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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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こころ ゆれる ほたる の ひかり

「源素の流れに対して、力を借りるのでもなく支配するのでもありません。流れそのものの動きをコントロールすることが重要です。川の流れに手を添えて、ほんの少し流れを変える。それが術式行使の全体的なイメージと受け取ってもらっても構いません」


 儀式場内部で、生徒たちが各々でフロウ・プリムを使おうとしている生徒に語りかける。


 各々の姿勢で集中している彼女たちの目の前にあるスクロール。

 羊皮紙の一枚紙には、フロウ・プリムの陣が描かれている。

 この陣はあくまで設計図。この図をイメージしながら、緑属性の力を操らねばならない。

 最初の何が難しいかって、この『操る』ことが難しいのだ。


 術式師が何年、何十年も修行しなければならない理由にもなる。


 慣れれば見えなくてもなんとなくで出来てしまうだろう。それも慣れれば、だ。その慣れるという行為に十年を費やしてもおかしくないのだ。

 ましてや固有色の源素は人や動物、感情と呼ばれる情動に引き寄せられる性質がある。


 ある種、自己暗示や自己催眠のような感情の制御を必要とされる。


 それだけではない。そんな状態で冷静に陣を描き、ちゃんと完成させなければならない。


 今みたいに緑の源素が見えているわけではない。

 無色透明の気配を頼りに、ちゃんと構成できているか失敗がわからない状態で陣を書かなくてはならない。

 例えるなら、目隠した状態で絵を書いているようなものだろう。

 どう失敗したのか原因すらわからず首を傾げるだけだ。


 当然、いきなり実践してもできるわけがない。

 こんな理由がありながら、他の先生たちが何故に実践をすぐに行おうとしたのか。

 その原因もまた源素が見えないせいだったりするのだ。


 ようするに、早く『操る』という部分を習得させようとする試みだろうなぁ。

 一方、自分はというと『操る』という実感を得られるために源素の可視化をして、『自分たちは源素を操れる』という自信と根拠を植えつけさせた、と。

 その分の時間を基礎に回すことで暴発の危険を下げたわけなのだが。


 結局、最終的には『眼』がない生徒たちは見えない状態で陣を描かなければならない。


 この状況に慣れさせるわけにもいかないというジレンマもあったりする。


「先生」


 振り向くとエリエス君が上目遣いで、見上げてきていた。

 まるで昆虫でも捕まえたみたいに手を閉じて、自分に向ける。

 瞬間、ゾッと背中を撫ぜるイヤな予感。

 実際、殺気とかはないので攻撃するつもりはないのだろう。


 しかし、この子は一度、自分に術式ぶっぱなした過去がありますから。

 接近されると怖くてしかたありません。


「フロウ・プリム」


 案の定、エリエス君に攻撃の意思はなく、手のひらから出てきたのは親指大の小さな光源。


 穏やかな緑の光を放つ小さな珠だ。


「一番乗りですね」

「余裕でした」


 でしょうね。エリエス君はエス・プリムを使ってたので最初の難関はとうの昔に突破してしまっているでしょう。

 操ることさえできればフロウ・プリムは比較的、簡単だ。

 陣の形状が簡単なのも理由だ。


 とりあえず頭を撫でてあげよう……、としたら逃げられた。何故だ。解せぬ。

 何の反応も返さない漆色の目は何を考えているのか今一つ、わかりません。

 この子の感情はフラットすぎて理解できません。


「ちっ……」


 遠くのフリルから舌打ちが聞こえる。


「できましたわ!」


 張り合うように声をあげてクリスティーナ君はフロウ・プリムを使う。


「出来たのはわかりましたが、そのフロウ・プリムはなんです?」


 クリスティーナ君のフロウ・プリムはなんと四つに分裂していたのだ。


「もちろん、言われたままをそのままするのが正しいとは限りませんわ。王族足る者として常に人々の期待を裏切らない、予想を超える成果を」


 最後まで喋らせるつもりなく、ゲンコツを落としてあげました。


「な――!?」

「誰が勝手に改造しろと言いましたか。先生の言いつけを守らない子はオシオキです」


 出来るはずのクリスティーナ君がエリエス君に遅れをとった理由だろうな。

 改造していてエリエス君に一番を取られてしまったわけだ。

 そのくせ、一番になれなかったからという理由で慌ててフロウ・プリムを使った様が陣からも読み取れる。


 無駄が多いですよ。


「先生。この後、どうしたらいいですか」

「そうですね。ではフロウ・プリムを改造してみましょうか。危険がないように形、数、色に限定して好きなように作ってみてください。自由創作という感じです」

「わかりました」


 クリスティーナ君のことはあまり興味がなかったのかあっさりと自分の場所に帰っていってしまった。無感動だなぁ……。しかも素っ気ない。あのデレ期はなんだったのか……、と思いつつも歩くたびにフワリと浮く黒い髪はなんだか楽しそうにも見えて、なんとも言えなかったりするのだ。女の子は難しいなぁ。


「ちょっと! 結局、改造しなければならないというのなら私に怒られる理由などないですわ!」


 復活のクリスティーナ君は早速、抗議ですか。よろしい、ならば二発目だ。

 ガチンと鳴るクリスティーナ君の金髪。頭頂部には二つ目のたんこぶが出来たのだった。


「物事には順序があります。階段をとばすことと階段を使わないことは違うのです。日常生活が教養にどっぷり浸かっているクリスティーナ君はそのことをよくわかっているのではないですか?」

「うぐぐ……、またしても正論を!」


 心底、悔しそうに帰っていきました。ゴーホーム、フリル。

 いや、いぢめてませんよ? 貴族だからってすげなくもしてませんよ? 本当に大事なことなのでちゃんと怒りました。

 理由は慢心と怠惰、あとはフリルです。


 術式に慣れたころ、陣の配置を間違えて暴発……、なんてことはよくある話なのだ。


 やがて、すぐにセロ君とリリーナ君もフロウ・プリムを完成させる。

 セロ君は素直なので緑属性の操作も砂に染みこむ水のように覚えてしまった。リリーナ君はエルフ、緑属性と生きるために進化系から分たれた人類の別種。当然、簡単にクリアする。


 さて、問題はこの義務教育推進計画で初めて術式にちゃんと触れたマッフル君だ。


「ぐぬぬ……、とぅりゃぁあああ!」


 マッフル君は叫ぶ。裂帛の気合と共に。

 でも周囲の緑属性はウンともスンとも言いません。口がないからね。


「先生! 無理! ヒント!」


 さじ投げて、こっちを見ました。

 短い言葉でマッフル君がイラついてることがよくわかります。


 う~ん、とはいえヒントねぇ? 源素を操るヒントなんて共通なものじゃないからなぁ。

 自分の時はどうだったかな? たしか初めて操った時は……、死にかけてましたしね。アテにならん。


「緑属性の特徴を思い出してみましょう」

「え~? 緑属性の特徴って、え~っと」


 昨日、授業しましたよね? 昨日の今日で忘れられたら先生、浮かばれません。


「『成長』で、草とか木とか空気にあって、弱くてぇ……、色んなとこにある?」

「だいたいあってます」

「よし!」


 しかし、所詮は大体なのである。


「そのあとに先生はなんと言ったでしょうか?」

「ぬぬぬ……、なんだっけ?」


 沈みこんでしまった。自分が。浮かぶ瀬もない。


「始源六色、固有色の一つとされる緑の属性は主に【成長】を司りますの。木々や草花、空気など多く流れている力の源で一つ一つの力は微弱でありながら、どこにでもあるのが特徴ですわ」


 と、これは自分じゃない。

 いつの間にかやってきたクリスティーナ君が何故かハイソなポーズで立っている。何してんの? ツッコミ待ち? やだなぁ、ツッコミませんよこんなのに。


「そして緑属性は温和な人の気質を好みますわ。そう私のように穏やかで謙虚、慎ましやかで美しい気質の持ち主にこそ、好んで集まりますわ。このように」


 その様はフリルをあしらった少女の回りに緑の珠が大量に浮かんで発光しているという、名状しやすいものの感想に困る有様だったのでした。なにこれ。


「な、な……っ! うるさいなこの蛍女! 聞いてないんだよ! きもいうざい! あまりのきもさに絶句したわ!」

「き! きもいとはなんですか! ひがみもほどほどにしてくださりません!?」


 ケンカもほどほどにしてほしい。


 この二人は本当に水と油……、いや火と油か。相性抜群の延焼能力。手軽に火事になります。


 しかし、時と場合、状況もよりけりだ。

 そろそろ割りこまないとマッフル君が術式に集中できない。


「クリスティーナ君。マッフル君の邪魔しないの」

「才能のない平民……失礼、言い間違えましたわ。愚民に、労力をつぎこむのは結構ですが、少々、公平さに欠けてるのではありませんか」


 視界に入ってくれるな妖怪・ホタルフリル。あと目つきが怖い。


「誰の肩も持ちませんよ。しいていうなら生徒全員の肩を持ちあげるのが先生の仕事です」

「うまいこと言っても許しませんことよ?」


 手厳しかった。

 しっ、しっ、と追い払うとまだ何か言いたげな顔で去っていってしまった。

 何がしたかったのか……、自分からすればわかりやすすぎて迷惑です。逆効果です。


「あんの蛍フリルめぇ……、水ん中に重曹つっこんでやろうか」

「止めてあげなさい。全滅してしまいます」


 えげつないことこの上ないとはこのことだ。

 無闇に自然破壊、ダメ、絶対。


「マッフル君。肩に力が入りすぎです。クリスティーナ君のことは忘れなさい。あまり感情を高ぶらせないように。源素は感情に左右されるのです。喧嘩なんてすればするほど緑の源素が逃げてしまいますよ」

「あ……」


 ようやく気づいたようだ。

 周囲を漂っている緑の源素がマッフル君の周りだけ少なくなっていることに。

 慌てて、深呼吸を繰り返す。ひっひっふー、それはラマーズ法です。ツッコミたいけれど我慢しました。


「穏やかな気持ち、おだやかなきもち……、オダヤカナキモチ……」


 とても穏やかな気持ちに見えない。先生、心配です。


「リラックスしてください。自分の身体から力という力を抜いて。お腹で息をするような感覚で。なんなら、眼を閉じるのも一つです。余計な情報が入らない分、集中しやすくなりますよ」

「………」


 言われたとおりに実践するマッフル君。

 こういうところは素直でよろしい、と本気で思います。


 静かに眼を閉じ、空気に身体を預ける。身体を弛緩した証拠に肩肘がゆっくり落ちていく。リラックスしてるなぁ、人前なのに。どんだけ図太いんだよ。


 そんな状態でもじわじわと、緑の源素が彼女の周囲に集まってくる。


「先生……」

「なんですか」

「眠たくなってきた」

「寝ないでください」


 やっぱり問題児だなぁ。クリスティーナ君と並んで。


「まだですの、まったく愚民ときたら」

「また来たんですか? まったく暇人ときたら」

「マネしないでくださいな」


 睨まれてもなぁ、そして光るフリルに成長進化してるぞ、こいつ。

 淡い緑光を全身から放つこの生物は一体、なんなんだろう? とうとう世界外のいわく言い難い化け物にでも成長したか。先生、感無量で感想すらありません。

 討伐依頼が来ても相手したくないわ。


 クリスティーナ君に似た何かはじっとマッフル君を見つめている。

 その眼差しはいつもの激しい怒りに包まれたものではなく、もっと逆。


「心配ですか?」

「なっ! だれが」

「静かに」

「うぐ……。誰が愚民の心配などしましょうか。私のクラスに落ちこぼれが出ないか監視しているだけですわ」

「そうだね。その結果、失敗するかもしれないことを学ぼうね」


 その辺はまだまだ子供なのでしょう。

 術式師は感情制御が上手くなってしまうために、中々本音が出てこないところがある。

 自分も内心、驚いたりハラハラしていたりしていても、生徒たちから見ればまるで何にも動じていないように見えてしまうかもしれない。

 まぁ、そんなの気にしてたら他人の前で授業なんてしませんけどね。


 しばらく様子を見ていたら、ようやく緑の源素がマッフル君の指先に集まってきた。

 うにょり、うにょろろ~と歪み、線を生み出し記号を書きこみ、図形を描く。


「あ――」


 クリスティーナ君も気づいたようだ。


「フロウ・プリム!」


 陣を完成させたと同時に、術韻を唱えて術式にする。

 陣の命令に従って、緑の源素は自身にこめられた力を正確に表現しようとする。


 術式による結果。

 望めば人すら殺す力。


 望みは小さく、試すだけのものなのに。

 無情にもマッフル君の手のひらに集まった源素は散っていってしまった。


「あ……」


 マッフル君の放心したような声。

 確かな手応えがあったはずだ。今までにない術式という力に触れて、自信があったはずなのだ。

 だけど、源素は術式師の望み通りにしか動かない。


 どんなに小さな不備でも、源素は不備を満たそうとして活動する。行き場を無くしてしまえば、あぁして霧散する。

 典型的な失敗だった。


 何よりも、そんな光景をクリスティーナ君にバッチリと見られていたマッフル君は肩を震わせ、下を向いてしまった。


 こんなときでも時間は残酷で。


 チャイムと共に、今日の授業を終わってしまった。


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