究極のメイドさん
魔術……あるいは術式というのはとても便利だ。
使うための才能、覚えるために必要な色々こそあれど慣れてしまえば簡単に使えてしまう。
どれくらい簡単かというと。
キレた弾みに術式を使うくらい簡単である。
とりあえず死なない程度に、政務室のバカめがけ火の球を放ち外に出た。
別名、放火。でも心はアルプス上流に湧き出る天然水のように澄みきっていた。
しかし、だ。
あそこまで言い切っていたのだ。すでに国政の中では本決まりになっているプロジェクトで、さっきの話も冗談ではなく本気なのだろう。
教師になるのは、もはや確定ルートらしい。
せめて選択肢くらい設けてほしい。
賓客ってのは国の外にいる人をVIP待遇で迎えるって意味だよな?
そこをどう間違ったら、客に教師をやらせたがる?
バカバカしい。
「またですか? 折檻なさるのも結構ですが、リフォームにも国の税金が使われます。できれば模様替えの余地のない折檻をお願いします」
驚いた。
腰を抜かすかと思った。
メイドの服を着た女性が自分の前に居た。
決して前を見てなかったわけでも、彼女の背が低いわけでもない。
突然、姿を現すのだ。この人は幽霊みたいに。
「誰が幽霊なのでしょう?」
あぁしまった。この人の特技は読心術だった。
うかつにも考えがバレてしまった。
というより、なんでこんな究極のような特技を持つメイドがいるのだろうか?
たぶん、一生、解けない謎だ。
それよりも話の流れを変えなければ。
「そんなことよりベルベールさん。いきなり人の前に出てくるのは二重の意味で危ないです」
精神と物理な意味合いで。
「慣れております」
自分が慣れておられません。
「あれでも一応、国王様なのですから、なるべく穏便にお願いしますね」
この国で一番、何事も穏便に済ませたいのは自分だと自慢を持っていえる。
だが、誰もが一度は腹がたつ男なのだ。
この国のバカ王は。ゆえに怒る。怒るしかない。
愛のモーニングスターだと思ってもらいたい。
ポイントは一撃必殺できる殺傷力だ。
「ご理解いただけたようなので、さっそく、ご案内しましょう」
素晴らしい仕草でベルベールさんが自分の行き先を案内しようとしてくれる。
はて? この城の内部は知り尽くしているつもりなのだが。
「いえいえ。王から此度の案件についての仔細をお聞きになられたでしょう」
「まったく?」
「………」
ベルベールさんの笑顔が固まった。
サイレントに怖いよ……。
「教師をして欲しい、とまでは聞きました。しかし、いきなり大人数の教師となると経験したことがありませんからどうすればいいか。こちらでも途方に暮れていたのです」
「いえ……、そうですか。その辺りについては説明されていなかったようですね。わかりました」
何がわかったのだろうか。
にこやかに微笑むベルベールさんの内心は計り知れない。
微笑んでなくても計り知れない。
「まず、大人数とおっしゃっていましたが、ヨシュアン様が担当される生徒は五名です」
「学校があるなら、国中の子供が集まるのでしょう?」
「いえいえ。まさか。それはヨシュアン様の成果次第で決まる結末の一つ、です。義務教育がこの国に本当に必要で正しい法律になるか否か。まずは結果を出せ、と貴族院のお歴々は申し上げております。それでは試験的に義務教育制度を設けてみないか、と国王側と貴族院側の妥協案が成立したのです」
驚いた。あのバカ王に妥協という言葉があったなんて。
「他の意見を無碍に扱うような国王様ではありませんよ」
それは嘘だ。現に自分の意見は無碍に扱われている。
あるいはゴミ箱行きか。
「以上の理由で、テストケースに大人数は難しいかと」
なるほど。どうやら自分は義務教育と聞いて故郷の制度を基準にして考えていたようだ。
こっちでは、学校という制度は普及していないうえ、今回が初の試みなのだ。
色々な意味を兼ねて、まずは少数制で行くわけか。
これじゃ、学校というより塾だな。
「くだらないことだけは手回しのいいバカ王のことだ。すでに校舎くらい用意してあるでしょう」
何せ事の起こりが半年前だ。
いや、さらにその半年さかのぼって準備している可能性は高い。
そういえば、義務教育の話をしたのって一年前だっけ?
確率はウナギ昇りでございます。
「話が早くて助かります。全生徒は三十名。全六クラスです。より公平を規すために、平民貴族両方から選出しました。基本的には学ぶことに貪欲であることを条件にしましたので生徒の質に問題はないかと思われます。生徒達の資料は追ってお渡しします」
「選んでしまっては義務教育にならないのですが、まぁ、この際、目を瞑りましょう」
貴族院に義務教育立案を押し通すのが先決だ。
あとは野となれ山となれ。
今回の教育実験で得たデータを参考にすれば、そう大きな問題に行き当たったりしないだろう。
何かあれば、自分がそっと力添えすればいい。
バカ王のためではない。
無茶な教育で、もっとも被害を受けるのは生徒なのだ。
生徒のため、最低限は努力したい。
あぁ、もうすでに教師になることを、心のどこかで確信してしまっている自分が嫌いだ。
「教職員には、なるべく公平さを心がけた人材を選定しております。ヨシュアン様も内のお一人です」
「それは嬉しいお言葉です。泣いても良いですか?」
「終わり次第、存分に」
その終わりが遠いんですけど?
「お給金に関しては国から各教員に毎月配布されます。プロジェクトの中には生徒から料金を頂くシステムを考案中なのですが、さすがにこちらが半強制的に選定した生徒が可哀想なので今回は免除という形にしています。これに関しては、後日、ヨシュアン様の意見を参考させて頂こうと思います」
パッと、問題点と解決方法が何点か思いついた。
忘れないように後でメモしておこう。
「期間は一年。四ヶ月に一度、計三度出される貴族院が提示したテストを全校生徒の八割がクリアすれば、合格です」
全校生徒30人中の24人か……。一クラスまるごと落としても問題ない数字。
この数字を甘いと見るか、厳しいと見るか。
「そして、ヨシュアン様がお働きになられる場所ですが……」
「今から行かなきゃ間に合わないってところでしょう?」
微笑んで頷かれた。
図星かよ。
「なるべく、貴族院の手が届かない場所にする必要がありました。しかし同時に我々の手も届かないわけでして……、こればかりはヨシュアン様のご裁意に」
ご裁意に……、と言われても。
つまり、貴族院に授業の妨害をさせなければいいの、か?
……嫌な予感がする。
とんでもない刺客とか送ってこないように。
赤いのとか黒いのとか。
「肝心の所在地なのですが少々、遠くなります。軽く見積もって……、竜車で一ヶ月ほど」
「遠すぎるわい!」
どこの僻地に学校を作ったんだあのバカ王は。
「そして予定到着日時の二日後、入学式です」
「………」
ため息しかでないとはこのことだ。
こっちにも知り合いがいるというのに一年とはいえ、別れの挨拶もせずに出発。
忙しい話だ。ていうか突貫工事だ。
失敗すればもれなく全壊の恐れがあります、と言われて腰が引けないヤツなんているか。
面倒なことにこのプロジェクト……、というよりランスバール国王自体、あまり良い立場とはいえない。
一つでも失敗すれば、貴族に力を奪われてしまうような現状と立ち位置にいる。
居るのに関わらず、いつもどおり安酒かっくらってる様を見るとこの国なんて滅びてしまえと思うさ。思うだろ? 思っていいよね!
「ご心痛、お察しします」
「察してくれるならバカ王を止めてくれても良かったのでは?」
「はて?」
とぼけてくれるな。
「一つ、聞いていいでしょうか」
「なんでしょう」
とりあえず、言うことは言うことにした。
「なぜ、ギリギリまで黙っていたんですか」
無駄なことは一切しないベルベールさんは、何も言わずに竜車のほうへ案内してくれた。
何故、黙っていたか?
それは簡単だ。
もしも、余裕を持って話を聞かされていたのなら、自分は持てる知識と力、全てを使って、教師なんて職業を放棄する作戦を考えつくからだ。
つくづく、まぁ。あのバカ王のやることは……。
今日幾つついたであろう溜息が、また出た。