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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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賑やかな求め

 【宿泊施設】離れの鍛冶屋。

 ヴァーギンさんはすでに表に出て、荷物を荷車に乗せた状態で自分たちを待っていてくれました。


「おはようございます、ヴァーギンさん」


 自分が挨拶すると生徒たちもちゃんと挨拶しました。

 ヴァーギンさんは鷹揚に頷くだけでしたが歓迎してくれているようです。


「……言われたものは出来ている」


 目線で荷車を指し、自分も目礼で荷物の中身を検めます。

 低い本棚くらいの荷物に布を被せてあります。

 布をめくれば、ちゃんと自分が頼んだ通りのものが積み重ねられていました。


「設計図を見た時も思ったが、変わった形だ。何の意味がある」

「鳥の翼の形は空を行くに相応しい形をしていて、そこには理があります。流線型は特に空気を巻きこみ自重を軽くする作用があり、自分はその理を参考にしただけです」

「……面白い発想だ」


 ヴァーギンさんなりに響く何かがあったのでしょう。

 どうやら依頼としても上出来だったようです。


「思ったとおりの形に仕上がっていると思います。また何かメンテナンス関係で頼ることもありますが」

「……構わん」


 言葉短かにとさっさと職場兼自宅へ帰っていきました。

 やはり日中は厳しいのでしょうね。軽く会話しただけだったのに、少し表情が厳しいように思えました。

 もっともド・ヴェルグ族自体、巌のような顔つきばかりですがね。


 さて、会話中、生徒たちは無意味に荷車に集まって布をめくろうとしていたり、それを妨害しようとしていたり、興味深そうに見ていたり、モフモフが匂いを嗅いでいたり、そのモフモフをおっかなびっくり触ろうとしている子がいたり、その子の応援をしている不思議生物がいたり、色々混沌としています。


 さっさと取りまとめてしまわないと、この場で組み立てまで始めることになります。


「はいはい。クリスティーナ君とマッフル君は二人で荷車を運んでくださいね」

「どうして私がそんなことを」

「えー! なんでそんなことしなきゃ……」


 二人して似たような返事を返して、お互いを見るんじゃありません。

 あげく間合いを切らないの。


「二人共、真剣で決闘をしようとした罰です。現在進行形も含めてね」


 ぎょっとした顔をしない。


「「違いますわ!/違うから!」」

「違いません」

「「これはこの貧乳女が!/胸ばっかりデカいのが!」」

「関係ありませんね? それ」


 だから間合いをとらない。

 さっき言ったばっかりです。

 とりあえず一発ずつゲンコツして、頭を抱えてもらいました。


「で、モフモフは何をしてんです?」


 モフモフは荷車の持ち手を咥えて、決意ある瞳を輝かせていました。


『モフモフなら容易い』


 それでいいのか、森の賢狼。

 というか、荷車を運びたいのか森の賢狼。


 セロ君もセロ君で真正面から怖くて触れないからって、後ろからモフモフの頭を触るのを止めてあげてください。

 たぶん、そのせいで荷車の持ち手に牙の跡がついてます。

 頭を押さえつけているわけですからね?


「ほら、犬もやる気満々じゃん!」

「荷車なんてものは人間が運ぶものではありませんわ!」

「犬ではなくモフモフです」

「え、何それ名前? 誰がつけたの?」


 先生の元カノですが何か?


「変すぎて引く」

「センスを疑いますわね」


 ゲンコツを落としてやりたかったですが、今回は我慢しました。

 生徒たちは誰が名前をつけたか知りません。

 そもそも名前が変だと思ったのは自分も一緒です。


 なので、オシオキはできません。ちくしょう。


「違うであります。この狼の名前は『ドゥドゥフェドゥ』であります」

「その名前はおかしいを通り越してイミフだし」

「それは何語ですの? いまいち言いにくいですわ」

「セロも、もっとかわぃぃ名前がいいのです」

「まさかのセロりんにまで拒否られたであります!?」


 わいわいがやがやと騒ぎ出す始末です。

 エリエス君だけは待ちきれないように、じぃ~っと荷車を凝視していました。


 結局、モフモフが運ぶことになりました。

 再会してすぐ働かせることになるとは思いもしませんでした。


 というか【神話級】原生生物に荷車て……、どうなんです?

 一応、伝説の生き物ですよ?


 社宅までの帰り道は特に何事もありませんでした。

 いえ、もうモフモフがやってきただけでも十分なんですけどね。お腹いっぱいです。


「では、始めましょうか。先生は金属板に術陣を刻むので、エリエス君は設計図を見て装飾台を組み立てください」


 本当は金属板のところからエリエス君に手伝わせたかったのですが、竜巻発生器の件があります。


 この場にいる生徒の内、誰かが出力過剰の原因だと思っています。

 問題はその生徒と出力過剰がどう結びつき、どう作用したのかですが、これがわかりません。


 なので大事を取って、生徒たちには装飾台の組み立てをしてもらうわけです。


 荷車の布を取り払うと出てきたのは円筒状の金属ユニット。

 高さは指先から手首まで、断面図は先端から上側を大きくカーブを描き、下側は緩やかな曲線で後端をしめる翼型です。


 この円筒状ユニットを五つ、用意してもらいました。

 もちろん、装飾同士を固定するビスや器材もです。


「セロりん、セロりん、万歳するであります」

「……はぅ?」

「とりゃぁ、であります」


 はい、そこ。

 セロ君を円筒状ユニットにいれないように。

 遊ぶんじゃありません。


 セロ君もセロ君で円筒状ユニットからちょこんと顔を出さない。

 なにそれ、かわいい。


 まぁ、生徒くらいすっぽり入る程度の半径はありますからね。抜けなくなる心配はありません。


「装飾台で遊ばない。ちゃんと作らないとゲンコツとびりびりハリセンを組み合わせた、新しいオシオキをしますよ」

「知ーらない。リリーナが遊んでるだけだしー」


 簡単にクラスメイトを売る商人の卵がいました。

 人身売買は犯罪ですからね、倫理的にも法律的にも。


 まぁ、最初は物珍しいだけでしょう。

 生徒たちはそれぞれ興味深そうにユニットを見たり触ったりしていますが、そのうちエリエス君が我慢できずに組み立てを始めるでしょう。


 自分は簡易テーブルを社宅から引っ張り出して、木陰に置きました。

 術式ランプのものより二回りほど大きな金属板とポンチと術陣の設計図をテーブルに広げて、こっちは準備万端です。


 風力を発生させるために錫と銅を混ぜた合金板が今回のメインです。

 同じ合金板で青属性の術陣も刻むので、合金が一番でしょう。


 ポンチ片手に生徒たちの様子を見ました。


 装飾台の組み立てを始めた生徒たち。

 クリスティーナ君とマッフル君は防具を脱ぎ始めました。そろそろ本当に暑くなりますからね。

 セロ君とリリーナ君はあまり術式具に興味はないけれど、皆と一緒のことがやりたいのでしょう。遊びながらも手伝っているようです。

 エリエス君は真面目に設計図とにらめっこです。

 

 モフモフは生徒たちとは少し離れて、社宅前の日陰で寝そべっていました。

 

 生徒たちのほうを見て、観察しているのかそれとも監督しているのか。

 おそらく後者でしょうね。


「時にはこういう休日も悪くないかもしれませんね」

『同胞の周囲は騒がしい』


 自分のつぶやきを目聡く拾ったモフモフの声が聞こえました。


『森よりも賑やかだ』


 それはそうでしょう。

 モフモフの住む場所は人が滅多に立ち寄らない森の奥です。


 あそこはとても静かで、おいそれと声に出せない何かがありました。

 人によっては神聖なものと映るでしょう。聖域と呼ぶのかもしれません。


 というより、そんなものと比べなくても騒がしいですよ?

 この五人がそろうとどこだろうが、こんなものです。


「お気に召しませんか?」

『違いを噛み締めているのだ』


 それっきりモフモフは舌を出しながら、前足を枕にしてしまいました。


 森と人のいる空間。

 その違いをモフモフなりに考えているのでしょうか?

 それともこのリーングラードという土地。


 人と森が間近にあるこの土地で、モフモフは何を思索するのか。


「先生」


 エリエス君がスッとやってきて設計図を広げました。


「この形状はなんですか?」


 さて、エリエス君も含めて、あそこで頭を悩ませている生徒たちより先に術式具の完成形を説明しておきましょう。


 上から見て、五つの円を四角に並べた形です。

 中心に円を一つ。

 東西南北に円を並べた形が最終形ですね。


 室温器としては異形です。

 バカ王の部屋にあった室温器はタンスみたいな箱型でした。

 まるでアンティークの空気を醸し出した茶褐色の装飾台を使った、気品あふれる品物でした。


 自分も同じようなものを作るべきなのでしょう、しかしです。

 仮にも王室御用達店の店長! しかも職人でもあります。


 いえ、自分しかいないんですけどね?

 職人も店員も。規格的にも個人商店ですから。


 他人の作品と同じものを作るのはいかがなものでしょう?

 少なくとも例え同じ規格の同じ性能であっても、オリジナリティを出すべきところは出すべきなのです。


 ならどこを凝る?

 空間性? 装飾性?

 全てです。機能が他に劣るのであるのなら他を重点に凝るべきです。


 つまり、意外性です。

 他にない形状で機能性を補いつつ、様々に動き回るヘグマントの邪魔にならないよう吊り下げ型にするわけです。

 当然、広い室内に冷気を充満させるわけですから、出力も高くないといけません。


「エリエス君が以前、作った竜巻……、ではなく室温器。あれはあれで最低限の機能を備えていました」

「はい。考えました」

「でも術式具はそれだけではダメなんですよ」


 機能性だけを重視し、それだけに特化したものは美しいでしょう。

 剣や鍬。ハサミや鍋。羽ペンやメガネなどの身近にあるものから楽器類、食器類。

 それぞれは無駄な機能を廃して、剥き出しの機能性で形作られたものです。


 ムダがないということは美しい。

 同意見だと思います。

 でも同時にそれだけではダメなのです。


「遊びがないと人は余裕がなくなるものなのです」

「遊び、ですか?」

「ゆとり、競技性。模倣や運動性。そういったものが遊びと言われますね。他にも色々ありますが、大まかに言えばその四つに集約されるのではないでしょうか? 例えばそうですね。術式ランプの装飾台です。アレは本来ならなくても良いものです。基盤一つで事足ります。しかし、基盤だけだと持ちづらいでしょう? だから器を作った。これは機能性です。ですが器に装飾を彫ることは必要ないでしょう? でも二つを並べた時、どちらかが売れるとしたら装飾がついたものです。見た目がいいものは売れる、つまり求められているのです」


 きっとエリエス君はデザインの価値がわからないのでしょう。

 ただなんとなく、そうあるものだと考えているのか、それとも価値を見いだせないのか。


 何かを作る時、それは作った者の趣向が試されます。

 趣向とは心が求める形。

 作られた形状を見れば、作者の人柄がわかるのです。


「何かを作る者は最終的には作品を売らなければいけません。物に価値をつけなければなりません。ただの鉄でも術陣を刻めば数倍の価値に増します。それならそれ以上を求めてもいいじゃありませんか。景観の花や持っていてカッコイイ形のランプ。人の数だけ求める形があるのなら、職人は望みに応じた価値を作っているのです。機能性で差がつかないのなら別の部分で価値を作る。そうしたことも『作ること』の一つなのですよ」


 エリエス君は純粋に技術が足りない部分もあったのでしょう。

 それ以上に装飾を必要としない、したくないとする趣もあったはずです。


 室温器にしても、リリーナ君が作れば自然な中に装飾を加えるエルフの価値観で作るでしょう。

 クリスティーナ君なら装飾華美な趣、マッフル君にしても機能性を邪魔しないような飾りをつけようとします。

 セロ君なら可愛いものを頭に思い浮かべるのではないでしょうか。


「人の求めを学びなさい。誰が何を欲し、それはどんな形なのか。どんなことをして欲しいのか。人との間でも頭を使う必要はこういう部分で活かされます」

「レギンヒルト試験官が先生を見るようにですか?」

「……あれも一種の求めですね」


 欲望だと言ったらレギィはおろか、リィティカ先生にも文句を言われそうです。

 でも、そうですね。


 誰か欲する気持ちは、恋は、間違いなく前向きに捉らえている欲望なのです。


「求めを癒すことを愛とも呼べるのかもしれませんね。先生はそう捉えています」

「先生がレギンヒルト試験官に応じたら、愛なのですか」

「違います」


 正しくは面倒です。


「わかりません」

「それはそうでしょう。人の形が様々であるように心の求めも様々です。差があるのです。だから決まった形、答えがない」


 エリエス君が珍しく目を見開きました。


「答えのない問題が、あるのですか?」

「答えのない問題しかありませんよ。同じ状況で同じ質問があっても、人によって変わるのです」


 人生が解けない問題集だと誰が言ったものか。


「……すべてが先生の出す問題のように答えがあればいいのに」


 それはエリエス君の求めですかね?

 でも、その求めを望んだところで果ては無機質な人形だけの世界になるでしょう。


「ではこの円を五つくっつけた形は誰の求めですか?」

「もちろん先生です。面白いでしょう? それが天井にぶら下がっていたら」


 おもしろさがわからないのか、間が空きました。

 あれ? 答えに詰まるところですか?


「少なくとも、それを見たらエリエス君は質問したくなるのではないですか? 今みたいに」

「……そう、ですか。そうです。確かに聴きたくなります。興味深いです」

「求めの形は様々だというのは、わかりましたね」

「はい」


 エリエス君もようやく合点がいったようです。

 これでデザインにも興味を持つはず……、なのですが、ちょっと不安ですね。

 一周回ってよくわからない何かになってしまったら、どうしましょう。


「この室温器が愉快犯的な発想から生まれたことは理解しました」


 人を犯罪者扱いしないでください。

 決して面白いだけで作ったわけではありません。


「ところで先生」


 設計図を丸めて、キリッとした目つきをしました。

 もしかして今までの話は掴みだったわけですか?

 本題はこれから、ですと?


「今日のお昼はなんですか?」


 あ、自分が作るんですね。


 この子は本当にわかりません。

 反応も思考も、性格すらもわかりません。


 先生の求めに気づいて欲しいですね、本当に。


「お昼までには装飾台も基盤もできるでしょう。実際に動かしてみて、それからお昼からは……、適当に何か作りましょう」


 騒がしくものんびりした夏の休日。

 社宅の日陰でモフモフが「くわぁ……」と欠伸をしていました。


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