はっぱのうえ で おどりたくなる あじ
客用テントの中で座って待っていると、森の奥から狼の遠吠えが聞こえてきました。
モフモフの準備が整ったようです。
テントから出ると警備兵さんがすこし緊張した風に体を強ばらせました。
何も取って食いやしませんので怖がらないでください。
「少し、様子を見てきます」
「あぁ、先ほどの遠吠えでしょうか」
理由がわかると明らかにホッとした顔をしました。
「客人にそのような雑事をさせるわけにも参りません。哨戒兵がすぐに追い払うでしょう」
「ちょっとした気分転換も兼ねていますので。それに少し気になることもあります」
「でしたら兵を幾人かお連れした方が……」
「あんなことがあったばかりで人を借りるわけにもいきませんよ。それに様子を見たら、すぐに帰ってくるので大丈夫です」
「は、はぁ……」
曖昧な返事で煮え切らないのは、もしも客人に何かあった場合、責任を追及されるかもしれないからでしょうか。
「インガルズさんには一応、報告しておいてもらえると助かります」
インガルズさんの名前を出すと渋々、了承してくれました。
報告すれば責任はインガルズさんに向きますしね。警備兵さんとしてはこうした段取りで『正規の手段で外に出てもらう』方が一番、問題が少なくて嬉しいでしょう。
「では、お気をつけて」
警備兵さんは律儀に敬礼して見送ってくれました。
自分は術式ランプを片手に、遠吠えに向かって歩いていきました。
迷うことがないように定期的に吠えてくれています。
メルサラが焦がしたであろう木々を通過し、森の中を進んでいきます。
荒れた森にもフクロウが帰ってきたのか、ホッホ、ホッホとテリトリーを主張しています。
その声が突然、ホァッと驚いた感じで途切れたのは何かの冗談でしょうか。
案の定、森の広場の中央で『地面に向かって小刻みに頭を上下させている』モフモフに遭遇しました。
弱肉強食はときどき、無自覚に鳥肌を強要してきますね。
ここでようやく思い出しました。
遅刻したのでモフモフのご飯をやり忘れていました。
「満足しましたか?」
散らかった羽は見ないフリをしましょう。
『焙るとなお美味い。そんな肉だった』
「勘弁してください」
どうにもフクロウは食べようという気になれません。
そういえば何故、フクロウを食べる気になれないのでしょうか?
アレも言わば、鳥肉の一種なわけです。
いえ、ちょっと待ってください。何を考えているのでしょうか。
森の価値観に若干、思想侵略を受けてしまったようです。
「世間話はこれくらいにして【無色の獣】です」
『では行こうか』
その瞬間、術式ランプの火が消えました。
一瞬で真っ暗になる視界の中で意識的に【支配域】を広げました。
『神々が作りし世界の裏側――』
しかし、警戒心は一瞬のうちに霧散しました。
銀色に輝く小川のど真ん中に、自分とモフモフは立っていたからです。
曇天だったはずの夜空はいつの間にか黄金色に輝いていました。
しかし、太陽のような光源はなく、空全てが黄金色を振りまいているような、そんな空でした。
エメラルドグリーンの葉が舞い、温かみのある大木と足元を覆う苔。
そのわりに鼻をくすぐるこの匂いは蜜でしょうか? 癖になる薄く甘い匂いがします。
ヂヂヂと鳴る音に目をやれば綿毛を背負った肌色の虫が舞い、サイケデリックな蝶がひらひらと目の前を通過します。
小型の【空魚】が群れを為し、突風のように黄金の空へと消えていきました。
ここは生命が溢れています。
ただ立ち、感じるだけで鮮やかで穏やかな脈動が聞こえてきそうです。
以前、見たポルルン・ポッカの集落に似ていますね。
ただ、あそこは現実感がありました。
目の前の光景はまるで絵本の中に入りこんだような、起きる間際に見る夢のような、不思議な感覚が体を包みこんでいます。
『――【ナカテー】』
ここはどこだ、と口にするより先に異変に気づき、モフモフを二度見してしまいました。
何故かモフモフの体毛が艶のある虹色に変化していました。
ものすごく高級感のある虹色です。
それはセンセーショナルにハレーションでも起こしたい心の表れですか?
それとも擬態の妙に目覚めたんですか?
「モフモフ。その姿は……、反抗期ですか?」
『モフモフの本質がこの場では現れる』
どうやらグレて髪の色を変える類ではなかったようです。
『故に【ナカテー】と呼ばれる』
「語源がわからないとなんとも言えませんね」
この奇っ怪な森が【ナカテー】と呼ばれていることだけは理解しました。
「【ナカテー】……、というのはなんですか?」
至急、説明をください。
しかし、モフモフはひらひらと舞う蝶を鼻先にやってきたので、大きな口を開いて一呑みにしました。
食ってる場合ではありませんよ?
『ここは世界とモフモフをつなぐ場所だ』
「圧倒的かつ具体的に情報が足りていません」
喋るために開いたモフモフの口から、蝶が飛び出していきました。
残念そうに蝶を見送ったモフモフはこちらを見上げました。
『かつて神々が世界を象るために作った箱庭だ』
「その箱庭を作った理由は?」
『わからない。誰も知らない。ただ【ナカテー】が生まれた時、世界に源素が満ちた』
相変わらず説明に向かない狼ですね。
しかし、断片情報からつなぎ合わせることはできます。
「つまり、ここはリーングラードの内側、いえ、世界の内側という概念で構成された世界、ということですね。地下やら別空間ではなく、正真正銘、一個世界を構築する術式があり、その中に今、居るという感覚ですか」
おそらく、あまりに巨大な力すぎて副次効果すらも主となりえるのでしょう。
源素を満たす目的としての【ナカテー】なのか、あるいは何かしらの理由で源素が満ちてしまったのか、その差は事態が巨大すぎて自分たちではわからないのでしょう。
『近い。しかし、どんな言葉であろうとも【ナカテー】を表現する言葉はない』
足元にある琥珀色の石を手に取り、表面を触ってみました。
【源理世界】のような観測されるだけの世界と違い、ここは不確かでも確かに在ります。
しかし、一つだけ決定的にわかっていることがあります。
「ここに連れて来た、ということは、つまり、ここに居るということですね」
ジルさんたちがリーングラードの森を八割くらい探して、一切、妙なところがないとなれば、あと居そうな場所と言えばポルルン・ポッカの集落か地下くらいだと思っていました。
だからって、まさかの異世界ですか。
【ナカテー】が下位世界なのか上位世界なのか判断できませんが、異文化とか異世界はもううんざりなんですがね。
「もう一つ、聞きましょう。ここで暴れても大丈夫ですか?」
『ここはすでに外の世界とは別の流れを持つ。よほどのことがない限り、外へと力は漏れない。例外は無色の源素によって【ナカテー】が食い尽くされた時だけだろう』
それだけ聞ければ十分です。
『存分に暴れられるはずだ。その姿でなら』
言われ、視界の下あたりに黒いものがあることに気付きました。
触ってみると未知の感覚、まるで唇を触っているような――
「……モフモフ。これはどうしたことでしょう」
――慌てて水面を覗いてみると自分の姿はなく、代わりに人狼の姿がありました。
憎悪のような真っ黒な毛色に禍々しく揺れる毛並み。血に飢えた赤い眼に獰猛で鋭い牙はお世辞にもガラが良いとは言えません。
よくよく観察してみるといつも以上に肉質がハッキリと浮かび上がっていて、骨格もおかしいですね。
前傾みというか頚椎から肩にかけてがおかしいというか。
まるで【獣の鎧】をそのままヴェーア種にしたような姿でした。
それに妙に体調が良いです。
まさか、ここでは常時、【獣の鎧】で強化された肉体で居られる、のでしょうか?
少なくとも元の体よりも動きが良すぎます。
他にも変化はないか体を触れてみた瞬間、胸元で違和感を覚えました。
デザインワイシャツを開くと胸のど真ん中にポッカリと穴が空いていました。
驚きました。
自分、いつの間に死んだのでしょう。
いえ、そうではありませんね。
この胸の穴も含め、姿全てが自分の本質なのでしょう。
『雌なら放っておかないくらいだ』
狼の価値観だとこの顔は美形なんですね。
まったくもって、これっぽっちも嬉しくありません。
「残念ながら自分は牝狼の良し悪しに疎いものでして。それより基本的な地形は外と変わりありませんか?」
『違いはない』
モフモフの先導で森を行くと、時々、よくわからないものが現れては消えていきます。
何らかの術陣のかけらが虫のように這い、窪みに溜まった原色の青い水たまりから巨大なワラビみたいなものが生え、うねうねと揺らめいています。
かと思ったら、二足歩行の肉の塊が迫ってきたりします。
人の形をしているのですが、両腕が体と一体化し、顔の部分ものっぺらぼうの、気持ちの悪い生物です。
明らかに害意があったので【獣のガントレット】でぶん殴ると、パンッと手を叩いたような軽い音と共に肉塊が消し飛びました。
取り残された足が、ポトリと地面に落ちます。
血の代わりに透明の液体を撒き散らすソレを見ていると常識がちょっとずつ剥離する音が聞こえてきそうです。
「深く考えないでおきましょうか。それよりも……」
先の一撃。
威力が桁違いに上がっています。
【がくつかみ】と【獣のガントレット】があれば、大岩ぐらい砕く威力があるでしょう。
しかし、この肉体性能を加えて殴れば、そりゃ相手も消滅してしまうでしょうね。
「……原生生物みたいなものもいるんですね」
『アレは源素生命だ。今のモフモフたちと同じ源素を肉として活動する。うまい』
言うやいなや、謎の肉の足を食べきってしまいました。
モフモフの毛並みが綺麗になっていくのは何故でしょうね。
おそらく源素を溜めこんでいるのでしょうが、いちいち聞くのも疲れました。
ここはワケのわからないところという認識でいましょう。
ちなみに遭遇して一番、気持ちが悪かったのはマイタケみたいな形状をした口の集団でしょうか。
一応、【愚剣】で突き刺したら、こっちは『別の理由で消滅した』ので、モフモフの言う源素生命というのは間違っていないのでしょう。
しかし源素生命……、まさか以前、建築士さんが怪死した時に現れた謎の赤い女型は、いえ、確証はありませんね。
これも考える必要のない話です。
しばらく進むと黄昏の森から、徐々に薄暗く、禍々しい森へと変化していきました。
『モフモフの世界から奴の住処に移り変わった証拠だ』
その森……、いえ、これはもう森と言いません。
石の腕が空へと向かって歪みながら手を伸ばしているような、そんな煉獄の光景でした。
何よりも不気味だったのは石の腕に蜘蛛の巣のように張り巡らされた鎖でしょうか。
ボロの赤布が風に揺れて、ひらひらと舞う様子は何故か、憎悪をかきたてます。
あの一つ、一つの布が百万の呪詛で構成されていると言っても信じてしまいそうです。
ですが、それらよりも目を引くものがありました。
「さいきん しゅつどー ないねー」
「ひま だよねー」
「しょるいしごと つまんなーい」
「かたこり ひどーい」
頭に葉っぱの帽子をかぶった三歳児たちです。
奇っ怪な生き物が多い中で完全な人型は珍しく、つい目に入ってしまいました。
その子供たちは石の腕にひたすら如雨露で水をやっています。
「そういえば このまえ かたつむり たべたー」
「おお ゆうしゃだ ゆうしゃがいる」
「どんな あじ? どんな あじ だった?」
「はっぱのうえ で おどりたくなる あじ だった」
想像したくない会話をしてますね。
自分が眺めていることに気づいた小人たちは頭の上に「!」をつけ始めました。
「スィムラン きた!」
「おおかみ の スィムラン きた!」
「まじ ちょー やってきた!」
「あたま おかしいですな」
最後の一匹はちょっと死にたいらしいです。
あぁ、この頭の痛くなる会話は間違いありません。
「……もしかしてポルルン・ポッカですか」
「やっほー」
「いやっふー」
「おひさー」
喜ぶようにはしゃいで手を叩く様子は言葉よりも雄弁にポルルン・ポッカらしさを出していました。
どうしてここに、という意味をこめてモフモフを見ると、ポルルン・ポッカたちはモフモフにも無遠慮に近寄り、毛を触っていました。
『ヒトがポルルン・ポッカと呼ぶ者は【ナカテー】を整える役割を持つ』
「世界を整えるというのは今ひとつ、よくわからない感覚ですね」
『ヤツの出す【無色の源素】を浄化し、切り取っているのだ』
自浄作用みたいな生き物だったんですね。
刹那的に生きている不可思議生物とばかり思っていました。
『もっとも、これらは他のポルルン・ポッカに比べ、もっと特別なものだ』
「にじいろ かっけー です」
「うれば おいくら なのだ?」
「け を うって くさり を かうとよい」
「そうごりかい ない やから は ほろびるべきー」
しかし、この無秩序さ。
『まるでウチの生徒たちを見ている』みたいでオシオキしたくなりますね。
モフモフも勝手に触られて鬱陶しかったのか、体毛を膨張させてポルルン・ポッカを追い払ってしまいました。
「いいんですか? 自浄作用なんでしょう」
『ポルルン・ポッカはもっと自動的だ』
何故かモフモフは自分を見上げてきました。
その澄んだ瞳にどういう意味があるのかわかりません。
『故にここのポルルン・ポッカは【森の子】と呼ばれる。【守護者】が作った、子供だ』
【守護者】とやらはずいぶん過保護らしいですね。
「説得すれば【無色の獣】との戦いに力を貸してもらえますかね」
【守護者】にとって【無色の獣】が敵であることに変わりはないはずです。
それはポルルン・ポッカが生徒たちに対して力を貸したところからも伺えます。
人間に対して悪感情があるわけでもないらしいですね。
『【守護者】の気配は感じられない。寝ているようだ』
「いい御身分ですね。自分もゆっくり寝てたいものです。ポルルン・ポッカはどうです?」
『アレらがここにいるだけで十分、戦力だ』
現在進行形で相手の力を削っているのですから、確かに戦力と言い換えられますね。
ここまで聞いて、なるほど。
別の謎の裏付けが取れました。
以前、学園長が『アルベルタが森に拒否された』と言ったことがあったのですが、その謎です。
彼らは浄化の仕事を邪魔するのなら相手が誰であろうとも積極的に追っ払うのでしょう。
そこも含めて自浄作用なのです。
最近ではクリック・クラックがめでたく森の敵とみなされて追い出されたのは、そこらが一番の理由ですね。
アルベルタが敵認定されたのもくだらない理由で眷属鬼を復活させようとしたとか、そんな理由じゃないでしょうか。
この理屈で行くと下手したら生徒たちも森の敵として見られる可能性があったような気がしますね。
帰ったらちゃんとポルルン・ポッカには手を出さないように伝えておきましょう。
「それより、だんまりがなくなりましたね」
『【ナカテー】まで知ってしまえば、言えることも多い』
しかし、問題が多すぎてどこから手をつけていいかわかりませんね。
「差し当たって問題は【無色の獣】がどれほどのものか、ですね」
これにモフモフは答えませんでした。
相手の強さなんてものは例えようがありませんからね。
特に【神話級】となると観念的すぎて、イマイチ理解できません。
神話群には『空がひっくり返った』とか『剣の一振りで地が裂け、谷ができた』なんて言葉がゴロゴロしていましたからね。
黙った代わりにモフモフの目線は一番、鎖が密集している場所へと向かっていました。
当然、モフモフの足はそちらに向かっていきます。
「……まるで鳥の巣ですね」
やがて、自分たちの目の前に、石色の半球形が姿を現しました。
石の腕と鎖が竜巻のように混じりあった姿は巨大な鳥の巣をひっくり返したような形をしています。
その複雑な形状の輪郭を目で追おうとすると、意識がぼんやりとします。
それでも意識をしっかりと縛り上げて見上げると、今度はハッキリとした害意を感じます。
無作為に、無遠慮に、無為自然でありながら不気味な敵意と悪意。
この世の全てに対して無限の憎悪を撒き散らし、暴力的な殺意を振りまく姿を『自分はハッキリと理解できます』。
あぁ、そうだ。
どうしてこんな単純なことに気づかなかったのだろう。
安心も不安も欲望も意欲も期待も希望も感謝も感激も恐怖も畏怖も驚愕も興奮も勇気も蛮勇も恨みも妬みも焦燥も動揺も快楽も快感も辛苦も苦悩も困惑も後悔も憂戚も悲嘆も幸福も幸運も満足も不満も憤怒も鬱憤も緊張も無念も絶望も失望も交情も慇懃も名誉も栄光も羞恥も屈辱も親愛も劣情も憧憬も嫉妬も空虚も欠落すらも――全く存在しない。
望んで『そうなりたかった』純粋で無垢な、剥き出しの憎悪がここにある。
自分が描いた、理想的な憎悪がここにあると――
『飲まれるな』
――モフモフの言葉に頭を殴られたような衝撃が襲いました。
見れば、いえ、見上げればモフモフが巨大化して頭に手を乗せていました。
言葉の衝撃ではなく物理的な衝撃だったわけですか。
今の自分に言えることはモフモフの肉球は硬いです。
「……居るだけで精神汚染ですか」
その存在を認識した一瞬で精神が汚染されました。
根幹術式がある限り、いつかは元に戻るとはいえ、何度も人格崩壊なんて起こしてられません。
「しかし、よく絵本で化物退治をする勇者の話がありますが、どうして騎士団を用いて制圧しないかという答えがここにありますね」
魔獣たちへと恐怖や畏怖をもっと極限まで高めると戦いどころの話ではなくなってしまいます。
精神汚染に耐えられる人間という条件なら少数にならざるをえない、というわけですね。
「ちょっと待ってください。今、【虚空衣】を合わせます」
自分が肉体改造をするために用いた術式具【虚空衣】。
この【虚空衣】の持つ、肉体を変質させる特性を利用して、『環境に対して理想的なコンディション』を維持することができます。
深呼吸して、【虚空衣】を動かすための根幹術式にアクセスします。
心臓に埋められた【虚空衣】はすぐに神経を通して、肉体側から精神汚染に強い形に改造を始めます。ちょーいてぇです。
何せ直接、神経を撫でられているようなものです。
激痛に耐えれば、すぐに痛みは消えてなくなりました。
『終わったか』
「えぇ、この体はいじりがいがあったみたいですよ」
もしも、今の体が毛皮に覆われていなければ脂汗で服を替えなければなりませんでした。
何せ毛がぼわっとしました。
『そんなことをしなくともモフモフの毛を使えば跳ね除けられた』
もう少し早く言ってください。
あぁ、そういえばモフモフのストラップはスノリさんの【神話級】保有能力に対抗できるんでしたね。
魅了されないための加護なので精神汚染にも強いわけです。
無駄に激痛に耐えてしまいました。
【虚空衣】にだってリソースがあるんですから、無駄に耐性を増やすわけにもいかないんですよ。
ともあれ準備も整いましたし、そろそろ【神話級】の魔獣を拝みに行きましょうか。
とはいえ、石造りの鳥の巣に入りこむ隙間なんてありません。
とりあえず殴ってみましたが破壊した瞬間、あっさりと修復されました。
まるで【無色の獣】を守っているように見えます。
『否。これはヤツを逃がさないためのゆりかごだ』
結果、こっちも入れないとか金庫の中に大事なものを入れて、鍵をなくしたみたいな話ですね。
生半可な破壊力では再生されてしまうというのなら、再生能力ごと破壊するしかありません。
腰から【愚剣】を引き抜き、シリンダーを開けて、隕鉄製の刻術カートリッジであるブリット・ユニットを挿入します。
モードは近接ブリットにしました。
シリンダーを閉めてから【愚剣】に源素を込めます。
内源素をごっそり持っていかれる感覚も【愚剣】が鳴動し始めた時には『逆に【愚剣】から余剰源素が体に注入される』ようになるので、特に問題ありません。
走り、無造作に振るった瞬間、曰く言い難い音が鳴り響きます。
おおよそ剣が出す音ではありません。
手応えと共に見上げた鳥の巣に巨大な裂創が生まれていました。
ちゃんと鳥の巣を構築する源素を食いちぎったようですね。
再生する気配もありません。
しかし、それも時間の問題なのか、亀裂の端からじわじわと岩の枝が伸び始めています。
これが【愚剣】が周囲に対して与える最悪の特徴です。
放置すれば周辺の源素を全て食い漁っていき、勝手に無源素空間を生み出します。
術式師にとっては悪夢のような刻術武器でしょう。
一方、持ち手である自分は【愚剣】を源素タンクとして使用できます。
先の勇者の話ではありませんが【愚剣】を持った自分と戦うということは、無源素空間でも戦える手段を用意しなければなりません。
源素結晶を大量に用意するか、【ザ・プール】を使うかですね。
そして、指向性を持たせれば、このように物質ごと食い散らします。
ブリット・ユニットはこの特徴を制御するための外部制御型術式具です。
それはともかく、少し威力があがりすぎていますね。
その気はなかったのですが、モフモフの身長でも優に入れるくらいの裂創が広がっています。
この世界だと源素が物質と似た性質を持つらしいと口マイタケの殺し方で理解しましたし、【愚剣】の効果は非常に高いようですね。
対術式師用の武器だったのですが知らず対【ナカテー】用に効果的な武器を作ってしまっていたみたいです。
『……神獣にとって猛毒だ』
【愚剣】の性能を初めて見たモフモフは、ポツリと呟きました。
神獣というのは【神話級】原生生物のことでしょうね。
「言い替えればモフモフの餌を勝手に食べる剣ですね」
モフモフ。顔が近いです。
そんな寂しそうな目をされても困ります。
「大丈夫です。どうせコレは黒色ゴキブリか貴族相手にしか使いません。モフモフの毛飾りがなければ扱いづらい武器でしたしね」
あやすように鼻の頭を撫でてやると頭を引いてくれました。
弱点といえば、味方の術式師も術式が使えなくなることと、過剰使用すると【愚剣】が溜めこんだ源素が勝手に術式臨界を起こし、膨大な源素を吐き出してしまうことでしょうね。
ちなみに空間に過剰な源素が集中するとどうなるかは、メルサラの【ザ・プール】がいい例でしょうね。
もしも赤の源素だけを取りこんで術式臨界を起こせば、周囲は灼熱地獄に早変わりです。
「今は謎の異空間にいる危険物処理用ですよ」
下手すると自分が危険物として処理される、それが【愚剣】です。
「さて、行きましょうか」
モフモフと一緒に鳥の巣を抜けると、ソイツは中央にいました。




