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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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ブラック企業に務めているんだがもうダメかもしらん

「まず学習要綱について疑問を覚えた方はいますか?」


 自分の第一声は、場に居る全ての人を一度、思考へと叩きこんだ。


 疑問を持っていた者はそのことについて、疑問を持たなかった者は疑問があるということについて、どちらにしろ人は問われると答えるために答えを探そうとしてしまう。


 まぁ、今回のコレは疑問を持たせたことで一度、全員を思考をフラットに戻そうとする意味合いが強い。


 一週間以上、教師という職業についてみて、わかったことがある。


 生徒が非常に厄介だとか、教師陣が濃いとか、仕事が面倒とか色々あるがそれらは全て虚空に放り投げる。


 まぁ、アレなんです。

 拘束時間がハンパではありません。


 生徒たちは4時間、休憩いれて5時間でいいとしても、教師はそうも言ってられないのです。だって、生徒たちがやるべき授業内容を前もって調べて、間違いがないか確かめて、学習要綱の進捗とか気にして、テスト作ったりして、もう、なんか教台に立つ時間よりも教員室で書類を作ってるのほうが多いんですよ。

 大体、この計画のために用意された教科書が非常にわかりにくく、適当な本を適当なまま詰めこんであったりするから、まずは要点を刳り貫いてわかりやすい形式にしなきゃ生徒たちにも伝わらないわけですよ。


 難しい語句とかあったら訂正して、歪曲な表現があったら分かりやすい表現にしたりして、ね。

 自分たち教師陣はその日に明日の授業の内容を確認して、教科書の編纂から始めなきゃいけないという本末転倒っぷり。


 いくら子供の頭といえど、念仏を頭に叩きこんでも仕方ないのだ。


 そんなことをしていれば必然、仕事の時間は伸びるわけで。

 現在、自分の勤務時間は平均10時間ですが、何か? もちろん休憩時間は含まない。


 これに教師陣は、内心、ストレス溜まってると思うんですよね?

 でも、一年くらい耐え切れるだろう。負担を軽減させるために顧問制という、一人の専門分野に集中させる方式を採用している。そうすれば生徒も質のいい授業を受けられてバンザイなのだが。


 それでは困るんですよ、えぇ。


 平坦なスケジュール、ストレス豊富な余裕のない仕事内容。

 こうなってくると、フリーな時間がない。

 貴族院の手先を見つける時間、そして貴族院の思惑を察知して邪魔する時間すらないってことだ。


 逆に相手も同じ状態……、教師の誰かがそうだとしてもだ。

 もしも前もって全ての計画が頭に叩きこまれた状態で、何くわぬ顔で教鞭を奮っているというのなら、必ず自分が後手に回ってしまう。


 学習要綱の効率化はあくまでオマケです。

 効率化によって、現れる余裕のある時間。

 これを使って、相手を探る。だけではないのです。


 相手もまた、この余裕を使って何かを成すだろう。

 事故、妨害、暗殺、物理的なものから精神的なもの、内容は問わない。


 相手が動けば、必ず自分は見つけてみせる。


 まぁ、正直な話、休日が欲しいというのもありますよ? 当たり前です。何が悲しくて休日返上までして働かなきゃならんのか。


 というわけで気合は充分。

 ちゃんと眠れる明日のために!


「この学習要綱は非常に平坦なんです。平均、と言い直してもいいです。とまれ山場も谷場も何もない。あるのは目的至上とした単純なノルマ構成だけ。こんなものを読まされた自分もさることながら、これに付き合わされる生徒が可哀想でたまりませんね。本来ある教育というものを勘違いして作られているんじゃないでしょうか。『バナビー・ペイター』みたく頭にオガクズでも詰まってるんじゃないでしょうか? バカは罪ではありませんが他人を巻きこんだら罪そのものですよ。何も見てない目と何も考えてない頭があれば作れるような学習要綱を……、教育スケジュールを果たして重要なものだと言えるのか、自分には甚だ疑問ですね。だからこそ疑問を呈したいわけですよ」


 必要以上に扱き下ろす。

 場合によっては王国侮辱罪に問われてもおかしくないくらいに。

 実際、こんなことを国務のテーブルで発言しようものなら貴族なら放逐、平民なら捕まってもおかしくない。ギロチン刑です、ギロティン。


 それがわかっているから、先生たちは身じろぐ。

 突然の、自分の毒舌具合にそれこそ舌を巻く。


「ヨ、ヨシュアン先生ぇ、それはちょっとぉ」


 言い過ぎではないか? というリィティカ先生の自分を心配してくれる言葉。

 いいなぁ、なんか心配されるって。お優しすぎて涙が出そうです。


「ありがとうございます」

「あれ? なんで感謝されたんですかぁ?」


 つい、感謝の念で手を合わせてしまった。うん、これが信仰か。これが巷の宗教団体の信徒たちの心にある気持ちというのなら、自分は今、宗教を理解できるかもしれない。


 今、ここにリィティカ教を設立しよう!


「この場に置いて、今、もっとも計画を熟知しているのは誰か? 彼の地におわす、やんごとなき方々(バカ野郎ども)ではなく、それは自分たち……我々を置いて他はありません。そして我々は学習要綱を満たすために居るのではありません」

「えぇ。口こそ悪かろうですが、学習要綱はあくまで目安でしかありませんね」


 学園長が、静かに同意する。

 う~ん、なんだ? この妙な感じは。


「しかし、だからこその学習要綱でもあります。計画を無事に乗り越えるために学習要綱の堅持は必須です」


 途端の手のひら返し。


「いえ。学習要綱と義務教育推進計画は等号記号ではありません。ノットイコールです」


 この台詞で、学園長と自分は対立が明確になりました。

 あくまで理屈と理屈の上での対立ではあるが……、やりにくいです。社長と新入社員が経営について争っているのと同じなのです。


「必要あれば改善すべきでしょう。現状、万全の状態で顧問制から専門制に移行できないと言うのであれば、そうすべきです。元より時間が足りなかった」

「現状で万全でなくとも移行自体に問題がなければ、学習要綱通りに進めてもよろしいでしょう。そのための貴方がたではないですか」

「最終的なつじつまさえ合えば、その限りではない……、違いますか?」


「何か考えがある、というわけですね。いいでしょう」


 ゆっくりと笑む、老婆。

 あー……、そういうことか。

 気づいたところで無意味だ。あえて『対立』までした学園長の狙いはそれか。


「聞きましょう」


 ちくしょう。こっちの望み通りではあるものの、遊ばれた感は拭えない。

 学園長の望みどおり、提案するしかないってことか。


「……延長した2週間は完全な顧問制ではなく、専門制と合わせた『合同制』にすることを提案します」


「なんだその『合同制』というのは。聞いたことのない」


 アレフレットの疑問も確かだ。だって造語ですから。


「顧問制と専門制の間の子、みたいな感じです。通常、教師で各々の授業を行なっていますが、ときどき授業時間がかぶる……、失礼、重なることがありますね? たとえばヘグマントクラスとヨシュアンクラスが午前授業に体育を選択したとします。今までは例え時間が重なっても、お互いの授業は別々で行われてきました」


 【錬成実験室】のような狭く、人数が限られる場所を使用する場合、さすがに打ち合わせで重ならないようにしてきた。


 しかし、この例えのように【室内運動場】で体育するクラスが他にもいた場合は、干渉しないようにしていたのだ。

 生徒に合わせて授業内容を変えている現状だからこそ、干渉することも合同することもなかった。


 だが、現状は生徒たちの能力を平均化しつつある。


「今の段階ならば、部分的に専門制を導入してしまえるのです。具体的には例の続きですが体育……、ヘグマントクラスとヨシュアンクラスの合同授業にします」

「教師が二人になるじゃないか」

「えぇ、そこで教師二人はそれぞれ主任と副任という形で仕事分担してもらいます。体育の授業ならヘグマント先生が主任、担当教科の教師が主任です。授業内容は主任の指示に従ってもらいます。副任が主任の指示を受け入れたうえで『体育が苦手な子』……、そういう遅れが出ている子のフォローに当たります」


 他にも色々なパターンを考えられるだろう。

 自分とリィティカ先生とか、自分とリィティカ先生とか、自分とリィティカ先生とか、自分とリィティカ先生とか、自分とリィティカ先生とか、自分とリィティカ先生とか……、一択でいいんじゃないかな?

 自分が幸せならそれでいいような気がしてきた。もちろんリィティカ先生は幸せにするので問題ない。


 おぉ、女神の光が自分に満ちる。役得です。


「複雑な授業形態を余儀なくされるので、打ち合わせが困難になったりもしますが。逆転、メリットとしては専門制を導入した時、スムーズに授業を開始することができます。また、一時とはいえ専門教科担当の授業を見ることになりますので、生徒も『もちろん教師も』安心して専門制に移行できます」

「待て。何故、そこまでして教える側がやらなきゃならない。それこそ無駄だろう。ついていけないヤツは放っておいたらいい」

「今計画において試験を受けるのは教師ではなく生徒だからです」


 そう。試されるのは教師も同じだが、実際に試験を行うのはほかの誰でもない生徒たちだ。


「今計画において、主役は生徒です」


 一同を見渡す。

 なるべく自信を持って。間違いなんてないかのように振舞う。


 例えそれが学園長からすれば、目論見通りだったとしてもだ。


「自分が学習要綱に疑問を覚えたのは何も作り上げた方々への反発でも、非効率化を訴えたかったわけでもありません。計画を完遂するためにあえて学習要綱から外れることも視野に入れるべきではないか、ということです」

「うむ。わからん。三行で頼む」


 台無しだよヘグマント! というか脳筋か! 脳筋だろうけどさ!

 学園長とピットラット先生以外が全員、ずっこけたわ!

 あんた、いい歳なんだから空気とか読んで後で聞くなりなんなりしろよ!


「一緒に授業しましょう。

最後に学習要綱どおりなら問題なし。

生徒主導で行きましょう、以上、三行です」

「うむ。良いぞ」


 良いぞ、じゃねぇよ。

 あぁ、でも期待されたら、つい応えてしまう自分が嫌いです。


「ということでよろしいですか? 学園長」

「及第点、としておきましょうか。現状での能力不足は確かに専門制の足を引っ張ることはおろか、生徒自身の脱落すらありえてしまいますからね」


 この老婆は全部、分かっていたのだ。


「幸い、今計画はお歴々の干渉がありません。最終的な帳尻さえ合っていれば後日の説得でも充分に納得されるでしょう」


 わざと対立することで、こっち側の提案を全部、引き出す。

 それだけではなく、他の教師が対立してしまうよりも先に学園長が矢面に出ることで、他の意見を出しづらくし最後に『渋々、納得する』ことで学園長が望んでいた現状の改善案をすんなり通してしまう空気にした。

 そうなれば、わざわざ口を出す教師もいないだろう。


 現にアレフレットは合同制の説明しか聞いてこなかった。


 学習要綱という、この計画の厄介者を、トップの権限を持つ学園長が形だけでも改善に納得した。


 これで以降、学習要綱の無理に合わせることなく、ある程度の自由さを保ったまま教育が施せる、というわけだ。

 もちろんノルマは変わらないが、授業の密度を濃くしていくことも出来るし、水準を大幅上回っても問題なくなる。


 選択肢は多いほうがいい。うん、例え自分には一択しかなくてもだ。


「ヨシュアン先生は中々に斬新な教育法を思いつきますね」


 ハッ! 学園長の望み通り、というわけだ。納得いかねぇ。いや、こっちの要望は通ってるんだけどさ、なんとなく納得いきません。


 迂遠といえば迂遠なやり方だが、直球でいくほどこのお貴族様主導の絶対王政というヤツは甘くないのだ。

 ようするにお歴々に対する言い訳が欲しかったのだろうな、学園長は。


 自分たちがやりやすくさせるためだけの、言い訳を。


 老獪、というのか?


「まるで『この世には変えられないものはない』とでも思っているように。若い可能性というのでしょうか」


 何の揶揄のつもりだ。

 ちょっとカチンと来た。人が敬老の対応で大人しくしてりゃぁ……、いやいや、落ち着け。


 どうせ誰も変えようとしなかった学習要綱について言ってるだけだ。

 深読みするだけ無駄で、隙を作るだけだ。これ以上、傷口を広げないうちに話を終えてしまおう。


「さぁ? 変わるものは変わるでしょうし、変わらないものは変わりませんよ。子供が絵本を読むように」


 だけど、もしも、それが別の意味を持ち『正しく使われている』というのなら。

 学園長のことも調べておく必要がある。わりと保身的な意味で。


 だって自分、『貴族殺し』って呼ばれてますもの。貴族からめっちゃくちゃ嫌われてますよ? 蛇蝎もかくや、と言ったところです。

 もちろん、望むところで付けられた名前ですけどね。


 ともあれ、学習要綱の改善と制服の導入はこれで話がついた。

 休みも出来るし、生徒たちも毎回のファッションショーを自重してくれるだろう。

 前向きにいこう、前向きに。


 前に崖しかなかった時は……、まぁ、とりあえずダイヴしておきましょうか。



 こうして、自分にとっての重要な教員会議は終わった。



 後から考えると余計な仕事が追加されたような気がしないでもない。

 それは杞憂でもなんでもなく、すぐさま後日、制服のデザインから発注までやらされるハメになりました。


 それだけではなく、変更した学習要綱の部位を修正したり、教員同士の授業時間の擦り合わせ等で自分の費やす勤務時間は平均12時間になったとさ。


 どこで選択を過ったのだろうか……、後悔してもロクなことはなかったのでした畜生。


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