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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
177/374

ここまでやるつもりはなかったんですよ?

 四バカたちは頭を突き合わせてヒソヒソと会話し始めました。

 ちょっと盗み聞きしてみましょうか。


 緑と白の術式で、会話を風で流してもらいましょう。


「おい、あの男、ヤバいぞ。どれくらいヤバいかというと怒り狂った家令のババアが可愛く見えるくらいだ。人と話している気分がしない」

「許可がないと入れないの一点張りですからね。兄貴ィ、本当にここ、国政の施設なんじゃないッスか?」

「入れないなら、食べ物をもらえないじゃないかぁ」

「我慢しろファルブブ。食料も乏しいからな。帰るにしてもここで補給しないとならない。それにだな、こんな僻地に国政の施設なんか建てるわけないだろ。食料を分けたくなくて嘘ついてやがるんだ。だが見ろ、あの教師の眼光。獲物を狙う鷹の眼だ。逃がす気がないぞ。あぁして俺たちみたいなのを狩るつもりだ」

「俺、聞いたことあるッス! 山奥で冒険者を殺して何もかもを奪う人食いの村があるって……、もしかしてここがそうじゃないッスか? 逃げることもできないんスか!?」

「バカ野郎! そそそそんな村、あるわけねーだろ! 逃げるんじゃない! 後ろに向かって全力前進だ!」

「さすが兄貴ィ! かしこカッケー!」

「バカ、照れるだろ! 本当のこと、言うなよ……」

「……条件」

「そうだ、条件だ。よく覚えていたな、バーツ! のんびりしているだけじゃなかったんだな」

「……依頼」

「バカ、黙ってろ! ここの調査を受けたなんて知られてみろ! 殺されるぞ! 褒めたらすぐこれだ!」

「条件って食べれるお?」

「食えねーよ! だけどな、条件次第と運び次第じゃぁ生き残れる。まぁ、俺のカッコイイところを見ておけよ!」


 まるきり内容らしきものがないので術式を切りました。

 裏を読む必要もありませんね。


 おそらく貴族院から何本もの草を経由して、この四バカに依頼したのでしょう。

 学園の邪魔か、あるいは迷惑をかけるつもりで。大迷惑です。

 依頼内容も『リーングラードにある開拓村の調査』とか銘打って、騙したのでしょう。


 要は使い捨て。

 そして、しょぼい作戦です。


 あるいは本命があって、このバカたちは囮でしょうか?


 実際、足もつかないようにしているはずなのでありえる話です。

 となるとこの四バカを絞って……、あ、まぁ、こいつらを絞って得られる情報なんて微々たるものでしょう。

 煮ても焼いても凍らせても使えませんね、こいつら。


「ジルさん。どう思います?」

「どういう依頼を受けたかは知らないが、国政が絡んでいるとわかった時点で引くのが常識だ。ロクな目に合わないな」


 ジルさんの意見に自分も同じです。

 無駄に協力させられて、うまくいったなら兵士やその上役に顔くらい覚えてもらえるかもしれませんが、適当な金額でコキ使われるのが目に見えています。


 その上、下手をしたら反対勢力に目をつけられる可能性もあります。


 そしたら、上役は冒険者をさっぱり切ってしまうでしょう。

 もしくは危険度の高い囮に使うか。


 どちらにしてもリスクとリターンが噛み合わない。

 よほど機転が効くか、好機に恵まれていない限り、手を出さないのが無難です。


 欲に目がくらんだら最後だと、ジルさんはよく知っているから上級冒険者になるまで生き残れたのです。


 さて、どうやら意見統一……、できるらしいですね驚きました。

 ゴルザという太眉毛が前に出てきました。


「よ、よよよよし、じょ、条件とやらを聞こうじゃないかかかか」


 腰が引けてますよ?

 ガッチガチに歯が鳴ってますよ?


 まるでエビみたいです。


「簡単な話です。あそこにいるのは自分の生徒です。彼女たちに勝てたら学園の敷地に入ることを許しましょう。食料を買って帰るなり、居着くなりなんなりとしたらいいと思います」


 後で怒られるのは自分ですから、まぁ、問題ないでしょう。

 怒られるより重要なことがあります。


「な、なにぃ? そんなことでいいのか?」

「ただ負けた場合は殺します」

「ひぃ!?」


 嘘ですけどね。

 適当に食料をあげて森の向こう側まで吹き飛んでもらうだけです。

 その結果、死んだとしても約束通りですし、生きていれば儲けもの。


 貴族なんですから、それくらいのリスク、当たり前ですよね?


 台所に出てくるアレみたいな格好でズザザッと自分から距離を取る太眉さん。

 すぐにこちらを警戒しながら、またヒソヒソ話をしていました。

 どうやら再び作戦タイムに入るようです。


 さて、こっちも生徒たちを呼びましょうか。


 自分が手招きすると、すぐさま荷車から離れて生徒たちが近づいてきました。


「何事ですの?」

「何? 揉め事? 何があったし」


 メンバーはもう決まっています。

 セロ君以外ですね。


「君たちにはあそこの冒険者と戦ってもらいます」

「え? 一体、どうなったらそうなるわけ?」


 マッフル君がジト目で見ています。

 それはもちろん、君たちのためですよ。


 いえ、どちらかというとクリスティーナ君のため、ですかね。


 最近、クリスティーナ君は決闘まがいばかりを繰り返しています。

 理由はレギィに負けたことですね。

 勝てる要素なんて何もなかったのですが、それでもクリスティーナ君は悔しかった。


「クリスティーナ君。この学園で学んだことをどう思いますか?」

「それは……、その、為になるとは思いますわ」


 言うほどに言葉のキレは悪いですね。


 それこそ、この学園で学んだことに意味がないのでは?

 そう考えてしまうくらいに悔しかったわけです。


 今日の朝、マッフル君と真剣で決闘をしようとしたのもそのせいです。


 信じたくなかったのです。

 もしかしたら学園の授業がクリスティーナ君の力になっていないのではないかと疑いたくなかったのです。

 クリスティーナ君が選択した、授業を受けるという選択に意味がなかったとは思いたくなかったのです。


 だから、証明しようとしたのでしょう。

 周囲にとっては傍迷惑ですが。


 ですが、それはクリスティーナ君の気持ちの顕れです。

 学園の授業を受けて、日々身についていく技術に自信があって自負がありました。

 為になっている実感がありました。


 そして、その実感は学園全ての生徒も同じでしょう。

 自負は誇りになります。


 クリスティーナ君がそう考え、無意味だと思うことはクラスメイトや同じ学園生徒をも貶める行為に見えてしまったのでしょう。


 そんなはずはない、と必死で否定しても実感はありません。

 だから周囲に決闘を吹っかけていたのですね。


 やり方はともかく、動機もともかく。

 それは学園に誇りを持っているのと同じことです。

 まだ三ヶ月しか経っていない学園生活で、クリスティーナ君は学業と技術、そして誇りを培ったのです。


「彼らは冒険者です。君たちが学んできたものと違って、現場で戦い、そして経験を積んできた者です」


 冒険者にしては弱い部類ですけどね?


「彼らは学園の授業でも教わらない技術に長けています」


 目潰しや金的、体育では実践するのに危険なので教えられなかった技術ですね。

 そういうものを日常的に使う世界の住人です。


 汚い戦い方も知っているでしょう。


「言ってしまえば君たちが学んだ知識や技術は正道。彼らは邪道とも言えますね。さて、クリスティーナ君に……、いえ、皆さんに質問です」


 揺らいだ誇りを取り戻す方法は一つです。


「勝てますか?」


 正しいと信じること。

 己の出した答えを信じることです。


「……当然ですわ! 勝てないはずなんてあるはずないですわ」


 すごく、負けそうな台詞でした。

 いや、負けはないと思っていますけどね?


「ふーん。それってつまり、容赦しなくていいってこと?」


 マッフル君がちょっと楽しそうにしています。

 あー、グランハザードの血は激しいですからね。

 ラフプレイという面では生徒たちの中でも群を抜いているでしょう。


「そんなことより室温器の性能が見たいです」

「だるいであります」

「つべこべ言わずに張り倒しなさい」


 別のことに興味があるエリエス君と、もう汗をかき始めているリリーナ君はやる気なしのようです。

 ですが、まぁ、大丈夫でしょう。


 この二人の総合力はヨシュアンクラスでも別格ですからね。


「ぁのぁの……、こわぃのです」

「あ、セロ君は試合しませんよ? 相手は四人でこっちは五人ですから、一人余ります。それに体調を崩したりしてましたからね。大事を取って休んでおきましょう」


 本当は、セロ君では誰にも勝てないからです。

 そうでなくても誰がセロ君を安全でもないとわかりきった相手と戦わせますか。


 むしろセロ君に危害が加わる前に自分が殲滅します。

 血の欠片も残しません輝いて殺します。


「というわけで冒険者との試合ですね」

「防具を取ってきますわ!」

「先に始めないでよ!」


 熱意のある二人は社宅まで防具を取りに走っていきました。

 子供は元気ですね。

 真昼のお外に全力ダッシュするとか、大人な自分にはできません。


 先に始めるな、と言われましたが時間は有限ですからね。


「二対二のタッグ戦です。そちらも二人を選んでください。では準備はよろしいですか?」


 太眉たちに聞こえる声で言うと、四バカたちは驚いてビクリとしました。


「お、おう! もちろん、俺たちはいつでも戦えるぜ! 巷じゃぁ刺身の剣って呼ばれてんだぜ!」


 金属の刺身はちょっと食べられませんね。

 抜身の剣ならわかりますが。


 突然、話は変わりますが最近、生食できるものって食べていませんね。

 鹿なんかは狩りたてだとレバーを生食できますが、アレは狩人のとっておきですからね。ねっとり甘いんですよ、アレ。

 【試練】が終わったら、なんか狩りに行きましょうか。


 限定的にですが広場まで四バカたちを連れてきました。

 立派な敷地内ですが、これくらいは問題ないでしょう。


 ここだと広いので動き回っても施設を破壊することもありません。

 さすがに結界石まで用意できませんから、流れ弾は全て自分が処理します。


「エリエス君、リリーナ君。早く終わらせたいかもしれませんが侮らないように。どんなに腕の立つ冒険者でも焦ると失敗します」

「はい」

「うぇ……、であります」


 やる気出しなさいリリーナ君。

 肩が落ちてますよ?


「実は先生、青に適性があると言いましたが、当然、冷風の術式なるものを知っていましてね」

「がんばるであります」


 現金な子です。

 するとじっと見てくるのはエリエス君。


「新しい術式を教えましょう」

「源素を見る目が欲しいです」

「……どうしてですか?」

「先生が言いました。術式具元師は『眼』が必要だと」


 困りましたね。

 これはまた即答しかねるものを要求してきました。


「……すぐには無理ですね。少なくとも【健康診断】を受けて『眼』の適性があるかどうかを確認してからです」

「わかりました」


 ともあれ二人とも、現金でした。

 どうしてこんな子に育ったのか、不思議で仕方ありません。

 いえ、育てたのは三ヶ月だけですけどね。


「バーツ! ファルブブ! 子供だからと手加減するな! だが紳士さを忘れるなよ!」

「これが終わったらご飯、食べれるお?」

「食べれるぞ! 負けたら食べられるからな!」

「……怖い」

「子供相手に怖がんな! お前の顔のほうが怖いんだよ! いいからさっさとやってこい!」


 ヴェーア種の男性と太っちょさんですか。

 向こうは初めから最大戦力で来るようです。


 さて、考えられる戦略はヴェーア種の男性がエリエス君とリリーナ君両名を抑えて、太っちょが術式を撃つお決まりのパターンでしょうね。


 一方、こちらも同じ構成です。

 身体能力の高いリリーナ君に術式技術、体育共に優秀な成績を収めるエリエス君。

 タッグを組むのなら前衛リリーナ君、後衛エリエス君でしょう。


「コインが落ちたら始めます」


 ルーカンの名の下に決着をつけるほどではありませんので、開始合図だけです。

 コインが鋭い放物線を描いて、自分の足元に落ちた瞬間、リリーナ君とヴァーア男が走り出しました。


 このままだとすぐにぶつかるでしょう。


 しかし、突然、リリーナ君はヴァーア男に背を向けて、急ブレーキ。

 腰を落として肘を伸ばし、両肩との間で三角形を作りました。


「エリりん!」


 リリーナ君のすぐ後ろを走っていたエリエス君がリリーナ君の手を足場に跳躍しました。

 その突然の動きにヴェーア男は硬直します。

 すぐ目の前に背中を向けたリリーナ君がいるにもかかわらずです。


 これは突然の動きに戸惑ったのでしょう。

 何せ、大柄でもあるヴェーア男の背丈を越えて、エリエス君が飛んできたのですから驚きます。

 エリエス君の狙いは簡単です。


 術式を撃たせる前に術式師を仕留める、です。

 自分が教えた集団戦のセオリーです。


 後方からの術式師の支援火力がもっとも危険だとちゃんと言いましたからね。

 跳躍しながらエリエス君は術式を編んでいます。

 色は緑。すぐに使えるようにアレンジしてある辺、よく考えています。


「リューム・プリム」


 リュームという言葉が聞こえた時点で太っちょは慌てて、術式を放棄し、転がって避けます。

 意外といい判断です。


 結界で受け止めるという判断もあったのでしょうが、そこまで技術がなかったと言うべきでしょうね。

 空中から術式を受けるという経験に乏しいのでしょう。


 判断できないから避けるを選択した消極的発想ではありましたが、良い判断だと思います。


 さて、ここからが問題ですよエリエス君。

 相手は太っています。


 太った相手は体重があり、明らかにエリエス君より重い。

 そして皮下脂肪で肉や骨を覆っているので、エリエス君の体格と体重、勢いでは相手を気絶させるほどの威力は見込めません。


 なら太った相手にエリエス君はどう勝つべきか。

 一つは足を狙うこと。

 自重の負担が一番、激しい足の関節は太り気味の男性の弱点です。


 もう一つはスタミナ。

 余計なウェイトをつけているのと同じことですから、当然、体力の消耗も激しい。

 長期戦を視野に入れるのなら立派な戦略です。

 

 さて、もしも自分がエリエス君と同じ体格、同じ能力だった場合。

 太っちょさんをどうやって倒すか、予測してみましょう。


 接近して反撃をさせて、腕を掴んでウル・フラァートです。

 一瞬、動きが止まったらエス・プリムで顔を焼くでしょう。

 肺を焼いて、終わりです。


 さて、エリエス君はどうするでしょう。


 もちろん接近。ここまでは自分と同じです。

 術式師に術式を使わせない。これは鉄則です。


「エス・フラァート」


 その瞬間、自分はエリエス君を見くびっていたことを理解しました。


 広げた手に炎を纏わせるその術式は『授業では教えていない』ものでした。

 エス・プリムとウル・フラァート。それとウル・プリム。

 この三つの術式を分解し、再構成しエス・フラァートを作ったのです。


 エリエス君の才能を『無形の才能』と自分は呼びました。


 まだ荒く、教えたものの延長線でしかありません。

 確かに考えればできるでしょう。その可能性が生徒たちにはあります。

 しかし、できるとやれるは大きく違います。


 実際にその発想にたどり着き、使えるまでに組み立てたロジカル。

 それは間違いなく術式開発能力です。


 もしも完全に才能が花開けば、エリエス君は術式はおろか技術そのものの『進化』を促す要因にもなりかねません。


「完全な危険物じゃないですか……」


 そんな子を育てているというプレッシャーにくじけそうになりました。

 この時点で生徒たちの将来の内、誰が一番、怖いかといえば間違いなくエリエス君です。


 道徳です。至急、この子には道徳を刻み込みましょう。

 ちゃんと言い聞かせます。


 エリエス君はまっすぐ、太っちょさんに向かって拳を振りかぶりました。

 太っちょさんが焦りながら両腕で顔を隠しました。

 胴なら革の防具で身を包んでいるから大丈夫だと思ってでしょう。


 その判断は悪手です。


 ウル・フラァートは『電撃を流す術式』ですよ?


 あの炎は実際の炎ではなく術式の炎。

 熱量に近い性質があるのです。


 容赦も遠慮もない一撃が太っちょさんの革鎧を打ちました。


 「あぶるぅ……」と不思議な声をあげて、太っちょさんが白目を向いて倒れました。


 きっと内蔵は熱さに炙られ、機能を麻痺させているでしょう。

 エス・フラァートは熱を伝える術式です。


 当然、そんなもので胴体を殴ったら、太っちょさんは強制的に体温を上げられ、熱中症に似た症状を急激に引き起こされてしまいます。

 つまり、高温障害ですね。


 熱量によって急激に血管やら何やらが膨張し、一気に脳へ流れる血の量を減らされ、失神したわけです。

 首をチョークされたのと同じ原理ですね。


 ちなみに自分がやると太っちょさんの内臓は黒コゲとなって死んでいたでしょう。

 未熟だったことと、まだ才能が完全でなかったこと。

 そして、ちゃんとしたエス・フラァートではなかったことが生死を分けました。


 危なげなく太っちょさんを撃破したエリエス君。

 一方、リリーナ君は面白いことになっています。


 エリエス君が太っちょさんを倒しきるまでの数秒。

 その数秒でリリーナ君とヴェーア男は殴り合える間合いで立ち回っていました。


 襲いかかるヴェーア男の拳。

 一撃をもらえばリリーナ君はそれだけで動けなくなるでしょう。

 それだけの膂力の差があります。


 しかし、リリーナ君はまるで相手の動きを理解しているように冷静に拳に合わせてカウンターを顔面に叩き込みました。


 グラリとよろめくヴェーア男。

 その鼻からは尋常ではない鼻血が流れています。


 まるで、ではありません。

 完全に理解しています。


 体格、膂力の差を考慮し、リリーナ君は体術による足さばきとカウンターだけに集中しているようです。

 体をひねり、体を入れ替える度に汗をまき散らしながら、それでも瞳は相手の出方だけを見ています。


 数度の殴り合い。

 それだけでヴェーア男は足元もおぼつかないくらい、フラフラしています。


 そんな状態でも拳を振ろうとするヴェーア男は、よく頑張っていると思いますよ?


「よいほっ、とであります」


 もはやスローにしか見えない拳を受け流し、大きく足をあげて相手の後頭部に引っ掛け――おい、まさか。

 確かにその技を使ったことがあり、ヘグマントとのお遊びで一度だけリリーナ君に見せたことがあります。


「自分の軍用格闘術まで習得できる才能もあったのですか」


 そして、自分が帝国のファーバード卿に使った技でもあります。

 カウンターで相手の後頭部に足を乗せ、相手の体の動きを誘引しながら崩し、相手の腕をレバーを引くように極める。

 これらの動作をよどみなく、一連の動作として行うことで始めて完成する大技の一つ。


 最近、正式名称を思い出しました。

 ヘグマントに聞いてようやく思い出したその技の名前は、『まるで強固に組まれた建物を崩すようなの威力』からこう呼ばれます。


「伽藍崩し」


 その言葉と共にヴェーア男は頭を地面と足にはさまれ、意識を失いました。

 もちろん、肩も破壊されています。


 相手の持ち味すら活かす隙を与えず、こちらの能力を最大限に活かすように組まれた奇抜な戦術。

 それらを発揮できるパフォーマンス。

 そして、もっとも厄介な点は『それらを事前に話し合うこともなく即応してのけた応用力』と『どういうわけか目と目で通じ合うお互いへの理解力』です。


 間違いなく自分とヘグマントの教育の結果でした。


「暑いであります~……」


 さっさと極めを外し、ヨロヨロと自分の元に倒れ込んできました。

 ええい、暑い。放しなさい。


「アレで良かったですか?」


 エリエス君も相手に一瞥もくれずに寄ってきて、自分の採点を待っています。


 そんな生徒二人と違い、地面と仲良くしている二人。

 実力に差くらいあるとは思っていましたが、思った以上でしたね。

 まさか完封してしまうとは。


 自分たちはもしかして、とんでもない原石を磨いているのではないでしょうか。

 教育の恐ろしさを垣間見たような気がします。


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