夜襲復讐、悪い子の条件
午後は予測通り、社宅に突撃してきたクリスティーナ君とマッフル君の相手です。
以前の参礼日でも術式具の基盤を作っていた簡易テーブルは、セロ君とエリエス君、マッフル君の勉強机になりました。
そんな机から少し離れてリリーナ君はモフモフの前足を持って、あっちに揺れたり、こっちに揺れたり……、謎の踊りをしています。
もしかしてトリアングロ――三拍子の舞曲のつもりでしょうか。
モフモフも嫌だったら付き合わなくていいんですよ?
『興味深い』
嫌ではなさそうなので放っておきましょう。
最初はクリスティーナ君が相手です。
元気よく身体を動かしてストレッチを始めているクリスティーナ君の額に玉の汗が浮かんでいます。
ちょうどいい頃合いでしょうか。
三歩の位置で向かい合いました。
奥義をねだるクリスティーナ君に、ないと言っても聞きはしないでしょう。
本当にないんですが……、どうしましょう?
「わかりました。なら『幽歩』を教えましょう」
「やっとその気になりましたのね。もったいぶらず約束通りにしたらいいものを。どんな技ですの? 細剣でも相手の首を刈れるようなものですの?」
「いいえ。ただ歩く技術です。歩法です」
「そんな技術では敵は倒せませんわ! 私たちに見せたようなあの組み技みたいな強力なのはないのですの!」
『伽藍崩し』のことでしょうね。
「聞きましたわよ。リリーナがアレで冒険者のヴェーア種を仕止めたことを!」
「発達した全身筋肉が必要な技ですからクリスティーナ君にはまだ無理です。それと文句を言う前に――」
クリスティーナ君の視点から見たら、自分は瞬く間に消えたように見えたでしょう。
「――実際、経験してから言いましょう」
クリスティーナ君の真横から肩に手を置くと、肩を震わせ硬直しました。
クリスティーナ君は何事が起きたのかわからないと目で語っていました。
その目を見たマッフル君は羽ペンを持ったまま首をすくめました。
「先生はただ歩いていただけじゃん。気づかないクリスティーナがおかしい」
「ちが、うで、あり、ます」
三拍子に言葉を途切れさせながら、リリーナ君が反論しました。
モフモフとのダンスはまだ続いていたんですね。
「音がなかったであります。あとは最初の動き方が変だったであります」
リリーナ君の指摘は正しい。
自分はただ足音と初期挙動を消しただけです。
「『幽歩』は例え目の前にいても、相手に認識されずに動けます」
ストライカーなら無駄にならない技術でしょう。
スカウトの忍び足に近い技術ですが、より攻撃的な挙動ができます。
「くれぐれも悪用しないように」
「まるで悪用するのが前提の注意をしないでもらいたいですわ!」
歩き方だけ教え、後はリリーナ君を相手に練習してもらいましょう。
「というわけでリリーナ君。ちゃんとできているかどうかクリスティーナ君を見てあげてください」
「リリーナは『ドゥドゥフェドゥ』と遊ぶであります」
「朝食と昼食を食べたでしょう。我が家のタダ飯食らいはないないしましょうね」
「ぶー、であります」
しぶしぶ立ち上がり、リリーナ君はクリスティーナ君の前に立ちます。
代わりと言ってはアレですが、冷風の術式をリリーナ君に纏わせました。
これで日中に動いても大丈夫でしょう。
自由になったので今度はマッフル君が相手です。
今も教本を親の仇のように睨んだまま、動きもしません。
一番、成績の悪い術学の復習です。
「ところで先生さ、さっきリリーナに言ってたの。かなりキモい」
マジで凹みました。
騎士オルナの一撃以上の切れ味でした。ちょーいてぇです。
「……源素のそれぞれの特徴や性質は基本です。一つ一つ、押さえていきましょう。とりあえずマッフル君は赤の適性に黄色のサブ適性がありましたね。まずはそこを中心に覚えていきましょうか」
それでも我慢して勉強を教える自分は教師の鑑だと思います。
夕方まで生徒の面倒を見れば、ようやく解放されます。
通常業務だとここからが雑務になります。この時点で残業がないだけマシでしょう。
帰り際には生徒たちが言われずとも簡易テーブルやコップを片付けて帰りました。
いつの間にか散らかした物を片付ける取り決めができていたことに驚いたくらいです。生徒たちの間で話し合いでもあったのでしょうか?
夕陽と共に帰っていく生徒たちを見送りながら、考えていたら後ろから窓が開く音がしました。
「休日まで教鞭を執るとは勤勉なことだな」
窓枠にしなだれたシャルティア先生が声をかけてきました。
ラフなチュニックに身を包んだシャルティア先生は涼しげで快適そうです。
「エリエスが作った室温器のおかげで快適ではあるが、このままだと私は出不精になってしまうな」
なくなったと思っていたエリエス君式室温器はシャルティア先生が回収していたようです。
「そう睨むな。ちゃんと予算から代金を出してやる」
当然、エリエス君式室温器の代金はシャルティア先生が出すんでしょうね?
「しかし、あれほどボコボコと打楽器のように殴っているわりによく懐いているな。私ならゴメンだ」
「そのうち七不思議の一つに数えられますよ」
「七不思議? なんだそれは」
「ある程度、若い人間が揃うと理屈で説明できる事象でも想像力を働かせ、どうしても妙な話に変えてしまうことがあります。ようするにゴシップですね。それの学園版だと思ってもらえたらわかりやすいですよ」
「そういえば王都にもあったな。けしからん不条理な話が」
怪談を目の敵にしているシャルティア先生らしい言葉でした。
「王都の水路の奥で闇バザーが開かれているだの、王の隠された私兵や大橋で結ばれたものは永遠に幸せになるだの、郊外では【戦術級】の爆発が自然発生するだの、まったくありえんことばかりだ」
すみません。
その一つは自分です。
王都の七不思議にも自分が関係していると知って、鬱々としてきました。
「しかし、このまま談笑するのも色気のない話だ。いつかの続きをするか」
そう言って手に持って見せたワイングラス。
ピンと来ました。
まだ開園してすぐの頃です。
マッフル君の秘密特訓を偶然、目撃した時も自分とシャルティア先生はワイングラスを持っていました。
あの立ち飲み会の続き……、となると今度こそ湖に連れていけ、ということでしょう。
今なら北の湖の方が景観が良いとわかっているので、連れていけば満足してもらえるでしょう。
「あの時みたいな月なら良かったのだが、それ以上にな」
「そうですね。残念ながら暇がないようです」
「迂闊な約束をするからだ。警戒心が足りんぞ」
シャルティア先生の目線を追えば、そこにはメイドの姿がありました。
レギィのメイド、プルミエールです。
嫌々ながら接してます、と低い唸り声をあげていました。
せめて隠してください。
レギィに【適性判断】の依頼した時、依頼料代わりに人員を要求しました。
自分が手伝ったので約束は果たしたと思ったのです。
誰だってそう思うでしょう?
しかし、その約束を思い出してみましょう。
『期限は?』
『来週一杯はどうでしょう』
シャルティア先生の言うとおり、迂闊でした。
来週、つまり今日までレギィの『人員の要求』に応じなくてはならなくなったのです。
その指摘を当人のレギィからされた時は唖然としました。
次に浮かんだ言葉は『してやられた』でした。
もちろん【健康診断】と【適性判断】の時だけという話だったと言っても聞きません。
「ヨシュアンは嫌ですか? 私との約束……」
自分が約束を破りたくない人間だと知っての所業です。
その日からレギィは特権を活かして、何度となく夕食に誘ってきました。
拒否権はもちろん、ありません。
さすがに本気で忙しい時や生徒を優先すべき時は誘わない辺り、レギィの思慮が見え隠れしています。
どちらかというと戦略でしょうか?
頭の痛い話です。
それも今日で終わり。
勤め終えた炭鉱夫の気分とはまさにこんな気分なのでしょうか。
解放感だけがやけにあります。
そして、今回もプルミエールが誘い人というわけです。
プルミエールも災難ですね。
「また今度、埋め合わせします」
「期待せずに待ってるさ」
シャルティア先生は肩をすくめて、自分を見送っていました。
揺れたワイングラスが少し残念そうに見えたのは気のせいでしょうか。
きっと呆れているのかもしれません。
どちらにしても酒の肴にしているのでしょうけど。
自分が来るまで待っていたプルミエールは十分な距離まで近づくと背を向けました。
いつもどおり『黙ってついてこい』という意思表示でしょう。
さて、プルミエールが何故、自分を嫌うのか。
間違いなくレギィが関係しています。
プルミエールからすればレギィは恩人――それ以上の感情を持っている様子が見て取れます。
忠誠、あるいは信仰。
恋慕の可能性は否定しないでおきましょう。
少なくとも近しい感情です。
ともあれ並々ならない感情を抱き、レギィを盲信しています。
そのレギィは自分に対して恋愛感情を抱いています。
並べて考えれば簡単です。
レギィの特別である自分が妬ましい。
そんな感情でしょう。
プルミエールは14歳。
生徒たちと同じくらいであるのに生徒たち以上に幼い言動が見られます。
虐げられていた過去から推測すれば、心がまだ未発達なのでしょう。
水がなくても育つ植物だとしても、水は必要だということです。
そんな未熟な、悪感情を持たれていようとも未発達な者を導くのは大人の、そして教師の仕事です。
憎まれて、疎まれてなんぼのお仕事なんです。
面倒ではありますがその頑なな心の扉を開いてみせましょう。
「毎回、大変ですねプルミエール君」
「うるさい、喋るな」
心の扉には取手がありませんでした。
まさか喋ってすぐ拒否されるとは思いませんでした。
考え直せばプルミエールの教育はレギィの仕事です。
自分の仕事は学園生徒の教育であって、メイドの心を開くことではありません。
それにこれ以上、仕事を増やす暇もありません。
しばらく何も言わずに後をついていくと、急にプルミエールが立ち止まりました。
まだ【貴賓館】まで少しあります。
「どうして……」
何故か震えだしたプルミエールの吐き出すような声。
「どうして、オマエなんかをレギン様は――」
低い唸り声と共にゆっくりと振り向くプルミエールの目には殺意がこもっていました。
今、この場で殺してやりたい。
そんな顔です。
若い殺気はとりあえず流して、問われたことを考えましょう。
レギィがどうして自分にあぁまで執着するのか。
生きる希望を奪ったからと考えるのが自然です。
どっちにしても黒色野郎を殺したら、その時点で生きるつもりもありませんでした。
奪うというよりも延期されたという考え方もできるのですけどね。
その考え方を推し進めるとレギィは『生きる希望』を奪うことで『死ぬ希望』も奪ったともとれます。
感謝は必要ないでしょう。
ただし気に病む必要もない。
と言っても聞きはしないでしょう。
レギィがどう思っているのかはレギィしか知りません。
「その問いには答えられそうにありませんね。結構、長い付き合いなのですが……」
答えたら殺意が激しくなりました。
その燃えやすい導火線は最近のティーンズの流行りですか?
クリスティーナ君とマッフル君が標準装備です。
睨みつけてくるだけで動かないプルミエール。
早く動いてもらわないと意味なくレギィに何か言われるんですが。
仕方ないのでギリギリと歯ぎしりまでし始めたプルミエールを放置して、自分は足を進めました。
「オマエなんか弱っちいくせに!」
何かを突きつけるように叫ぶプルミエール。
しかし、叫んだところで何かが変わるわけではありません。
叫びを形にしない限り、理解の差は埋まりません。
何故ならプルミエールの痛みを自分は想像するしかできないからです。
理解させたいと願うのならプルミエールも理解しなければならないのです。
つまり、いくら自分が譲歩してもプルミエール自身が譲歩に気づかず叫んでいるようだと話になりません。
形にするのならプルミエールは己自身の感情を制御しなければなりません。
そして、納得できる形で片付けないと、いつか大怪我では済まなくなりますよ自分のように。
【貴賓館】につけば以前と同じように老メイドさんが案内してくれます。
食堂で待っているレギィと食事しながら、たわいもない会話。
終われば物欲しそうなレギィに気づかないふりして帰るだけです。
できればリィティカ先生とこんな食事をしてみたいのですが、未だ二人っきりの食事すらできていない有様です。
帰り道でどうしたものかと考えながら歩いていると、誰かの視線を感じます。
自分が止まれば相手も止まるところを考えると明らかに自分が狙いです。
だけではなく、殺意も漏れてきています。
しかし、手出しはしないつもりのようで、ずっと一定間隔を空けたままです。
「またですか」
ここ最近、【貴賓館】からの帰りはずっと見えない誰かさんに狙われています。
というか、どう考えてもプルミエールです。
老メイドさんからは裏も取っているので間違いありません。
さて、襲ってきた場合はどうしましょうか?
また頭の痛い問題が一つ、増えたようです。




