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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
27/374

今は大人 昔は子供

 リーングラード学園で教師を始めて、ようやく三回目の参礼日。ちょうど一ヶ月を過ぎようとしている。


 当初、懸念事項でもあった専門制への移行は合同制の導入でつつがなく行われていた。

 生徒たちの長所をそのままに、短所を埋める作業はそろそろ終わる。

 次は生徒たちの質に応じた、内容の濃い授業と遅れがちな生徒のフォローに一ヶ月を費やすことになる。


 まぁ、そんなことより。

 自室の研究室で、心からあふれた満足を吐息として吐き出した。


「完成だ……」


 細かい作業をしすぎたせいで震える手もそのままに、自分はここ十数日を費やして生まれた物品を掴み掲げる。寝る間も惜しんだ一品である。


 これがあれば、より効率的に生徒にオシオキできます。


 生徒たちが憤死しそうな話ではあるが、気にしない気にしない。


「収納」


 キーワードに反応して、オシオキ用術式具が細い腕輪へと変化する。

 いつでもどこでも使えるように頭を悩ませましたが、常に身につける装飾品に変えることでこの難点をカバーしました。これで水に弱いという欠点も克服できるだろう。

 この技術のために錬成の技術と素材をいくらか使いましたが、うん、まったく惜しくない。たとえ市場価格が金貨30枚(新築が一軒、余裕で建ちます)もしたとしても後悔はない。


 早速、使ってみたい


 こうなってくると、マッフル君とクリスティーナ君の喧嘩が待ち遠しくなる。

 とはいえ、ぶっつけ本番は危険なので、何かで試してみるべきなのだが……、何にしようか。んー、【室内運動場】に練習用の木人形があったはずだ。アレで威力を試してみるか。

 爆発とかしなければ問題ない。


 甘い衝動に身を任せたまま、自分は自宅から外へ出た。


「ふぬぅ~ん!!」


 変な筋肉がログハウスの前で、ヒンズースクワットしていました。

 なにこれ、グロい。


「おや! ヨシュアン先生! 奇遇、だな! 今日は良い日だ!」


 飛び散る汗もそのままに返事する奇っ怪な筋肉。


「……今日は良い日ですね、ヘグマント先生」


 たった今、最悪な日になりましたがどうってことない。


「ところで何をしているんです?」

「見ての! 通りだ!」

「嫌がらせですか」

「ちがーう。訓練に、決まっている!」


 すぅっ、と足元を見てみたら、雨でも降ったかのような湿りが。

 何百回くらいしたら、その量の汗が出るのかと疑うほどの運動量だ。すでに昼だから何? この人、朝から人の家の前でスクワットしてたの?


 これを嫌がらせと言わずして何を嫌がらせというのですか。


「これで、2000だ!」


 素直に凄いと思いました。2000回のスクワットとかって正気の沙汰じゃない。拷問の一種ですか? 新手の拷問が誕生した瞬間だった。


「おつかれさまです」

「ありがとう」


 とりあえず、術式で頭から水をかけてあげました。

 心地よさそうに水気を手で拭うヘグマント。

 後は温風とかも……、どうして同僚の訓練のアフターケアをしてるのだろうか謎です。


「手拭はいりますか?」

「心意気だけ頂こう。自前のものがある」


 自分が休日のように、ヘグマントも休日だ。

 こうして鉢合わせたのも運のつき……、もとい奇運だ。術式具の威力の実験台になってもらうか、木人形で試して威力の感想を言ってもらうか、運命は二つに一つである。

 個人的には前者がオススメです。


「ヨシュアン先生、手合わせしてもらえないだろうか」


 は? 急な展開に一瞬、我を忘れた。運命は急に横道を全力疾走です。

 自分はオシオキ用術式具のことばかり考えていたせいか、ヘグマントの言葉の意味を理解しそこねた。


 え? 手合わせ……っていうか戦うの? 殺してもいいの?


「術式師に手合わせを願う軍人って聞いたことないですね」

「うむ。そうなのだが一人の訓練では頭打ちでな。正直な話、誰かと試合わなければ腕が落ちる。一応、この教師生活が終わった後はどんな形であれ軍部に戻らねばならない。それまで腕を落とすわけにも行くまい。アレフレット先生は文系、見た目通りの優男だ。ピットラット先生はご老人……、となれば相手はヨシュアン先生しかいまい」


 いまい、じゃないよ。

 反射的に拒否しようとした瞬間、ヘグマントの指先から小粒の何かが飛んできた。

 ひょい、と避わし考える。

 どうやって断ろうか……、いっそのこと、オシオキ用術式具食らわせて沈めてしまおうか。


「今の奇襲を避けるとは……、やはり、見込んだとおりだ。ヨシュアン先生」

「はぇ?」


 変な声が出ました。

 我が意を得たりという顔が非常に腹ただしい。


「意識してないのか。うむ。ますます気に入った!」

「いや、何がです?」

「並の術式師が先の奇襲を無意識で避けるなどとはありえん。術式師は後方メイン。近接での戦闘を想定されていない。にも関わらず『近接戦の心得』があるとなれば、当然、武術を嗜んでいるのだろう? 近接攻撃術式を使いこなすために鍛えているのか急場を凌ぐためかはわからんが、奇襲を想定された状況を幾相当、繰り返してきたのではないか?」


 む。さすがは戦闘のプロフェッショナルである。

 簡単にこっちの戦力を分析して、しかも、当たっている。

 さっきの指弾もわざわざこっちの意識外から撃ってきたし、その辺までは当たりを付けられるだろう。


 う~ん、ものすごくしつこそうだ。

 ここで断っても、また頼みに来るだろうな。一応、戦闘のプロフェッショナルと戦うのは気が引けるんだが……、仕方ない。

 ちゃっちゃと倒して、オシオキ用術式具を試しに行こう。


「わかりました。一回だけですよ」

「おお! 恩に着るぞ!」

「【室内運動場】に行きますか?」

「それには及ばん。お互い、丁寧に設えた場で戦うものでもあるまい」


 まぁ、それもそうだ。

 【室内運動場】の意義を全否定するつもりはないが、戦いっていうのは基本、どこでも起こりうるのだ。【室内運動場】だけしか戦えません、なんて言う輩があのタラスタット平原の変とランスバール革命、二つの内紛を生き抜けるとは到底、思えない。


 ローブを脱いで、適当な欄干にかける。


 ログハウスの前は充分な広さが確保されている。

 周囲をグルリと囲むように森。ログハウスは扇状に広がっているので、その中心点、どのログハウスからも遠い位置まで二人で歩いていく。


「術式は使っても?」

「あくまで訓練だからな。自重してもらえると助かる」


 ということは身体強化系、移動系のみか。

 それくらいなら使っても罰は当たらないだろう。これは暗黙の了解だ。

 何せ、ヘグマントをヘビー級として、こっちはミドル級だ。ウェイトの差は埋めがたい。


 もちろん、素手の形如何では筋肉を貫くこともできるだろうが……、試合と言い張っている以上、殺したらまずいわけです。


 お互い中心点までやってきたら自分は大地を蹴って、ヘグマントから距離を取る。

 距離は大体、相手まで数歩。攻撃から認識・着弾までに秒単位の余裕がある距離だ。


「試合の開始は……、うむ。すでに始まっていると見て良いようだな。ますます実戦に即した考えだ」

「修行とかあまりしなかったですからね」


 代わりに生き足掻いてきましたので、ね。


 ヘグマントの構えは両手を腰の位置に落とし、少し広げたスタイル。組みつきを基本とした格闘術か。騎士団ではかなりキワモノの武術だが、実戦に置けるグラップルはかなりえげつない。組みつき即首折りなんてよくある話だ。

 自分はヘグマントからの『射術』を警戒した、横向きの構え。手はダランとしたままリラックスさせる。

 さっきみたいな指弾は飛んでこないだろう。元々、術式師は後方メインという言葉通り、自分は相手からの遠距離攻撃や飛び道具を警戒するようにしてきたので、なんとなくこのスタイルだ。


 これは戦いである。そう考えた瞬間、脳が熱く沸騰する。

 完全に戦闘へと意識を変えながらも、感情的にはならないようにと理性を総動員する。

 腹の底から浮かぶ憎悪や怒り、理不尽に対抗するための原始本能の塊は封をして物置に放りこみます。あくまで試合だと自分に言い聞かせる。


 そうしないと本気で殺してしまいそうです。


「リューム・ウォルルム」


 加速術式を発動、秒単位の距離を一瞬に変えて真正面からの崩拳。中段の突きはヘグマントに着弾する。土煙と加速域に入ったことで生じる衝撃破のような風が止むと、そこには自分の拳を両手で受け止めたヘグマントの姿。

 お互い、攻撃を防御された、防御が成功したと認識した瞬間、次のステップに入る。

 腕を掴まれる前に拳を引く。ヘグマントもそう来ると思ったのか掴みかからず、殴りにかかってくる。身体を引きながらも軸足の重心を変えることで後ろに倒れる。もちろん本当に倒れたりしない。倒れたおかげで開けた空間にヘグマントの拳が通過するのを確認しながら、軸足に力を込め、ヘグマントの脇を抜ける。


 すぐさま振り向けば、ヘグマントも振り向き、同時に胴を薙ぐような蹴りが迫っていた。うん、速い……というより思いっきりがいい。抜けると想定されたような蹴りだ。

 避わすか? それとも、受けるか?

 選択肢は無数にある。

 戦闘は濃密な選択の連続だ。躊躇の一瞬は死を意味し、判断の一瞬は生を意味する。認識できなければ反射で動かなければならない。とにかく動け。


 自分が取った選択は、這う、だ。


 頭スレスレで通過する蹴り足、この足が軌道変更して落ちてくる前に自分は無理矢理、足を動かしてヘグマントの足首を狩る。

 下段蹴りだ。もっとも自分とヘグマントでは質量のありすぎる。ただ蹴るだけでは動きもしないだろう。


 だから、足を引っ掛けて思いっきり引く。

 身体のバランスは重さに関係ない。むしろ重ければ重いほど『今のように片足』だと崩れやすい。

 ヘグマントの身体が宙空でグルグルと横回転する。払われた瞬間、自分で動いたのだろう。そうしなければ、ヘグマントはただコケるだけだった。申し合わせたように地面へと俯せで着地する。


 好機。


 そう見た瞬間、自分は前へと進もうとする。追撃で背骨の一本でも踏みつけてやればそれでおしまいだ。

 だが、瞬間、背中に寒いものが走る。

 前に行こうとした身体を頑張って引き戻すと、鼻先にヘグマントの足裏が通過する。

 俯せの状態から上半身の力だけで倒立だぁ? どんだけの筋肉があればできるんだよ、そんな芸当。


 引いた身体の意に従って、距離を開ける。

 ヘグマントは悠々と倒立から元の体勢に戻る。


「身軽ですね」

「思った以上に速いな」


 お互い、感想は短い。

 ヘグマントはあの巨体とは思えないほど、身軽に動く。あの重量に振り回されない筋肉は鍛錬の賜物だろう。

 実際、こんな相手が戦場にいて攻撃術式を封印したままなら、戦いたくない相手だ。


 まぁ、術式を使えば向かい合う前に終わるんですけどね。


 一呼吸、間髪入れずに接近する。

 足、目、腕、三種のフェイントを入れた手刀はあっさりヘグマントの丸太のような太いニの腕に吸いこまれる。防御された、が、これは想定内。

 クルリと回転して肘、狙いは上段を防いだせいでガラ空きになった鳩尾。しかし、防御した腕とは逆の添え手が肘鉄を防ぐ。

 ヘグマントも防御しているだけではない。自分の肘に痛みが走る。

 握力で肘を壊しにかかる。痛みで一瞬、強ばった身体の隙をついて後ろに回りこんでくる。


 させるか。


 そのまま関節を極めようとした動きを利用して、自分からジャンプ。

 今度は自分が横回転する番だ。


 ヘグマントみたく2回転半もするつもりはない。

 一回だけの横回転、これだけで腕関節を極めようとする動きは、知恵の輪をくぐるように解けてしまう。


 関節技は言わば、人の身体を利用した自己硬直だ。


 一度、自分で自分の指を限界まで逆に曲げてみよう。

 そっちに意識が行ってしまい、他の部分が動かない。あるいは動かしづらくなる。

 意識すれば動かせるだろうが、一瞬の判断が要求される戦闘で意識を持って動かすことが出来るだろうか?


 答えは出来る。

 何故なら、そう想定されているのなら身体は動かせるのだ。問われて意識するのではなく、問われると予想して答えを先に出す。変則的な質疑応答。


 勝てば官軍、負ければ地獄。


 いわば慣れです。身も蓋もない。


 この動きはヘグマントも想定になかったのか、驚愕で一瞬、身体が硬直する。

 間髪入れず、ヘグマントへ掬い上げるような突き。狙いは顔面。

 しかし、硬直が解けたヘグマントは選択:回避。頭を狙っているとわかっているのでなんとか頭部を限界まで捻る。間に合うか?


 ヘグマントのコメカミをギリギリに掠めてしまう。


 当たらなかった。

 その時のために用意していた動きを入力、ガードの上から蹴り、ヘグマントを台座にして近接域から脱出する。


「……ふむ」


 短く吐息をつくヘグマントは、かすったコメカミを一つ、撫ぜる。


「ラッキーパンチ以外で顔を掠めたのはいつ以来か……、法術式騎士団長とやりあった時が最後だったな」

「クライヴさんですか。あの人ならやりかねない」


 リスリア王国の二振りの剣、【タクティクス・ブロンド】と並ぶ護国の剣。

 エリート騎士、しかも金や貴族の地位では絶対に入れないように作られた今どき珍しい硬派な騎士団。それが法術式騎士団だ。

 クライヴというのはそこの団長さんだ。

 イケメン、クールボイスの貴族血統でありながらほぼ実力で団長まで登り詰めた、ガチガチの騎士なのだが……、あの人もなぁ。


 ちなみに実力は折り紙付きです。折り紙に花束をつけてもいいくらいだ。


「クライヴ団長を知っているのか。これはますます底知れないな! ヨシュアン先生」


 ふざけろ。知りたくて知ってるわけじゃねぇですよ。


 赤いのと一緒で、何かと喧嘩をふっかけてくるんですよ、あの人。

 何が気に入らないというのだろうか。いや、たぶん彼には悪意はない。

 なのに決闘まがいの訓練を要求してくる。

 挨拶代わりに「ヨシュアン・グラム。闘技場で待っている」と呟くのだ。今のところ、九割無視しております。後日、手紙で『何故、来なかった?』という短い文が届きます。


 ドライなようで粘着質だから、もー、イヤなんだよなぁ、あの人も。


 一度、本気で勝負したのが間違いだったのだろうか? ちなみにあの時、自分は腕を骨折しました。相手は五体満足での敗北なので、ある意味痛み分けと言える。


 答えがハッキリしている赤いのに比べて、よくわからないクライヴは自分にとっては苦手意識ありまくりの人です。



「ん? どうしたもう終わったのか? もう少し私たちを楽しませろヨシュアン、ヘグマント!」



 やりとりしている間にギャラリーがいてました。

 シャルティア先生とリィティカ先生、そしてピットラット先生がログハウスの階段の前に腰掛けて、こちらを眺めている。


 シャルティア先生、その手に持ってるのお酒ですね。


「人を肴にしないように」

「つまらないことを言うな。娯楽の少ないこのリーングラード学園で派手な演舞をしているとあれば肴にするだろう」


 演舞ではありません。ガチです。

 ただ演舞のように見えてしまうのは仕方ない。


 ある程度、実力が拮抗していれば戦いはチェスの様相に変わってくる。

 どの攻撃をどの位置に配置して、相手の攻撃をどう受けるのか。

 そういった応酬は、決められた動き、演舞に近くなると言えるだろう。


 つまりヘグマントはかなりの強者ということ。思わず攻撃術式使っちゃいそうなくらい。

 むしろ近接戦だけに限れば自分より強い。それはさっきまでの立ち回りで証明されている。

 初撃は自分だ。二手目も自分。いくらヘグマントが待ちタイプの格闘術を使っていたとしても、仕掛けざるをえなかった。

 単純にヘグマントに主導権を取られたくなかったのと、思った以上にガッシリと根を張っていたせいだ。

 重心を完全に落とし迎え撃つ姿勢はまさにプロの貫禄だった。

 アレを動かそうと思ったら、先手をもぎ取ってイヤでも一撃入れるか、純粋な筋力で勝らなければならない。


「見ろ、リィティカも怪我に備えてくれている。思う存分、目潰しや金的をしてもいいぞ許そう」


 イヤですよ! お互い食らったら今後の人生がヒビ割れますから。直截的には眼球と睾丸が。


「はっはっはっ! 演舞ときたか!」


 笑ってんじゃねぇ当事者……、いや、元凶!


「若い人はいいですな」

「怪我しないように頑張ってくださいねぇ~」


 リィティカ先生、笑顔で手を振ってくれてます。

 おいおい、女神のエールを受けてパワーアップとか勇者じゃあるまいし。

 そんなの御伽噺だけですよ、えぇ、まったく。本当、まったく。


「ヘグマント先生」

「む? そろそろ続きをするか」

「お前はもう死んでいる」


 この胸から湧き上がってくる熱い何かは。

 今の自分なら一人でリスリア滅ぼせるんじゃね? というくらいの熱量を持って全身を駆け巡っていきます。


 もはやヘグマントなど、塵にも等しい。


 全力で周囲に漂う青属性の源素を集める。

 リーングラード中の青属性が集っているのではないかと思うくらい、濃密な青さが世界に満ちる。

 それら全てを弄り、捏ねくり回し、叩き直して、人すら飲みこむ巨大な陣を完成させる。


 自分が使える最大級にして最高の術式。その名は――


「ベルゼルガ・リオフラ――」

「待てぃ!? 攻撃術式を使うなというに!」


 うっかり、失念してました。


「失礼。つい我を忘れました」

「一体、さっきのやりとりに何があったというのだ」


 ヘグマントが珍しく冷や汗をかいていた。ごめんごめん。

 発動意思をなくした陣は空中で掻き消え、青の源素も何事もなかったように、ふよふよと空間に漂っていく。

 青の源素よ、自然におかえり。


「なんだ術式は無しか。派手になってくれると思ったのだが面白くない。もう少し楽しませろヨシュアン」

「くれぐれも怪我させちゃ、ダメですよぉ、特にヨシュアン先生ぇ」


 人事だと思って。あ、リィティカ先生はいいんです。愛から出た言葉ですし。


「人気者は辛いな。そうなると俺も負けてられん」

「正直、もう止めたい気持ちで一杯ですけれどね」


 見世物じゃないんですよ。


 戦闘テンションが一気にストップ安です。

 グダグダな気分をさっさと終わらせてしまおうと構えなおすと……。


「いい加減にしろ! なんでこんなに騒がしいんだよ!」


 と、最後の刺客にして教師、アレフレットが窓を開けて怒鳴り散らしていた。


「人の家の前で何してるんだ!」

「見てわからんのか。図書院の愚者」

「見りゃわかるわ! 昼間っから酒盛りしてる数学宮のバカ女がいることくらい! こっちは論文書いてるんだよ! 参礼日のときくらい静かにしろ!」


 ヒートアップしているアレフレット。

 シャルティア先生も青筋を立ててるし、リィティカ先生は苦笑してしまった。

 ピットラット先生は何事もないかのようにマイペースだし。


 こっちはどうしようか?


 そんな意味を込めて、ヘグマントを見ると肩をすくめられた。

 もう試合という空気でもないだろう。


「図らずとも教師全員、そろってしまったな」

「いっそのことですから、アレフレットも混ぜましょう」


 なおも窓の向こう側から怒鳴り続けるアレフレットを見て、ヘグマントと一緒に近づく。


「まぁまぁ、アレフレット先生。ついでなので付き合わんか?」

「人の話を聞けぇ! うるさいって言ってるんだよ!」

「そういわずに。男の子でしょう」

「男の子は関係ない!? おい、なんで両腕をつかむんだ落ちるだろ!?」


 ヘグマントと一緒になって、アレフレットを窓から引きずりだしました。


「模擬戦ですよ、模擬戦。お互い教師なんだから格闘くらいするでしょう」

「するか! またお前かヨシュアン・グラム! 前から思っていたことなんだが今すぐ言ってやる! お前の言い分は根本がおかしいんだよ! あーもう! 引きずるな! 服が傷む!」

「さすがにアレフレット先生にも攻撃術式禁止は酷か」

「あー、なら解除で。自分は禁止のままで2対1なんてどうです?」

「ほう。となると俺の相手は2人か?」

「いいえ。アレフレットVS自分&ヘグマント先生でしょう」

「勝手に話を進めるな! というかやらないからな! 模擬戦なんて野蛮極まりない! だいたい条件が不利だろ!」

「大丈夫です。自分、内紛のとき、三千人に囲まれたことありましたし。意外と多人数でもなんとかなりますよ」

「ほう? 三千とは剛毅だな。遊撃後の罠にでもかかったか?」

「えぇ、まぁ、ある意味罠だったのでしょうね。あの時は腹の底から覚悟しましたし。一人でも多く道連れようとしてました」

「だから! えぇい!! 会話しろぉ―――!?」


 アレフレットの絶叫が響きわたる。

 頑張って逃げようとしているところ悪いのだが、自分がアレフレットの腕関節を極めてますし、ヘグマントの方も同じだろう。


 まさに捕縛された人間の図である。


 このあとのことは語るほどのものじゃない。


 アレフレットの術式を自分がレジストして驚かせたり、アレフレットの首を掴んだヘグマントがジャーマンスープレックスしたり、シャルティア先生が面白気にその様子を眺めていたり、さすがにやりすぎたことをリィティカ先生に怒られたり、ピットラット先生は穏やかにお茶を飲んでいたりと、色々でした。


 大人なりのお遊びです、えぇ。

 結局、オシオキ用術式具を試す機会はなかったが、まぁいいんじゃないだろうか。


 一年間だけの同僚。その仲を深めるようなことがあってもいいと思う。


 この中の誰かが貴族院の手先であったとしても。

 今、この場にいる時だけは、そんなこと関係なく楽しんでいたのですから。


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