいただけたり、などなど、お気づかいいただけたこともまたこの場で深く感謝させていただきます。
誠にありがとうございました。
そして、今回は次の連載まで四ヶ月、あるいは五ヶ月の時間をいただく形を取らせていただきます。
理由は書籍化の仕事に一端、集中するためですね。
しかし、間章も投稿するので引き続き、お楽しみいただけたらと思います。
なお9/16まで書籍に集中させていただきますので、その間は間章を投稿できない状況にありますのでご了承ください。
では次章までしばし、お待ちください。