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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
324/374

ドーンって現れるのですっ

 【氷の城】の設置と解体に必要な時間はアルファスリン君がアドリブで稼いでくれました。

 しかし、これはこれで問題が発生する原因だったんですよね。


「いやいや、アレはないから。本気で焦ったから!」


 舞台から帰ってきたマッフル君は顔の前で手を振りながら、必死で舞台での出来事をアピールしていました。

 対するアルファスリン君は、クタリとした感じで首を倒していました。


「そうは言っても、時間を稼げと言われたのじゃ。仕方なかろう」

「事前に即興やるくらい言ってってこと! このお姫様はわかんないかな!」

「む! 妾のせいじゃないと言っておるじゃろ! 舞台の上でどうやって教えろというのじゃ!」

「それこそそっちで考えてよ! なんか突然、クルクル回るしさ! 全然、脚本と違うじゃん!」

「じゃから時間を稼ぐために踊りを加えたのじゃ! そのおかげで観客席は総立ちじゃったろう!」


 いえ、アレはアルファスリン君が出たから家臣団が起立しただけです。

 ヘグマント先生が必死で座るように指示していたのが見えましたからね。


「汝こそなんじゃ、あのスィ・ムーランの返答は! 愛を捧げよと言われたら愛さんか! 愛の告白をされるのではないかとちょっとドキドキしておった妾の純情を返さんか!」

「そんな純情、ヤグーに食わせたらいいじゃん!」


 ぐぬぬ、と睨みあう二人。

 まさかの喧嘩が始まりました。


 仲裁に行きたいのですがまだ次の鎖の森の設置が終わっていません。

 大道具の交代もこれで終わりなのですが、だからと言って手を抜けません。


 いつもなら術式でオシオキするところですが、この体では強化術式で大道具を片付けながら他の術式が使えません。

 体も怠くなりますし不便で仕方ありません。


「マフマフー、つーかまえたであります」


 肩を怒らせ、今にも飛びかかろうとするマッフル君を背後から抱きしめたのはリリーナ君でした。

 次はイルミンシアの出番だからすぐ近くに居たんでしょうね。


「その衣装で喧嘩したら次の出番、ボロボロの姿で舞台に出ちゃうでありますよ?」

「ぎゃー! 耳元でしゃべんなー!」


 おおよそ女の子らしくない悲鳴をあげたまま、マッフル君はリリーナ君の戒めから抜け出し、体を両腕で抱えました。


 マッフル君を追いかけようとしたリリーナ君でしたが、一瞬にして標的をアルファスリン君に向けました。

 身の危険を感じたアルファスリン君が逃げ出すよりも先にリリーナ君の魔手が抱きしめました。


「リンリンの弱点は先生が教えてくれてたであります」

「な、何をするのじゃー! にゃ!? 角はやめるのじゃー!?」


 四肢に巻きつき、頭をなでなでする姿はお世辞にも人間には見えませんね。

 軟体生物か何かですか。


「こら! リリーナ君! アルファスリン君を襲わないの! いいから準備しなさい!」


 リリーナ君の目的が喧嘩の仲裁にしたって、少々度が過ぎています。


 オシオキが飛んでくると思ったリリーナ君は慌てて舞台の上に飛び出していきました。

 残されたのは無駄に衣装がはだけたアルファスリン君と鳥肌のマッフル君でした。


「くそ~、リリーナのヤツ! いつの間に弱点を……!」

「ぬぅ……、油断も隙もないのじゃ」


 役柄を考えればスィ・ムーランがイルミンシアとテノートの間で彷徨うはずなのですが、イルミンシアが肉食系になるとこんな感じになるんでしょうか?

 スィ・ムーランも苦労しそうですね。


「マッフル君は早く舞台に立つ準備をしなさい。アルファスリン君は早くこっちを手伝ってください」


 指示を出すと思い出したように動き出す二人。

 そう、まだ舞台は終わっていませんよ。


 アルファスリン君とバトンタッチし、自分はモフモフとエリエス君を連れて、再び舞台下に降りていきました。


「集光型フロウ・プリムの術陣は覚えてきましたね?」

「はい」


 モフモフこと【無色の獣】の影絵を動かすのは、安定した術式が使えて、なおかつ脚本を全て知り尽くしているエリエス君以外、考えられません。


「ここから先、先生も舞台に立つので指示はできません。何かあった時、エリエス君が頼りです」

「――はい」


 驚いたような瞳をしたエリエス君でしたが、それ以上に真剣な瞳に変わりました。

 そういえば、こうしてエリエス君を信用して後を任せたのはこれが初めてだったかもしれませんね。


「任せましたよ」


 エリエス君の頭を撫でてから、自分は控え室に入りました。


 クリスティーナ君もセロ君もアルファスリン君も、舞台袖から最後のシーンを眺めています。


「先生、早くしないと出番がすぐに来てしまいますわ」

「わかっていますよ」


 クリスティーナ君のお小言を軽く聞き流し、自分も舞台袖に立ちます。

 マッフル君がルーカンを呼ぶ【聖鈴】を鳴らしたら、自分は飛び出していかなければなりません。


 この上半身裸にさらし、両腕に包帯という痛い格好をお披露目したら、ようやくデザインワイシャツに戻れます。

 ちなみに肩口の包帯はそのままです。


「当然、派手な登場を演出しますわよね?」


 また何か言い始めましたよ、このフリルの国の女王様が。


「闘神ルーカンなのですから雄々しく、荒々しく、力強く――は先生に期待しませんけれど、せめて演出に力を入れるくらいしてくれますわ」


 クリスティーナ君が扇子を手の内でぴしりと鳴らしました。


 呼ばれたら、普通に出ていこうと思ったんですが、ダメですか?


「……ホントなのですか? 物語の英雄さんみたいにかっこうよく登場するのですか?」


 セロ君までキラキラした瞳を向けてきています。


 心の中で多分に自分が美化されているような気がするのですが、ちょっと幻想を抱かせすぎたのでしょうか。


 否定するのは簡単なのですが、この夢見がちな瞳は裏切れません。

 かといって、この体で派手な術式は使えそうにありません。


 どうやって穏便に却下するか、あるいは承諾しても低コストで派手に見せるかが問題です。


「あまり無茶を言うでないぞ二人とも」


 まさかの助け舟はアルファスリン君でした。


 アルファスリン君は自分が怪我をしていることを知っていましたね。


 そのことを仲間にも話していないようです。

 そうでなければクリスティーナ君やセロ君のリアクションに説明がつきません。


 少し言いごもっているのは怪我のことを話せないから、他の言い訳を考えているからでしょう。

 ここで『仲間に誠実さを通すために本当のことを言う』なんて選択をしないでくださいね?


「主役はマッフルじゃぞ。派手に登場してしまえば主役の面目丸潰れじゃ」

「えぇ、そうですね。ルーカンは今まで話の流れに登場していませんし、あくまで【無色の獣】を倒すだけの役柄です」

「うむ。それにいくらヨシュアン先生でも都合よく無害で派手な術式など知っておるはずなかろう」


 無駄に尊大に胸を張っているのは嘘をついた後ろめたさを隠すためでしょうか。

 心苦しいかもしれませんが、この流れに乗りましょう。


「クリスティーナ君とセロ君の期待に応えたいところですが……」


 先生との約束を守るために仲間に嘘をつかせてしまったことと、助け舟を出してくれたことに感謝の意味を込めて、アルファスリン君の頭を撫でました。

 今度は角を触らないように気をつけましたよ?


「うむ。術式は万能ではないのじゃ。ここは少し地味じゃが――」

「そんなことないのですっ」


 セロ君は両手を握りしめて、渾身の否定を始めました。


「せんせいはすごいから、ピカッって光って、ドーンって現れるのですっ」

「雷と共に現れる、というのは良い演出ですわね。なかなか面白いことを考えますわねセロ」


 必死で期待を込めた上目遣いと、さも当然、という表情を張りつけた女王に自分は内心、頭を抱えました。

 そうですね、期待されてますよね、そうした幻想を抱かせたのは自分ですものね。


「……当然です。先生は君たちの先生ですよ? ちょっと光って、雷と共に登場することくらいワケありませんよ、ははっ」


 口をパクパクさせて、どうフォローしようか迷っているアルファスリン君の頭から手を離し、自分は彼女たちの前で握り拳を見せました。


 例え無色の源素に蝕まれていようとも、時に教師は生徒の期待に応えなければならないのです。

 今がそのときです。本当にその必要があったかどうかは定かではありませんがやらねばなりません。


 もしものためにまだ持っていた【いみびき】を天井に射出すると、梁の上に乗りました。

 若干、肩口からメリッという音がした気がしますが強化術式で耐えました。


 鈴の音が鳴ったと同時に弱体化させたウル・フラムレイを天井に放ち、自分は梁の上からマッフル君の前に落ちつつ、これまた威力を落としたウル・プリムと共に舞台から落ちました。


 これで客席からは雷と共に落ちてきたように見えるはずです。


「……ぅわ、びっくりした」


 小声で驚いているマッフル君の言葉に被せるように自分は声を張り上げました。


「久方ぶりだ、我が友スィ・ムーラン――」


 登場して早々ですがルーカンはもう限界です。

 剣を握るのもいっぱいいっぱいです。


 【虚空衣からからぎぬ】もずっとフルスロットルで肉体強化してくれていますよ。

 無理やり、指先の神経まで【虚空衣からからぎぬ】を通して、指を動かしています。


 影に合わせて自ら吹き飛び、剣を引き抜いては果敢に振り抜きました。

 実際に握っている感覚なんてありません。肘の感覚まで無くなっているので荒々しい剣技でしたが、逆にルーカンらしく見えたんじゃないでしょうか?


 最後の一刀で【無色の獣】の影を引き裂くと、舞台下でモフモフがパタリと倒れるのが見えました。

 いつもはライオン座りか腕に顎を乗せている姿しか見ていないので、あぁした無防備な姿は珍しいですね。


 エリエス君にお腹を撫でられているモフモフを見ながら、舞台の幕が降りました。


「お疲れ様です、マッフル君、リリーナ君」


 幕が閉じきっても拍手の音が聞こえてきます。

 感無量だったのか、リリーナ君を抱きしめた格好のままマッフル君は動こうとしません。


「ぐにー! マフマフ、いたいであります!」


 よく見るとさっきのお返しなのか、マッフルがリリーナ君にサバ折りしていました。

 リリーナ君は捕まえるまでが難しいので、こうして肌が触れ合うほど接近すれば楽に復讐できます。

 ある程度、気分も発散できたのかマッフル君はリリーナ君を放り投げると舞台の上で腰を落としました。


「あー……、終わった……っ!」


 大きく伸びをして、ようやく自分に気づいたのか口を開けたまま固まっていました。


「リリーナ君が君たちの喧嘩を止めようとして起こした行動だと知っているでしょうに」

「そうだけどさ。うん、けじめ?」


 小さく恥ずかしがるように目線を彷徨わせるマッフル君。


「今回は深くは追及しませんが、いつぞやのような私刑まがいに発展するようなら全員、ゲンコツか黄の源素を活性化させた空間に放り込みますよ」

「それ、どうなんの?」

「動くたびにバチバチ言います」


 ようするに何かするたびに静電気が起きて、バチバチと皮膚を打つ空間ですね。

 自分が考えた新しいオシオキです。


「うげ……、先生から釘も刺されるし、即興に巻きこまれるし、散々だったよ」

「あの即興の指示は間違いなく先生ですよ?」

「先生が犯人か!?」


 くわっ、と音がしそうな顔をされました。

 アルファスリン君のせいだと本気で思っていたんですか。


 やがて、ヨシュアンクラス全員が舞台の上に集まってきます。


 やりきったという顔のクリスティーナ君。

 疲れた顔でも、どこかまんざらじゃないマッフル君。

 キラキラした瞳のセロ君。

 どこか誇らしげな瞳をしているエリエス君。

 サバ折りから復活して、ニコニコとしているリリーナ君。

 そして、ご満悦といった様子のアルファスリン君。


 全員、演劇に成功の手応えを感じているのでしょう。


「全員、お疲れ様でした。よく頑張りましたね。この調子で二回目の公演も頑張りましょう」


 その瞬間、アルファスリン君以外のヨシュアンクラスが固まりました。


「――え? 聞いてないんだけど?」


 一番、出番が多かったせいでクタクタなマッフル君は恐々として聞いてきました。


「うむ。実は【宿泊施設】で魔獣講座を開くのじゃが、それにこの劇を使わせてもらおうという話になったのじゃ。もちろん許可はもらっておるぞ!」

「マジで聞いてない!?」


 マッフル君の絶望の絶叫が舞台に広がりました。

 いい絶叫です。これなら一番後ろまで声が通りますね。


「だから、そういうのは先に言ってっていったじゃん! なんなの! 今日の皆はなんなの! なんか恨みでもあんの!?」

「大丈夫です。大道具の交換などは他の先生方も手伝ってもらえるので今回より楽になります」

「あたしは基本、出ずっぱりじゃん! 何の慰めにもならないし!」


 掴みかからんばかりのマッフル君でしたが、徐々に開く幕を見て、唖然としていました。

 他の子たちも同じです。


「それでは舞台挨拶ですよ。ほら、一列に並んでくださいね」


 マッフル君を除いて、やりきった笑顔のヨシュアンクラス。

 アンドレアスさんが舞台下で懺悔するように膝をついていることを除けば、ごくごく普通に大盛況です。


 こうして長かった文化祭準備、そして、文化祭が終わりを告げたのでした。


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