術式と呼ばれるもの
六本の大理石がヘキサグラムを描くように建てられた空間、【野外儀式場】。
たとえ源素を見ることが出来ない人でも、ここの空気が違うことくらい理解できるだろう。
自然にはありえない形、巨大な建造物を間近で見た人みたいな感覚を受けるのではないだろうか?
今日も今日とて自分の前に生徒たち。
古着の上に動きやすいキャロットパンツを合わせたマッフル君。なかなかベーシックなスタイルです。
スラリとした上下にフリルをふんだんに取り入れたオリジナルデザインだろう服を着たクリスティーナ君。君にはフリルを無くすという発想はないんですか?
意外と色彩鮮やかなのはセロ君。ピンクのストライプ柄の上に黄色いスカートでオーソドックスな服装。でも目が痛いです。
水色のフード付きワンピースを着て、微動だにしないエリエス君。生きてますか?
ボロを何枚も重ねて縫い合わせた服? 形状は半袖に長ズボンのリリーナ君。素材はともかく、そういう格好が似合うのは背が高いからですね。
ファッションチェックしてる場合じゃなかった。
というか君ら、体育の時も思っていましたが、運動する気ありますか?
ちゃんとスカートの子は下に短めのズボンを着るなどしてガードしているようですが、そこまでしてこだわりたいですかそうですか。
同じような服を何着も持っている自分を見習って欲しい。
ちなみにこだわるポイントは似たような服でも同じものがない、ということです。
さすがにアレです。曜日感覚で色々服を変えられると先生、その度に感想を抱かなきゃいけないので即刻、体操服の導入も急ぎましょう。
幸い服飾関係にツテもありますし、許可が降り次第、手紙で連絡してみようと思います。
「では予告していたように、今まで教えた復習を兼ねたテストをします」
ブーイングが飛んでくる。
さて。最近、気づいてきましたがエリエス君とセロ君もブーイングしてる。しかし、この二人、性格上、そういうことをしません。エリエス君はそういうのを路傍の石のように見つめるし、セロ君は人を貶めるようなことをする子ではありません。
なのに、ちゃんとブーイングの波に乗っている。
友達がやってるからやってる系のノリなんでしょうね。クラス仲がよろしくて結構です。ちゃっかりノリいいんだよなー、こいつら。汚染源は間違いなく我がクラスの問題児二人です。
「そうですか。そこまで期待されたのなら全員がテストに正解するまで実践は無しにしましょう」
「横暴だ!」
「そうまでして基礎ばかり! 体育のときといい、一体、何がしたいんですの!」
「ぁの……」
「そろそろ次の段階に行きたいのは同意します」
「そんなことよりおうどん食べたいであります」
オチをつけようとしないの、リリーナ君。
「基礎が出来ない者に応用など出来はしません!」
「言い切った!?」
「戦場で頼れるのは攻撃でもない防御でもない、着実に繰り返した訓練でもなく、実はどんな劣悪な状況でも万全な体調管理ができるということこそがもっとも頼れるのです」
「時々、先生の人生がどんなものか想像してできないことがありますわ」
ジト目な生徒たちの視線を受け流す訓練が必要そうです。
「テストって言われたって、ここ屋外じゃん」
「屋外でテストできないと思っている人は柔軟性が足りません。術式は柔軟性も求められます」
「……むぅー」
マッフル君がむくれてしまった。
何かおかしなことでも言っただろうか?
「テストというのが今まで紙とペンだけだったせいで先入観があったのは確かですね。言ってしまえばテストを構成する要素は、質問と解答の二つだけです。口頭でテストしてはいけない理由は何もないのです」
テスト作るのが面倒だったから、なんて言いませんよ、えぇ。
ちょっとオシオキ用の術式具にかまけていたら、テスト用紙つくり忘れたとか、そんなオチもありません。
ちょっと威力高すぎたんだよなぁ、アレ。
「では問題です。術式を構成する4つの要素を答えなさい」
この問題は誰にしようか。挙手は無視して全員当てていこう。
「では……、あぁ、ちょっとまったサイコロでも振りましょうか。えーっと、三番だからセロ君ですね」
「へぅ!? あ、え、えーっと……、源素、術陣、術韻……」
ハラハラするように生徒たちがセロ君を見つめています。
心なしかクラスの連中はセロ君に甘い。自分もですが。
「『術式』です!」
「はい。正解」
ホッと息をつくセロ君。
生徒たちのハラハラ具合がこっちにも伝わってきそうです。もっともハラハラさせている原因は自分ですが。
「ではこの四つの説明をしてもらいましょうか。ではまたサイコロで……、その次くらいは気分で当てていきましょうか。なお問題は後に行くほど難しくなっていく仕様です」
ひっそりと生徒たちを絶望させていきます。
「5番、リリーナ君です」
「源素は術陣を書く絵の具の役割、術陣は源素の力を固定する絵筆の役割、術韻は術陣を発動させるために声を媒体とした絵描きの腕の役割、術式はそれら全ての総称であり、同時に全ての起動をつつがなく行うためのキャンパスの役割であります」
おそろしく精度の高い正解にちょっと驚きました。
まるで教科書通りじゃないか……、ん~? 教科書通り?
「丸暗記ですか?」
目を逸らすな、不可思議生命体。
「まぁ、いいでしょう正解です。とはいえ、よく暗記してきました次は無いと思え」
褒めると同時にプレッシャーを与える自分は紛れも無く、畜生の類です。
「では、リリーナ君の答えですが術式一般の基本的な考え方です。術式は二つのイメージがあり、一つはリリーナ君の答えたもの。もう一つは音楽に例えたものです。さて、この二つの正式名称を答えなさい」
あと三人ですが、サイコロ使うと二分の一、無意味に振ったところで時間の無駄です。
なので、次は指名制を導入、ということです。
さてさて、この辺はクリスティーナ君にやらせてみようか。
「ではクリスティーナ君」
「ふふん。ずいぶんと優しい問題に当たってしまったようですわね」
うわぁ、自分からハードル上げてきたぞ。こいつ真性のマゾか?
「リリーナさんのおっしゃった術式名称は『カルナガラン方式』、これは古の術式師にして術式という技法を生み出した最古の偉人ウーヴァーン・カルナガランが残したものですわ。今日でも良く使われているものであり、もっとも術式を安定させた精度を誇りますの。一方は近代に入り、精度よりも威力を重視した術式法が開発されますわ。これは稀代の天才にしてウーヴァーンの再来と謳われた天才術式師ゲリング・スクリングラが作り出した方式、術式名称は『サートール方式』。以上でよろしくて?」
「無駄に長い説明ありがとうクリスティーナ君。満点です」
「……素直に褒めたらどうなんですの?」
褒められ貶されしているせいか、妙にげんなりした顔をしているクリスティーナ君。
君たちは褒めると晴天の向こう側まで突っ走るでしょうが。日頃の自己観察力が足りてないですよ。
「一応、補足説明として『カルナガラン方式』は四構成式に対して、『サートール方式』は三構成式です。よく絵に例えられる『カルナガラン方式』に対して、『サートール方式』は音楽、メロディ、ハーモニー、リズムの三種で構成されています。まぁ、難易度は言わずもがなでしょうね」
『サートール方式』は難しいが、慣れると『カルナガラン方式』では出せない高出力をはじき出すので、完全に玄人向けだなぁ。
「一年でそこまで行けるかどうか知りませんが、ゆくゆくは『サートール方式』を使えるようにはなって欲しいですね。では次は……、安定のエリエス君」
「はい」
さて。何の心配もないなー。面白くない。
いや、ここで面白味を求めたらロクなことにならん。注意しろ自分。
「『カルナガラン方式』についてです」
パチン、と指を鳴らす。
それと同時に自分の『眼』には緑属性の力が満ちてくるのがわかる。
儀式場のシステムに介在して、緑属性を強くしてみました。
この中で一瞬驚いたのは……、リリーナ君か。
この子、眼持ちだな。まぁ、エルフだから眼持ちも多いし、緑属性に愛されてる種族だから見えてもおかしくないか。
生徒たちも空気が変わったことに、そわそわし始める。
「今から君たちには面白い体験をしてもらいます」
自分の周囲に一瞬にして膨大な陣を描く。
流しこむ源素は緑と白と補助に黒、それに青も加えて……、面倒だなぁ。
「ゴルウォル・テラ・トノクレオス・コタブラム」
瞬間、巻き起こったのは生徒たちの短い悲鳴。光の渦に飲みこまれた驚きだろう。
だが、すぐに目を開いて、先と違う光景に見惚れ始める。
それは周囲に緑の珠が揺らめく幻想的な光景だろう。
今、自分が見ている光景と同じものだ。
「六詠唱……、干渉の儀式術式……」
ポツリと呟いたエリエス君の言葉を理解できたのは、やっぱりクリスティーナ君だけだったようだ。
この二人、術式だけならツートップ張れるレベルだからなぁ。
若干、エリエス君のほうが上手かな? そのうち模擬戦とかしたら結果として見えてきてしまうだろうが。
「なにこれ、な、先生、何したの?」
さすがに術式に慣れてきたマッフル君でもコレは予想外だったのだろう。
「折檻じゃなかったの、さっきの」
さすがに術式に慣れてきてしまったのか言うことが予想外でした。
折檻に術式使いすぎましたね、ごめん。でも口に出したりしないからね。省みることもしません。教師に逃走はありません。
「簡単に言うと、『眼』を少しだけ貸してあげる術式でしょうね」
この陣の中に居る限り、『眼』持ちじゃなくっても源素が見れるようになる術式です。
「すごぉい……」
セロ君なんて目がキラキラしてますよ。親猫の傍にいる子猫の瞳ですよ。
「では問題に入ります」
というと、生徒たちはぎょっとする。
この光景を前に普通に授業をするあたりに驚いてるんだろうなぁ……、地獄の窯の中だって必要とあればレッスンしますよ自分。
「術陣についてです。術陣が絵筆の役割を持つとされますが、実際の図形を元にこの陣の意味を答えなさい」
自分はもう一つの陣を手のひらに生み出します。
寄ってきた緑の珠が、うにょりと伸びて、円を作り、文字を生み出す。
自分は一瞬で構成してしまう陣だが、のんびりやれば、ほらこのとおり。奇っ怪な光景の出来上がりです。
できた形は古の魔法使いが使うような六芒星を中心として円を描いた、よくあるタイプの陣。
それをじっくり眺めていたエリエス君は、やがて頬を紅潮させて……、紅潮させて?
「……六芒星は守護の形、円は補強を意味し、文字列はそれぞれの陣の強度を上げています。陣の内容は『守護』。防御結界の基礎ともなる陣です」
エリエス君、ちかい、近い、ちかいちかい。
どこまで近づいてくるんだ離れなさい!
なおも近づいてくるエリエス君の頭に手を押しつけて、接近を阻む。
何? デレたの? それとも見たことない光景にテンション上がってるの?
なんだか様子のおかしいエリエス君が怖すぎる。
「……失礼しました。興味深すぎて、我を」
忘れてたのね。
「ともかく、正解です」
探究心が強いところがあるからねエリエス君は。最初からそうでした。
なおも陣を凝視するエリエス君は放置して、最後の難関は当然。
「では最後の問題。一番、難しい問題ですねマッフル君」
「なんで最後にしたんだよー!」
もちろん、この前の術式の授業で君が一番、成績が悪かったからです。
先生、出来ない子ほどスパルタですよ? いつかのセロ君の特別授業みたいに。
とはいえ、そんなことも言う必要がない。無駄にやる気を殺いでも意味ないしね。
「運が悪かったのでしょう」
「絶対、先生のせいだし」
さもありなん。
「では問おう。我が学びの使徒マッフル・グランハザードよ」
「なんでそんな大物ちっくに」
気分です、えぇ、まったくの気分ですから。
「君は術式を使って何をしたい?」
「え?」
難問がくると思って身構えていたマッフル君が、目を白黒させる。
「君はそのうち、術式を使えるようになります。使えないなんてことは絶対にない。なぜなら先生はマッフル君が死んでも術式を使えるようにするからです」
「えー……、それ、喜んでいいの?」
「だからこその問いです。術式という『人を殺すことができる』ものを何に使い、何をしようとしているのか」
ぎょっとしたマッフル君。
そう。術式は危険だ。
自分は生徒たちに術式を教えるに至って、ずっと考えてきたことを語りかける。
これだけは絶対に、生徒たちに伝えなければならない。
「子供に包丁を持たして危なくないと言える人はいますか? その子が家でずっと料理のお手伝いをしていたとしても、絶対に怪我をしないともいえますか? 君たちは例えの子よりはちゃんと物を知っていますし、分別がつく……、ついてますよね?」
「そこで言い淀まないでよー!」
「今までのことを思い出すとちょっと不安になっただけですよ。ともあれ、ちゃんと『包丁が危ない』という認識くらいあるでしょう。術式にも同じことがいえます。しかし、術を使わない人間や、あまり術式に接点のない人に『術式が危ないもの』だとわかるでしょうか?」
ざらりと生徒たちを眺める。
「術式は人を殺せる。その重さを。包丁のように、剣のように、ナイフのように、弓矢、槍、クラブ、この世のありとあらゆる武器と同じものだと知りなさい」
心も身体も未熟な彼女たちに、自分は武器を与えるようなことをするのだ。
慎重にもなりますよ。
「そのうえで問います。君は術式を使って何をしたい?」
「え……、そりゃぁ……」
マッフル君が居心地悪そうに身じろぎする。
「術式使えると便利じゃん。夜間の商道で使えば道が見えるし、術式ランプだけじゃ心許ないときだってあるし、水が出せたら無理して川べりに寄る必要もないし……」
マッフル君が思い出しているのは商人としてグランハザードに連れられた時のことなのだろう。
マッフル君の言わんとしていることはわかる。旅をしていると道具が嵩張る。荷物が重たくなればなるほど体力がいる。だから術式が使えることで荷を減らせるのならそうすべきだ。
「もしも術式が使えたら、もっと楽だったなって思ったことがあったから」
「それがマッフル君の答えですか?」
「……うん」
正解かどうか伺うような視線。
しかし、自分はこれに答えない。
「では、実践の授業を始めましょう」
「ちょっ! 正解か不正解かどうかくらい答えてよ!」
「マッフル君が正解だと思うのなら、正解です。もしも不十分だったと思うのなら、不正解です」
「いや、そんなの問題でもなんでもないじゃん。教えてくれなきゃわかんないし」
だろうね。しかし、こればかりは先生は何も答えられないんですよ
「そういう問題なのです。もしも、さっきの答えが自分でも不十分だったと思うのなら、また答えを聞きましょう」
術式を使って何を成すのか。
それは個人によって違うし、やり方も様々だろう。
正しいと思ったことが間違っていることだって、ある。
間違っていたと思っていたことが正解だったときの、あの肩透かし感を覚えることもあるだろう。
正解のない問題ばかりの世界です。
今はきっとピンとこないだろう。
いつか後悔してしまう、その時まで実感なんてわかない。
だから、自分は先に伝えておかねばならない。
術式というものの、重さと怖さと、不確かさを。
「今日、皆にやってもらう術式はフロウ・プリムです。基礎の方式は教えているので後は実践のみです」
マッフル君の揺れる視線なんて気にせず、授業を進める。
しかし、まるで自分がマッフル君をいじめているように見えるこの居心地の悪さはなんなんだろうね?
ちょっとやり方を間違えたか? いやいや、こればっかりは本当にどうしようもないからなぁ……、たとえ嫌われるようなことになっても、ぐぐぐ……。
内心、身悶えしながら、各々の場所に散っていく生徒を見守るのだった。




