島流しか何かか
「【タクティクス・ブロンド】が二人も学園に居るのは何らかの危惧を察してか? まさか【無色の獣】のことを王国は知って」
「いえ、どうでしょうね。そのあたりを自分は聞かされていません。元々は自分だけ配置されていました。メルサラが来たのはアレがバカをやった罰みたいなものです」
「島流しか何かか」
珍しいインガルズさんのツッコミでした。
違うのにそれっぽく聞こえるので止めてください。
それだと自分も島流しにあったみたいじゃないですか。
アルファスリン君が真っ白に固まっているのを他所に自分は学園に【タクティクス・ブロンド】がいる説明を試みていました。
国境に近いリーングラードに王国最大戦力が二人もいると、余計な不安や疑心を招くでしょう。当たり前です。
正直に話して納得してもらうのが一番ですね。
「妨害に対する守護として派遣されていたわけか」
「そうなりますね。貴族院の細作がどこにいるのかわからない現状で自分の正体を公にしてもらうと困ります」
「以前、王国内部に大きな影響を与え、戦争を助長したことについてヘルメ=フィリネ様もお心を痛めておられた。我々は魔獣討伐の使命上、国への影響を無視するところもあるが積極的に他国を混乱させたいわけではない。現状はグラム殿の意向を飲み、後にリスリア王から正式に答弁をいただく形が一番か」
無駄な波風を立てないつもりなら、正解だと思います。
これはたぶん、自分の意向を尊重することでテーブルにつきやすくする裏向きの事情もあります。
「見返り、というわけではありませんが一度、そちらに出向かせていただきます」
「……そこらが妥当か」
ようするに【タクティクス・ブロンド】であることを黙っていてもらう代わりに、法国に出向いて『なぁなぁで済ませよう』という考えです。
もちろん法国に所属するわけではありません。
法国からすれば、神務代行と言葉を交わし感銘でも受けて教会員になれば儲けもの、法国に愛着を持てば大成功、くらいの考えでしょう。
さすがにグイグイと来るとは思えませんが【語り部】の言葉もあります。
自分はどうやら人外に好かれやすいみたいですからね。
囲まれでもすれば、どうなるかわかりません。
きっと辟易するでしょう。
「その時は責任を持って対処させてもらおう」
「時期は義務教育期間終了後、でしょうか。少なくとも現状、ここを離れる気はありません」
「我々もタラスタット平原の浄化がある。都合をつけるのならやはり、一年か二年後くらいだろう」
貴族院のスパイもそうですが、根元を断ったとはいえ、まだクリック・クラックが残っています。
いつだって化物より人間が一番、厄介な相手です。
「しかし、【タクティクス・ブロンド】の弟子か……」
「自分の弟子ではありませんよ。学習要綱により学習の進行は定められています。進みを無視して教えるにしても限度があります」
言いませんが、学習要綱外の技術も教えています。
クリスティーナ君の【幽歩】やエリエス君に与えた秘本【複合属性の強化術陣見本】、セロ君が持つ【白の術式書】、今、マッフル君に教えている【術式剣】。
リリーナ君は飛び抜けてしまったために今は何も教えていませんが、ゆくゆくは歩法の一つくらい教えられると考えています。
逆に言えば、それくらいしか教えられてないんですよね。
「もしも本当に弟子を作るつもりだったとしても、自分にその機会が訪れるかどうかですね」
今代【タクティクス・ブロンド】は王の一存が大きく関わりましたが、次代までそうだとは限りません。
先代と同じく貴族たちの選定や法務院が関わってくるでしょう。
そうなると【タクティクス・ブロンド】としてふさわしい能力があったとしても選ばれない、機会すら与えられないなどと不平等な選出もありえる話でしょう。
次代の【タクティクス・ブロンド】に関する自分の意見は、おそらく黙殺されると踏んでいます。
向こうからすれば貴族の敵の意見です。踏み潰すに決まっています。
新貴族にしてもあまり自分に関わりたくないでしょう。
「……わかった。疑心は消しきれないだろうが国政に関わることだ。いくら危険視しようがどうしようもあるまい。我々はこのことを国に伝え、より良い関係を長く続ける努力をするだけだろう」
どれだけの推論を重ねても結局、王国と法国の関係性を考慮すると、そこらに落ち着きますね。
むしろ文句を言うのは帝国です。
帝国からすれば敵国の戦力増加みたいな話ですし、実際、そこらを危惧してかアホが無茶をやりました。
あるいはタカ派、強硬派、反モモ・クローミ派もこの辺を利用しようと考えるでしょうが正直、自分の仕事ではありません。
学園や生徒に手を出すつもりなら根元から叩き折るだけです。
「勝手に話を進めるではない」
インガルズさんもアンドレアスさんも一応、納得の体を見せているので、説明責任は果たせたと思ったのですが、ここでまさかの横槍が入りました。
当然、そんなことをするのはアルファスリン君だけですね。
「姫様。グラム殿も少々、お辛そうです」
「わかっておる」
普通にしていましたが、そろそろ脂汗が浮いてきました。
痛みとうまく稼動しない内臓が悲鳴をあげているのをずっと無視しつづけてきましたしね。
「クリスティーナたちはヨシュアン先生が【タクティクス・ブロンド】だと知っておるのか」
これに自分は「あぁ……」とどうしようもない呻きしか挙げられませんでした。
そうですね。最初は学園やそれにまつわる部分を軽く見ていたので、簡単に【タクティクス・ブロンド】だと口にしていましたし、どうせ信じられないだろうとタカをくくっていました。
しかし、今だとそうはいきません。
『ひょっとすると』『もしかしたら』なんて疑問を浮かべられるだけのことを生徒の教育と割り切って、色々とやらかしてきています。
「知らない、というよりも信じていない、というべきでしょうね」
「それはおかしな話じゃぞ。なんで信じられないのじゃ。ガルージンを無傷で倒すほどじゃろうに」
実際、おかしい話です。
生徒たちに関しては自分が取り繕いましたし、教師陣にしてもレギィが堂々と嘘をぶちまけてくれましたので、今のところ疑心は抑えられているようです。
これはアレフレットの言動から推測しているので、必ずしも確実ではありません。
ヘグマントやピットラット先生は深く考えないことで見ないフリをしてくれているのかもしれませんね。
リィティカ先生は女神ですが、とても純朴な方なので騙されているでしょう。
ですが、シャルティア先生は未だに推測を続けている可能性があります。
むしろ、この綱渡りのような状況が今まで保っていられたのは――あぁ、わかりました。
「おそらく、それどころではない、というのが一番の答えでしょうね」
特に生徒たちが起こす問題に自分たちは忙殺されています。
日常の問題が積み重なっているせいで、個人の秘密を深く探れないのかもしれません。
思い返せば自分も生徒たちにかかりきりで貴族院のスパイ探しができないままです。
もう少しあの子たちが落ち着いてくれないと何もできません。
「よくわからんが、うむ。理由は聞いた。信じられていない部分は納得できんが、ヨシュアン先生が【タクティクス・ブロンド】であることは口を噤もう。妾はちゃんと約束を守れる子じゃ」
だからといって『褒めて?』みたいな目でみないでくださいね。
「大筋はこの辺で。細かい部分は学園長も交えて話し合いましょう」
「うむ。ではそろそろ行くか。安静にせよ」
「あぁ、最後に一つ。自分はいつまで寝ていましたか?」
重要な質問です。
「丸一日くらいじゃ。それがどうかしたのか?」
アルファスリン君は怪訝そうに首をかしげていました。
アレから丸一日、ということはまた遅刻ですね。
「自分を学園まで運んでもらえますか?」
元々、遺跡に到着した次の日、朝か昼に学園に戻る予定でした。
社会人としてはあるまじき遅刻ですね。急病手当とか出ましたっけか。
「リリーナ君が大道具をどこまで進めているか心配でして。学園にも次の日に帰ると伝えて来てますしね。一日、遅刻してしまっています」
現状、自力で帰るのは不可能です。
歩くにしても、術式で帰るにしても、どちらにしても体が保ちません。
「そんな体でまだそんなことを言いおるのか! 全然、わかっておらんぞ! インガルズ! こやつを簀巻きにしてしまえ!」
「姫様」
インガルズさんも非常識だと考えたのか、諌めるような声色でした。
なおも言い募ろうとしたアルファスリン君の言葉に、自分はかぶせるよう声を出しました。
「そんなことではありませんよ」
重要なことです。
約束とは言葉を交わしただけで生まれるものではありません。
『あの子たちが望み、当然だと思うことを果たす』こともまた、約束とも言えるのです。
「誰も、こればかりは責任を負えないものです。例え、無理をしてでもリリーナ君を見てやらないといけません」
言葉にしない約束は、信用と呼ばれます。
信用は責任を果たした者にしか生まれません。
「承ろう。昼頃に鳥車を手配する」
説得は不可能だと察したのでしょう。
インガルズさんは素直に了承してくれました。
アルファスリン君はまだ何か言いたそうでしたが、アンドレアスさんに急かされ、テントから出て行きました。
「……もしも生徒を想うのなら自愛することも重要だ」
「今は、まだ。終わったら呑気に構えさせてもらいます」
インガルズさんが最後に出て行って、気配が遠ざかりきった瞬間、自分はくの字に体を折りました。
灼熱するような血の塊を吐き出し、一息つきました。
思った以上にダメージは深刻なようです。
『……同胞よ』
「大丈夫ですよ」
また血を失ったせいか、より頭が割れるように痛みます。
横になって安静にしていてもジクジクと体中が鈍痛が広がり、『手先の感覚が非常に曖昧』でした。
うっすらと滲む視界を横に倒して、目を瞑りました。
蘇っても、全てが元に戻るわけではないようです。
ですが、変わったものもあります。
体を繋ぎ止めるのに【虚空衣】のリソースを回しているせいで『人格の形成までできなかった』はずですが、なくとも普通に喋れていました。
思い、感じ、推測し、相手の心を理解できます。
相手を殺す以外でもコミュニケーションが取れるようになっていますね。
若干、『微妙な違和感を覚える』のはそのせいでしょうか。
思考と共に眠り、騒がしさで目を覚ましたら、兵士たちに担架で運ばれていました。
そのまま鳥車に乗せられた時に、ふと足元を見るとモフモフが神輿に担がれていました。
自分の担架は布切れと棒なのに、モフモフのはわざわざ木で装飾が作られた籠です。
そして、鳥車の頂上に備えつけられている音がします。
モフモフ、大人気ですね。
「森の賢狼様にふさわしいじゃろう」
「……どうして居るんですか、アルファスリン君」
気づけばアルファスリン君が自分の布団の隣に座っていました。
「妾も帰るぞ。何せまだ文化祭準備は続いておる」
「調査隊はどうしたんです」
「調査するべき相手が滅んでおるのでは何も調べようがないのじゃ」
言われてみればその通りですね。
調査隊の表の目的である『遺跡の調査』は兵たちでもできるでしょう。
そうなると裏の目的だった『【ナカテー】の調査』はアルファスリン君の仕事だったのでしょう。
それも調査隊に顔を出したので面子も保てます。
そういえばアルファスリン君とインガルズさんが自分を救い出したと言っていましたね。
そうなるとアルファスリン君は【ナカテー】に行く技術を持っているのでしょう。
法国の謎技術には驚かされます。
「道中、がっつり聞かせてもらうぞ。ヨシュアン先生がどうして【タクティクス・ブロンド】なのかをな!」
アルファスリン君は薄い胸を張って、一番、聞かれたくないことを言い出し始めました。
あぁ、嫌ですね。
何が嫌かというと『こんな期待に満ちた瞳をした生徒』を自分は裏切れないことです。
「そうですね。さほど、良い話ではありませんが聞きますか?」
「うむ。妾の無聊を慰める栄光を噛み締めると良いぞ」
丸一日の帰路でしたが、そう長い話ではありませんでした。
ポツポツと語り、その度に不思議そうな顔で聞くアルファスリン君に答え、そして、自分とモフモフ、アルファスリン君が学園に戻った時に見たものは、ボロボロの姿で大道具を作っているリリーナ君でした。




