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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
207/374

第一【試練】終了 そしてクライマックスのスタート

 急ぎリィティカ先生と一緒に駆け寄り、レギィとセロ君を看ます。


 ぐったりとしながらもセロ君を抱きしめているレギィをどう見たらいいでしょうか。

 偶然、この形になったのか。

 それともセロ君が地面にぶつからないように身を挺したのか。


 たぶん後者だと思います。


「身を打ってぇ気絶していますぅ。セロちゃんも同じですねぇ……、でもレギンヒルト試練官はすこし強く打ちすぎていますぅ。改めて看てみないことにはなんともぉ」


 ゴスって言いましたからね、ゴスって。

 とりあえず二人とも無事だったことを喜びましょう。

 

「レギィ? 起きてください!」


 揺さぶるわけにもいかないので耳元で声を出してみましょう。

 何度か語りかけるとむずかるようにうっすら目を開けました。


「眠り姫が起きたところで、これ、何本に見えます?」


 指を二本、見せて「二本……」と答えました。

 よし、意識はハッキリしていますね。


「覚えていますか、レギィ」

「……はい。負けました。さすがはヨシュアンが鍛えた子たちだけあります」

「そうですか。それはそれで嬉しい言葉です」

「もしかして心配をかけてしまいましたか?」


 ちょっと気弱な顔で笑みを浮かべるレギィ。


「えぇ、それはもう」


 自分もちょー笑顔です。


「ヨシュアン……っ」

「枕を返してもらわないと」

「ここで言うんですかぁ!」


 リィティカ先生がものすごく驚いた顔でした。

 イヤですね女神ともあろうものがこの戦犯をかばうとか……、どこまで愛に満ち溢れているんですか。愛の化身すぎます。もう女神の身には収まりきりません至高愛ですか。


「人ん家の枕を勝手に持っていっておいて優しい言葉をかけられると思っているんでしょうか?」


 鼻をつまんで無理矢理、上体を起こさせました。


「あふぃんっ」

「あふぃん、じゃありません! ジークリンデ領のレギンヒルトさん家では枕を奪うのが流行っているんですか」

「違います……、これはちゃんとベルベールと取引をして新しい枕と交換してもらっています」

「ベルベールさんがそんな邪悪極まりない取引に応じるわけないでしょう」

「ヨシュアンのそのベルベールに対する信用は驚きます」


 こっちが驚いたんですよ。色々と、えぇ色々と。

 正直な感想は『ふざけんな』一択です。また選択肢がありません。


「もちろん。家族ですからね」

「……そう、でしたね」


 レギィが何かを思い出したように目を伏せ、しゅんとしました。


 ベルベールさんと親しいことくらい知っているでしょうに。

 まるで一番、痛い部分を触られたみたいな表情をしました。

 

 ですが今回は手心を加えませんよ?


「即刻処分するかベルベールさんに返してください。なお返すまでレギンヒルトさんと呼びます」

「そんなっ!」


 何、膨大な借金を背負わされたみたいな顔をしているんですか。

 自業自得です。


「大体、【試練】もそうですが一体、何を考えてたんです。らしくない……、最近だと『らしい』と言うべきなんでしょうが変ですよ」

「……【試練】はヨシュアンが育てた子たちなら突破できて当然だと思ったからです」


 過大評価が過ぎます。


「それにちゃんと成績資料を見て考えた【試練】ですから、何もおかしなところは……」


 『ちゃんと成績資料を見て考えた【試練】』?


「ちょっと待ってください。じゃあ最初の軽銀板十五枚というのも成績を前提に考えた枚数ですか?」

「はい。そのとおりです。なので驚きました」


 授業参観もしましたし【模擬試練】もしました。

 これらを傍で見ていたら勘違いする要素なんてあるわけが……、ましてやレギィなら。

 いえ、待ってください。

 そういえばレギィは【模擬試練】に参加していませんでした。


「実際、授業を見学したのはなんだったんですか?」

「現行授業のほとんどが復習ばかりでした。ヨシュアンのクラスだけは何を考えていたのかわかりませんが強化術式の、次の学習要綱まで足を進めていましたが」


 少し余裕があったので先に進めただけです。

 【模擬試練】で弱点や失敗箇所を修正したほうが楽だったというのもあります。

 なので今月の前半までは普通に授業を進めていたんですね。


 警戒して得をした程度の話です。


「補習で実際に教師をしてみておかしいと思わなかったんですか?」

「苦手な子が集まればアレくらいだと思います」


 この認識のズレはなんですか?


「誰かレギンヒルトさんに渡した資料……!」

「本当に呼び……っ!?」


 なんかレギィが悲壮な顔をしていましたがどうでもいいです。


 言いかけて止まりました。

 まずい。これは教師を使って確かめてはいけない。確実に自分で確かめなければならないものです。


 いや待て、焦って行動してはいけません。まだ聞いていないことがあります。


「術式の実践以外の【試練】の難易度を落としたのはどうしてですか? もしも資料にあった成績が高いものばかりだったとして、難易度を下げる理由にはならないでしょう」

「……ヨシュアン、様子がおかしいようですがどうかしたのですか?」

「どうもしません。早く」


 レギィはセロ君を抱き直し、こちらを伺っています。

 やがて根負けしたのか小さなため息だけつきました。


「学園長とは術式の実践を難しくする代わりに全体的に簡単にする約束をしました。私は成績上位者に合わせた【試練】を考えていたのですがこの約束を果たすために中位者もしくは下位者に合わせたのです。少し変則的なやり方ではありましたが仮に三十点分の損失――私に勝てなかった場合でも筆記を頑張ってさえいれば【試練】は合格できていたと思います。やはり術学の分だけ生徒は不利になりますが全体が好成績なら一つを落としても問題ないとは思いませんか?」


 学園長は自分たちとは違う視点での【試練】の突破を考えていたのでしょう。


 言ってしまえば戦略と戦術です。

 もちろん戦略は学園長、戦術は自分たち教師です。


 レギィの【試練】は術学を落とす前提で作られていたようです。

 こちらが負けたデメリットは実はそこまで大きくなく、確かに安全圏からは程遠いのでしょうが確実に【試練】に落ちるというわけでもなかったということです。


 レギィに勝てばその分だけ安全に【試練】を突破できる。


 学園長が自分たちに伝えなかった理由はおそらく慢心しないようにでしょう。

 慢心して事に挑めば失敗する可能性が増えます。

 万難を排して挑む心づもりでもどこか油断する、それが人の心です。


 あの老婆は配慮してくれているのか底意地が悪いのか判断に困ります。


「そうだったんですかぁ。驚きましたぁ。本当に皆が術学を落としたらどうしようかと思ってましたよぅ」


 リィティカ先生はしきりに納得しているようでしたが、自分からすればおかしすぎるのです。


 どう考えてもレギィに渡した資料に手を加えられています。

 レギィが嘘をつく可能性ですが、これは考えられません。


 最近は必死すぎておかしくなっていますが……今日、変態じみた何かを垣間見せましたが元は聖職者らしく生真面目です。

 どんなに真面目でも飢えすぎると狂いますから、あ、そういうことなら自分が原因ですね。

 考えなかったことにしましょう。


 それはともかく学習要綱外の問題が出てなかったのも確認済みです。


 本当ならリィティカ先生のいない場所で聞くべきなのでしょうが幸い、自分の見立てではリィティカ先生はシロに近いことがわかっています。

 確証はありませんがベルベールさんの調べと合致する証言も多く、何より心の底から生徒の心配している様子が見て取れます。


 演技ができるタイプではないのでしょう。


 考えうる可能性は知らずに操られているというものですが、言ってしまえばこれくらいしか疑う部分がありません。


 断じてリィティカ先生にだけ甘くしているわけではありません本当です。


「ふぇ……、せんせぃ?」


 セロ君がゆっくり目を開けました。

 目が覚めたんですね。


「セロ君、おはよう。大丈夫ですか? 痛いところがあったらちゃんと言ってくださいね」

「……ヨシュアン、私と態度が違いませんか」


 とりあえず枕を返してから言ってください。


 セロ君は最初、どんな状況なのか探るように目を彷徨わせ、やがてレギィに抱きしめられていると気づき、ポンッと頭から湯気を出しました。

 

「ぁぅ……、だいじょうぶなのです」

 

 甘えるようにレギィにくっつきました。

 微笑むレギィの顔は若干、青ざめていました。


 あぁ、そういえば胸を打ったんですよね。

 たぶん骨にヒビくらいは入っているのかもしれません。

 そんな状態でセロ君がしがみつけば普通に痛いと思いますよ。


「そうですか良かった。心配しましたよ」


 体格が小さいとはいえ誰かに投げられるような経験、そうそうありません。

 その中で難しい白の物理結界が使えた精神性は大いに評価できます。


 この子は転び慣れています。

 実際に転び慣れていますがそうではなく、怖がりのくせに怖さに強いのです。

 怖さに慣れているというべきでしょうか。


 そういえば着弾の瞬間ももっとも痛くない姿勢を取っていましたね。

 半分以上は防御結界のおかげでしょうが。


 レギィに抱きついていたセロ君はふと思い出して、下から眺めるようにレギィを伺っていました。


「ぁのぁの、いたくないですか? セロがぶつかっちゃって……」

「えぇ、心配には及びません。私の課した【試練】を乗り越えて、むしろこうして触れ合えることはとても穏やかで、喜ばしいことです」

「【試練】……っ」


 怖さによって足が止まることへの恐怖が薄い、あるいは恐怖の中でも自己評価や自分自身を見失わない強さがあります。

 心が折れてもきっとクリスティーナ君より早く立ち直るのでしょうね。


 見た目より心が強いんですよ。

 実にタンカー向きですね。


「【試練】は無事、合格です。おめでとうセロちゃん」


 その言葉でようやく全てを理解したセロ君はより一層、レギィにしがみつき、加速度的にレギィは痛い想いをしています。

 さすがに可哀想なので静かに興奮するセロ君の頭を撫でて抑えながら、衝突の瞬間を思い出していました。


 波形で内源素へ干渉をしていたように見えました。

 あの速度でぶつかったらセロ君もただでは済みませんからね。内源素を強化して身体を守らせたみたいです。


 結果、レギィは自分の身を守ることすらできずセロ君を受け止めたのでセロ君よりも酷い痛手を負ったのでしょう。

 そのことには感謝しています。でも枕の話は別です。


「さて、皆のところに戻りましょう。レギンヒルトさんも試練官として締めの挨拶をお願いします」

「また……っ」

「ヨシュアン先生ぇ! 悪ふざけしすぎですぅ」


 正当な罰です。

 ですが反省したと思われる態度が出るまで止めるつもりはありません。

 レギィにしがみつくセロ君を促して、クリスティーナ君たちの下へ小走りで帰らせました。


 ちゃんと歩けるようで少しだけ安心しました。


 自分も後を追うように足を一歩、踏み出したとき『うなじを撫でるような違和感』を覚えました。


 振り返ると起きあがるレギィと支えるリィティカ先生が見えました。


 おかしい。

 何がおかしいのかまではわかりませんが、ありえない。


 何かの要因が足りてない。

 しかし、何度見ても何が足りないのかわかりません。

 その感想が頭にこびりついていました。


 ですが自分は迷わず生徒たちのいる場所まで歩きました。


 資料の改竄を調べ、どういうことなのか調べることも仕事でしょう。

 この違和感の正体を思い出すのもきっと必要なことなのでしょう。


 自分は教師です。

 今、自分は今回の【試練】の教訓を生徒たちに伝えてやらなければなりません。


 そうして自分自身を知っていくことが生徒たちが一番、覚えていかねばならないことです。

 それはきっと勉強よりも大事なことではないでしょうか?

 

 ヨシュアンクラスを囲んで囃し立てている生徒たち。

 自分が近づくと他の子たちはすこし離れて、ヨシュアンクラスの面々も慌てて整列します。


「まずは【試練】をよく突破したと褒めましょう。よくやりました」

「二度、同じ相手に破れる私ではなくてよ」

「まぁ、とーぜんってヤツ?」

 

 そうですかそうですか。

 鼻が高くなってますねクリスティーナ君とマッフル君。


「それでは突破した君たちに贈り物をあげます」


 ウル・フラァートで放電を拳に纏わせてクリスティーナ君、マッフル君、エリエス君、そして直前で逃げようとしたリリーナ君は拘束術式と併用してゲンコツをあげました。


 セロ君だけは衝突のこともあるのでウル・フラァートも切って、軽くにしておきました。いくら強化してあったとはいえ頭を打っていますしね。


「な、何故……」


 ペタンと座り込んで涙眼で訴えるクリスティーナ君。

 勝利したはずのヨシュアンクラスは死屍累々といった様子でした。


「突破はしました。喜ばしいことですね。ですがそれぞれがそれぞれ、いけないことをしていたと理解していますか?」


 全員が「え?」という顔をしていました。

 もちろん周囲の生徒たちもです。


「まずはクリスティーナ君とマッフル君。君たちからです。エリエス君の指示があったにも関わらず悪ふざけをしましたね。先生は寛大なのでそこはちょっとだけ許してあげましょう。しかし、その気持ちのまま【試練】に臨み、相手が先手を取らないことを良いことに作戦を立てています。戦う前に組み立てておくべきでしょう。自由にしろと言われたから何も考えなかった、なんて言い訳は通用しません」

「え、え~……、そこ、怒られるんだ。しかもちょっとしか許してくれないんだ」


 マッフル君が理解しがたいという顔をして言いました。


「相手に戦術を理解されるということは相手に突破を許すことです。軽挙であった。それが君たちの失敗です。後はクリスティーナ君がもう一件、あります」

「な……、私のどこが間違っていますの!」

「そう思うのなら立ってみなさい」


 立ち上がろうとしたクリスティーナ君はやはり力なくペタン、と尻餅を尽きました。

 信じられない、という顔をされても立てないものは立てません。


「これが理由です。前衛、それも相手に切りこむアタッカー。特にストライカーがスタミナ切れを起こすとは何事ですか。クリスティーナ君が崩れることは前衛全ての負担になります。そのことをちゃんと理解し、己の身体の様子も把握しておくことです。戦闘中のウル・ウォルルムは君が思っているよりも身体に強い負担をかけます。それを二回。さらに『幽歩』による負担で今、君は立てなくなっています。この状況で魔獣に遭遇したらクリスティーナ君はどうするつもりですか?」

「こ、これは【試練】であって全力を出さないわけには」

「文句はあるのなら立ってから言いなさい。余力を残さないことと全力で挑むことは違います。スタミナの管理が不十分だった。これが君の間違いです」


 ものっそい勢いで頬が膨らんでいきます。

 しかし、思い当たる節はあるので反論もできないのでしょう。


「次にエリエス君。戦術をよく考えていましたね。前衛三人の出方がわからないのであえて前衛に簡単な指示しか出さなかったことは別にいいでしょう」

「……はい」


 この三人は不確定要素すぎてエリエス君も戦術に組み込めなかったのでしょう。

 むしろ自由にさせたほうが良かったというのも認めます。


「ですが最初の挑発。レギィの意識を前衛に向けさせようとしたのでしょうがレギィも術式師。精神抑制の手法は当然、修めています。相手がなんなのかを理解してから手法を選びなさい。特に戦術を考える者は戦術行動全ての責任を負う重い役目です。生半可が仲間を殺します」


 最後の言葉にエリエス君の大きな瞳がこぼれ落ちそうでした。


「他にもセロ君が白の物理結界を使えるので中和させるよう、霧によって目隠しし相手に悟らせないようにした手段、そのものに文句はありません。ただ疑問があります。相手は『眼』を持っていますよ?」


 この言葉にエリエス君は身体を震わせました。

 失敗したとは思っていないでしょうがかなり危険な橋だと理解したのでしょう。


 あの作戦、自分のように『眼』を開けば確実に見破れます。


「レギィだったから。たまたま相手が『眼』を使わなかったから。運が良かったとしか言い様がありません。エリエス君の問題は表面のことだけではなく、もっと根本の話です。エリエス君。君は人間に興味がなさすぎです。今回、レギィのことを詳しく知っていればこうはならなかったでしょう。別の戦術も浮かんでいたでしょう」


 とはいえ他人の求めにもすこし理解できるようになりました。

 ティルレッタ君にも興味を示しているので改善される見通しは立っています。


「改善します」

「そうあることを願います」


 さて次はリリーナ君ですが、一つしか思い当たりませんね。


「リリーナ君に関してはちゃんと独自ではありましたがスタミナ管理をしていましたね。エリエス君の指示に対して最後までスタミナと判断力を残していたのは見事です。ですがセロ君を投げるな」


 長い耳を押さえて目を瞑るリリーナ君。

 この格好は別に話を聞いていないのではなく、理解しているから聞きたくないのでしょう。


 それにこんな状態でも話を聞いているのでこのまま進めます。


「セロ君にも言いますがあの瞬間、もしも物理結界を編めなければどうなっていたか理解できていますか? リューム・ウォルルムの速度でセロ君が物理結界にぶつかって大惨事になっていました。最悪、死んでいます」


 リリーナ君はおろか、周囲の生徒たちまでぎょっとしていました。


「リリーナ君はあのままセロ君を抱えて突貫、そして離してからレギィに攻撃を加えるべきでした。誰も予想のしない手段、そして強波形対策から出た行動でしょうがリリーナ君ならレギィを触れずに押さえることができたはずです」

「できなかったらどうするのでありますか?」


 珍しい反論が来ましたね。

 茶化すでもなく、戯るでもなく、そこには不安を抱えただけの女の子の姿がありました。


「できるできないは君の実力が原因です。だから普段、練習をして自信をつけるのです。本当にギリギリのところでは普段の態度が出てきます。自信を持てなかった理由は、誰よりも真面目に事に当たらなかった君自身にあります。反省しなさい」


 今まで手抜きしていたのは未来を見据えるという行為に意味を感じられなかったからでしょう。

 そうしてあの瞬間になって、今までのしっぺ返しが来ました。


「君の責任をセロ君に負わすつもりですか?」

「……うに」


 あ、マジで凹みましたね。

 オシオキ以外で初めての涙眼でした。

 できれば悔し涙であって欲しいですね。


「最後はセロ君です」


 もう泣きそうなんですが。

 いや、さすがにここまで全員に言うとは思わなかったのでしょう。

 ちょっと恐れられているように見られるのは心が苦しいですね。


「セロ君にも言うべきは一つです。戦闘の最中に迷いましたね? その迷いは重要なことですが始めてしまった以上、切り替えなさい。でないと君の迷いが仲間の足を引っ張ります」

「はぅ……」


 足でまといになりたくなかったセロ君からすれば一番、聞きたくない言葉です。

 厳しいかもしれませんが誰も言わないのなら自分が言います。


 いえ、自分が言わなければならないのです。


「以上が君たちそれぞれの誤ちです」


 周囲までまとめて、しゅんとした空気でした。

 マウリィ君なんか「ひぇ~」とした顔をしていますね。

 ティッド君に至ってはオロオロしっぱなしです。


「クドクドと言いましたが重要なことです。各人、わかりましたか?」


 「……くっ」「はぁい……」「わかりました」「……うにぃ」「はぅ……」とそれぞれがぞれぞれの沈んだ声を返してきました。


 そろそろ空気を変えてやらないといけないですね。

 といっても素直に受け取れないでしょうがこれも言わないといけません。


「もちろん全員が全員、見所のある、あるいは賞賛に値する行動もありました。戦闘の中でフラットな精神を保ち、安定して強化術式を使えたところやセロ君に至ってはあんな状況でも白の物理結界を使い、道を開きました。特にクリスティーナ君はあの短い期間で未完成とはいえ『幽歩』を使えるようになっていました。努力していた部分はちゃんと見ています。もっとも良い戦術とは『損害なく相手を圧倒する』ことです。今回の戦術はお世辞にも良いとは言えません。しかし良くなる見所もありました。これでお説教はおしまいです」


 勝った余韻はどこへやら。

 一転して亡霊のように立ち上がる生徒たち。

 クリスティーナ君は立てないのでマッフル君が手を貸してました。


 こういうところでは仲良くするんですよねこの二人。


「あんまりヒヤヒヤさせないでくださいね、本当に」


 手近なセロ君やリリーナ君の頭を軽く撫でてから送り出し、自分も【試練】の終わりのために集まりました。


 耳に痛い言葉ばかりだったでしょうが、ここからまた成長のための糧にしなさい。

 そのためなら先生、君たちに恨まれるくらい平気ですよ。


 レギィもリィティカ先生に支えられながら儀式場の端に立ち、終わりの言葉は一人立つ形で始めました。


 そして、話が終われば生徒たちを自教室に帰して、自分とシャルティア先生、そしてヘグマントは【室内運動場】に置きっぱなしのテストを取りに行きます。


「ようやく終わったな! 明日からは【試練】の採点だが見通しは明るいな!」

「実践しかない教科は楽なものだな。採点させてやってもいいぞヘグマント?」


 解放感からか自分たちの足取りは軽いと言えます。


 わざわざ自分たちが取りに行くのも面倒ですが、これには理由があります。

 【試練】中に誰かに運ばせようかと思いましたがシェスタさんは足の怪我がありますし、物が物だけに第三者に運ばせる訳にはいきません。

 結果、監視だけつけて自分たちが運ぶのが一番、確実だろうという話になったのです。


 今、思えば正しい判断だったと思いますよ。


「謹んで断ろう! 何せ自教科の採点は担当教師がやる決まりだろう」

「わかっているさ。とはいえ次も同じように進むとなると肩が凝るな。ヨシュアン、私に触る権利を与えてやるから肩を叩け」

「遠慮します。気持ちいいのはシャルティア先生だけじゃないですか」

「一緒に気持ち良くなりたいのならもう少し、男を磨け」


 元からそんなつもりなんてないくせに。

 後が怖いので全力で遠慮したいですね。


「それとさすがに肩叩き器なんて作れませんよ?」

「そうか。文官を中心に売れるとは思うがな」

「軍も欲しがると思うぞ! ヨシュアン先生!」

「まぁ、考えておきます。死なない程度のヤツを」


 たわいのないおしゃべりをしながら【室内運動場】のドアを開けるとそこには――


「シェスタさん?」


 ――力なく床に倒れるシェスタさん。

 そして、あったはずのテスト用紙が全てなくなっていたのでした。


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