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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
30/374

わんわんおとトカゲとシャークと鶏

 犬の大群を見たことがあるだろうか?

 しばしば野犬を狩りに村人総勢で赴く理由をご存知だろうか?


 犬、狼、そういった俊敏な四足の動物は非常に賢く、そして恐ろしい。

 素早い動きで連携してくるうえに、鋭い牙は下手な刃より凶悪である。噛まれたことで食いこむ牙に身体という重りが加わり、動きが鈍った獲物は抵抗むなしくいただかれてしまう。


 放牧や遊牧で人のパートナーになりえる犬も、野生に戻れば確実に獲物を狙うハンターに変わる。

 これらを放置しておけば家畜や人間を襲い、村々には確実な被害が出るだろう。


 このハンターを倒す方法は簡単だ。


 こちらも群れたらいい。

 村人たちは山に大勢で入りこみ、大きな音を鳴らして賢い犬を警戒させ火を焚き、追い詰める。逃げていく犬たちを一箇所に集め、四方から一気に焼き殺す。

 直接、相対してはいけない。

 彼らは人間より速く、人間より強い生き物なのだから。

 何より、そうしなければ村人たちの被害はさらに加速するだろう。それだけの戦力が野犬の群れにはある。


 残酷ではあるが、これも生きるため。


 群れである。

 それは一種の強さだと証明されている。


「きゃぅん!?」


 さて、野犬の群れに襲われた人というのを自分は見たことがある。

 あの時は自分も術式師として駆け出しであり、かろうじて襲われていた人を助けて逃げ出してこれた。

 這々の態だった。犬こえーちょーこえー、と叫びまくったものです。


 しばらく、夜に物音がするだけで怖かったものだ。

 松明の光を反射した赤い瞳が夜の闇から飛び出してきそうでね。


「うぅ……、あのぅ」


 その少女の有様はまさに過去の自分だった。

 野犬に追われて、体中擦り傷だらけにした自分にそっくりです。


「だ、だれかぁ……、うぅ」


 この場合、野犬はキャラバンの人たちだ。

 唯一の違いは、野犬に攻撃の意思はないということ。

 人という群れに巻きこまれ、弾き飛ばされて、でも誰も助けないのは獲物が小さすぎるせいと、あまりに忙しすぎるせいだろう。


 憐れ、地面にペタリとへたりこみ、目元を拭う小動物はヨシュアンクラスのマスコット、セロ君だ。

 うわーい、なんでこの子、いきなり一人不幸劇場みたいな状況になってるわけ?


「セロ君。立てますか?」


 見るに見かねて飛び出していきました。

 もちろん、その間も観察してましたがアレです、他意はありませんよ? たどりつくまでの出来事です。押しが弱いにも程度ってものがあると思います。


「ひぃ!? よ……、ヨシュアン先生?」


 傷つき倒れた少女の目に映る自分の手。

 さぞ救いの手に見えたでしょう。でも小さく悲鳴をあげたね? どういうことなの? 詳しく聞きたいなぁ。


「ヨシュアン先生ぃ!?」


 遠慮も呵責もない、綺麗な飛びこみ頭突きでした。

 鳩尾をガードしても衝撃まではガードできません。ちょーいてぇです。


「セロ君。怖かったのですね。痛かったのですね。でも前を見ない抱き突きは突進と変わりませんから注意してくださいね」


 自分じゃなければ即死だった。


「何があったんです? キャラバンの人たちは設営に忙しいので近づかないようにと言ったはずですよ」


 正確には君たちがキャラバンの人の邪魔をしないか心配しての言葉です。

 キャラバンのど真ん中で突発的に喧嘩されても困りますからね。


「あの、エリエスちゃんと一緒に、買い物に……、キャラバン、楽しみで」


 うん、まぁ、生徒もキャラバンが来ると言ったらそわそわしてましたしね。

 娯楽が少ない、というより学問系のものしか置いてない学園では、当然、目新しいものが校門から森まで並ぶキャラバンに興味を引くのもわかる。


「そしたらマッフルさんが、『よぅ~し、このキャラバンで面白いもの買って皆で見せ合いっこしよう!』って」


 ちょっと待った。

 セロ君の、エリエス君とマッフル君への、その好感度の差は何?

 エリエス君を『ちゃん』で呼んでおいて、マッフル君は『さん』なの?


 マッフル君はもうちょっとセロ君との好感度を気にしような。

 フリルとばかり喧嘩してると『関係:親友』になってしまうよ?


「ふ、不安になって、それで、エリエスちゃんと……、一緒にお買い物しようって」


 その不安感はどちらかというとマッフル君が買ってくるものに対するアレですよね?

 それと一人で買い物できるかに……、え? それだけはないですよね? ちゃんと一人で買い物できますものね? 一人でできるもん、ですよね?


 この子の将来がちょっと心配です。

 教師として気持ちを新たにした瞬間でした。


「そしたら、はぐれてしまったというわけですか」


 セロ君の震える背中をポンポンと叩きながら、事情は把握した。

 面倒事を考えるんじゃないよマッフル君。

 君、あきらかに買い物したかっただけでしょうに。何? 商人の血が騒いじゃったの? その結果、セロ君に抗いがたいトラウマを刺青のように刻みこんでるよ。


 後でゲンコツという名の釘を刺すことに決めました。一本指拳です。


 心の中でため息ひとつ。仕方ない。

 会議室に戻る理由ももうなくなってしまった。


「それでは先生と一緒に行きましょうか。エリエス君にもそのうち出会えるでしょう」


 無理矢理、抱き上げて立たせる。

 なんというか、本当にセロ君に甘い自分がいるのがわかる。

 生徒たちの中で一番、幼いというのもあるが、どうにもこの子は面倒みなければならない保護オーラを出している。


 子猫とか子犬が出す、アレです。無性に触りたくなる気分になる。


 いずれこの子も独り立ちするわけだし、構いすぎるのもいけないとわかっているのだが……、むぅ。


「先生……」


 目をうるうるさせながら、ひっそりと自分の袖を掴む。

 手を握るほどの勇気がなくて、腕に絡みつくほど大胆でもない、セロ君らしい触れ合い方だ。


 右往左往と働く人の間を、セロ君を連れて歩いていく。

 セロ君が人の波にさらわれないように、しっかり意識しながら。


 生徒を引率する。

 すごい。今、自分は凄まじい勢いで先生らしいことしてます。


「あ!」


 密かな感動を胸にしていると、セロ君が小さな声で叫びました。

 小さな声で叫ぶというのも変な感じだが、そうとしか表現しづらいな。基本、声が小さいセロ君の貴重な叫び声なのです。


 何かを見つけたようなのだが、人の群れが怖くて仕方ないのか自分から離れようとしない。

 でも自分を引っ張っていこうともせず、じっと自分と何かを交互に見比べている。


 視線の先にエリエス君はいない。


 あるのは「なんぞ文句でもあるんかワレ? お?」と、無機質なガラスの目で睨みつけてくる集団が鎮座した屋台だった。


 人形屋か。

 個人輸送商だと必需品だけで馬車が埋まってしまうが、キャラバンだと個人だけでなく共通の荷受馬車があるので、こうした娯楽品がときどき出店する。


 馬車の横に、物干し竿を取り付けたような机を並べただけの簡素な屋台。

 しかし、なんだろうなぁ。人形が所狭しとひしめき合った非常にファンシーなお店なのだが、非常に怖い。


 人形って数が集まると、妙な気配を出しますよね?

 あれが一斉にこっち向いたら、自分、本気でベルゼルガ・リオフラム撃ちます。三連発です。


「あのぅ……」

「いいですよ。目的はお買い物ですものね。エリエス君を探すのもそうですが、先に買ってはいけないというものでもないでしょう。行きましょうか」


 いちいち納得して説明してやって、ようやくセロ君は瞳を輝かせる。

 これで単純に「行きましょうか」だと、この子、絶対に遠慮するんですよ。


 人の顔色を伺いすぎです。


「いらっしゃい。何か入用ですかな」


 ニタニタと笑う老婆がもみ手で出迎える。


「娘さんへのプレゼントですかな……、あぁ、それはまた結構」

「違います」

「こちらなんかがお求めやすいとは思いますよ……、年頃の娘は気を使いますからねぇ」

「だから違います」

「こっちのフリル付きは北の村でも人気でねぇ……、お父さん方が求められるといったらコレですよ」

「違うっつってんだろ」

「おやぁ? なら、こっちのほうで……、あぁ! そういうことですか」


 ポン、と手を打つ老婆。


「奥方へのプレゼントですな。なるほどなるほど」


 禁句を確認しました。


「エス・プリム――」


 セロ君に止められました。

 身体全体を使った抱きつきで止められました。

 ものすごい上目使いで首を振ってます。


 いきなり攻撃術式を放とうとした自分に、老婆も腰が砕けてわなわなしていました。


「……運が良かったですね。セロ君が居なければ死んでましたからね」


 独身ですよ。恋人いませんよ。娘なんていませんよ。

 あてつけのように勘違いしやがって、殺されなかっただけありがたく思え。


「先生はちょっと……、ときどきこわいのです」

「人が心から真剣な姿というのは怖いものなのです」

「……そうかなぁ?」


 見慣れたはずのセロ君の、ものすごい困った顔が新鮮でした。


 もう老婆は話しかけてこずに、自分はセロ君の人形選びを眺めていた。

 あれをとって、これをとって、なんて姿を見ていると本当に楽しそうだ。

 人形が好きなのだろうか?

 そういえば女性は何故か人形に悪いイメージを持たないことが多いのだが、アレはなんでなんだろうか?

 自分はあの人形の、陶器の肌の無機質さが、どうにも慣れなくて欲しいとすら思わない。

 女の子は子供の頃にあてがわれたせいで慣れているのか、母性本能的に人形に悪いイメージを持たないのか。


 余談だが人形って子供を模してるんだよなー……、あるいは死体。あとは身代わりだったりとか。


 自分はどうして人形屋の前でそんな感想を抱いたのだろうか。ちょっと寒気がしました。


 セロ君が一つ、抱き上げた人形はどこかで見たことがある姿。

 長い鼻にオガクズの脳みその頓珍漢『バナビー・ペイター』だ。


 手足の細い『バナビー・ペイター』の球体関節がセロ君に抱きしめられてダラリとぶら下がる。そのさまは恋人に抱きしめられてあっちへ旅立つ幸いな死体のようでした。ちなみに現実にそういうシーンを演出したバカはもれなく、一緒に旅立ちます。戦場ではそんなことしてる余裕なんてないですからね?

 むしろ五体満足な死体っていうのは珍しく、ある程度ペーストじょ……、いや、止めよう。


「セロ君は『バナビー・ペイター』が好きなんですか?」

「はい。かわいいのです」


 とても嬉しそうなセロ君には悪いのですが、ちょっと不気味です。

 女の子の感性ってわかんないなぁ。


「どういうところが可愛いのでしょう?」

「でろろんとしてて、ぱーってやってきて、ふわーってなるところです」


 自分は今、理解力を生徒に試されています。


「そうですか。ところで『バナビー・ペイター』の三話目くらいでしたっけ」

「『バナビー・ペイターと湖』ですっ」

「……え、えぇ、確かそういう題名でしたね。先生、あの話に出てきた『切り裂きシャーク』が好きでしてね。湖なのにどうして海洋生物がいるのか疑問だったのを覚えていますが、まさか2話の海が干上がったせいだとは思いもよりませんでした」

「ちがうのです先生。『切り裂きシャーク』はトカゲなのですっ」


 先生、わけがわかりません。


 理解力を試されたので話題を変えるために全力で話題を反らしてみたら、全身全霊をもった理解の枠を超えた答えが返ってきました。

 あの軟骨魚綱、爬虫綱有鱗目だったのか……、そりゃ、水陸両用だよなぁ。


 確かにイラストはトカゲにも見えなくなかったわけですが……、緑色のサメって気持ち悪いとか思ってましたが、え? そういうミスリードなの? あの絵本の作者は一体、読者の何に挑んでいるのだろうか?


 これ以上、この話題は危険だ。

 絵本の狂気が正気を蝕む前に話を変えないと……、永続的な執着狂になりかねない。


「ところでその人形は買ってしまわないのですか?」

「あ……」


 腰砕けの老婆も話している間に平静を取り戻したようで、売買契約に臨む姿勢を取っている。

 両手を合わせ練り合わせるその動きはまさにグラップラーのソレだった。


「これ、くださいっ」


 歴戦の勇士に果敢に挑むセロ君。

 自分は感無量です。よくぞ勇敢な子に成長しました。

 たかが売買契約で何をと思っていらっしゃる方がおられるだろうが、この子のビビりは真性のものです。


 以前、教室に紛れこんだカブトムシに本気の涙を見せていましたからね。


「銀貨2枚だよ」


 セロ君が涙目でこちらを見ていました。

 あぁ、足りないんですね、そうですかそうですね。

 わずか一言で負けてしまいましたか。この子の教育には引き続き、勇敢さを身につける系を求めましょう。


 さて。ここでセロ君にお金を貸してあげるのは簡単だ。

 貸さなければセロ君は『バナビー・ペイター』の人形を諦めてしまうだろう。

 二者択一。しかし、本当にそれでいいのか?


「セロ君。人形が欲しいですか?」

「……はぃ。でも」


 言葉は足りなくても理解できる。

 ない、ということはひっくり返せない。0はどうしたって1には勝てないのだ。


 しかし、1が2に勝つことはできるのだ。


「お金がないのです……」

「なら、諦めますか?」

「……はぃ」

「セロ君。いけません」

「へぅ?」


「本当に、心の底から欲しいと思ったことを努力もせずに諦めるなんて先生は許しません」


 諦め癖をつけてもらっては困ります。勇敢さを鍛えてもらいます。

 2に勝てないというのなら、2に1まで降りてきてもらいましょう。


「セロ君の予算……、おこづかいはいくらです?」

「えっと……」


 ジャラジャラとピンクの網袋から貨幣を取りだす。

 小さな手のひらに乗った貨幣は、銅貨が15枚。銀貨1枚と銅貨5枚の計算になる。足りない金額は銅貨5枚。

 十分な金額です。


 自分は老婆に向き直る。

 一瞬、ビクリと身を震わせたがどうってことはない。


「この人形、銀貨1枚での購入を願います」

「お客さん、まけるのはやぶさかではないですが……、銀貨1枚はまかりませんねぇ」


 老婆の目が怪しく光る。面妖な。


「良くて1枚と7。これ以上は足が出てしまいますからねぇ」

「いや、貴女はコレを1枚にする義務がある」

「はぁ?」


 老婆の目がひん剥くほど驚きに染まる。気持ち悪い。

 自分の言葉がよほど信じられなかったのだろう。だって義務とか普通、言われませんよ?


 普通なら一笑に付す話だ。普通なら。


「良いですか。自分は独身です。女っ気なんてありません。あったとしても全身狂気の赤いのとか、性別を間違えた男くらいしかいません。望みは薄いでしょう」

「……は、はぁ?」


 突然、身の内を語りだす自分。

 涙が出そうです。助けてください。


「そんな自分に貴女は何を言いましたか?」

「何を……っ!」


 思い出したのだろう。自らのセリフを。

 何故、自分を怒らせてしまったか。その理由を理解した目だ。


「独身の、アラサーの自分に禁句を連発してくれましたよね?」


 畳みかける自分、むしろ畳みかけているのは自分のハートです。べっこべこです。


「……1枚と5でいいかい?」

「……1枚と4で」

「………」


 だんだん、自分を見る老婆の目に憐憫の色が混じる。


 気まずい空気です。自分のせいですけれど何か?

 セロ君がもう、何が起きたのかと自分と老婆を見たり見なかったりと挙動不審です。


「お嬢ちゃん、銀貨1枚と銅貨4枚でいいよ」

「え……、は、はひ」


 ジャラジャラと突き出すお金。手に入る人形。喜ぶセロ君。哀れみを隠すために微笑む老婆。そして血涙を流す自分。

 この場はカオスです。


 さて、このまま帰ってしまうのも一つですが、銅貨6枚の値下げだとほとんど原価ギリギリか? 少しは利益くらいあるだろうが老婆にも旨味をあげなくてはならない。

 自分はセロ君の人形より小さな、手作りだろう商品を手につかむ。

 数は……、二つでいいか。


 値下げがくると身構えていた老婆も定価で買っていく自分に安心したのか、最後は頭を下げて見送ってくれた。


 まぁ……、何に使うってものではありませんが、この人形、どうしようか。

 人形が欲しかったわけではないのです。あくまで利益貢献のための購入、つまり今、自分はこの人形を持て余しています。


「先生もお人形さんが好きなのですか?」

「いいえ。先生は男ですから、こういうのはちょっと」


 セロ君の「なら、なんで買ったんだろう?」という顔はもっともです。


「それより良かったですね。『バナビー・ペイター』」

「はひ! 先生のおかげなのですっ」

「今の自分の力でどうにもならなくっても考えて考えて、その先に手につかむこともできます。なんでも簡単に諦めるのは楽でいいでしょう。だけど諦められないのなら諦めることを諦めなさい。歯を食いしばってでも真剣なら足掻くべきです」

「でも、それだとあのおばあさんが困ってしまうです」

「そうですね。先生、セロ君のそういうところも大事だと思っています。何が正しいというものではありません。だから真剣になりなさい。欲しいということに」


 どちらも困る、そういうとき、せめて後味が悪くないように努力しなければならない。その努力を怠った人間が後ろから刺されても仕方ないのだ。

 だが、それが自分ではなく第三者に向かうようなことがあったらどうだ?

 悔やんでも悔やみきれないだろう。


「そのうえでお互いがより良い形に持っていくことが、正しい努力です。セロ君は正しい努力をしなさい」

「はいっ」


 いやぁ、綺麗事すぎて吐きそうです。

 どの口で言い切りやがりますか自分。正しい努力も何も、殺しに殺しまくった分際で子供に前では聖人君子ですか。


 自虐に口も歪みに歪みますよ、えぇ。


 それでも、セロ君は嬉しかったようだ。

 袖を掴む手は前より一層、強く握りしめている。


 楽しそうなセロ君の姿は、なるほど。

 自分は正しくない努力ばかり繰り返してきたけれど、少しは良かったこともあったと教えてくれる。


「人形、どうするのですか? 飾るのですか? それともプレゼントですか? せっかく買ったのにそのままは可哀想なのです」

「あー……」


 閃いた。


「プレゼントねぇ。う~ん、それじゃ、それっぽい人に送っちゃいましょうか」


 別名・在庫処理。

 あー、人形が好きだと言ってた緑のと……、レギィに贈りましょうか。

 レギィに送る理由はあれです。少しでもお怒りを鎮めようと思います。鎮守です。

 クライヴさんの捨て台詞が気になったわけではありませんが、レギィに気を配っておくのは悪い話ではないと思います。


 ただ、人形を贈って怒るようなことはないと思うのですが……、迷惑にはならないんじゃないかと、う~む。あの人はよくわからないせいでリアクションも予想できません。


 考えごとをしながら、人ごみの中をセロ君と歩いていく。


「あ」


 セロ君の小さな声で自分はしゃがみこむエリエス君の姿を見つけた。


「エリエスちゃぁん」


 袖を離し、エリエス君のところへ駆けていくセロ君。

 人にぶつかりながらも、フラフラと駆けていく姿は危なくって見ていられません。


 しかし、エリエス君は座って何を……。

 人波を抜けると、エリエス君は黙って何かを見つめていた。

 それはセロ君に抱きつかれて倒れるまで続いていた。


 エリエス君の見ていたものを自分も見下ろす。

 それは檻に入った鶏。食糧用の家畜だ。

 頭上に居並ぶ肉は今朝に森で狩ってきた肉なのだろう。綺麗に解体されてしまっている。


 エリエス君。ヨシュアンクラスのエース。

 弱点もなく、全ての授業に優秀な成績を残す才女は檻の鶏に何を見たのだろうか。


 ただ見つめてるだけ、という可能性は否定できませんが。

 この子もよくわからないからなぁ。


 檻の鶏は「こっこ、こっこ」と自らの運命も知らずに喉を鳴らしているだけだった。



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