第一【試練】・緊急教員会議
【未読経典】。
レギィが使う、いえ、レギィでなければ一人で動かすことなんて不可能な術式具です。
膨大の白の源素を流しこむことでようやく起動する『拠点防衛用の術式具』。
一度、起動すれば使用者が意識を閉ざさない限り半永久的に動き続け、合計千枚にもなる軽銀板全てが【未読経典】に反応し、動き始めます。
その動きも使用者のレギィの意思のまま、自由自在に飛び回ります。
……術陣が本体と接続されていないのに動くとは何事かと言いたいのですが、もはやアレに関してはツッコむのも野暮です。
物理的にも源理的にも繋がっていないのに動くので理論解析も不可能です。
「以上が【未読経典】です。ともあれ軽銀板、【未読経典】の頁はレギィの思う通りに動かせるということです」
千枚もの軽銀板が有機的連携を行うという、厄介な代物です。
そして軽銀板一つ一つが凶悪な物理結界を保有し、連結することでさらに強力な結界に変化します。
「破壊はできるのかね?」
ヘグマントの脳筋らしい質問ですが、それはバカ王と同じ発想でした。
「【戦略級】術式をたった六枚の連結で防ぎきる硬度があります。起動中に限りますが【砕く黄金】の一撃にすら無傷でしたね。しかし、動いていない時はただの軽銀でできた板ですから砕けると思いますよ」
「それは実質、破壊不可能ということじゃないか。屋根にでも取り付けるのか」
「修繕費より高い買い物ですよ。それ以上に法国の女王様にお伺いを立てないと」
「そいつは外務に放り投げておけばいい。僕らは教師で各国のお偉い方と話をする立場じゃない」
珍しくアレフレットが冗談に乗ってきましたね。
気分は捨て鉢なんでしょう。
まだ生徒たちが帰ってきていないので、自分たち教師陣はさっそくレギィ攻略会議です。
輪になって頭を悩ましていました。
とりあえず情報がないことには話にならないので、自分が持つ【未読経典】の情報を伝えてみたまでは良かったのですが、案の定の展開になりそうです。
「優れた建材の話はいい。アレをどうやって突破したか知っているかヨシュアン」
「一応、革命軍はレギィが発動させた【未読経典】を突破しています」
シャルティア先生も難しい顔をしていました。
組んだ腕に指を立てて、トントンと忙しなく叩いています。
「人海戦術です。【砕く黄金】が多く軽銀板を引きつけ、一枚一枚、捕獲していき数が減ったその間に【輝く青銅】が走り抜けましたが……無傷ではなかったようです。ちなみにその捕獲に必要とされた動員数は二万人です。単純な計算で一枚あたり二十人ですね」
自分のことを他人事のように語るのはなんとなく気恥ずかしいものがありますね。
あの時は比喩でもなく何本か骨が折れました。
とにかく肉と骨を削って本丸に入りこみ、レギィを押さえたことで革命軍は勝利しました。
「ようするに枚数以上を引きつけられるのならレギンヒルト試験官をどうにかできるということか。一人一枚……では足りないな。確実に誰かが二枚以上を引きつけ、レギンヒルト試験官そのものを打破しないとならない」
攻略法はそのとおりです。
ですが、言うのは簡単でも実行は難しいでしょう。
「ですがあの時と違い、レギィは完全に【未読経典】を操作できます。簡単に掴ませてはくれないでしょう」
「精密な動きも可能ということか」
あの時、千枚もの軽銀板を操作していたレギィはどうしても処理の面でハンデを抱えていました。
だから軽銀板の捕獲という暴挙が可能でした。
「仮に掴めたとしよう。フリドくらいの筋力があれば二枚を担ぐことはできるのではないか」
「担ぐことはできるでしょうが動くものは当然、『力』を持ちます。動こうとする力、それらは実重量よりもはるかに重いものになります。速い拳は威力がある、ですね」
「なるほど、これは難しいぞ……。ならば本体を叩くしかあるまい」
ヘグマントも軽銀板をどうにかするのは諦めたようです。
「その本体を守るために軽銀板が動き、生徒たちの攻撃を防ぎます」
「手数があれば可能ならば突破口はこのあたりか」
例えば自分なら、五枚の軽銀板を突破するために面単位の術式を使うでしょう。
その隙を縫って狙撃するか、【獣の鎧】でレギィの死角に入り、トドメを刺します。
しかし、これを生徒がやろうとすれば難しいでしょう。
そもそも面単位の術式なんて教えていません。
もしかしたらクリスティーナ君やキースレイト君のような、あらかじめ学園に来るまでに術式を習っていた子ならありえるでしょう。
「ですが私も下級術式が使えることを忘れてはいけません。【未読経典】を使いながら下級術式くらいなら使えます」
「むぅ……、迎撃までこなせるとはまるで城塞ではないか」
「それよりもぉ、順番はどうするんですかぁ?」
「……待て。何を自然に話し合いに参加しているレギンヒルト試練官」
いつの間にかレギィが輪の中に入っていました。
「別にいいではないですか。一人、儀式場に立って話し合いを見ているだけなんて寂しいのです」
とりあえずレギィの両頬をつねってみました。
「どの口がそんなことを言うんですか? こんな事態になったのは誰のせいだと思っているんです。大体、学園長がどうしてこんな【試練】を了承したんですか」
涙眼でされるがままのレギィはちょっと嬉しそうで……うわ。
これ以上、いじめると開けてはいけない扉を開いてしまいそうです。
さすさすと両手で自らの頬を撫でるレギィはどこか残念そうでした。
「……これは学園長の提案でもあったのです」
はぁ? あの老婆はまた何を考えているのですか。
「提案というよりも共案というべきでしょうか。草案は私ですが、こうした形に【試練】を整えたのは学園長です」
「待て。学園長の話は後だ。もうそろそろ生徒たちが帰ってくる。それまでに作戦を立てるぞ」
「シャルティアさん。作戦を立てるのは結構ですが、生徒たちに教えることは禁止です」
これに再び、シャルティア先生とレギィの間で火花が散りました。
「これは生徒の【試練】です。教師である貴女方はすでに生徒に対策を施していらっしゃるのでしょう? 何よりこの義務教育計画は王たるランスバール陛下の思想でもある適材適所を見る試みでもあります。それなのに当の人材に教師がいつまでも張りついて指示しているのはおかしなことではありませんか? 生徒たちが自らで考えてこその【試練】です」
「……ちっ!」
シャルティア先生もこればかりは否定できないようです。
「助言の禁止。これは教師に課せられた規約です。応援くらいならば許せるのでしょうが、そこまでです」
となるとますます順番が重みを持ちます。
戦闘行使力――つまり戦闘に長けたクラスは三つ。
ヘグマント率いるヘグマントクラス。代表のフリド君は学園でもっとも力があり、上背もあります。
ピットラット先生率いるピットラットクラス。代表のキースレイト君は本人の術学素養もそうですが、何よりチームとしての連携や統率力が高く、練度も整っています。
そして自分のクラス――ヨシュアンクラスです。
誰が代表なのか定かではありませんが、独自性が強い子たちばかりです。
何を起こすかわからない、という意味では会議でも事欠かないクラスですね。
……自分で言っていて凹みそうです。
残りはリィティカクラスとアレフレットクラス、そしてシャルティアクラスです。
戦闘行使力という面ではシャルティアクラスとアレフレットクラスは同等くらいですね。
リィティカクラスには抜け目無いマウリィ君がいるので、卒のない動きをします。その分だけリィティカクラスは他の二クラスより強いと見ています。
「どういう戦略でいくかね? 短期戦か長期戦か。この二つでもだいぶ違うぞ」
「正直、消耗という意味でその二つはあまり変わりません。以前の攻城戦でもレギィは一人で七日間も起き続けていました」
白の源素が活性化すると植物だけではなく人体にも影響を与えます。
「恒常性を与える、というんでしょうか。ようするに人体の生理的機能が一定より動かなくなるんですよね」
【未読経典】を起動するほどの白の源素が与える効果は、レギィに不眠不休を実現させました。
食事も排泄も一切、いらない状態になるのです。
耐久という面では誰もレギィには勝てないでしょうね。
余談になりますが内紛時、攻城戦の時です。
白の源素の影響かどうかはわかりませんが、レギィに駆け寄った時に思いっきり噛まれました。
というか腕の肉を少し食われました。
アレは本気で戸惑いましたね。
今ならアレがレギィの狂いだと理解していますが、当時は殺意が湧きました。
あの当時を思い出し、ちょっと恨みがましい眼でレギィを見ると唇を尖らせました。
「もうしませんと言いましたっ」
二度もやられると困ります。
ともあれ順番です。
先にレギィの手を見ることで生徒たちが自発的に戦術を導くようにすれば、可能性が見えてきます。
となると最初にリィティカクラスとアレフレットクラス、シャルティアクラスを。
最後にヘグマントクラス、ピットラットクラス、そしてヨシュアンクラスの順番でいけば効率的です。
ですが本当にそれでいいのか、迷います。
【試練】と言えど強者との戦いは生徒たちの経験になります。
また自らで戦術を組むのも一つの良い経験です。
場合によっては全ての生徒が【試練】を行わない形もありえます。
「たとえ一番手がレギィに勝っても、全生徒を相手にしてもらえますか?」
「はい。元より全てのクラスとの【試練】は当然です」
これで憂慮の一つが消えました。
最適な順番作りを真面目に考え始めた時、遠くから騒がしい声が聞こえてきました。
「これは復讐ですわ! 正当な私に整えられた晴れ舞台なのですわ!」
「勝手に挑んで勝手に自爆したのを正当とは言わないって知ってた? わかんないよねー、あんたの頭じゃ」
「……レギンヒルト卿より先に決着をつけてもよろしくてよ愚民」
「別にちょっとくらい準備運動しても問題ないよねー、受けてたったろうじゃん!」
喧嘩しながらも一切、止まらずズカズカと儀式場前まで到着したクリスティーナ君とマッフル君。
二人共ちゃんと愛用の鎧と剣を持ってきています。
その少し後ろをゆっくりとした足取りでエリエス君とセロ君、そしてリリーナ君が歩いてきます。
「エリりんは可愛いであります。だから落ち込まなくてもいいであります」
「……可愛さで戦闘行使力は増えない」
エリエス君は黒いキノコ帽に首元のブローチ。あれは源素結晶を加工したものですね。
袖口の広い上着の下は腹部を守るための薄いインナーアーマー。
驚いたことにミニスカート、その上からティアードスカートで膝下まで隠しています。たぶん下はちゃんと見せても大丈夫な処置をしているはずです。
これは、間違いなくエリエス君の趣味ではありませんね。
エリエス君は普段から落ち着いた服装を好みます。
別の誰かがエリエス君に用意したもののような感じがします。
というかあの胸の刺繍はベルナット・マグル店のデザイン……、デザイナーの友人のものでした。
……確かエリエス君を保護したのはベルベールさんでしたね。
となるとベルベールさんの趣味ですか。
自分が見ているのに気づいて、エリエス君は瞳で何かを訴えていました。
なんとなく着たくなかったけど仕方ない的な空気が流れこんできてます。我慢なさい。
続いてはセロ君です。
「がんばるのですっ」
神官服なのは当然として、頭には白いカロット。
ワンピース状の服に、今回のキャラバンで自分が用意したケープを肩からかけています。
腰に金色の紐を巻きつけて、先に鍵がついています。
なんだか小さな司祭みたいで微笑ましい姿です。
確かバレン修道院の正式神官服だったと思います。
この日のため、というわけではないのでしょうが修道院の皆さんがセロ君のために用意してくれたのでしょう。
「先生のエロい視線を感じるであります」
石ぶつけてやろうか、この不思議生物。
リリーナ君の防具は面白いですね。
大きく肩を出したインナーアーマーに胸元だけ不思議な素材のブレストアーマー。
革でも昆虫のものでもない、もしかしてアレは木材ですか?
インナーが緑で胸元のブレストアーマーだけ真っ白いという特殊な武装。
知り合いのエルフは鋼の装備でしたし、一体、なんなんでしょうか。
両手足も同じ素材の武装です。
他の子に比べて露出が多い分、動きやすさを重視した造りですね。
腰の矢筒も謎の素材です。
ですが肝心な弓も矢もありませんね。
ちょっと気になったので、少し教師陣の話し合いから離れリリーナ君に近づきました。
「リリーナ君。その防具の素材を知ってますか?」
「先生がリリーナに興味津々でありますね」
拳を握ると慌ててセロ君の後ろに隠れました。
いや、セロ君を盾にするんじゃありません。
「白鹿樹という鹿の角みたいに硬い樹でありますよ?」
白鹿樹。
いや、聞いたことがありません。
あとで調べてみましょう。
「三人とも武装したところは初めて見ますね。とてもよく似合っていますよ」
エリエス君は嫌そうな瞳を、セロ君は嬉しそうに頬を染めていました。
そしてリリーナ君は驚いた顔をしました。
「何故、驚くんです」
「先生がリリーナを素直に褒めたのであります」
「褒められるようなことをしないからでしょうに」
い~、と歯を出して挑発するリリーナ君を捕まえようとしたら「ヨシュアン、遊んでないで来い」と邪神よりのお叱りがあったので渋々、帰ってきました。
「私のクラスが一番手だ」
シャルティア先生は迷いなく言い放ちました。
どうやら自分が生徒にかまけている間に決まってしまったようです。
どうなったのかヘグマントに視線で聞いてみると、胸筋をパンプアップしてきました。
いちいちツッコミませんよ?
「一番手がシャルティアクラス、二番手がヘグマントクラス、三番手がリィティカクラス、四番手がピットラットクラス、五番手がアレフレットクラス。ヨシュアンクラスは一番、最後だ!」
弱いクラスと強いクラスを交互に入れ替えた順番ですね。
となるとシャルティア先生の目論見は二番手と四番手でのレギィ撃破でしょう。
もしも正攻法が通用しない時のためにヨシュアンクラスを最後に持ってきたのでしょう。
「おっと、そろそろ始められそうだな」
シャルティア先生の視線の先は、ピットラット先生に引率された生徒たちの姿でした。
「では私は戻ります。生徒たちの武運を祈っています」
楚々と去るレギィ。
その後ろ姿を忌々しそうに見やるシャルティア先生でした。
ついでにプルミエールがそれに反応して、こちらを威嚇してきました。
いちいち威嚇してくるのを止めてもらいたいですね。
「シャルティア先生も仲良くしてください」
「断る。私は以前よりあぁした澄ました顔で腹の底を隠している女が嫌いだ」
それは同属嫌悪の類ですか?
と、思ったら睨まれました。
そうこうしている間に生徒たちがそれぞれのクラス同士で集まり、開始の合図を待っています。
自分たちも生徒たちに恥じないように最後まで足掻いたと思います。
「それでは――」
【ザ・プール】によってレギィの周辺に白の源素が大量に浮かび上がります。
白の源素が活性化し、その全てを【未読経典】が飲みこんだと思った瞬間、五つの軽銀板がふわりと浮き上がりました。
レギィを守る五つの盾。
同時にソレは生徒たちの行く手を阻む強烈な障害です。
「――一番手のクラスからどうぞ」
シャルティア先生とシャルティアクラスだけを残し、自分たちはクラスの生徒たちを伴って距離を空けました。
「いいか。言えることは一つだ」
ティルレッタ君がエセルドレーダ人形をぎゅっと握り締め、ニコニコとしています。
「負けるなどと思うな。以上」
「はい、シャルティア先生……うふ」
まるで行き慣れた喫茶店でも入るかのような足取りのティルレッタ君。
そして、そんな自然な動きのティルレッタ君に釣られてシャルティアクラスの子たちも前に出ました。
「ヘグマント先生、お願いします」
審判としてヘグマントが両者の間に立ち、銀貨を指に挟みました。
空中に円弧を描く銀貨は始まりの合図です。
それが落ちた瞬間、ティルレッタ君たちの【試練】が始まりました。




