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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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わんわんと遊ぼう

 社宅から【宿泊施設】へと通り、外れの鍛冶屋に向かおうとすると、どうしても寮の近くを通ることになります。


 別段、生徒と出会って困ることもありませんし、管理人さんに見つかっても少しなら大丈夫です。さらりと様子を見てみましょうか。


 しかし、いつ見てもミニ学び舎と言った感じです。

 グルリと寮を囲う低めの塀くらいが違いでしょうか。


 確か一階が共同のサロン、二階が男子で三階が女子のフロアだったはずです。

 夜間は階段の非常扉が閉められるとは聞いてますが、閉塞感はないのでしょうか?


 そのうち女子寮と男子寮を分けて作らないとダメですね。

 間違い云々よりも女の子からすれば見られたくないものもあるでしょう。


 そろそろ寮の前に到着す……おや?

 とっさに塀に隠れるとエリエス君も同じように隠れました。


「どうして隠れたのですか?」

「ちょっとした観察ですかね。先生がいない時の君たちが何をしているのか少し興味がありますからね」

「普通だと思いますが」

「君たちの普通は先生の予測を簡単に越えてくれますよ?」


 寮の玄関前に見知った顔というよりもよく見る顔が勢ぞろいで、座りこんでいます。


 しかも、おかしなことに二人は武装していますね。


 武装しているのはもちろんクリスティーナ君とマッフル君でした。

 何がおかしいというか、もちろんというか、この二人が武装していても不思議でないことがおかしいですよね。


 リリーナ君やセロ君もいますが、一心不乱に何かを見てはちょこちょこと動いています。

 気配を消しているので誰も気づきませんね、本当に。

 時々、「わぁ」やら「おー」やら奇声を放っているのはなんででしょう?


「エリエス君。ちょっと聞きたいことがあるのですが最近、生徒たちの間では寮の前で奇声を発しながらたむろするのが流行っているのですか?」

「いいえ。あんな邪神の儀式めいたことを朝にはしていませんでした」


 となると朝、エリエス君が出てからのあぁなったわけですね。


「強いて言うのなら最近、ウザ……、無意味に決闘をして回るクリスティーナがまたマッフルを巻き込んで寮の前で剣戟の音を響かせていました」

「クリスティーナ君のヒエラルキーが初対面からずいぶん落ちこんでいる証拠のような台詞ですね。よし。あの二人はとりあえずオシオキですね」


 勝手に真剣を使って決闘するんじゃありません。

 君たちは女の子なんですから、もうちょっとマシな戦い方をしなさい。

 戦うことは否定しませんが勉強で勝負するとか、料理対決するとかあるでしょう。


 ヨシュアンクラスが勢ぞろいとか本当、一体、何が始まるんでしょうね。

 様子を見ることにしました。


「これは先生に報告すべきではありませんの」

「まぁ、いいじゃん。別に報告しなきゃいけないって話でもないしさ。で、何、食うんだろ? 残飯でもいいのかな」

「あ、ぁのぁの、噛んだりしなぃですか?」

「大丈夫でしょ。全然、吠えないしさ、おとなしいじゃん。干し肉食う? それともダメか? こういう時、エリエスが居れば何食べるか聞けるんだけどな」

「動物係ですもの、あの子は」

「お前の名前は『ドゥドゥフェドゥ』であります」


 なんだか性格がわかる会話ですね。


 まぁ、それなりに好奇心も満たしましたし、気配を消したまま、クリスティーナ君とマッフル君の背後に立ちます。


 エリエス君は自分が何をしようとしているのか理解し、息を殺して塀に隠れたままです。


 ガシリと頭を掴むと、ビクリと肩を震わせるクリスティーナ君とマッフル君。


「君たち? 朝から武装して何をしようとしているのですか?」


 声を出すと同時に力を込めました。


「が、がが、せ、先生ッ!?」

「っい! いだだ! なんで先生がこんなとこに!」

 

 暴れて逃げようとする度に力を込め、逃げなければじわじわと絞める手段を用いて、クリスティーナ君とマッフル君を無力化しました。

 最後はだらりと両手を下げていました。


「どうせ決闘しようとしていたのでしょう。何度も言ったように真剣での決闘は学園内外問わず禁止です。どうしてもの場合は担任教師の許可がいると伝えておいたはずですよ?」


 聞こえていないでしょうが念のために言っておきました。

 ぐったりして地面に身体を預ける二人のおかげで、ようやく生徒たちが何を見ていたかわかりました。


 というか薄々、わかっていましたけどね。

 動物が寮の前に居て、生徒たちが見つけ、手遊びに可愛がっていたことくらい。


「せんせぃ、おはようございますです」

「はい、おはようございますセロ君」

「朝からエリりんを連れて歩くなんて女を誑かすオーラが増し増しであります」

「朝から一言多いですね、リリーナ君」


 自分に青筋、リリーナが逃げる、でも術式で撃たれるはもうテンプレートなやり取りと化しています。

 もう少し学習したほうがいいと思いますが、リリーナ君の中では自分に何か言う方が楽しいのでしょうね。


 だから一向に学ばないわけです。


 まぁ、律儀に相手している自分が言うことではありませんね。


 エリエス君が自然と自分の隣に来たのを感じながら、目の前の生物に目を向けました。


 一見、長毛種の大型犬です。

 犬種までは詳しくありませんが、狩猟に特化した体格なのは見て取れます。


 夏の暑さのせいか「ハッハッハッ」と口で呼吸しています。

 小刻みに頭を縦に揺らしているのはそのせいですね。


「なるほど……、まぁ、珍しいのはわかりますよ。ですが、どうして君たちは守衛に報告しなかったのですか?」

「ふぇ? 守衛さんなのですか?」


 セロ君が首を傾げていました。


「狼ですよ、コレ」


 狼と聞いて「ふぇーっ」と妙な声を出して、セロ君が自分にしがみついて来ました。


 まぁ、狼は怖いですからね。

 特に群れを作ると陸竜すら狩られることがあります。


 さて、自分が狼とわかった理由は簡単です。

 ちょっとした骨格の違いです。


 犬と違い、狼は頭から鼻先までの骨格が一直線です。

 より強く噛むためにそういう形をしているのです。


 他にも前足の位置が犬より少し後ろです。

 人間の肩に当たる部分が後ろ足に近いのも狼の特徴です。


 後は地味に牙が長いです。

 殺る気満々な顔の構成の割に、なんというか穏やかな目をしていますね。


 吠えもせず、生徒にされるがままにされていたところを見るとかなり大人しい子のようです。

 普通なら殺処分ですが、この分だと森に放って共生していけそうですね。


「犬犬と言うから変だと思ってたであります」


 復活したリリーナ君も狼の傍に近寄ってきました。


 森に住むエルフが狼と犬を見間違えるなんて……、あぁ、そういうことですか。

 ようするに逆なのです。


「そういえばリリーナ君は犬を見たことがありますか?」

「牧場で牛追いしているところを遠目で見たことはあるであります」


 あるであります?

 妙な言葉使いはあえて無視しましょう。


 つまりリリーナ君から見たら狼のほうが見慣れているので不思議に思わなかった。

 クリスティーナ君とマッフル君、セロ君はそもそも見慣れるほど犬や狼を見ていなかったということですね。


 一応、エリエス君を見てみると手帳を開いて何かを書いています。

 あぁ、知らなかったんですね。


「しかし、長毛種の狼ですか……」


 じぃ~っと黒い瞳でこちらを見てくる狼。

 どこかモフモフに似た空気を纏っていますね。


 あの森の賢者にして、不思議生物筆頭。

 【神話級】原生生物のモフモフです。


 身体の特徴も同じですし、白い毛並みも同じです。

 抱きつきたくなるようなモフモフ感も他人の空似には見えません。


「もしかしてモフモフの子供、だったりしませんか?」

『モフモフはモフモフであって、モフモフ以外にはなりえない』


 ……つい、顔が引き攣りました。

 この頭に響く奇妙な哲学的な声は間違いありません。


『モフモフが子を作る時は等しく死を覚悟する』


 重すぎやしませんか、その家族観。

 うわぁ、まさかここで登場しますか、いつも突然すぎて言葉に詰まりますよ。


「モフモフ。何してんです?」

『もちろん。共に在りに来た』

「……もっと平たく」

『名付け親たる番たればモフモフの同胞に相応しい。旅人であるのならなおのこと』


 ちっとも意味がわかりませんが、大体、理解できる辺がモフモフとの会話で困ることです。


「つまり、自分を追いかけてあの森からそんな姿で? わざわざ?」

『然もありなん』


 さもありなんじゃないですよ。

 意味がわかりません。


 考えるな感じろとは言いますが、わかり易すぎてこっちは理解不能なんですよ。


「なんで小さくなっているんですか?」

『人の時と共に在るのなら、小さくなるのは当然のこと』


 まず動物は自由に大きくなったり小さくなったりしないんですよ。


「よくわかりませんが、わかりました」


 つまり飼え、と。

 生徒に言われると思っていたら、まさかの本人に飼えと言われるとは自分でも予測していませんでした。


 会話に集中していたら、いつの間にか周囲から生徒がいません。

 足元のクリスティーナ君やマッフル君まで。


「先生、動物と会話していたであります」

「最近、忙しそうだったから追い詰められてるとか?」

「まさかあそこまでとは思いもしませんでしたわ」

「せんせぃ、かわぃそうなのです……」

「以前、ベンジャミンと会話してたことがある」

「ベンジャミンってアレですの? 食堂の裏で飼っている」

「観察」

「やっぱり。人間って追い詰められると怖いなぁ」

「提案。今日は先生に優しくする」


 生徒たちがこっちを見て、ヒソヒソと会話していました。


 まさかさっきの会話は。

 いえ、モフモフの声は。


『モフモフは知っている。人は人以外のものが語ることに恐怖を覚える。人は己たち以外の生命に知恵があってはならないと思いこむ。そして、同列に語る者もまた同じように怯え、阻害する。同胞が健やかにいられるように同胞と同じ強さの者以外には声を届かせない。弱き者ほど糾弾するであろう』


 つまり、生徒たちにはモフモフの声が聞こえない、ということですか。

 なんということでしょう。


「……それはそれは」


 配慮と優しさが時に人を傷つけることを知ってください。


『どうだ』


 何がですか。

 ものすごい勢いで尻尾を振らないでください。

 ウルウルした真っ黒な瞳でこちらを伺わないでください。


 わかりますか? この微妙な顔。

 今、自分はこの憤りをどう形にしていいかわかりません。


「……あ、ありがとうございます。えらいですね」

『さもありなん』


 とりあえず、モフモフした頭を撫でてやると尻尾を千切れんばかりに振りまくっていました。

 笑ってんじゃねぇですよ、このなんちゃって狼。


『笑っているのではなく致し方なし。この体はこの地を刺激しないためのもの』

「……刺激? どういうことです」

『モフモフは世界の理より力を得る。身を保つ。しかし、この体は多くは望めない』

「いえ、そうではなく」


 詳しく話を聞きたいのですが背後からの視線も厳しくなってきています。


「先生、鍛冶屋に行くのでしたら手伝いますわよ」

「そうそう。先生、きっと疲れてんだよ。疲労回復薬いる?」

「あのぁの……、わたし、せんせぃの肩をたたくのです。院長様にもほめられたことがあるのですっ」

「おやつに取っておいたベーレをあげるであります」


 生徒たちの優しさが辛いです。


 エリエス君なんか近寄ってきて、


「今日の授業は午後前までで良いです」


 何かをこらえるように嬉しくもなんともない提案をしてきました。

 エリエス君にとっては譲れる最大限の譲歩のつもりなんでしょうね。


「誤解です。この狼はちょっと知り合いでしてね」

「先生の交友範囲は謎」

「ですよね」


 自分でもそう思います。

 特にこのモフモフは筆頭です。


「別に疲れているわけではありませんから安心なさい。動物を飼ったことがあるのなら話しかけるくらい普通ですよ、普通。ここら辺で動物を飼ったことがあるかないかを判断できますね」

「会話していました」

「気のせいです」


 容赦なく降り注ぐ事の真偽を見定める瞳が怖いです。


『やはり、その子らが同胞の子か。匂いをたどって正解だった』


 無駄に優秀なお鼻をお持ちで。

 これはもう否定もできない感じですね。


 見上げる二つの黒曜石の瞳は、別の種族でありながら確信しています。

 それぞれ思い描く想いは違うでしょうが、期待と不安という言葉を秘めているのは間違いありません。


 天を仰いでみたら、今日は遠すぎて天上大陸は見えません。

 代わりに【空魚】が気持ちよさそうにグルグルと渦巻いています。


「わかりました。わかりましたがエリエス君。この授業は別に好きでやっていることなのでお気遣い無く。あとモフモフ。ついてくるのは勝手ですが、それなりに手伝ってもらいますよ」


 動物を飼うなんて何年ぶりでしょうね。


 食糧ではなく、友として。

 隣に何かを置くのは久しぶりです。


「わんっ!」


 呼応するようにモフモフが一吠えし、ライオン座りからのっそり立ち上がりました。

 どうやら本当についてくる気です。


「返事した!?」

「……賢い犬ですわね」


 マッフル君とクリスティーナ君の中ではもう、モフモフは犬確定のようです。


 でもね、君たち。

 この中で誰よりも強いのはモフモフなんですよ?


 そこらへんを十分、理解しておかないと大変な目に合いますからね。


「それでは行きましょうか」


 何故か生徒全員そろって鍛冶屋までついてくるようです。

 まぁ、モフモフならレギィと違って問題を起こさないでしょう。


 賢狼ですからね。

 自分より実年齢、精神年齢共に高そうです。


 こうしてこの日、奇妙な同居人――もとい同居狼が増えました。


 謎の【神話級】原生生物モフモフ。

 モフモフが何故、自分を選び、この土地を危険視しているのか。


 それは授業が終わってから、じっくり聞きましょう。


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