YOU&I and I&YOU
エルフ。
正式名称はエルフィンテルメキア、ふるい、古い言葉で『森と共に歩く人』だそうだ。
彼らは人から派生した別の人種だと言われている。
その名前の通り、彼らは森に住み、小さな秩序のある集落を作る。
人が平野に適応したように、エルフは森に適応したのだろう。身体的特徴は長い耳と高い背丈、少しばかり人より手足が長い……、まぁ、この辺りは個人差で割り切れるレベルだろうが。
日中は薄暗い森で生活しているせいか、総じて青白く、長時間の日光に当てられると肌が黒くなる前に火傷する。アルビノも少なくない。
以上がエルフの外から見て取れる情報だ。
続いて、文化様式と歴史に移る。
人が火を使い文明を作りあげたように、彼らは代わりに『火炎樹』と呼ばれる木を使い文明を築きあげてきた。
その様式と文化は独特で、自分たちから見れば珍妙極まりない。もちろん、同じ人ベースの彼らの根本まではそう変わらなかっただろうが。つまり、どんなに頑張っても人間は衣食住という三種からはそう遠くないスタイルを身につけるということだ。
とまれ、森の奥深くに住む静かな住人たち。
森に分け入る人間からすれば、もっとも近しい隣人だったのだろう。
本来ならば小さな交流から始まり、文明調査などを通して彼らと友好を深めるべきだった。
彼らの不幸は、その小さな交流の相手が『貴族』であったことだ。
『貴族』にとって、この世の全ては自らの資産だ。
例え、それが人以外の住む場所であったとしてもだ。
同じ貴族ですら、自分の縄張りを荒らす害虫だと思いこんでいる貴族がエルフを見つけたのなら何をし始めるか。答えは至って簡単だ。
武力による蹂躙。
全身、鋼の鎧に覆われた騎士団。
木と共にあるエルフは木と石の武器。
どちらが勝るか一目瞭然。
殺し、虐げ、犯し、奪った。
まだ人買い法があった時代、エルフの奴隷が店の目玉商品として並ぶこともあったという。自分は見たことありませんがね。
いや、正確には『売られていたであろうもの』は見たことあります。今、思い出しても胸糞悪い。
あの時、知り合ったエルフの友人はあの時代のことを『最悪にして最低の暗黒時代』だと言っていた。
もっともその本人も貴族から『最悪にして最低のエルフ』と呼ばれているのだから、なんともまぁ、彼の当時の苛烈さは押して知るべき、だろう。自分でも目を覆うくらいだ。
そんな彼も時折、店に訪れては術式具を買い漁っていく良客に進化したわけだ……、完全に余談です。時代は変わるということです。
そんなこんなで人とエルフの戦争は始まった。
貴族が優勢だったのは当初だけ。そもそも森の行軍に重たい鎧着て、どしどし歩けるはずもなく。あっという間にゲリラ戦法で分断・各個撃破されていったという。
人の武器の優劣を理解し、有効な戦術を編み出す。
知恵のある生き物でもあったのだ。蛮族だの亜人だの言って蔑んでいたヤツは手痛いしっぺ返しを受けた。侵略するくらいなら痛みくらい覚えていただかないとフェアではないと自分は思います。
結局のところ、リスリア王国だけではエルフを絶滅させるに至らず、見事な冷戦状態に陥った。
現在、リスリア王国ではエルフとの融和政策を実施キャンペーン中。長く続いた冷戦状態は緩和され、法国みたく別人種との協力体制を敷いている。
まぁ、ここまでが自分の知るエルフの概要だ。
ようするに4年前以前は国敵だったのだ。リスリア王国と帝国の二国だけだが。
そんなエルフがたった4年で国政の計画――義務教育計画のことです――にまで抜擢されるっていうんだから、それなりに順調なんだろうなぁ。
何がって異文化交流です。
「しかし、所詮は全体の森を見て木立見ずな感は否めない」
自分は今、【宿泊施設】の森の中にいる。
以前、マッフル君が夜の自主特訓をしているあたりだ。なるほど、授業中に抜け出すなら教師がもっともいない場所――【宿泊施設】に行くというのは理に叶っている。そこは現在、授業をするために学舎に教師がいるため、誰一人いない
何故、そこにリリーナ君が隠れていると自分は知っているのか。
気配の話に戻るが、ある特定の人物を術式を使って探すことができるからだ。
『ツィム・リム・フラァウォル』。
緑属性と白属性の融合術式。
構成陣が面倒くさく、性能はかなり大雑把。南の方、とか北の方、とか程度のことくらいしかわからないくせに上位術式であり、コスパはいつものごとく最悪。
使えない術式というより、まだ開発途中の術式だ。
将来的には個人を完全に特定してしまい、方角はおろか距離まで分かってしまう……とされているが、その道は険しそうである。
ところが一つ、現状でも使える要素がある。いや、別の意味で使えない要素というか。
この術式にはある構成陣を組みこむと空中の源素の視点が見れるという裏技があるのだ。視点というか感覚というか、ともかく源素を中心とした周囲の状況が見れる。
まるで『けんけんぱ』のように源素を伝って、視界を移していける。もっとも源素が見える『目』持ちでなければ伝わっていくべき源素が見えないので、使い物にならないうえに、より陣が複雑になって消耗も激しくなる。
自分は充分、この条件に当てはまってるので術式を使って『目』を飛ばしたのだ。きつかったが男の子は我慢です。
目眩がするほど一瞬ごとに視界が変わる中、見知った姿は見つけた瞬間、自分は『リューム・ウォルルム』で学舎を飛び出していきました。
「さて、どうしたものか」
生徒の前では怒ったフリをしていたけれど、どちらかというと自分は疑問のほうで一杯だった。
学習意欲のある生徒たちで、なおかつ今は新しい知識が湯水のように入りこんでいく時期、緊張やら知的興奮、楽しみや辛さがないまぜになった微妙に楽しい時期だろう。
なのに、ここでまさかのリリーナ君のボイコット……、いや、この場合、エスケープだろうか。
教養の授業は以前に一度、したことがある。まだ全員が実技をできる段階でなかったため訓練みたいな歩行や仕草の注意、あとは教養の必要性さと意義を解いてみせた。個人的に言いましょう、教養いらなくね? とは思わなくもないが、頑張って必要性を訴える自分は非常に滑稽な生き物に見えたかもしれない。
まぁ、礼儀やちょっとした仕草なんかは社会でも役に立つので学んで損はないはずです。
「……と、そろそろだな」
一抹の疑問を抱きながら、術式で見た光景を思い出し気配を消す。
隠蔽の術式を使って完全に気配を絶った後、そっと大きめの木に近づき、見上げる。
そこにはネコ科の動物のように腹ばいになったまま、梢の上で眠るエルフの少女が居た。標的を発見しました。どうやってしばき倒してやろうか。
ちなみに怒ってないとは言ってませんので、ちゃんとオシオキはします。えぇ、ゲンコツで済めばいいですね?
「ちょっとした授業をしましょうか。ウル・フラァート」
素手にまとわりつく陣に術韻を唱えることで、紫電が素手にバチバチと弾け始める。
そっと木に触れれば、ドンッ! と、木槌で殴ったような大きな音が鳴り響きました。
大木は揺れ、枝葉のところどころからは煙を上げる。
「木材は電気を流さないというのが一般的な工学知識にありますが、実はこれは真っ赤な嘘です。正確には『なかなか通さない』です。電圧さえあげてしまえば木は充分、電気を通します。もっとも高い抵抗値を持つ木材ですから、熱を帯びてしまい表面部が焼けたりしますが……、まぁ火事になるほどではありませんよ」
木材と木の中にある水分を伝った電気が、梢で眠る森のお姫様にも伝わったようです。カブトムシみたいに落ちてきました。真っ逆さまです。前屈を逆さまにして背を地面につけた格好なのはいいが、パンツ見えてます。しかし、手助けなんかしません。そのまま恥辱を味わうといい。
そんなリリーナ君もまた、木のようにプスプスと煙なんかあげてます。
突然の電撃に目を白黒とさせていたが、自分を見た瞬間、顔が強ばりました。
「おはようリリーナ君。もうすでに授業の時間ですよ」
ニコリと笑う自分に釣られるリリーナ君。
口元、引きつってますよ。
「先生に視姦されたであります」
「寝起きで言うべき台詞ですか?」
そう思うなら、まずは体勢を変えなさい。いつまで逆前屈してるんですか。ごめんなさいって言えよ謎生物。
「しびれて動けないであります」
「……微妙に手間がかかりますね」
仕方ないので足を掴んで、ポーンと腰の向こう側に放り投げてあげました。
パタン、と何かのおもちゃのように、今度は地面に仰向けになる。
「さて、話を聞きましょうか」
「猥談でありますか」
「言いたくないことですか?」
エロ方面に逃げようとしても無駄ですよ。
「先生は温厚で理解力のあるタイプですが短気なのが珠に傷なので早く言いなさい」
「その性格は色々おかしいであります」
しばらく沈黙。
エルフだからマイペースなのか、リリーナ君だからマイペースなのか。自分にはよくわからない。リリーナ君がときおり理解の及ばない行動に出るのは自分がリリーナ君をよく知らないせいでもある。
まだ2週間。時間にして48時間あるかどうかの付き合いしかない。
それで相手を理解しようなんて土台、無理な話なのだ。
それでも理解してやらねばならない。
オシオキしても、ゲンコツを落としても、自分はこの子たちの理解者でなくてはいけないのだ。
「リリーナはエルフなので将来、社交とかありえないでありますから」
珍しく、意思疎通できる言葉だった。本当に珍しい。本当はこの子、自分の理解の及ばない超常の生物なのではないかとひっそり疑っていたものですが……、いやいや、そこは問題点じゃない。
たしかに森に住むエルフが貴族社会に入り込んで、優雅に紅茶を飲んでいる姿なんて思いもつかない。
ありえない、か。
その点に気付かなかったのは自分の盲点だった。
盲点で理解不能で、でも、そんなものはきっと理由にはならない。たとえ理解できなくたっても教えてあげなければならないのだ。
「そんなことはありませんよ」
そんなことない、と。
世界はそんなありえないことしか起こらないのだと。
「エルフが貴族で紅茶を飲んだっていいじゃないですか。面白いですよ、それ。他の貴族の顔が見ものです。それが極めて優雅だったりしたらもう爆笑ものですよ」
想像してみればきっと、それは本当に面白い未来なのかもしれない。憎い、にくい貴族の中に教え子が居て、その子はエルフなのだ。虐げられた人々が虐げた者を乗り越えていく。物語にありそうなお話だ。夢物語。
ありえないからこそ、きっと面白い。
「リリーナ君だって、ただ勉強がしたいだけで森を出て人のいる場所に来ているわけではないでしょう?」
「そうなのでありますか?」
聞くな。というか、考えてみればわかることだった。ただ理解できなかっただけ。
エルフと人の交流は始まったばかりだ。だが、それ以前はずっと殺し合いをしていた関係なのだ。理解なんて遠い世界で血と欲望をなすりつけ合うだけの関係だった。
だけど、もうそんな関係は終わりにしなければならない。もうそういう風になっているのだから。
この計画がテストであるようにリリーナ君もまた、人に紛れて暮らせるテストケースだったわけだ。
本人が知っているか知らないかはあずかり知らないが、おそらく上のほうで話はついているはず。件の族長とやらとバカ王の間だがな。あの腐れ大人どもが。
「こうして人の居る世界に出て、やがて人との交流を深めていくことがあるのなら人の習慣は知っておくべきです。逆にリリーナ君を通して、人もまたエルフの習慣や教養を知っていくのです」
「………」
「剣や槍を向けて、わかることがあるなら。言葉や仕草、ほんの少しの交流でわかることもあります。そして、後者のほうがより深く広く、わかりあえると信じています」
不可思議生命体だとばかり思っていた。今まで、ふざけた態度をとっていたのもエルフゆえだと。
きっとそうではない。
「教養の授業は何も社交界だけで必要なものではありません。君のクラスメイト……、マッフル君やクリスティーナ君、セロ君、エリエス君。彼女たちは人間です。そして、君はエルフです。変えられないけれど、この2週間、彼女たちと居て不愉快でしたか?」
「……それは」
「楽しくなかったですか? 面白くなかったですか? 一人違うことが悲しかったですか? 仲間外れなのが怖かったですか? 人が理解できなくて首をかしげましたか? 違うことが重かったですか?」
しかし、安心しなさい。
「それでも君は先生の生徒で、彼女たちのクラスメイトです」
勉強はしたいけれど、人間主流の考え方にリリーナ君なりの反発感があったのだ。
反発感が、ふざけた態度を取らせていた。
意味不明な言動に繋がっていたのだ。
「もう一度言いましょう。教養の授業は何も社交界だけで必要なものではありません。人が人のことを知るための授業です。貴方(YOU)が私(I)を知るためのものなのです。逆に私(I)が貴方(YOU)を知るためのものなのです。」
教養と聞くと、きらびやかな夜会のイメージがある。もちろんそういうものに出席するための技術やセンスを磨くものでもある。だけど、それが全てではない。
もてなしや作法、共通する技法は理解しあう助けとなる。
誰だって、違うことよりも同じもののほうが安心できるのだから。
「もちろん、それで全てが解決するわけではありません。でも小さくてもいい、クラスの中だけでもいいじゃないですか。人とエルフが平和に暮らせるならやって損はありませんよ。真面目にやってみたらどうです?」
ちょっとだけ。不思議な顔をするリリーナ君。
言葉を咀嚼して、嚥下するくらいの時間を空けて、
「……先生は面白いであります」
と、呟いて起きあがる。
「卑怯で、暴力的で、でも」
その顔は自分からは見えない。
遠くの空は木々の葉ずれと、ぼんやりと浮かぶ天上大陸しかない。
そこにはリリーナ君の欲しいものはない。
「えろすであります」
「殴りますよ」
殴りました。
頭を抱えて蹲ったリリーナ君の首根っこを掴む。
「さて。とりあえず皆にごめんなさいしましょうね。皆、ノリノリでコントとかしてましたが妙にオドオドして見えたということはかなり心配していたと見るべきでしょうね」
「……やー、であります」
「うるさい。拒否できる立場ですか」
「イヤよイヤよも好きのうち?」
「知るか」
ズリズリと引っ張っていく。
この子はひょうひょうとしているが心の奥底には、計り知れないものが流れているのかもしれない。人が知らない、エルフの何か。
いや。ダメだ。その考え方はよくない。
自分はリリーナ君の教師だ。だとしたら。
ヨシュアン・グラムとして、リリーナ・エス・ル・ラーツァとして向き合っていかなければいけないのだ。
……気が重い。
この人一人分の重さが間違って、また戦争とか起こらないように。
ほんの少しだけ、祈ってみた。




