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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
21/374

教師の品格 ‐ティーチ編‐

 今日の授業が終わり、書類をまとめ、仮の住まいに戻ってくると椅子に座って脱力する。


 授業中にフロウ・プリムを完成させること。

 それが今日の授業の目標だった。それはちゃんと生徒たちにも伝えていたし、ほぼうまくいっていた。


 マッフル君を除けば。


「セロ君の時とは違う」


 木製の天井をボーッと眺めながら呟く。

 セロ君の体育は、怪我による脱落。後日、ちゃんと受身100往復をやってみせた。

 しかし、今回のは純粋にマッフル君ができなくての脱落。

 これも後日、フロウ・プリムさえ出来れば学習要綱は満たせる。


 実は自分たち……、教師陣のことですが。

 最初の教員会議の時、この一ヶ月で生徒たちの能力をある一定の水準を越えるようにと言いつけられていた。この一ヶ月が終われば、また次の一ヶ月という風にノルマみたいなのが定められているのだ。

 学習要綱と名付けられた水準を計画通りに進めれば、貴族院の三度のテストをクリアできるようになっている。


 貴族院の三度のテスト。


 計画の是非を問う、貴族院からの試練だ。

 これに八割の生徒が合格できれば貴族院は計画を認め、義務教育は本格的にスタートを踏み出す。

 一方、貴族院も貴族院で、この要綱に基づいたテスト作りを要求されているので、誰にも解けないような無茶なテストは作らない。


 ようするにこれは計画側と貴族院側の、ルールに基づいた試合のようなものだ。


 もっとも今回が初の試みであり、月にこれだけの時間があり、これだけの時間を勉強に割り当てたらこれくらいは出来るだろうという、あくまで目安くらいの適当な物差しだ。


 念には念をいれて、水準を上回っておく必要がある。


 術式に限っていえば、今月中にフロウ・プリムを使えるようにする。あるいはフロウ・プリムの陣を構成できる、までだ。

 これはマッフル君のように術式が苦手な子にも、ある程度の術式の知識さえあれば合格ラインとするように定められている。


 術式のテストは実技30点、筆記70点。

 術式と錬成は合計65点の点数が取れれば合格とされる。

 実技を落としても筆記で挽回するチャンスがある。


 必ずしも術式が使えなければならない、とされていないだけ有情であると言える。


 ちなみにベルベールさん曰く、術式の合格ラインは計画側と貴族院側で大いにモメたらしい。


 とまれ、マッフル君が術式を使えなくても筆記さえ頑張れば挽回できるチャンスはあるのだ。


「と、こっち側の理屈だけで判断してもなぁ」


 問題はそれ以外の理由。


 生徒たちの中で、マッフル君一人だけが術式を使えないとなるとどうだろう?

 ノリがいい、というのは言ってしまえば同じ感性を共有できる、ということじゃないだろうか?

 そんな中で『誰かと違う』という感性が紛れこんでしまえば……、いや、誰かと違うものが同じになるから楽しいのだ。


 生まれも育ちも、考え方も生き方も違う5人。

 おおよそ同じ部分なんてなく、でもわずか10日も満たない間に同じノリでショートコントを即興させるくらいには仲良くなっている。


 ここで、この仲を壊してしまう何かがあるのはまずい。


 ぶっちゃけ自分が考えて行動しなくても、彼女たちで解決してしまう問題かもしれない。明日になったらマッフル君はフロウ・プリムを使えるようになっているかもしれない。


 教師とはいえ、他人が首をつっこむような問題じゃない。


「まぁ、それでも黙っているわけにはいかないのが教師という面倒くささか」


 なるようになるんじゃね?

 実際、ここまで考えたって具体的な案なんて何もないのだ。

 ただ心配しているだけ。


「あ~……」


 散歩でもしよう。気分転換くらいにはなる。

 モヤモヤしてきたのでログハウスから出る。


 辺りは闇。すでに日が落ちて久しい。良い子ならもう寝る時間だ。

 先生は悪い子なので宵っ張りです。オシオキ用の術式具も作らなきゃならんしさ。


 森の中の区画に合計六つのログハウスがある。

 それぞれの教師が泊まっている……、今は一年間だけの我が家になるのだろうか。

 窓から光が溢れているものもあれば、妙な叫び声をあげているログハウスもある。というかこの叫び声、絶対ヘグマントだろ。何やってんだこんな時間。


「おや、ヨシュアン。こんな月の良い夜にどこへ行く」


 偶然、通りかかったログハウスの窓から乗り出した顔はシャルティア先生だ。

 お隣さんなので偶然もクソもない。もはや必然だ。

 寝巻きっぽい姿で、ほんのり顔を赤らめているのは……。


「寝酒ですか?」

「それを言うなら『ご一緒しましょうか?』だろう。美女が酒を嗜んでいるというのに釣れない男だ」

「絡み酒はやめて下さいませんか?」


 喉元から引きつったような笑いをあげると、楽しそうに目を細める。


「ちょっと待ってろ」


 そういうと窓が閉まる。

 しばらく気配だけを感じていると、どうやら室内で動いているのがわかる。


「待たせたな」


 薄いネグリジェの上に濃い色のカーディガンを羽織ったシャルティア先生が出口から現れる。

 手にもっているのは……、淡い乳白色の瓶。


 【The nest of an owls<ふくろうの巣>】と書かれたラベルからは甘い匂いがする。それはシャルティア先生からも漂ってくる。


「……チェリーベースの原酒でしたね。たしか法国の酒造地で作られているという」

「ん? 詳しいじゃないか」


 差し出してくるワイングラス。見れば二本持っている。

 どうやら一杯、やれと言っているようだ。


「残念ながら自分は下戸です」

「いいから持て。一人で呑んでいても酒は喜びの雫ではあるが、二人でやれば歓喜の恵みだ」


 雰囲気だけでも乗ってこいってことか。

 手渡されたワイングラス……、空なのはなんとなく気が引けるなぁ。


「リオ・ウォ」


 短く術式を唱え、青の源素から水を引っ張り出してくる。

 自分のワイングラスに並々と注がれる水。


「お見事。良い出し物にもなるな」

「感激の極み。立食会でもないので部屋でどうです?」

「おいおい。月はこんなにも鮮やかに己を主張しているというのに、見てやらないでどうする」

「では、月が森へと恩恵を与えようと広げた場所があります。そちらでどうです?」

「なんだ、やればできるじゃないか!」


 パーティ用の軽口をしたらパシンと背中を叩かれました。


 鮮やかに手を引き、目的地を教えるように反対側の手で目的地を緩やかに指し示す。それをエスコートにしてシャルティア先生を連れていく。


「悩み事か? この前もそうだったが悩み多き男だな」

「頭の痛い生徒たちでして」


 二つの意味で。


「生徒だけが問題ではないだろう。我々、教師の教えが理解できない生徒は多いが、それは生徒のせいではない。出来の悪さは生徒の一側面でしかない。優れた教師とは出来が悪い者でも理解させ、教え導く」

「そこまで出来るほど柔軟でも、教師歴が長いわけでもありませんからね」


 実質、教師歴10日目です。


「そろそろ個別授業に入りますから、その辺で少し」

「ふん。水準に達しない生徒がいる、というところか」


 術式にのみ、マッフル君は水準より下と言わざるをえない。

 その他に置いては、まぁまぁだ。総合点的に術式が足を引っ張っている形になっている。


「シャルティア先生のほうはどうでした?」

「合格点……、とは言い難いな。何せ基本能力を計るので一週間、それらを補うように授業を実施して一週間。中途な状態と言える」


 シャルティア先生でもやはり生徒の能力で二の足踏むことがあるのか。


「実際、2週間と言わず一ヶ月にしてもらいたいところだ。学習要綱を突破する形で2週間で顧問が全教育を施しているところだが……。十全を目指すなら後一週間は必要だな。貴族院のテストは四ヶ月毎だ。まだ時間こそあれ、うかうかしていられる余裕はない」

「もう一段階、必要だと学園長に言いましょうか。そうですね……、現在の顧問制、担当クラスの教師が全教科教えている状態ですが、さらに2週間伸ばしてもらう」

「おいおい、さすがにそれはタイムロスもいいところだ。私はともかくリィティカなんかは術式で苦労しているそうだ。そろそろ専門家に任せた方式にしたほうがいい」

「だからですよ。足した2週間の期間を合同授業にする」

「む?」


 白魚のような手が顎に乗る。

 その仕草がとても馴染んでいて、様になっている。


「それぞれの担当がその授業の主任、補佐する形で……、リィティカ先生との合同授業でその教科が術式なら、例えば自分が主任でリィティカ先生が副任。それぞれ同じ時間で役割分担する」


 夢が膨らむ時間だなぁ! リィティカ先生との合同作業だなんて!


「面白い。だが打ち合わせに時間が取られるな」

「その辺は皆で考えてもらいましょう」


 そもそも2週間経過した時点で全ての生徒の能力が均一である、という仮定で動いているのだ。

 打ち合わせ自体に大きな齟齬があるとは思えない。


 と、とと、会話している間にもう目的地に着いてしまった。


 そこは森の中で小さな草原みたいに広がった場所だった。

 ところどころ歪に盛り上がっているのは、切り株を抜いた後だろう。ここはリーングラード学園の施設に使われる木材なんかを調達するための場所だったのだろう。

 学園からの景観を損なわないために宿泊予定地だったここから木を抜いて、この場で木材加工したんだろうなぁ。


 予想通り、そこは森に囲まれた月夜が覗く場所。

 そして、こちらが森の中から月を見上げる場所として、素朴で美しい場所でもあった。


 ただ、予想してなかった部分が一つ


「誰かいるな」


 努めて声を落とすシャルティア先生。

 月夜の中、月の光だけでは足りないと術式ランプの光が、抜ききれなかった切り株の上で瞬いている。

 光が映し出す姿は小柄な体躯。

 何かしているのか、動いては止まって、止まっては動いてを繰り返している。


 何かを探しているように見えなくないが、同じような場所ばかり行き来しているので捜し物ではないのだろう。


 気配は未熟、ダダ漏れだ。

 となると、この学園にいる者でそういった身分の人間は限られてくる。


「どこのクラスの生徒ですか。こんな夜更けに」

「ふむ。隠れて様子を見るか」


 突然、腕を引っ張られて茂みに入りこんでしまう。

 しかし、これが何かの主人公だったら押し倒したり、ラッキースケベで乳の一つでも揉むんだろうが自分はそんな主人公とかとは縁遠い。

 不意を突かれたとしてもバランスを取って、ちゃんとシャルティア先生の隣に座りこむことに成功した。フラグ建設には失敗したかもしれないが、自分はリィティカ先生一筋なので問題ない。


「何を考えてるんです?」

「文字通り、様子を見るのさ」


 不審者を観察している不審者二人、という奇妙な状況が出来上がった瞬間だった。


「しかし、ここの立地は良いが湖がない。月夜に映えてさぞ綺麗だったろうに」

「そうですか? 森の中の湖っていうと虫とか多そうですよ」

「そこは君の術式でなんとかしたまえよ」


 しかも、お互い声が響かないようにと抑音会話するというビックリ仕様だ。

 単純な話術というよりも発声法というか。こんなもんをシャルティア先生が覚えているというのが予想外だった。


 だって抑音発声法なんて、暗殺者の類がよくやるもんですよ?


「う~ん」

「何を訝しげな声をあげている」

「いえ、普通に抑音法が使えることに驚いてます」

「一応、貴族だからな。社交場では重宝するので昔、知り合いから教わった」


 あぁ、そういや貴族だったな。

 どうにも貴族っぽくない感じと貴族風なところがあったりと、ごちゃまぜな感じの人だ。

 おかげで自分の貴族レーダーには引っかからない。

 ちなみに貴族レーダーに引っかかった者はもれなく行動選択の一つに『殺す』が追加される。


 それがバカ貴族となれば、なおのこと。


 そういう意味ではシャルティア先生は運が良かったというべきか。

 運が良かったのは自分かもしれない、というべきか。


「それで、どう見る」


 不審者のことですね。

 術式ランプの光は不審者の全貌を照らすほどの光源はない。

 冒険者用のランプは遠くを照らすよりも近くをよく照らすように出来ている。中の鏡を調整することで光量を調節して遠くを見ることもできるのだが、戦闘を前提としている冒険者にとって自分の周囲がわかるのは助かる仕様なのだろう。


「さぁ? どちらにしろこんな夜に出歩く悪い子はオシオキしないといけません」

「こんな夜に出歩く悪い大人はどうするんだ?」

「自己責任です」

「孕ましたらお前の責任だがな」


 直球すぎる!

 ない責任を言及するんじゃありません! 驚きを通り越して何言ってるのかわからんかったわ。


「本気にするな。社交界の冗句のようなものだ」

「そんな直截的な冗句があってたまるものですか」


 あと暗に自分がそういうことする人間だと思ってませんか? 無関係の人には手を出しませんし。


「とまれ、何かしてることは間違いないのですから行って注意して」

「フロウ・プリム!」


 叫び声でした。聞き覚えのある声でした。

 遠くから叫ぶ人物は、懸命に術韻を唱えていたようだ。きっと手には術式ランプで照らされたスクロールがあったりするんだろうなぁ、畜生。


「む? この声は授業中、隣から良く聞こえてくる声だな」

「すんません」

「気にするな。ときおり生徒から『集中しているときに声が聞こえてきてビックリする』と泣き言を言われる程度だ」

「すんませんでした」


 シャルティア先生のログハウスが隣なのではなく、隣の教室だからログハウスも隣なのでしたとさ。


「何やってるんですか、マッフル君……」


 自分の教え子が不審者だった件に頭が痛い。


「何をやってるも何も、術式の特訓だろう。フロウ・プリムと言えば課題ではないか」

「わかってます。えぇ、わかってます。わかってるからこそです」


 おおかた今日の授業で一人、術式が出来なかったマッフル君が他の皆の足を引っ張らないようにと自己練習しているのだろう。

 その意欲は買おう。大人買いだ。大人だからね。


「悪い子はオシオキしないといけないな。だが、一概に生徒のせいとも言い難いとは先も言ったな。この場合、責任の帰結はどこになるのだろうな」


 ここぞとばかりに畳みかけてくるシャルティア先生。

 もうね、勘弁して下さいませんかねぇ?


「わかりました。行って注意してきま」

「待て」


 襟首をつかまれてしまった。


「行ってどうする」

「とりあえず帰れといいます」

「しかし、あの子はあの子なりに努力しているのだろう? それを頭ごなしに注意するというのはどういうことなんだ?」


 それは……、確かにそうだが。

 しかし、ここ【宿泊施設】の、生徒たちの寮には門限がある。

 自己管理しきれない子供たちだからこそ、誰かが管理しなければならない。その一つだ。


 おそらく勝手に抜け出してきたのだろう。自分はマッフル君が外出すると聞いていない。怒らねばならない立場なのだ。


「なら、特訓を手伝う」

「話にならないな。どうしたヨシュアン。もう少し考えろ。我々がなんなのか」


 ぐぐ、どうしてこう追い詰められてるんだ?

 というより、どうしてこうなった。


 怒りに行こうとする身体を落として、じっとマッフル君を見る。

 暗くてよくわからないが、間違いなく頑張っている。自助努力できる、ということは良いことだ。


「ヨシュアン。教師はなんでもかんでも与えるものではない。お前がしようとしていることは『怒る』ということを与えようとしているのだ」

「言い得て妙、ですね」


 マッフル君を怒ったとしよう。ちゃんと理屈を説明し門限は破るものではない、と言いつける。彼女は反発しながらもしぶしぶ従うだろう。

 頭の中では『努力が否定された』と思いながら。

 努力は実るべきだ。そして同時に実らない種でもある。

 その花を咲かせられる人間は稀にしかいないからだ。


 多くは誰かに邪魔をされるか、諦めるかで根腐れしてしまう。


「マッフル君は一人だけ、術式が出来なかったんです」

「ほう。私からすれば羨ましい成績だがな。続けろ」

「悔しかったでしょうね。いつも喧嘩している相手は楽々と出来て、自分は出来ない。自分と同レベルだからこそ。相手を意識しているからこそ、不甲斐ない自分がイヤだったはずです。是が非でも自分も出来ると証明したいと思っているはずです」

「まぁ、大なり小なり似たことを考えているかもな」


 何故、こんな森の中で特訓しているのか。

 特訓するだけなら自室でも良かったはずだ。

 だけど、あえてこの森を選び、見つかるというリスクまで背負って練習している。


 フロウ・プリム。

 緑属性の術式だ。


 授業で教えた『木々や草花、空気など多く流れている力の源』という言葉を信じて、彼女はこんなところで練習しているのだ。


 誰にも頼らず、いや、もうすでに教わるべきを教わったからこそ。

 今度は自分の力で成果を出そうとしている。


 身体から力が抜ける。

 ちょうど背もたれみたいに立っていた木に体重をあずけ、ため息をつく。


「本当に、教師という職業は損な職業ですね」

「あぁ。貴重な知識を分け与えるだけではない。我々自身の時間も食われてしまうのだからな」


 いや、いい話風なところなんですけど、シャルティア先生。

 普通に今、お酒飲んでましたね?


「だが、いつまでも我々で独占したところで仕方なかろう? 知識は共有してこそ、そこに新たな道が出来る」


 自分もワイングラスに唇をつける。中身はただの水だけども。

 以前、リィティカ先生が言っていた『自分で考えなければ力にならない』という言葉を思い出す。


 あれはきっと、自分だけに向けられた言葉ではなかったのだろう。

 生徒たちのことも考えての言葉だったのだ。


 さすがリィティカ先生、その思慮は天より高く海より深い。

 自分では理解できないところまで精通されている。


「まぁ、もっともあの生徒が寮を抜け出した事実は目を瞑れないな」

「一段落ついたら、殴りにいきますか」

「君の生徒には心底、同情するな」


 懸命に特訓している生徒という光景。夜空に輝く月一つを肴に。


「乾杯の音頭は?」

「生徒たちの明るい未来と小さな努力、なんてどうです?」

「悪くない。塩味が効いてそうだ」


 カンッと小さな、陶器の音がした。


 後日の話をしよう。


 端的に言えば、マッフル君は術式を成功させた。

 初めて成功させた術式に喜ぶマッフル君は授業の終わり際にこう言った。


「術とか魔法とか、無理なもんだと思ってたんだ。だって術者って頭良さそうで落ち着いているイメージがあるじゃんか。自分には無いな、って思うとさ。なんか、無理なんじゃないかなー……、なんてさ。全然、できないときはどうしようかと思ったよ」


 穏やかな性質を好む緑属性。

 反転すれば『鬱屈した何か』や『激しい情動』を嫌う性質もある。

 陣の不備もさることながら、そう言った面でもなかなかマッフル君に緑属性が集まってこなかった理由にもなる。


 まぁ、あくまで理由の一つではありますが。


 ハッキリ言ってしまえば今回のは、ただマッフル君の陣の構成力が甘かっただけですからね?


「先生の師事を受けておきながら、術式ができないなんて言わせるつもりはありません」

「うげ。何その自信……」


 舌を出して嫌そうな顔をするな。

 その状態で顎を打ちますよ? 舌を噛むといい。


「そして。できない人間にできないことをさせるほど先生の『眼』は狂っていませんよ。術式ができたのはマッフル君自身の努力の結果です。自分で自分の可能性を疑ってはいけませんよ」

「うわ……、ヨシュアン先生。先生みたい……」


 だから、君は自分をなんだと思っているのだ。みっともなく泣きますよ?

 まったく、こっちの苦労も知らないで。

 君が一人特訓している間に暴発しないように、常に臨戦態勢に入ってたりしてたんですよ? すぐにでもディスペルできるように術式も張ってさ。

 酔いつぶれそうなシャルティア先生がしなだれかかってくるのを押しとどめながらですよ。


「よし! もっと頑張るよ! そしてあの蛍女の鼻をあかしてやる!」

「よこしまな理由で頑張らないように」


 才能とか性質とか理由とか、そんな言葉面なんかじゃなく、どんな生徒であっても生徒自身の可能性を広げてやる。

 それが教師の仕事、ねぇ?


 なるほど。奥が深いものだ。


 教えているつもりでも、案外、教わっているものが多いのは自分かもしれない。


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