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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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三すくみは突然に

 【教養実習室】から生徒たちが退室していくのを眺めながら、アレフレットは資料を回収し、自分は黒板に書いた絵を消していました。

 ヘグマントとピットラット先生は生徒の誘導をお願いしました。


 出て行く生徒たちを見ていると、妙に連帯感みたいなものを見せているような気がします。

 秘密の共有というのは仲間意識を芽生えさせやすいものですが、これも似たような心境なんでしょうか?


「ずいぶん高度な医学まで知っているんだな」


 アレフレットがボソリと言いました。


「そうですか? 医学というほどのことでもないでしょう。そういうことをした事があるのなら当然、知っているものでしょう」

「いや、梅毒や淋病についてだ」


 淋病は、尿道が炎症を起こす病気ですがその病気の感染ルートは性交の他に出産時や触れた手からの感染例もあるそうです。

 かなり感染力の強い病気ですね。


 しかも尿道だけではなく、血液内部の流れに乗ってしまえば内臓全てが炎症の対象です。普通に死にますね。


「梅毒はまぁ、わかる。娼婦に多い病気となればソレが原因だろう。だがお前の言った淋病――尿漏病は原因がまだわからないはずだろ。まるで性行為が原因のような言い方をしていたな」


 資料集めをしていただけあって、詳しいですね。


「前にも言ったと思いますが自分の故郷はリスリアより『少し進んでいる』んですよ。義務教育が進んでそれなりになりますしね。有知識者が多ければ医学もそれなりに進みますし、基本学問に取り入れられてもおかしくないでしょう?」

「それにしたって、知りすぎだ。お前は一体、なんなんだ?」


 ずいぶん哲学的な問いですね。

 いえ、ただ素性を聞いているだけでしょうが。


「いや、いい。どうせ何も言えないんだろう? だったらせいぜい、僕の出世の足がかりになれ」

「嫌です」

「嫌だろうけどハッキリ言い返すな! これだからお前というヤツは!」


 最初に変なことを言ったくせに、怒りながら素早く資料をまとめて出て行きました。

 一枚、ひらりと落ちた資料の羊皮紙を拾い、自分も出ていくことにしました。


 一応、自分を取り巻く嘘設定は効果を発揮しているようですが、それでも疑問点が全てなくなるわけではないようです。

 アレフレットがこうして疑問を抱えているのなら、当然、シャルティア先生も不思議に思っている部分があるはずです。


 ただ、シャルティア先生は言わないでしょうね、そういうことを。

 だからこそ怖い。


 もう少し慎重になるべきです。

 まだ先は長く、【試練】は間近です。


 職員室に戻り、資料をアレフレットの机に置くとすぐに【大食堂】へ行きます。


「ヨシュアン様、お供する」

「……もう慣れたからいいんですけどね?」


 さりげなくお弁当をもって、自分の左隣をキープするシェスタさん。

 お弁当があるなら【大食堂】で食べなくていいじゃないですか、と言いたいところでしょう?


 すでに言いました。

 でも聞いてくれません。


 さすがアダマンタイト製は動じませんね。


 中庭を通ればすぐに【大食堂】ですから何も起きなくていいですけどね。ははっ!

 こんな短い道のりで一体、何が起こるっていうんですか、まったく。

 さっきのアレフレットの台詞のせいで少し警戒心が強くなってしまったせいですかね。


 普通にしていればいいんです、えぇ。

 ごくごく普通の謎の多い教師くらいの立場をキープしながら、無事に『義務教育計画』を成功に導けばいいんですから。


「ヨシュアン、今から食事だそうですが一緒に――」


 プルミエールを伴って、レギィが【大食堂】の前で待ち構えていました。


「――一緒にどうですか? ところで、そちらの方は?」

「学園事務を担当するシェスタ・ジェンカ」

「シェスタさん、ですか。わかりました」


 ちょー笑顔なんですけど、レギィさん。


 対するシェスタさんはいつもの茫洋とした顔のままでした。


 レギィはまた源素を集めているようですがどうやらシェスタさんはレギィの源素には影響されないタイプのようですね。

 術式師として内源素操作くらいしているでしょうし、抗術式能力は高いと思います。


「そして、ヨシュアン様の愛人」

「な――ッ!?」


 こっちを見ないでくださいね、レギィ。


「これはどういうことですか? ヨシュアン。愛人なんて話は一度も聞いたことはありません」

「でしょうね。自分も初耳です」


 するとシェスタさんは舌を小さく出していました。


「……嘘ぴょん」

「シェスタさん。ついて良い嘘とそうでない嘘があることくらい、その歳なら判断がついていてもおかしくないでしょう。それなのに紹介の場で偽りを口にするなんて、そんな」

「妻になるから愛人ではない」


 だからレギィ、こっち見るな。

 何度もシェスタさんと自分を交互に見ています。


 あぁ、こんな感じのおもちゃ、どこかにありましたね。


「つつつつ、妻? そんなことは『もっとも親しい』私でも聞いたことがありません! また嘘ですか! 言った傍から嘘をつくなんて一体、どういうことなんですか」


 さりげなくレギィも親しいアピールしないでくださいね。


「別に嘘じゃない」

「嘘です。ヨシュアンも知らないと言ってます」


 言ってませんが、まぁ、同意見なので何も言わないでおきましょう。


「妻になる。でも愛人でもいい。同じ場所にそっと寄り添うのが愛」

「……なるほど、よくわかりました。ですが愛人などという不貞の関係を一神官として、そしてヨシュアンの親しい者として許すわけにはいきません。私にはヨシュアンを幸いへと導く大きな使命があります。愛人などという爛れた関係をヨシュアンに持たせるわけにはいきません」

「あさましい」

「な――ッ!」

「貴方の言葉はヨシュアン様の想いを勝手に解釈して押し付けている。代弁と押しつけばかり。愛の形は人によって様々なのに勝手に決め付けて、ヨシュアン様を型にはめようとしている。それはもう愛じゃない。それに否定ばかり」

「貴方も私の心を勝手に否定しているではありませんか? 私が、私の言葉がどうして愛していない証拠になりますか。貴方こそその爛れた恋愛観を即刻、正すべきです」

「そんなの関係ない」


 この辺りまで聞いていましたが正直、時間も有限ですのでさっさと【大食堂】の中に入りました。

 もちろん、二人とプルミエールは置き去りです。


「レギン様を悪く言うなー!?」


 と、いきなり大声が聞こえたのでプルミエールも口論に参戦したようですね。

 相変わらずのレギィ好きのようです。


 さて、さっさと適当なイスに座ってしまいましょう。

 いい加減、お腹も空きました。


「よーぅ! オレの【恋人(ロメオ)】!」


 メルサラが手を振ってこちらをガン見していたので、笑顔で手で挨拶し、メルサラから一番遠いイスを選びました。


「おいおいおいおい! テメェ、このオレが呼んでやってんだからここに座われっつーの!」

「なんでメルサラまでこんなところにいるんですか?」

「ここが食堂じゃなく個人浴場に見えんのかよ? 腹減ったら食堂にいんのは当たり前だろうが。そういやよー、ズッコンバッコンいわしてりゃぁ腹へるんだけどよ、あぁした店はメシ出してくんねーよな! たっけー場代払ってんのによぅ、食事のサービスくらいつけりゃいいのによ」

「生徒もいるので現在の風俗事情を説明しないでください」


 この女を黙らせるには一緒に座るしかないようです。


 性教育したばかりなんですよ。

 かなりデリケートな状態なんですよ。


 この女は……。

 しかも、メルサラはかなり性に奔放ですからね。

 お気に入りの女の子くらいすぐに連れ込もうとします。


 男性経験? まぁ、あるでしょうメルサラなら。


「ったく、よーぅ。テメェもいつまでも恥ずかしがってんじゃねぇよ! くっだらねーこと気にする前にオレが抱いて」

「メルサラ、あーん」


 素早く木のフォークを取って、ノーモーションで突き出しました。


「ほーぅ、かっけぇことふんじゃねぇは」


 ちっ! 歯で止めやがった。


 挙句、バリバリと木のフォークを噛み砕いて、ペッと吐き出しました。


「ちゃんと床、片付けてくださいね」

「うるせぇよ。んなもん清掃のババアがやんだろ」


 行儀の悪い話です。


「ヨシュアン。今、メルサラさんに何をしました?」


 メルサラに気を遣っていたせいで、警戒心がゼロでしたちくしょう!

 背後にはものっそい笑顔のレギィと、何故か人差し指を唇に当てているシェスタさんがいました。


「あーん、してた」

「チッ! ヨシュアン、テメェ……、いらねぇのまで連れてきやがったな」


 間違いなく自分のせいではありません。


「お久しぶりですね、メルサラさん。姿が見えないので心配していました」

「あぁん? しゃしゃってんじゃねぇぞ白いの。テメェ見てると傭兵団のババア共、思い出すんだよ」


 あー、確か傭兵団でできた子は傭兵団で囲っている女性や娼婦などに育てられるんでしたっけ。

 一種の共同体ですからね、傭兵団は。


 しかも時々、小さな村を襲って女性を捕まえてきたりします。

 他にも娼館と契約したり、まぁ、ある程度、団の規模が大きい場合、女性を囲うことも珍しくありませんし、そんな環境なら当然、子供なんかポコポコ生まれるでしょう。


 避妊なんか知らない人ばかりですからね、男性も女性も。


 メルサラが傭兵団生まれだとは聞いてましたが、目の前で言われたのは初めてです。


「ヨシュアン様、先に行かないで」

「口論しているからです」

「今のは行かないでとイかないをかけ」

「聞きたくないので黙ってもらえます?」


 猥談しかしないのか、リーングラードの大人女性陣は。

 リィティカ先生? いいえ、女神です。ですから除外ですね。


 すっとシェスタさんは自分の隣に座りました。


「あ……」


 それを見たレギィはものすごく悲しそうな顔をしました。


 真正面はメルサラで隣がシェスタさんだと、必然、斜め前しかレギィの席はありません。

 渋々とレギィはメルサラの隣に座りました。

 おかげでメルサラの機嫌はかなり悪いですね。

 一方、シェスタさんは無感動でしたがかなり軽快な手つきでお弁当を広げています。


「これは仕方なくです、ヨシュアン。わかりますね?」


 いいえ、全然?

 何を言っているのかわかりません。


 レギィもイス一つに大げさですね。


 メルサラを見てください。

 自分中心な生き物ですからイスなんて座れたらどこでもいいのでしょう。


 今だって隣のレギィを無視する方向でさっさとスプーンで肉を突き刺し始めましたよ。

 フォークを使え……、と言いそうになって、フォークがないのは自分のせいだったことに気づきました。


「メルサラ。自分のフォークを使ってくだ」

「プルミエール! 今すぐメルサラさんのフォークを取ってきなさい」


 言われ、ずっと自分とシェスタさんを威嚇していたプルミエールが飛び出していきました。

 というか最後まで喋らせてください。


「ところでヨシュアン、どうして先に行くのですか。ちゃんと私は待っていたのですよ」

「本当にわからないようでしたら、怒りますよ?」


 【大食堂】の前で口論なんて始めたら、他の利用客の邪魔でしょうが。


「それはわかっています。しかし、それはヨシュアンがちゃんとハッキリ口にすれば済む話です」

「何を?」

「もちろん、私とシェスタさん、どちらが好――ではなく、どちらの言い分が正しいかです」

「どちらも悪い、以上」


 レギィもまさか悪いと言われるとは思っていなかったようで、面食らっていました。


「レギン様は悪くない!」


 帰ってきたプルミエールが叫びました。


「あ゛?」


 その声が勘に触ったようでメルサラがプルミエールを睨みつけました。

 眼光に気圧されて一瞬で尻尾を丸めましたよ。そのまま二歩三歩と後ろに逃げました。


「なんだ言いたいことがあんなら言えよ」

「うぅ……」

「よく見ればイイ身体してんじゃねぇか……さらっちまうぞ! あぁ!」

「ひぅ!?」


 無意味にヴェーア種を虐げないでください。


 プルミエールは怯えてレギィの後ろに隠れたのですが、隠れきれていません。

 メルサラが手を伸ばしたら届く距離です。


「メルサラさん。私のメイドを勝手に恫喝しないでください」

「知らねぇなぁ、そんなに大事なら首輪でもつけて金庫にでも閉じ込めてろよ」

「そんな奴隷を扱うような真似を私にしろと」

「好きにしろよ、白いの。てめぇの性癖なんぞ知らねぇんだよ」


 この二人は相変わらずですね。

 メルサラからすればレギィは非常に鬱陶しい存在ですから、本当は関わりたくないのでしょう。


 今、逃げない理由は先に座っているのにレギィが来たらどこかへいく、という行為をしたくないからでしょう。

 メルサラのプライドに関わるわけですね。


 さて、萎縮してしまったプルミエールも悪いと言えば悪いです。


 相手を選ぶ、というより状況を選んで信仰すべきですね。

 プルミエールも自分を見習うべきです。


 リィティカ先生への熱い信仰心は決して表に出しませんからね。


「ヨシュアン様、あーん」


 ちなみにシェスタさんは、そんな光景すら気にも止めないようです。

 それどころかお弁当の卵焼きをフォークで刺して、食べろと要求する始末。


「お断りします。一応、シェスタさんも悪いんですよ?」

「未熟にも愛を語るから」


 レギィを未熟扱いできる人ってもしかしてシェスタさんだけじゃないでしょうか?


「誰かと張り合おうとしている時点で愛ではない」


 と言いながらも『あ~ん』の体勢から動きません。

 仕方ないのでフォークを奪って、シェスタさんの半開きの口に放り込みました。


「……これも愛」


 さいですか。勝手にしてください。


「わかりました。場を選ばなかった私にも否はあります。ヨシュアンの言うとおり、反省します。ですが、シェスタさんはその誤った愛の形を正す必要があります」

「どうでもいいんですけど、レギィ」

「どうでもよくありません」

「つまり、どうでもいいですね。で、性教育を広める云々について、まだ返事を聞いていませんがもう答えは出ているんじゃないですか?」


 レギィは押し黙ってしまいました。

 あ、ただ拗ねただけですね、これ。


 しかし、仕事の話なのであえて無視しておきましょう。


「午前授業の時間を使って性教育を行ってみました。結果はそうですね、手応えはあったと思います」


 性教育は個人の観点からすれば、生活設計を守り、計画的な子供の出産を助け、性感染症を防ぐ教育でしょう。

 この辺は生徒に授業した内容と変わりません。


 しかし、もう一つの観点は誰も語りません。

 そもそも語る必要のないものです。


「十年後、あるいは二十年後の人口増加に一役買うでしょう。子供の出生率の変化はすぐに現れるものではありませんが、いざ人口増加政策を行おうとした時に成功する下地を作ったことになります」


 レギィも真顔になりましたね。

 為政者としての顔も中々だと思います。


「勝手に増えるものではないですからね、人間も動物も植物も。上から見すぎるとどうしても自然に増えると勘違いしがちですが、こうした教育を行うことで人口のおおまかな制御もできます。もっともそれとなく促す必要はありますがね」


 リスリアに置いて現在、人材は金よりも貴重です。

 どんな豪奢な箱を作っても、中に何もないのでは意味がないのと同じです。


「考えました。性教育、性の分野の学問とする旨。条件次第では賛成です」

「なんだテメェら、溜まってんのか? んん?」

「わからないのなら黙ってなさいメルサラ。で、条件は? まさか結婚しろとは言いませんよね?」

「言いません!」


 怒られてしまいました。

 ちょっとしたジョークだったのに。


「そうやってヨシュアンはいつも私をやきもきさせようとします。一体、私にどうして欲しいのですか?」


 普通にしてください。

 それ以上、何も望みません。


 何も答えない自分を見て、レギィはため息をつきました。


「……条件は一つ、総合的な学問の施設を作ることです」


 これまた妙な条件がつきましたね。


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