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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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ストレス発散はそこここで

 昼食は適当にパスタでも茹でておきました。

 適当なスープに漬けておけばスープスパの完成です。

 あとは朝一でもらった野菜を切ってサラダにしてしまえば、まぁ、お昼は足りると思います。

 正直、後一品、欲しいところでしたが、そもそも五人分なんて用意してません。


 ヘグマント先生とピットラット先生に野菜を分けてもらったくらいなんですよ?

 生徒のお昼のために頭を下げる自分が物悲しくて堪りません。


 次から干し野菜を用意しておきます。


 せっかくだから基盤を作っていたテーブルを使って、全員でお昼です。


 生徒の分まで作るのはいいのですが、寮の食事事情はどうなっているのでしょうね?


 たぶん、まとめて作っているでしょうから五人分くらい余っても大丈夫だと思います。

 育ち盛りな生徒相手に管理人さんがホヤホヤしながら、おかわりを振舞っている姿が目に浮かびます。


 パスタも地味に高いんですよね。

 携帯食料としての面もありますし、保存の効く食料なのでパンより高価です。

 ただ長距離輸送に適している分だけどこでも手に入ります。


 それこそ旅の途中でキャラバンを見つけた時でも購入できます。

 当然、学園にやってくるキャラバンでも購入できます。


 問題は【宿泊施設】の麦畑はパスタの販売に回すほど広くないということです。

 食料、特に小麦を輸入に頼っていると厳しいですね。

 必ずお金が消えていくのと同じことです。


 予算でやらかした手前、気にせざるをえません。


「森を開拓するわけにもいかないんでしょうね」


 モフモフが顔をあげて、当然だとでも言いたげに見てきました。


 森を拓けば麦畑を作れるのでしょう。

 ですが自分には嫌な予感がしています。


 モフモフがリーングラードの土地を危険視している理由とも関わりがあり、森の奥に住むポルルン・ポッカにも関係していると思われます。

 そして、森で眠る白い少女の幽霊……、あるいは幻。


 アレも森の何かに関わるものでしょう。


 スィ・ムーランの伝承を中心に繋がる不思議生物たちの環。

 これらは必ず、何かの意図と秘密が隠されているはずです。

 

「なんで? 土地を広げたらその分、色々できるじゃん」


 トマトと一緒にパスタを食べているマッフル君が理解できないという顔で尋ねました。

 さて、どうやって答えましょうか。


 さすがに嫌な予感がするから開拓できないとは言えません。


「森を縮めれば森の生き物が困るであります」


 リリーナ君が珍しく、拗ねた顔で答えました。

 まぁ、森と共に歩くエルフならではの答えでしょうね。


「畑にすればご飯に困らないっしょ。エルフだって森で獲物を狩って生きてんだからさ。危ないじゃんか、狩りなんて。パンを作れる畑があれば誰も怪我しないし、狩人も危なくない。リリーナだってパンを食べてるじゃん、何も問題なさそうだけど?」

「獣が育たないであります。獣は草を食べる獣を食べ、草を食べる獣は草を食べるであります。草は森によって育まれるであります。大きな環の一つを崩すと全部が崩れるであります」

『森は大いなる生命の環。森と共に歩く者は森の理を識っている』


 モフモフがぼそりと呟きました。

 呟くのはいいですが、保存用のビスケットをボロボロと零すんじゃありません。

 ドッグフード代わりとして出しましたが、正直、モフモフが何を食べて生きているのか知りませんからね。


 出したら出したで食べているので、ビスケットでもいいのでしょう。

 ちなみにただの保存用ですので貴族連中が食べるような砂糖やハチミツが入ったものではありません。


 味も素っ気なく、大麦パンより柔らかい程度です。


「じゃぁ、牧畜にしたらいいじゃん」

「そういうことじゃないであります」


 マッフル君の言葉はある意味では間違っていません。

 もちろん、リリーナ君の言葉も間違っていません。


 事、食料は不足しがちな命綱です。

 何時、災害で畑がダメになるかわかりません。

 牧畜にしても牛や豚にしかかからない流行り病もあります。

 危険度だけなら狩人の怪我程度は比較にならないでしょう。


 特に内紛の大きなきっかけにもなった食料不足の恐怖は、リスリアでも根強い恐怖です。

 安定供給を求めようとする気持ちはわからないでもありません。


 一方、森でなければ採れない植物や生物がいます。

 新しい薬効はいつだって自然の中から生まれます。

 原生生物にしても森に住む種類も多いでしょう。


 そうなると原生生物から素材を得る冒険者は困ります。

 原生生物の革、骨、肉は牧畜などで育てられるものではありませんからね。


 しかし、同時に開拓は冒険者のもっとも基本的な仕事の一つでもあります。


 どちらも生活に必要なものなので、どう答えましょうか?


「人のことだけ考えてはいけませんよマッフル君。エルフやド・ヴェルグ族の生活範囲を尊重することも重要です。人の価値観だけで開拓を推し進めてもエルフと戦争していた頃と同じになります。せっかく上が仲良くしようとしているのです。それにマッフル君にしてもリリーナ君の作り出す装飾台などには興味があるでしょう?」

「あー、うん。それはそうだけど……」

「リリーナ君の言うことももっともですが、それだけでは進歩がありません。森と共に生きることは重要なことなのでしょうが、それだと閉鎖的なままです。義務教育計画にエルフであるリリーナ君が参加しているのは人との接触、暮らしを見るだけではなく、共生。リリーナ君自身が技術を知ることに意味があるのです」


 この話題に顔を上げたのはエリエス君でした。


「どうしてですか? リリーナは何か使命を帯びているのですか?」

「なぁんにも聞かされてないでありますよ? 長老は見聞を広めてこいとしか言ってこなかったであります」


 少なくともリリーナ君に共生のテストケースをやれとは言わないでしょう。

 無知だからこそ良いこともあるのです。

 まさにそのままですね。


 リリーナ君に言っても通用しなさそうですし、言わなくてもちゃんと人間の中で暮らせています。


 無知だから学び、学ぶ姿勢と同時に共生する様を知る。

 エルフたちの方でも手探りな感じは否めません。


「さて、問題です」

「なんでいきなり!?」

「君たちはどうやってこの問題を解決しますか?」


 これも答えのない問題ですね。

 

 実はコレ、バカ王が王位を得たとき、最初に取り掛かった問題でもあります。

 その時、自分は特に何もしていません。あまり政治に関わる気がなかったですからね。必要最低限の手助けしかしないつもりでしたし、そう言いました。

 なので本当に自分は無関係でしたが結末だけは聞いています。


 アレはナナメ上な発想でしたね。

 

 突然、数名の部下を連れてエルフの集落へ赴き、長老相手に言った言葉が、


「弾弓遊びしようぜ!」


 この一言でした。


 弾弓と呼ばれる競技を使って、まずは交流しようと考えたのでしょう。

 弾弓は矢尻の代わりに木の玉を取り付け、弓で飛ばし、指定の場所に落とすという競技です。


 自分には何が楽しいかわからない競技ですが、つまり遊びを通してエルフと仲良くなろうとしたわけです。


 誰もが適当に思いついても、実際にやろうとは思わないでしょう。

 少なくとも自分は真っ先に放り捨てるアイディアです。


 実現させたバカ王ですが、成功させるバカ王もバカ王です。

 つまり、一人理不尽です。長老も困ったでしょうね。


 この競技の後、共通の話題からエルフの現状を聞き出し王国のスタンスを説明し、何度も協議を繰り返してバカ王はエルフにリスリア王国の国民としての権利を与え、エルフの自治を認めました。

 同時に特区を作ろうとする計画がありました。

 これは様々な理由で時間がかかると言っていましたが、間違いありません。

 つまり、これが原因ですね。


 リリーナ君がここに居る理由の一つが特区の実現が可能かどうかのテストケース。

 共生区を作り、互いの尊重を守れるかどうかのテストでもあったわけですね。


「条件は人間側は開拓したい。エルフ側が森を守りたいです。期日は【健康診断】が終わった次の座学にしましょうか。全員で考えてもいいですし、一人一人で考えてもいいですよ」

「宿題が増えた……」


 パスタをフォークに巻きながら頭を抱えないようにマッフル君。


 そして、どうかバカ王みたいな案を出してこないように。


 これで昼食が終わり、全員で食器を片付けたら、ようやく室温器を設置しにいきます。

 完成させた室温器を荷車に乗せて、生徒たちと一緒に学び舎へと向かいました。


 今回はモフモフはついてこず、日陰で欠伸していたので留守番です。

 棚上げした罰を正当にクリスティーナ君とマッフル君に与えてあげました。


「……結局、運ばなきゃいけないわけですのね」


 クリスティーナ君のボヤきはともかく、職員室の天井に室温器を取り付けておしまい……、と、行きたいところですが、どうやら簡単には仕事を終わらせたくない超常の存在が居たようですよ?


 モフモフのことではありません。

 常日頃、自分たちのことを見守ってやがる神様です。


「おい! どうして中に入れないんだ! ここは開拓村だろうが!」

「何度も言わせるな! ここは国政の施設だ! 許可のない者は入れない」

「許可だとぉ! このお方を誰だと思っている!」


 ちょうど学び舎の前まで荷車を運び終えた時、門の前から怒声が聞こえました。

 よく見ると冒険者らしき風貌の男たちが守衛に掴みかかりそうな剣幕で怒鳴り散らしていました。


 あの守衛さんはジルさんですね。

 風貌も歴戦の冒険者然としているジルさんに食ってかかるとは、ずいぶん剛毅なことで。


「なんですの? 騒々しい」

「なんかモメてるっぽい」


 生徒たちも気づいたのか、門を見ています。


 あー、これは参りましたね。

 この学園において教師はある程度の権限を持っています。

 当然、有事の際も同じことです。


 特に戦闘のできる自分やヘグマントはこの手の事態に呼ばれることがあるとは思っていました。

 ですが、わざわざ参礼日に来なくてもいいじゃありませんか。


 でも見て見ぬふりもできません。

 ジルさんだけでも十分な様子ですが、仕方ないので話を聞きに行きましょう。


「ジルさん。一体、なんの騒ぎですか?」

「あぁ、先生さんか。どういうわけか流れの冒険者がここに入れろと騒いでいる」

「何度言っても聞きやしねぇんスよ」


 ジルさんと……、『ナハティガル』のタンカー、ジーニさんですね。


「……今、『こいつ誰だっけ』って顔しなかったッスか?」

「気のせいです。覚えていますよジーニさん」


 責めるような視線から目をそらして、割とガタイのいい二人に食ってかかる冒険者の様子を見ます。


 全員で四名ですね。


 あまり品の良いとは言えない風貌、骸骨みたいな顔つきにスキンヘッドの小柄な男。

 さっきからジルさんに食ってかかっていたのはこの男です。

 今は自分を値踏みするようにジロジロと見ています。鬱陶しい。


「おい、テメェがここの管理者か!」


 骸骨男は無視しておくとして、その後ろには……、おぉ、珍しいですね。

 ヴェーア種の男性です。

 毛深いのか目の下までびっしりと茶褐色の体毛に覆われ、朴訥な表情でこちらを見ています。

 どうにも覇気が足りないというか、頭のネジが足りていない空気を出しています。


 この中で一番、強いのもこのヴェーア種の男ですね。

 でも、おそらく一番、発言権がないのもこの男のようです。

 この状況でボーッとしているようでは日常的にもこんな感じでしょう。


「聞いてんのか! ぶっ殺すぞ!」

「間に合ってます」

「間に合ってんのぉぉお!?」


 骸骨さん、うるさいですね。


 ジルさんが珍しく、片手で頭を抱えています。

 何を考えているのかはわかりませんが、まぁ、あまり良いことではないでしょう。


 次に反対側。

 小太りな男は術式師なのか、防具類にしても最低限のものしか着用していません。

 ローブも腕の部分が破れてしまっているため、まるで山賊のようです。


「サールー、お腹減ったぞぉ! 早くしろよぉ」

「うるっせぇえ! ファルブブ! 今、交渉してんだよ! 見てわかれ!」


 そして小太りさんは腹ペコのようですね。

 食料調達が目的でしょうか?


 ところであの恐喝まがいの怒声が交渉ですか?

 骸骨さん、ちょっとオツムの具合が壊れかけた術式ランプの趣に近しいようです。


「待て、サールー」


 最後にど真ん中で偉そうに両手を組んだ、リスリア人にしては低身長な青年。

 ちょっと顎を上にあげて、何故か自信満々な顔つき。

 身につける防具は刻術防具で、腰に帯びているものもそれなりの業物なのですが……、如何せん、着せられている感がハンパありません。


 まるで貴族の子供がかっこよさだけで選んだような物ばかりで身を包んでいます。


 正直、ジルさんたちが来ている刻術防具のような年季がありません。

 明らかにあまり酷使していない、使用形跡がないので余計にです。


 で、一番、目立つのはその眉です。

 どうしたんですか、その太眉毛。遺伝ですか?

 若いだけに似合わない、というかマヌケ感を醸し出しています。


「あ、兄貴ィ! こいつら俺の言うことを聞きません!」

「待てと言ったら喋るな! いいか、俺は……」

「す、すんません、控えてます」

「喋っ……、まぁいい」


 眉毛の青年がズカズカと自分の前に立ちました。


「俺はリャナシーンの子。ゴルザ・ダル・リャナシーン!」

「リーングラード学園術式担当教師。ヨシュアン・グラムです」


 リャナシーン?

 その名前、どこかで聞きました……、あぁ、思い出しました。


 たしか以前のキャラバンでしつこく付きまとってきた冒険者がしきりに叫んでいたのがリャナシーンの名だったはずです。


 となると、こいつ。

 義務教育計画の妨害工作員か?


「なんだ、ただの教師か。よし、貴様に栄光ある俺たちに道をあけさせてやってもいいぞ」


 なんだ、ただのバカでした。


「どうした。そこの守衛と違い、貴様は学があるのだろう? だったら俺の言っていることがわかるはずだろう」


 いえ、今一つ、理解できません。


 こうして冒険者をやっているということは貴族でもあまり期待されていない子でしょう。

 事実上の放逐された身のようなものです。

 中には箔をつけるために冒険者をやる貴族もいるようですが、そうした冒険者はわざわざこんなところまで来ません。


 というか、さっきから貴族センサーに反応がありますから、高確率でバカです。


 さて、どうしたものでしょうかこのバカ。

 とりあえずぶん殴って帰ってもらうか、こっそり森に埋めてしまったほうがいいんじゃないでしょうか。


「貴方がどんな身分の者であろうと、この学園は国政の施設です。許可のない者は誰であろうと通すわけにはいきません」

「なんだと! 俺がわからないのか!」


 初対面ですからね? さっき自己紹介したばかりです。

 あれですか、身分的に貴族だからワガママが通用すると思い込んでいるようですが……、貴方の前に居るのはそのお貴族様の天敵ですからね?


 精々、楽しく踊ってくださいね?


「貴方がどこの誰であるか等は問題ではありません。例えリャナシーン家よりも高貴な身分の者であっても許可のない者は通せません。この学園は国政の計画によって運営されている施設です」

「だからどうした! 国政というのなら俺のオヤジもやっていることだ!」


 うわぁ、真性だったんですね。


 国政とは王都の重役たちが全領を運用するために行われる計画のことです。

 立法、司法、行政の全てを含む仕事なのです。


 地方領主であるリャナシーンはあくまで法を遵守しなければならない立場です。

 行っている仕事のほとんどは国政ではなく、領地内の管理業です。

 王の代わりに土地を管理し、つつがなく税を収めるための収集人であって国政ではありません。

 

 細かい領内の法こそ定められても、全領には影響しません。


 この違いが、あろうことか貴族でわからないとか……、相当、落ちこぼれだと思いますね。

 そりゃリャナシーン領主が捨てたくなるのもわかります。


「で?」

「で……、とはなんだ」

「だから、それで? 貴方の父親は関係ありません。貴方自身が王都の重役に話を通し、許可を得ないと通れないと自分は言っているのです。理解できますか? もっとわかりやすくいいましょう」


 バカに言葉は通用しません。

 バカ王でも言葉ではなく拳で会話しているので、それに倣うとしましょう。


「何の権限があってこの門をくぐろうとしている――殺すぞ」


 低く、身も凍るような殺意と共に言ってあげたら、軽く青ざめていました。


「こ……、き、貴様……ッ!」

「で? 許可がないならお帰りはあちらです」


 バカでもさすがに怖いものは怖いのか、ヨロヨロと腰を落としました。

 他の三名も同じで動けないようです。


「相変わらず、えげつない殺気だ」


 ジルさんがボソリと呟きました。

 ヤですね、ただの威圧ですよ。


 アレで腰を抜かす程度なら、冒険者の中でもかなりの低級でしょう。

 素人に毛が生えた程度か、素人でしょうね。

 今までやってこれたのは刻術防具と業物の剣のお陰と見るべきでしょう。


 一方、他の三名は腰を抜かしていませんが、硬直してしまっています。

 適当な場数を踏んだか、それなりに修練した程度でしょう。

 少なくとも【支配】の領域には入っていません。


 一芸に秀でた冒険者程度ですかね?


 一番強そうなヴェーア種の男が、ちょうど守衛さんの中でも一番弱いくらいに当たりそうですね。


 チラリと後ろを見るとクリスティーナ君とマッフル君は状況をよく見ようとちょこちょこ動き回っています。

 エリエス君は瞳が迷惑そうな色をしています。

 セロ君はリリーナ君にしがみついているようですが、件のリリーナ君はセロ君に抱きつかれて嬉しそうです。

 でもリリーナ君はそろそろバテてくる頃合ですね。


 よし、良いことを思いつきました。


「気が変わりました。入ってもいいですよ?」


 ジルさんやジーニさん、四バカが一瞬にしてポカンとしました。


「先生さん、いいのか?」

「まさか。もちろん――」


 彼ら四バカにはせっかく、リーングラードに来てくださったのですから教育のお手伝いをしてもらいましょう。


「――条件があるに決まっているじゃありませんか」

「悪い顔をしているぞ」


 気のせいですよ、気のせい。


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