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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
29/374

顔は人で決まるが手は人生で決まる

「来たか。ヨシュアン・グラム」

「失礼しました!」


 そいつを認識した瞬間、自分は回れ右して帰ろうとしました。


「どうしました? ヨシュアン先生」


 しかし、老婆に逃げ道を阻まれてしまった。

 くっ……、テーレさんの手前、学園長の身を守ってないとまた首筋にナイフ突きつけられる可能性があったので、学園長を護るつもりで先に部屋に入ったのだ。


 そのせいで逃げようとすれば学園長が邪魔でドアがくぐれない。


 ここは統括職員室の会議室。

 すでにキャラバンの主とその護衛を招き入れているということで、そんな気を回したのが失敗だった。


 キャラバンの主は特に言うべきことはない。

 30代と若い風貌でありながら、嫌味なところがない。中背中肉で印象が薄いのにまた会えばすぐに思い出せるような顔をしている。

 なんというか、優越感も劣等感も覚えない、まさしく棚の向こう側みたいな人だ。欲しいと思ったときに何かを差し出すバーテンダーや武器を売る人のような感覚。

 テーレさんとはまた違った意味での存在感を利用する手管は、商人としての百戦錬磨を思わせる。


 問題は、そのキャラバンの主が連れてきた相手だ。


「約束を護るとは……、驚いたな」

「闘技場じゃなけりゃぁマトモに取り合いますよ、こっちも」


 その男、この場にいるのが不似合いなほど整った顔付きに、周囲が冷えるようなクールボイス。

 そこに在るという存在感だけで、誰かを圧倒しそうな空気は騎士独特のものだろう。

 しかし、いつも見慣れた白銀の騎士鎧ではなく、革の鎧にマント、どこにでもいそうな冒険者の格好をしている。

 なのに、どうしてだろうか。

 薄汚れたイメージなんて欠片も抱けない。

 ショーウィンドウのマネキンのように、あつらえ、しつらえ、整えられた綺麗さは明らかに顔のせいです。イケメン……、怖るべし。


「何の用です。法術式騎士団・団長クライヴ・バルヒェット。冒険者みたいな格好をして。趣旨替えでもしましたか?」

「忠義は趣旨ではない。生き様だ」


 この喉元から這いあがってくる、名状しがたいモゾモゾ感。

 何? 生き様って真顔で言って、でもそれが嫌味じゃなくって当たり前に言ってのけるもんだから妙に似合ってるんですよこの野郎。


 く~ぅ、だから、こいつは苦手なんだ。

 騎士のくせに騎士道とか正道とかほざいて……、まぁ、騎士だから騎士道云々は当たり前ですが。やってることは武力による蹂躙なんだから性質が悪い。


 綺麗事で世の中、回ってられるか!


「ヨシュアン先生。お相手の方が知り合いなのは結構ですが、主賓を忘れては困りますよ」

「主賓だなんてとんでもない。私はこちらにお招き頂いた幸運を噛み締めているところです」


 学園長に言われ、身を引く。

 当たり障りのない笑みを浮かべ、学園長に手を差し出すキャラバンの主。

 学園長と握手した次は、自分にも手を出す。


「メルボルン商会のロラン・オーロギットです」


 釣られるように握手。手には粉でも付けているのか湿り気もない手触り。しかし、長年、重荷を上げ下げしてきたのだろう、ゴツゴツした手は働き者の証だ。


「本計画についてはいくらかリスリア王国の方より仰せ仕っております。その件についてのお互いの確認、その後に納品のやり方などについて詰めさせていただきます」


 商談自体はスムーズだった。

 学園長とロラン商人の間では心理戦もかくやと言った舌戦、可能な限り値下げしようとする学園長にロランが切り札を切っていく姿は、すこし見ていて面白かった。


 だが、そっちよりも気になるのが無言のまま、商談を見ているクライヴだ。


 商談とか珍しくもないのに凝視している。

 真面目すぎるだろ、こいつ。ワインセラーに閉じこめていてもこんな顔しますけどね。


 とまれ、ここにクライヴが居るというだけで色んな情報が垣間見える。

 わざわざ冒険者の姿をしているのは特命なんだろうな。

 騎士団長を動かしてまで、自分と接触する……、何を考えているバカ王。焼くぞ。


「クライヴさん。道中、女性に声をかけられましたか?」

「……何故、知っている」


 明らかに人選ミスです。目立ってしょうがなかっただろうな。

 中にはこの人が騎士団長だってわかった人もいるだろう。

 この人、自分の魅力をどこか勘違いしている節があるからな。鎧変えてもそこは変わらない。


 仮面でもつけてこい。そしたら笑ってやったあと術式撃つから。


「それより……、変わったなグラム」

「何がです?」

「……以前の貴殿は」


 そのまま沈黙。

 続きは?


 窓の外をむいて、眉根を寄せるクライヴ。

 その視線はキャラバンの人々を眺めているようにも見え、重鎮が愛おしい領民を見下ろす様にも見え、絵画のように美しかった。

 美しいのはどうでもいいから、早く続きを言えよオラ。


 悩ましげに手を顔にかけるな鬱陶しい。


「なんと言えばいいのか……、わからない」

「自信満々に何を言ってんだあんたは」

「そう、ソレだ」

「だから何がです」

「だから……、察しろ」

「殴っていいですか? もう、しがらみとか捨てて殴っていいですか?」


 震える長い睫毛に殺意を覚えます。


 セロ君でも、もっとマトモに言いたいこと伝えてくれるわ!

 ウチの小動物と同レベル以下って騎士団団長としておかしくないか?


「だから変わったと言っている」

「だから、具体的にどう変化したのか伝えるくらいできるでしょう何歳ですか子供じゃあるまいし自分は貴方とツーカーな仲ではないんですから伝える努力くらいすべきでしょうにそれを察しろとはコミュ障害でも抱えてるつもりですかその変化に乏しいイケメン面でも伝わらないこともあるんです」


 コメカミの青筋は止まらない勢いで走っていきます。言葉もスラスラよどみないです。


「……むぅ」

「むぅ、じゃわかりません。さっきのを理解してるなら言えるでしょうに。言葉にしてください」

「わかった」


 しかし、悩む団長28歳。この人、本当によく今まで団長として生きてこれたな。

 訓練とか見てたときはハッキリキッパリ、口に出していたというのに。


「優しくなったな」


 頬を赤く染めるな!


「よし。もう戦争ですね。言葉は不要というわけですね。今まで決着がどうのこうの言ってきていましたがそこまでしたいと、OK望むところです」


 キレました。

 このシーンを貴族のお嬢さん方に見られてみろ。たちまちゴシップで男色だの熱愛疑惑だの騒がれるぞうすら寒い。


 鳥肌は放し飼いにした鶏のように縦横無尽にかけめぐります。


「言わせたのはお前だ」

「わかりました。わかりましたから、ちょっと口を閉じてください。次に妙なことを口走った場合、全力で貴方を口封じします」


 商談中の二人も何事かと眺めてきている。


「学園長。ちょっとコレを殺して埋めて……、いえ、彼が気分が悪いそうなので医務室に連れていきます」

「ヨシュアン先生、ほどほどに」


 見え透いた嘘なのはわかっているだろうなぁ。

 ロラン商人に至っては笑顔だが、その裏では引きつってそうだ。


「行きましょうクライヴさん」

「どこへだ」

「黙れ。来い」


 空気と会話を読め。

 この騎士団長、なんとかしてくれないかなぁ。


 会議室を抜けて、団長を連れ廊下を歩く。

 廊下の窓からはキャラバンが屋台でも作っているのか、学園始まって以来の活気に溢れている。


 この学び舎から校門にかけてまでキャラバンの屋台ができるとなると、その光景はお祭りと変わらないだろう。

 ちらほら物珍しげに歩く生徒たちの姿も見える。


 所々に居る冒険者っぽい人たちはアレか、護衛なんだろうな。


 楽しそうで何よりです。

 もっとも自分はこれから楽しくない話になるでしょうが。


「決着を付けることに否やはないが、ここでか?」

「アホですかあんたは。わざわざ貴方を変装させてまでキャラバンに潜りこませた理由くらいわかっているでしょうに」


 戦争でもないのに騎士団団長を王都から意味なく離すとは考えにくい。


「それに学園長とロランを二人にしていいのか」

「貴方らしくもない。薄い気配がしていたでしょう。さっきまみえましたがあの人……、テーレさんならロラン商人が暗殺者だったとしても、未然に防ぎきれます」


 そういうテクニックだけで見たら、テーレさんは自分より格上だろうな。

 そして、純近接戦だったらこのクライヴさんには手も足も出ない。


 自分がこの人たちとマトモなレベルで張り合えるのは偏に、術式による補助があるからだ。

 もっとも、普通の術式師たちとは運用法が異なることは認めます。えぇ、異端とも言えるでしょう。しかし、ブレイクスルーは異端の中にこそあるものです。結果的に最高峰まで登り詰めたのですから問題ありません。結果が全てです。


「一から説明します。まずは貴方の役目はキャラバンの保護。貴族院がキャラバンに妙なマネをしないようにと最大の守護を与えた、と。あの辺で警護している冒険者、アレ全部……、は、派手すぎますね。一団くらいは騎士団員なんじゃないですか?」

「よくわかるな。だが、いくら貴族院とはいえ、そこまで自国に害を与えるものでもあるまい」

「甘い。あいつらは自分のためなら自国すら切り売りする連中です。それは内紛の時、王を見限ったヤツらが証明しているでしょう。全員、死んでますのでこれ以上害にならないのが幸いです」

「ランスバール殿下が不在であったからであって……、状況が違う」

「まぁ、いいです。その辺は見解の相違で。ともあれその可能性がなかったら貴方は送りこまれていない。それと何か自分に用があって、それは他の者では務まらない。と言ったところでしょう」

「さすがの鋭さだ。その貴族嫌いさえなければ重鎮の一人になっていてもおかしくなかったろう」

「はっ! ごめんですよそんなもん」


 舌に粘りつく血のような気分の悪さを吐き出す。

 アレらと同じにされたくない。

 これが自分の率直な感想だ。


「用件を聞きましょう。王から何を」

「俺が受けた任務は王命ではあったが、別のものだ」


 手のひらにすっぽり入りそうな四角の箱を投げてよこすクライヴ。

 それを片手で受け取って、理解した。


「……もしかしてこれを渡してきたのはベルベールさん?」


 答えはない。彼にしては喋りすぎた感もあったが、ここでようやく無口に戻ったということは当たりなんだろう。


 この箱は、自宅に置いてきたものだ。

 自分が今装着しているオシオキ用術式具と同じ、決められたキーワードでしか開かない仕様の、術式具。


 あー、言わなきゃ確かめられないのか……、言わないといけないのかぁ……。畜生。


「“魔法のキスは青くて鋭い”」


 このキーワード、嫌いです。

 誰だよこの乙女チック全開な設定したの。


「グラム」

「自分で設定したものじゃないですよ? 本当ですからね?」


 何を考えているかわからない無感動な瞳が恥ずかしかったです。

 しなくていい言い訳してしまった。

 背中は妙に変な汗が流れてきます。

 くそぅ……、なんだよこの羞恥プレイ。誰得だよ。


 開く箱。

 その中には、砂よりも小さな粒子が散りばめられた金属――隕鉄によって製造されたリスリア王国でも六つしかない、絶対の証。


 王家の紋章に刻まれた六つの護国の剣。

 【タクティクス・ブロンド】を示す証の指輪だ。


 正式名称、アルベルヒの指輪。

 この指輪を作る技法を持ったが故に、指輪の製造の後、職人の一族郎党皆殺しにされたという曰くつきの一品だ。


 血塗られた指輪にして護国の証。

 くだらない皮肉っぷりはどうしようもなく、顔が歪んでしまう。


「さすがはベルベールさん。これが必要だと踏んで送ってくれたのでしょう」


 とはいえ、これに有効なのはクリスティーナ君だけという意味の無さ。

 すでにクリスティーナ君も自分を教師と認めてくれている節があるので、もういらないと言えばいらないのだが。

 何かに使えるかもしれない。持っておくだけ持っておこう。


 う~ん、なるほどなぁ。

 確かにこの指輪を持って行かせるなら、生半可な人間だとダメだったろうな。

 騎士団団長ほどの地位や実力がなければ安全性も説得力もない。


 ん? あれ? これってもしかして自分のせいで騎士団長を動かすハメになった?


「……さすがはベルベールさん。これが必要だと踏んで送ってくれたのでしょう」

「何故、二度同じ台詞を言う」


 クライヴからまさかのツッコミが飛んできました。

 気づいていないようなので一安心。自分のせいにならなくって良かった。


「それよりグラム。ちょうど良い機会だ」


 いきなりクライヴから剣呑な気配がする。


「決着を――」


 抜こうとした剣を手で押さえこむ。

 術式発動と同時の急接近、さすがのクライヴも反応できなかったようだ。


 しかし、貴族のお嬢様方がキャーキャー言いそうな構図です。

 誰も見てないことを祈ります。


「学園の教師に勝負を挑む冒険者はいない、そうでしょう?」

「く――」


 端正な顔が、屈辱の表情に歪む。

 まさか剣士ともあろうものが術式師に近接で、しかも、剣を抜くまでに制されたことに屈辱を感じているのかもしれない。自分には理解できない感性だなぁ。


「何故、決着を拒む」

「それはこっちの台詞です。どうして決着にこだわるのです」

「それは彼女が」

「彼女?」

「……いや、男の矜持だ。誇りある剣で護るべき者を護るのが誉れだ。その誉れに貴殿がふさわしいか否か。俺には確かめる義務が……、いや俺だからこそ権利がある」


 ? 意味が分かりません。

 急なヒートアップに言葉おろか行動も理解できません。

 んー、どういうことだ? ようするにバカ王の剣として確かめたい、ということか?


「王の剣としての義務は果たしていますよ?」

「違う。知っていて俺をからかっているのか」


 とりあえず、離れる。

 これ以上、抱きつくレベルで接近し続けると自分の心が折れます。


「さっきから言ってる意味がわかりません。それとお互い、今は仕事中です。私事は後にしてください」

「……くっ!」


 やはり根っからの騎士なのだろう。

 王命はキャラバンの護衛、その指揮者がこんなところで何時までも油を売っているわけでもいかない。

 ましてやそれが私事ならば、彼の騎士道とやらにもたがうだろう。


「何故、貴殿とレギンヒルト嬢が――」


 結局、それ以上の言葉は言い切れなかったのか、それとも言いたくなかったのか。

 なんの挨拶もなく、クライヴはマントを翻して会議室に戻っていってしまった。


 しかし、白いの――レギィがどうしたというのだろうか。

 急にリーングラードに行ってしまったので説教する相手でも居なくてストレス溜まってるとか? 嫌な想像だった。

 まぁ、レギィも自分の面倒を見なくて清々してるかもしれないな。あるいは自分が妙な真似をしていないか心配しているのかもしれない。


 一度くらい、王都に帰ったら顔を見せ……、たくないな関わりたくない。

 七日七晩、無理矢理、勉強させられたことは忘れません。


 くそう、どうしてこの場にいない人間のためにこんなに悩まなきゃならんのか。

 本当にまったく、クライヴは面倒なヤツだ。意味がわからないうえに面倒なのだから性質が悪い。


 ともあれ、抜け出してきてしまったわけだが、どうしよう?


 戻ってもよかったが、学園長とロラン商人の舌戦に参加できるとは思えない。

 いっそ、あそこで頑張ってるキャラバンの冷かしにでも……、ん?


 ふと、見たキャラバンの光景の中に見知った影を見つけた自分は、確かめるためにキャラバンへと近づいた。


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