教師がSなのはずるい
明日の術式は儀式場を使った授業です。
施設使用の許可こそ出たものの、学園長の一言で自分は今、【野外儀式場】に足を運ぶことになった。
「儀式場が歪んできてるからなんとかしろ、ねぇ?」
肩が凝りそうなイベントに胸がときめくなぁ、おい。
歪む。というのは専門用語です。えぇ。
まず、世界に満ちる力、様々な色を持つ色素、術式の源になる源素が存在する。
これを色源素とか、力素とか色々な言い方こそあれ、何かの力であることにかわりはない。自分は単純に源素と呼んでいます。
この源素は至るところにある。
そこらに浮いてるし、大地の中にもある。
術式師はこのそこらに浮いているよくわからないものを一つ一つ、摘んで『力ある形』に変えていく。
と、まぁ、これが術式の簡単な概要である。
さて、今回、歪む理由となるのは源素の性質の一つが原因である。
源素を代表する固有色、赤、青、黄、緑、黒、白の六つの色。
この色の一つ、あるいは複数をひたすら使い続けると、なんと、その色が集まりやすくなるのです。偏ってくるのです。
問題は集まりやすくなった弊害である。
緑属性ばかり使ってると緑属性ばかり集まりやすくなり、本来、そこには他の属性しかなかったのに緑属性が大量に集まったりします。
すると本来、咲くはずのない花が咲いたり、居るはずのない動物、魔獣が現れるようになる。ちょっとした生態系の狂い、やがては動植物がおかしなメタモルフォーゼを繰り返し、人が住めない場所となる。
もちろん、それは時間が経てば元に戻ろうとする作用が働き、いずれは元の形に戻っていく。
しかし、定期的に術式を使うようなところであればその限りではない。
歪みが進めば進むほど、ある物体が顔を出す。
やがて無色と呼ばれる、どの色にも属さない色が登場しはじめるのだ。
無色といっても、色が無いわけではない。
あるはずなのに、人間には認識できない色になるのだ。
瘴素、あるいは魔素、無色素なんかと呼ばれ、これらは周辺の固有色に結びつき始める。そうなると固有色は汚染され、無色と同じものになる。
さらにこの無色が危ない理由は、人の中にある源素にすら同化し始めるところにある。
体内から生体を狂わされ、悪性の癌みたいな進行速度で病、毒、変異などの症状に陥る。これはかなりヤヴァいもので大量に噴霧してるような場所だと自分でも生命がヤヴァいのである。
術式耐性のない人間が無色にかかってしまえば、あっという間だろうな。
即死性の毒と変わりない。
さて、反対のことを言うようだが、こんなヤヴァいものは滅多に見られない。
というのも、よほどのことでもないかぎり、自然の回復力は強くて粘り強い。人間がわざとその土地の生態系を乱したりしない限り、収まるようになっているのだ。
そう、わざとだ。
この儀式場と呼ばれる場所は、実はわざと源素の循環系を狂わせている。
本来ならこのリーングラードは緑、青属性が多いと言った森林地帯の多くに見られる源素バランスを構成している。人工物もあるので最近は黄属性や赤属性も見られるようになった。
ところがこの儀式場の中だけ、全ての固有色が同じくらいの数をそろえられている。
元々、儀式場は何かの固有色……、例えば赤の術式を使いたいときに故意に赤の源素を増やすといった、源素の偏りを利用した施設なのだ。
メリットはその場所にない固有の色の術式が使いやすい。
そしてデメリットがまさに自分がここに訪れた理由。
人工的に偏らせているせいで、儀式場は非常に源素の偏りが激しい。
放置しすぎたら天然系極悪ガスが発生するようなものだ。
無色のせいで魔獣も増える増える。
あ、だいたい、魔獣は無色の源素が原因でメタモルフォーゼした元・動物です。
というわけで術式師が儀式場を調律しなきゃいけないのです。
「……なのに、これはどうしたことでしょう?」
遠目で、儀式場の前にいる二人の人物を目撃する。
筋肉軍服のヘグマントとインテリ嫌味のアレフレットである。
ツッコミ属性のアレフレットにするかどうかで迷いました。
何やら言い争いをしているように見えるが……、これはチャンスか?
運が良かったら貴族院絡みの話が聞けるかもしれない。
極力、気配を消して、彼らの死角に忍びこむ。
慣れたもんですよ、こういうの。
聞き耳を立てると話の内容が聞こえてくる。
「アレフレット先生。無理なら無理とそう言えば良い」
「違う! 無理と言ってる訳じゃない! ただ時間がかかるって言ってるんだ!」
「だが失敗したのであろう? ならば無理をせず時間をかければいい」
「失敗じゃない! こんな簡単な依頼、できないはずがない!」
激情のアレフレットをヘグマントが宥めている形なのだろう。
んー、依頼? どこから、誰から? もしかして……。
「以前、貴族院の依頼で同じことをしたことがある! あのときは成功した。なら、今回だって」
意外とお早い出現でしたのねキーワードさん。
はい、貴族院、来ました。今すぐ、狙い撃って……、うお、ヘグマントがこっち見やがった。気配消しての狙撃に気づいたのだろうか? さすが軍人だな。
これだと迂闊に攻撃モーションにも入れない。もう、ヘグマントごとやっちゃおうか。
「前回と今回は訳が違う。最新式の術式を使った儀式場だ。やはりここは……」
「くどい! このアレフレットに出来なければ誰ができるっていうんだ!!」
「それは……、ヨシュアン先生なんかはどうだ?」
自分ッスか?
「彼は在野ではあるもののかなりの手練だ。言えばちゃんと力になってくれよう」
「素性もわからないあんな男に頼むなどどうかしている! これは重要なことなんだぞ!」
「むぅ……。だからこそだな」
いやぁ、なんかもう会話がモヤモヤしてるなぁ。
スッパリハッキリ言ってくれよ、ほら、うーん、我慢できん。
半殺しにすりゃ、小鳥のようにピーピー鳴いてくれるだろう。
よし。そうと決まればぶっ殺すか。
「儀式場の歪みなど僕がなんとかするっていってるんだ!!」
地面に熱烈なキスしました。
「誰だ!」
「ん? おや、これはヨシュアン先生じゃないか! こんなところで会うとはちょうど良かった。アレフレットを説得してくれないか?」
あー、あー、あー……、くそう、ちくしょう……。
これみよがしな会話しやがってコノヤロウどもぶっ殺すぞ。地獄の悪魔も真っ青になるような殺し方してやろうか?
「どうした? 妙に殺気だっているが?」
「ヨシュアン・グラム! 盗み聞きとは素性が知れるな!」
青筋が勝手に額に居座っています。どうにかしてください。
「ちなみに聞きますが、どういう話をしていたのですか?」
答え如何によっては殴ります。
「無論、儀式場の歪みについてだ。最近、術式の実践が重なったせいで儀式場がわかるくらいに歪んでいるそうだ。俺は神官どもが使う『眼』とやらが使えないせいで、どの程度なのかわからないが、色素の偏りは肌で感じる」
なんか妙なセンサー持ってやがんな、この軍人。
「ふん! こんな男に神官位が使える『眼』を使えるわけがない。僕は一応、神官位も持っているからな。歪みなんてすぐに調律してやるさ」
んー、『眼』ねぇ。
自分もよく使ってますが、ようするに空中の源素を可視化する技術のこと。
源素は普通の眼では見えない。『眼の術式』と呼ばれる特殊な術式が必要となる。
誰もが習得できるというわけではなく、天性的な才能を必要とするため、この『眼』持ちの多くは術式に携わる職業につく。
神官なんてものはその筆頭だろうな。
「見えますよ?」
「は?」
「源素」
端的に答えてやるとアレフレットのポカンとした顔をする。何それ誘ってんの? 殴っていい合図?
「ふ……、ふん! どうせ一色かそこらだろう? 僕は三色だ」
どうだすごいだろ、というテロップが見えそうです。
三色……、ということは、神官位でも中級以上だな。なかなか優秀だと言える。
天性的な才能があって、通常の訓練を20年受けたとしてようやく三色。そういうレベルで見ればアレフレットは優秀よりも、天才の部類に入るだろう。
「しかし、三色で調律出来なかったというのなら、それ以上でなければいけないのではないのかね?」
「ぐ……!」
アレフレットは痛いところを突かれたような顔をする。
おい、こいつ、ツーカーじゃねぇか。悪巧みできないよ、性格に反して。
「ふん! だとしてもヨシュアン・グラムが三色以下だと調律出来ないってことだろう?」
「六色です」
「……な?」
「だから六色です。固有色全部です」
当たり前です。そもそも術式具元師は様々な術式を見なければならない。
一色見えるだけのただの人間と源素の見えない術式師、どちらがより術式具元師に向いているかと言えば前者に軍配が上がります。余裕のフェイタルKOです。
ましてや自分、術式師の最高峰【タクティクス・ブロンド】ですので、それくらい余裕で見えます。それどころか無色も見えるので七色ですよ? 本当のこと言うと信じてもらえないのでトップシークレットですが。 バカ王からも「言うなよ? 絶対に言うなよ? 言っても可哀想扱いされるだけだぜ? 無色見えるとか魔獣の類だと思われたって知らねぇからな」と念押しされてるし、ねぇ?
ちなみに余談ではあるが【タクティクス・ブロンド】のメンバー全員、当たり前のように六色見えます。
なので、自分的にはどうでもいいことなのだが、アレフレットはそうではなかったようだ。
「う、嘘に決まってる! 六色だと!? そんな、はずがないだろ! 法務院の……、導師のお歴々よりも上だなんて……、そんなの認めないぞ!!」
「六色……、さすがに俺でも信じられんな」
ヘグマントすら信じてくれませんでした。
「まぁ、少なくともここで自分が調律を済ませてしまえば、少なくとも三色以上だという説得力にはなると思いますよ」
あー、もう、面倒くさい。
さっさと調律終わらせて、お風呂入って寝よう。
「そ、そうか! なら早くやってみるんだな!」
うるさいなぁ。顔に失敗しろって書いてあるんだよ煩わしい。
儀式場は六本の大理石が円を描くように地面に突き刺さっている。
その柱のそれぞれに源素を集める術式具が植えられている。これ一本で一生豪遊できるんじゃないか、という規模の金額がかけられていると知っている者はどれくらい居るだろうか? 少なくとも高額である、ということくらい子供でもわかるだろう。
『眼』を開いて、儀式場の中に入る。
空間に浮かぶ緑と赤の光の珠。緑と赤の珠はふわふわと浮いては衝突を繰り返している。
授業で赤属性と緑属性ばかり使ってたんだろうなぁ。この二つは初心者用の属性としてよく猛威を奮ってます。
んー、これだけで調律できなかったというのは自分的には納得できない。
三色で充分なレベル……、お?
「無色? なんでこんなものが混じってるんだ?」
それは色というにはあまりに歪な色をしていた。
色では表現できない、小さな空間が歪んでいるような珠がまるで大気を食らうように蠢いている。
玉虫色のような、シャボン玉のような、虹色の虹彩を放ちながら『何故か自分はそれが色だという認識ができない』。
突然、そこだけが色盲になったみたいな気分だ。気持ち悪い。
確かにこれはアレフレットどころか、この学園の誰にも調律できないだろう。調律する度に無色が邪魔して、他の色が集まってこないのだろう。
「はぁ、無駄に術式を使うなぁ」
普段から無駄使いしている自分が言うな、とクレームでも来そうな台詞だった。
無色を消すだけなら簡単だ。この場で一番少ない青色の源素を集める。
通常、無色の源素はどんな術式でも消せない。
何故なら、無色は全ての色を侵食する悪魔の色だ。
普通の術式を叩きつけても、術式の源素を食らって増幅する。
そう、本来ならば無色を消すのは難しい。本来ならば。
こいつを消す方法は、六色を同じレベルに集めて、全ての色をぶつけるか。
それとも黒の術式による吸収自壊を利用してしまうか。
どちらにしても複数の一流術式師が何時間も儀式して、ようやくできることだろう。
しかし、世の中ってヤツは色々と裏技があるもんだ。
「リオ・ウーラ・プリム」
指先で超々々高速回転し始める青色の源素。
構成する陣は加速を促すものに書き換え、術韻も加速させるものだけを選ぶ。
そのまま射出すると、目にも見ない早さで無色にぶち当たり、青い光をまきちらす。
青色の源素の特殊性。
それは『常軌を超える加速を加えると全ての色素が発生しない空間』を生み出すこと。
そんなもの放てば、ここら一帯が衝撃破で壊滅するけれど、自分が放ったのは青色の源素そのものだ。なんの力も物理的な制約もない。
ただ加速させ、ぶつける。
もちろん、この術式を使える人間は少ない。というよりも使い勝手とコスパが悪すぎて使える人間がいない。
先に述べた二つの方法のほうが一般的だし、コスパの面で見たら優秀なのです。
なんで自分が使ったのか? そんなものは簡単です。
一度、ここを全部、色素の無い状態にしてしまえば『それはある意味、一番調和がとれた』状態になるからです。
わざわざ全ての色を集める必要もない。
そも調律を邪魔しているのは無色なので、全色集められない。
なら黒を使えばいいのだが、自分、黒色は苦手です。色々あって。
ともかく絶色にしてしまえば無色ですら、その場には居られないのだから。
一度、無色を含む全ての源素を弾きとばして、残ったのは静寂。
やがて、真空に空気が殺到するように色が集まってくる。
赤と緑だけだったはずの空間に、様々な色が戻ってくる。
ふぅ、疲れた。
いや、さすがにこれは調律とは言えないなぁ。それに前に赤と緑の色が偏っていたせいか赤と緑の源素の数も多い。
間引くように赤と緑を追い出し、他の色を活性化させる陣を描いて、色々対応する術式を使って、はい、おしまい。
30分くらいだろうか?
振り返れば、茫然自失としたアレフレット。見えないせいで何が起きたのか理解できないものの肌で場が整ったとわかるヘグマントは、暑苦しい笑みを浮かべた。
「やるじゃないか! ヨシュアン先生!」
バシン、バシンと肩を叩くヘグマント。
おい、そのバカ力で自分を叩くんじゃない。壊れたらどうするんだ自分が。手加減しろ痛い!?
「そ、そんな……、何を、さっき三色全てが消えたぞ……、そんなことありえるのか?」
自分に負けたことよりも、そっちに驚いていたようだ。
「いや、黒色の術式なら……、でも、そんな方法は」
信じられないものを無理矢理信じるように、ブツブツと繰り返す。危ない人だ。
「アレフレット先生はどうしたのだ?」
「あぁ、たぶん、普通の調律じゃなかったから自分の中の常識と戦ってるんじゃないでしょうか? どっちにしろ勝手に自分の世界に帰ってきますよ」
自己完結してな。
その言葉を証明するように、アレフレットはキッと睨みつけてきた。
「少々、不思議な調律をするようだが騙されないぞ! これで失礼する!」
カツカツと怒るようにして帰ってしまわれた。
ヘグマントと自分がつい、顔を見合わせてしまうほどに唐突なゲージの上がり方してたなぁ。
「ふむ。教師同士で競い合う、というのも中々なものだ!」
どうやらヘグマントはそう解釈したようだ。
自分は……、どう解釈しよう? まぁ、自分の世界に帰ってこれて何よりだ。できればその世界に慢心やら傲慢が入らないようにな、アレフレット。
慢心した人間ほど、無様なモノはない。
例えば、与えられることに溺れ、与えていると錯覚し、他人を踏みつけて当然だと思うような貴族連中とか、まさに典型です。
まぁ、そういう連中の何割かは先の内紛で死んでしまってますし、そのあともバカ王が結構、間引いたらしいし、少なくとも王国内は今のところ快適です。
もっとも、ヤツらにとっては不快極まりないだろうな。
だからこそ、この計画はヤツらにとっての最後のチャンスだ。
じわじわとバカ王に殺されるか。
バカをやって自分に殺されるか。
それとも、無茶を承知でこの計画頓挫を狙い、これを足がかりに政的な強化を計るしか彼らに取れる道はないのだ。
必ず仕掛けてくる。間違いはない。
ただ、まぁ、ヤツらを叩きのめすための材料がないのはこっちも同じ。
「そういうイベントでもつくりますか? 自分たちがやるような感じではなくって、せっかくだから生徒を競い合わせて、それを自分たちの勝ちにする」
「ふむ。面白い話だな! そうなったら我がヘグマントクラスが他を圧勝してしまうがな! この筋肉を継承する彼らが負けるはずがなかろう!」
えぇい! 無駄に筋肉を主張するな筋弛緩剤持ってくるぞ。
こっちの内心を知らずに豪快に笑うヘグマント。自分は肩をすくめるだけだ。
う~ん、正直、今の生徒たちの様子を見ると不安がいっぱいです。
提案するにしたって時期尚早だったかな?
「まぁ、暇があったら煮詰めてみましょう。そうなったら、お手柔らかに頼みます」
「うむ。こちらこそ。しかし胸が震えてくるな物理的に。ならば生徒どもには特訓として外周100は行ってみるか!」
「う~ん、とにかく折檻用の術式具が必要ですね、やっぱり」
「む? 心ときめく発言だな。それは俺も欲しいところだ」
「そうですか? まぁ、とりあえず適当な感じで(生徒に)試してみて、面白そうなものがあったら譲りますよ」
もちろん、自分は負けるつもりなどない。
いくらあの生徒たちでも、ヨシュアンクラスの生徒で、自分の教鞭を受けているのだ。ヨシュアンクラスの名にかけて、死んでも勝ってもらいます。というか負けたら死なせます。
生徒たちが聞いていないことを良いことに、色々と言いたい放題の大人たちだったのである。
2012/4/21 投稿後、ヨシュアンの思考に重要な矛盾を発見。除去しました。




