正しい悪いことと悪い正しいこと
「まず考えられるのはレギンヒルト試練官による自作自演だ」
事件の内容を聞いたシャルティアが採点しながら考えた推測です。
「いくらなんでも穿った意見じゃありませんか?」
「そうでもないぞ。確かに良い印象があるわけではないがそんな個人的感情を推測に持ちこまない。少なくともヨシュアンの考える『計画の反対派』による暗躍よりももう少し実に迫った考えだ」
現在、他の教師も色々、動いてくれています。
特に採点する必要がないヘグマントとピットラット先生は初期から動いてくれています。
リィティカ先生と女医さん(36)がプルミエールの看護をしていると聞いて、すぐにヘグマントが護衛として医務室に向かいました。
シェスタさんはまだ目が覚めておらず医務室なのでリィティカ先生と一緒にいると考えてもいいですね。
目覚めたプルミエールが暴れないかと心配してでしょう。
ですがヘグマントが口にせず目線だけで伝えてきたことを簡単に察しました。
口封じ。
第三者による唆しがあった場合、次に行われる行為は事件の関係者の尻尾切りです。
重要参考人であるプルミエールの死はその手がかりを失うことです。同時に犯人の身の安全を守ることでもあります。
さすが軍人だけあって荒事関係には素早い対応をしてくれます。
次に2クラスだけの採点を選んだアレフレットはピットラット先生と一緒に、他にも変わったことがないか、あるいは怪しい人物が近づかないかの見回りをしています。
身内の犯行を疑うよりも健全な精神だったと思います。
少なくとも自分よりかは健全です。
「レギンヒルト試練官なら唆しも、そしてプルミエール自身が薬を飲んだ理由も簡単に説明がつく」
そしてシャルティア先生はすることがなかった……、というわけではありません。
自分が採点しているようにテスト用紙はこの職員室にあるのですから、からっぽにできません。
誰か一人は職員室に残らなければなりませんでした。
ですが異変があればすぐに気づけたので安全だったと思います。
「動機がないでしょうに」
「動機が必要だと思うか? もっとも従者を切り捨てるなんて発想ができるようには見えないがな。アレは身内をひたすら己の中に溜めこみ続ける女だ。どうせプルミエールという従者を切り捨てたとしても裏から支援でもしてそうだな。想像に難くない。教師には向かんな」
「仮にレギィが犯人だとしてもバレた時の不利益が大きすぎるでしょう。杜撰が過ぎます。それに試練官という立場を使えば【試練】の難易度を上げて正当に計画を失敗に持ちこむこともできます。隠れてやる必要がありません」
「まぁ、そうだな。お粗末すぎる。他にもプルミエールという従者よりもあの老メイドを使うだろうな。あちらの方がまだ自然に事を片付けられる。どちらにしても聞く様子に嘘があるとは思えん」
「じゃぁなんでレギィを――言ってみたかっただけですか?」
「そのとおりだ。九分九厘、レギンヒルト試練官の仕業ではないな」
相変わらず人を食った邪神ですね。
ですが、ここまでして言いたかったわけではないはずです。
察するに自分に聞かせるためでしょう。
この二つは似ているようで違います。
自分は前もってベルベールさんから情報を持っている分、視野が狭くなっているかもしれません。
少なくとも自分はレギィが犯人だと考えもしませんでした。
考えたとしても否定材料一つで犯人ではないと思い込んだでしょう。
学園長の言った『早計』という意味はこういうことですか。
知らず偏見で物を見ていたようです。
それを念頭に考え直してみましょう。
「動機面から犯行を追ってみろ。正直、教師全てに計画を頓挫されて喜ぶ理由があるか? 頓挫すると不利益が勝るのだぞ、我々は」
教師全員、成功報酬が用意されている、ということですか。
初めて聞いたんですけど。
「それ以外にも私は己の教え子が挑戦を受けていながら負けるなどという選択肢を与えたくない。今回の【試練】は負けたが今度こそ目にモノ見せてくれる!」
この怒りは本物ですね。
本当に悔しかったようですが生徒の前では一切、見せませんでした。
「動機は後で考えろということですか」
「明日、天気が良さそうという理由で人を殺せる世の中だ」
それは極端がすぎるにしても、ありえる話なのが厳しい世の中です。
動機面は考えないでおきましょう。
元老院側に属しているレギィは中立派です。
自分たちが転ぶのを傍観していても、失敗に導くつもりもありません。
調べるならともかく、こうした行動はしてこないでしょう。
プルミエールが犯人だとバレて得をするのは……、なるほど。
今回の件は義務教育計画の頓挫ではなくレギィが目標という可能性もありますね。
そうなると事件の性質がガラリと変わっていきます。
とりあえず学園関係者説を第一説にして、色々模索していきましょうか。
「次に『第三者を介した接触』を行った場合だ。ヨシュアンはプルミエールに接触した犯人を学園関係者だと思っているようだな」
「順当に考えればそうなりますね」
「疑われているのは癪な話だが、私も考えなかったわけでもない。だがこの発想を使うと必ずしも学園関係者が犯人である必要はない。学園関係者でも良い、という風になる。これをやられると我々は手がかりを掴めないな。どこにいるかわからない『第三者』を探し、見つけたとしても尻尾切りしてしまえばいい。一番、やられたくない手だ」
となると守衛の冒険者たちに人の出入りがあったかどうか、怪しい人影を見たか、などの聞き込みが必要になります。
この学園に真犯人とつながった『第三者』が居たとすると厄介ですね。
あの暗殺者の時もそうでしたがこちらが管理していない外部犯ほど面倒です。
他にも『見知った第三者』だった場合、こちらは地道な聞き込みでも割り出せない。何故なら信用度の高い教師がメイドと会話していても誰も不審に思わないからです。どちらにしても教育を施しながらの真犯人探しは難しいですね。
今回の件は冒険者も捜索、捜査に加わるようですがおそらく空振りになるでしょう。
「我々にとってやられたくないことは相手にとって一番の策だ。となると、プルミエールから得られる情報の重要度が下がる。案外、あのヴェーア種の小娘、首が繋がるかもな」
「では別の見方をしてみます。【アペリティフ・フランメ】の入手経路からです」
【アペリティフ・フランメ】は三国で禁止されている魔薬です。
入手は禁止されていなかった時代に持っていたものか、魔薬研究を生業にしている錬成師ですね。
しかも第一人者かそれに準じる名声が必要です。
薬と言えばリィティカ先生、女医さん(36)、シューリン師です。
学園に持ち込めるのはリィティカ先生と女医さん(36)ですが、そうした危険物は持ちこめなかったはずです。
名声に関してはシューリン師ですが現在、行方不明です。
となると持ち込めそうなのはシューリン師と繋がりのあるリィティカ先生です。
もしも【アペリティフ・フランメ】を持ちこめたならリィティカ先生の実験も少しは進んでいるでしょう。
本人曰く特効薬はシューリン師が作ってからまったく進んでいないとのこと。
「リィティカ先生が【アペリティフ・フランメ】を持ち込み、プルミエールに与えた、あるいは誰かに託した可能性は?」
「論外だ。本人がアレだぞ。捕縛してくれと言っているようなものだな。冗談でもいいから言ってみろ。ボロボロと泣きながらまったく関係のないことまで喋りだす」
ですよね。
アレは間違いなく地です。
「入手経路は想像つかんな。いっそ外部犯のほうが面倒がなくていい」
「その犯人の対処は自分がするんですが?」
「いや、外部犯のほうが我々にとって都合がいいんだぞ?」
同僚を疑わなくていいというのなら、確かに都合がいいでしょう。
しかし、外部犯と決めつけて放置すればまた次の【試練】で妨害が入るじゃないですか。
「まとまりませんね」
「そうでもないぞ。真犯人探しをしなければ簡単に片がつく」
「さっきからまるで真犯人に見つかって欲しくないように聞こえますよ」
「バカ言え。私はこれでも怒っている。私の庭であろうことか盗み、【試練】の妨害だぞ。腸が煮えくり返る。正直、あのプルミエールというヴェーア種の娘は全裸で磔にしたあと校門前で鳥葬だ」
「どこの邪神の儀式ですか……」
これも本気で怒っていますね。
「私は今回、真犯人に繋がらない事件だと考えている」
「それはまたどうして?」
「行きがけの駄賃、そんな匂いがする。この前の暗殺者の事件と同じだな」
つまり成功すれば儲けもの、ただの嫌がらせ程度であればいいと?
「【アペリティフ・フランメ】まで使って? 騎士が調べ始めたら入手経路くらい見つかると思いますよ?」
「騎士を動かしたら我々はともかくレギンヒルト試練官は矢面に立つぞ」
そういえば説明しないといけないんでしたね。
あの頭の固い騎士たちがこの話を聞いたら、とりあえずでレギィを犯人扱いしますね。
あいつらは人海戦術が好きですからね。
真実よりも暴力で犯人を当てるんです。そっちの方が効率的と言えば効率的です。
人数を使えばなんでもできるという典型ですね。
「もしかして今回の件は真犯人にとって都合の良い様に転がっただけ、とかいうイヤなオチじゃないでしょうね」
「ありえそうだから言ったんだぞ。後は……レギンヒルト試練官狙いだ」
「それこそ外部犯でしょう。いえ、そもそも学園に来る前から唆されていたら……?」
プルミエールがどこで薬を入手したのか、入手時期すらわかっていない状態です。
「つまり現状、得られる情報で真犯人探しは手詰まりだ。コツコツと証言を集めても同じだろう」
羽ペンを止めたということはシャルティア先生はもう採点が終わったようです。
インクを乾かす砂の音が妙に耳に残ります。
「あぁ、まだ1つ考えられるものがあったな。身も蓋もないものが」
「あんまり聞きたくないですね」
「『善意によるすれ違い』だ」
つまり、悪意があって唆したのではなく善意で忠告したらプルミエールが誤解しただけ……、確かに身も蓋もない話です。
「他にも仮説段階のものもあるが、なんとでも想像の余地が残っているわけだ。プルミエールが起きるまでは仕事をするしかない。結局、学園長の言ったことが一番、現実的だったということだ。さて、私は寝る準備でもするかな」
「準備……、校舎に泊まる気ですか? 自分が残りますよ」
「あんな事件の後で警戒しないわけにもいくまいよ。他もそのつもりだろうさ」
本当に泊まる気ですね。
こうなると自分も帰るわけにはいきません。
「ところで下着の色は何が良いと思う? 赤か黒だ」
「気分が暗いので白で」
「ほう、レギンヒルト試練官は白だったのか」
「プルミエールが白でした」
「……お前は何を見てきたんだ」
見たくて見たわけでなく、服を回収したときに見てしまったわけで。
呆れて肩をすくめながら、泊まる準備をし始めたシャルティア先生。
仮眠室が隣にあったのでそこを使うつもりでしょう。
自分は応接室で寝ようか。
ぼんやりとそう思いながら、採点の手を動かしました。
プルミエールが起きたのはそれから2日後の夕方のことです。
リィティカ先生が慌てて職員室に入ってきて、プルミエールが起きたと伝えてきました。
この2日、レギィは自分の隣のイスでじっとしているか、医務室にいるかどちらかでしたがこの時は自分の隣にいました。
「行きましょうヨシュアン」
眼にはまた強い覚悟のようなものが見て取れます。
しかし、そっちよりも自分はリィティカ先生の慌てぶりの方が気になります。
どこか挙動不審というか、どうしたらいいかわからないみたいに忙しなく視線を動かしていました。
「え~っとぉ、えっとぉ、とにかくぅ来てくださぁい」
この言葉でレギィもリィティカ先生の挙動に不思議そうな顔をしていました。
イヤな予感しかしません。
急いで駆けつけたいところですが放課後のこの時間、まだ生徒たちが残っています。
教師が慌てて走っていると生徒たちにもいらない動揺が広がるので、なるべく平静を保った風を装いながら医務室に入りました。
医務室にはいつもどおりの女医さん(36)が香茶を片手にこちらを見て、肩をすくめ目線でベッドの上を指しました。
そこには茫洋とした表情のプルミエールがペタンと座ったままでした。
拘束されていた革ベルトがない、ということは危険はなさそうですね。
「プルミエール……」
複雑な表情で、それでも冷静であろうとしているレギィが呼んでも、まったく反応しません。
ただ宙空に何か見えないものでもぼんやりと見ていて、ゆっくりこちらに首を動かしました。
自分たちを視界に入れたプルミエールは満面の笑顔を浮かべています。ん?
「あー!」
素っ頓狂な声をあげて、きゃいきゃいと笑っています。
なんというか色々と想像していた自分とレギィは呆気にとられてしまいました。
女医さん(36)を見てみると、ゆっくりと首を振りました。
「起きてからずっとよ。まるで子供、いえ幼児ね」
あー、つまりプルミエールは魔薬か特効薬、どちらの影響までかはわかりませんが幼児退行したということですか?
いえ、薬だけでなくレギィの言葉に現実逃避しながら飲んだせいですかね?
こればかりはその道のプロでも判断しづらい症状です。
レギィも唖然としたまま、どう判断したらいいか迷っているようです。
そんな自分たちを余所目に女医さん(36)はプルミエールの目先で指をピンと伸ばすと、意味なく左右に振り始めました。
「あー! あぅ~!」
大喜びですねプルミエール?
「お漏らしはするわ、ゴロンゴロンと転がってベッドから落ちて泣くわ、大騒ぎだったわよ。さすがにこれは生徒たちにも見せられないから医務室は閉店中よ」
まるで猫じゃらしに飛びつく猫のようにプルミエールは動く指を触ろうと手を伸ばします。
触れる寸前で指を動かして避ける女医さん(36)。
手馴れてますね、あの動き。
「うー、きゃきゃ!」
「戦場でも似た男を見たことがあるけど、幼児まで退行したのは初めて見たわ。こうなるとどうなるかわからないわ。このまま成長することもあるし、戻らないまま衰弱して死ぬ人もいたわ。でも生きてる分はマシね。多くは身内か仲間か……、これ以上は言う必要はないわね」
ようやく捕まえた指をプルミエールは楽しそうに弄びます。
その楽しそうな光景に居た堪れなくなったレギィは顔を覆い崩れ、リィティカ先生に支えられました。
愛した者を信じられず、嫉妬に狂った少女が最後の手綱に選んだもの。
その薬はプルミエールの壊れかけた心を壊し、無垢だった頃に戻しました。
彼女にとって辛い今よりも、愛しい主人よりも己の幸せだった頃が大事だった。
そのことを誰も責められやしないでしょう。
どこかで何かの扉が閉じた。
そんな音が耳に響いたような気がしました。
「というわけで手詰まりです」
レギィが落ち着くのを見計らって学園長室に戻り、プルミエールの症状を報告した後で言った言葉がこれでした。
レギィも今は色々と考えたいことがあるでしょうが、責任者の一人としてついてきてもらいました。
「あれではもう何も覚えていないでしょう。等分の罰を受けたかどうかは知りませんが、真犯人の件もこれで手詰まりです」
説明の途中、レギィはずっと下を向いていて、何を考えているかわかりません。
「ヨシュアン先生。手詰まりというのはどういうことですか?」
「情報源もなくなり、プルミエールが犯した罪はレギィが支払うことになる、という話です」
させるつもりはありませんが、しかし、ここから逆転の目が見えません。
そんな自分の内心も知らず、学園長はいつものように穏やかな微笑みを浮かべていました。
「つまりヨシュアン先生はどうしたい、と?」
「なるべく罪を軽減する方向に持っていきたいと思っています」
「待ってください。国政の妨害、その罪はもう私が支払うしかありません。そこに軽減も何もありません。誰かが背負わなければならないものです。ならば……」
レギィの上げた顔は、人形のように透き通っていました。
「学園長はこの事件の報告をされるのでしょう? だとしたらもう言い訳のしようがありません」
「そうですね。報告する義務が私にはあります。【試練】のことも、成否のことも、そして貴方たちのしてきたこともです」
学園長は名実共に計画の遂行者です。
そこに一切の甘えはないでしょう。
「ところでヨシュアン先生、レギンヒルト試練官。どちらも答えを返していませんね。『どうしたいのか』を」
いや、答えたでしょうに。
ボケたんですか?
「今回の事件を整理してみましょう。レギンヒルト試練官のメイドが計画の妨害をした。妨害には真犯人なる者がプルミエールを唆し、実行。あろうことかプルミエールは魔薬を所持していました。メイドの罪は主人の罪。レギンヒルト試練官はプルミエールの罪を背負いたい、と。ヨシュアン先生はそんなレギンヒルト試練官を庇いたくて、真犯人探しをしようとしたのですが、失敗。このままではレギンヒルト試練官は罪を背負ってしまう。こんな認識でよろしいですか?」
「はい、違いません」
魔薬所持と計画妨害。
魔薬所持はまぁ、有耶無耶にしてみせましょう。
ベルベールさんの切り札があればなんとかなります。
ベルベールさんには自分が切り札に代わる何かを行うとして、計画妨害。
これは隠せません。
レギィの立場なら色々考慮されて減刑されるでしょうが、それでも領地の一部くらいは接収されるでしょう。
これが自分ができる最大です。
妨害まではどうしようもない。
せめて真犯人を捕まえて突き出さないと。
「そうですね。今の時期、貴族の諸々がリーングラードの近くに集まっていましたね。情報収集は早い段階から行われていたようで、すでにこのことを知っている者もいるかもしれませんね」
うぐ、それは予想外でした。
そういえば居たんでした。貴族が近くに。
そして、この前の4バカの騒ぎはこの貴族たちの情報収集の一環だったわけですか。
ん? そういえばメルサラがその情報員を焼き払っていませんでしたか?
メルサラはやったと言ったような。
「思い出してきたようですね。本来なら知っていてもおかしくない事態ですが何故か、外の貴族たちはリーングラードの中のことをよく知らないそうですよ?」
「ちょっと待ってください学園長、何を考えているんですか?」
ちょ、ちょ、マジかこの老婆。
「箱の中身は開けないとわかりませんね。少しばかり中身が違ってももらった相手はわからないのではありませんか?」
「それは不実です! 犯罪を隠すために虚偽の報告をするなんてそんなこと!」
レギィが声を張りあげました。
「いや、待ってください。もしかしてメルサラがいるのはこのためですか? え? 内側ではなく外側が調べようとするのを遮断するためだけに【タクティクス・ブロンド】を? いえ、その前に虚偽の報告なんて学園長がしていいのですか」
そうした不実や不道徳を自分たちは嫌いです。
そうした事態が蔓延したから内紛が起きたのです。
いくら学園長でも自分が見過ごせません。
「何が一番、大事なことか。正しくあろうとして未来に大きな可能性を残すかもしれない貴方たちを潰すことですか? ヨシュアン先生のことはよく知っていますよ。そうしたことがお嫌いなのは重々と。しかし、正しいだけで守れますか、レギンヒルト試練官を」
「……納得はしかねます」
「よろしい。つまり私の言葉を受け入れたということです。時にはドブをさらうことも重要なことです。水路は詰まりやすいですからね。さしずめ今回は帝国のせいにしましょうか」
にんまりと微笑む老婆がマジこえぇです。
とんでもないことを言い始めましたよ。
「さすがに無理でしょう、帝国さんも前回の一件で懲りたはずです」
「ヨシュアン先生のことですから等分の被害だけで抑えたのでしょう? しかし、国政の施設を襲ったという事実は残っていますからね。冤罪くらい飲んでくださらないと割に合いませんよ」
鬼ですね。
何もしてないのにぶん殴られる帝国もちょっと可哀想です。
いえ、前回のことを考えると何もしてないわけでもないのですが。
「外交上の問題に」
「そこをなんとかするのはランスバール王ですよ。組織は上が責任を取るようにできているのです」
反論できませんでした。
反論なんてこれ以上できるはずがありません。
少なくとも学園長の言うことに従えばレギィは助かるのです。
感情以外はすでに学園長に説得されています。
「さて、レギンヒルト試練官はどのようなことをおっしゃるのですか? 神に仕える者として道徳を? 貴女の過去にあったように、悪徳に良い様にされることへの反発ですか? それともヨシュアン先生に正しい貴族の在り方を見てもらいたい。そうした気持ちでの反論があるでしょうが、その全て、貴女とプルミエール、そして貴女を慕う領民たちを見捨ててでもできるものですか?」
「……考えさせてください」
「時間はありませんよ?」
「……わかりました」
レギィが折れました。
もう言葉も出ません。
握り締めた細い手は細かく震えていました。
「ということでこの一件はおしまいです。ですが私もタダでこうした面倒を引き受けるわけにも行きませんね」
この状況で取引し始めましたよ。
YES以外の解答がないじゃないですか。また選択肢がないじゃないですか!
「差し当たって……、レギンヒルト試練官は計画の中立派でしたね。よくありませんね、そうした玉虫色の対応は。若い人がするものではありません。賛成派に回ってもらいましょうか。元老院の中では浮いてしまうかもしれませんが、そこはレギンヒルト試練官の立ち回り次第でしょう」
「……はい」
「後は学術施設を作られるそうで。良いことです。新しい学問や新しい分野、そうした学問は人の暮らしを豊かにします。是非、あやかりたいものですね。学術施設が完成した暁にはリーングラード学園への技術提供をしていただきましょうか。より良い教育環境の実施できそうです」
「……少しお時間をいただくことになりますが」
「結構ですよ。できればお早めに。利益が見込めそうで何よりです。優秀な若い人がいると私たちは大助かりです」
話が終わり、学園長が自分をチラリと見てきました。
すみませんが引きつった顔しかできません。
「あぁ、それとヨシュアン先生。以前のお約束を覚えていますか?」
「約束、ですか」
何か学園長と約束してました……、あ。
思い出しました。
「もしかして隕鉄ですか?」
「えぇ。インゴット化したものを既に用意しています」
学園長が言った瞬間、テーレさんが絹に包まれた台を持ってきました。
テーレさんが丁寧に絹を開くと、白銀に細かな粒子が浮かぶインゴットが姿を現しました。
この独特の輝きは間違いありません。
隕鉄です。
「ヨシュアン先生のおかげで色々と学園も繁盛していますからね。今も、これからも。より一層の働きを期待しています」
「……は、はぁ」
テーレさんから絹の包みごと受け取り、自分はため息をつきました。
嬉しいことは嬉しいんですが、でも今、渡して欲しくなかったですね。
嬉しいのか納得いかないのか、微妙な気持ちです。
「これにてこの一件はおしまいです。ですが真犯人は近くにいます。ヨシュアン先生、次はこのような失敗をしないように気をつけてくださいね」
「肝に銘じます」
「この件以外のことはお二人にお任せしましょう。よく話し合って結果を出してください」
何もかも搾り取られた気分で自分とレギィは学園長室から出ました。
あぁ、これが今回の失敗の罰ですか?
軽いことは軽いのですが、
「納得いかねぇ……」
「……私もです」
この煮え切らない感じをどうにかしてください。
今が放課後で良かったですよ、本当に。
こんな状態だと仕事になりません。




