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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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動き出した先生たち

 職員会議ではレギィの情報を元に予想される模擬試練作りが決定しました。

 それからは流れるような作業の数々です。


 【健康診断】の次週に模擬試練。

 そして、その次の週の参礼日明けが【貴族院の試練】です。

 自分たちに残された時間は生徒たちより少ないのです。


 自分も術式の座学をまとめ、レギィが出しそうな手堅い部分をピックアップしていきます。

 他の先生方もとにかく提出資料とにらめっこでした。


「本当に必要なのか、模擬試練は」


 と聞いてきたのはいつものとおり、粗探ししたいアレフレット先生。


「もちろんです。生徒だってぶっつけで【試練】に臨むより、こんな風に試練が行われるのかと経験したほうが落ち着いて臨めるでしょう? 本番は練習のように、練習は本番のように、ですよ」

「実地でいちいち予習復習を待ってくれる相手がいればいいがな」

「だからこそ、今のうちに予習するんですよ。あるかどうかわからない未来の対策よりずいぶん建設的な話だと思いませんか」

「建ちすぎて塔にならないといいがな」

 

 さて、問題の錬成の実習内容は、この会議でリィティカ先生が自ら語ってもらえました泣いてなんかいません。

 せっかくの二人きりかもしれないチャンスを逃しただなんて言いませんドちくしょう。


「この室温器は生ぬるい! とめどなく流れる汗をなんとかしろぉー!」

「シャルティア先生ぃ、がんばってくださいねぇ」

「本当に来週には貴様の冷風が出るという室温器ができるんだろうな!」

「口調が荒れてますよ、シャルティア先生。今回は金型にヴォーギンさんの協力を得てますので、デザインはともかく出力は高い室温器が出来上がる予定ですよ」

「……この三日が恨めしいな。待て、デザインはともかくとはどういうことだ? 重要なところだぞ」


 我慢してください。

 というか室温器を独り占めしているシャルティア先生に言われたくないです。

 もっとも体温を下げている自分は言うまでもありませんね。


 他にも生徒たちの依頼の謎も、リィティカ先生により解かれました。

 全ての鍵を司る女神リィティカは素晴らしいですね。さすが神性は凡人とは違います。


 リリーナ君が持っていた材料。

 アレはまず間違いなく疲労回復薬の材料だったようです。

 学習要綱上ではまだ疲労回復薬まで教えていないはずなのに、何故――と思っていたら、なんてことはありません。


 リィティカ先生が生徒にレシピを渡していたようです。


「セロさんがぁ、また無茶をして倒れたりしないためにぃ、なんとかできる薬はないのかってぇエリエスさんたちが聞きに来たんですよぅ」


 あぁ、あの時ですね。

 セロ君のお見舞いに来た時、生徒たちはドアの前にいました。

 自分が出した問題をどう組み立てたかは、リィティカ先生の言葉にありました。


 エリエス君は犯人を探すよりも、クラスメイトのために対処方法を学ぶことを選んだようです。


 きっとクリスティーナ君やマッフル君はしきりにティッド君を責めようとしたのでしょう。

 その二人を理で説き伏せて、二度とこんなことがないように予防する方法を考えたのです。

 少なくとも同じ状況に立たされた時に、エリエス君は手段を欲した。


 ただドアの前で立つことを良しとしなかった。


 となると【貴賓館】に行く前の生徒たちの依頼の謎も解けます。

 文句を言わずに採取依頼を受けたのは、疲労回復薬の材料を集めるためでもあるようです。


「なるほど。そのレシピを元にリリーナ君は材料を集めていたわけですか」


 セロ君用のものは以前の依頼で用意したとして、花畑で会った時はクリスティーナ君用ですか。

 そのうち、全員分を用意し始めるんじゃ……、ちょっと待った。


 器材はどうするつもりなんでしょう?


「確か【錬成実験室】はリィティカ先生の受け持ちですが、使用したい場合はどうしたらいいですか?」

「後日でもいいので使用したと言ってもらえればぁ、良いですよぅ」

「わかりました。不在の場合はメモを残すようにします」


 【錬成実験室】は高価な器材も多いため、常時、鍵がかかっています。

 防犯対策として守衛こと冒険者たちもあそこは見回りルートですし、中に入れません。

 もちろん、自分は生徒たちから【錬成実験室】を使いたい等の話を聞いていません。


 どうやって作るつもりなんでしょうね。

 たぶん、すり潰すところまではなんとかなるでしょうが、そこからは難しいですね。

 

 適切な温度を測るための水銀計や濾過器、他にも精密な分量を測る金属秤なんかも使えないはずです。

 

 まぁ、そのうち生徒たちが頼みに来るか、自分がそれとなく促してみるかのどちらかしかないんでしょうね。


 レギィも自分にべったりという感じではなく他の教師の授業参観もしていたようで、ちゃんと仕事をする気があったようでした。

 レギィの世話はある意味、生徒より厳しいのでちょっと楽になりました。


 アレは色々と重いですからね。

 それでも、遠くからじぃ~っとこっちを見ている時があったりすると、無駄に気配や視線を感じてやりづらいです。


 どうやってレギィに諦めさせるか。

 これも難題ですね。


 こうして教師にとっても生徒にとっても慌ただしい日々が続き、ようやく参礼日になりました。


 国民の休日、参礼日。

 しかし、今回もまた個人レッスンです。休みではありませんねどうなっているのでしょう? 二週目も仕事ですか?


 おかしい。

 これは何かの罠……、と言いたいのですが全ては自分の責任を果たすためと言い換えられますね。ようするに自業自得です。


 自分は何時、のんびり昼下がりの調べ物ができるのか。

 まるで悠久の光景のように遠い物語ですよ。


「と言うわけで手抜きします」

「手抜きされると困ります。ちゃんと教えてください」


 朝食時を狙ったかのように現れたエリエス君を席に座らせると、今日の朝ご飯を振る舞いました。


 今日のメニューはヘグマント先生より頂いたイワハネイワナのフライです。

 朝方、盥の水ごと生きたものをもらった時は少し焦りましたが、まぁ、そうやって保存している人もいますから当たり前と言えば当たり前ですね。


 ただ自分は予測していなかっただけで。


 ともあれ、イワナの前で自分は何をするべきか考えること数分。

 手元の小麦混ぜパンを見て、とたん閃きが舞い降りました。


 以前、サイコロ状の一口サイズにして手痛い目にあった大麦パン。

 それよりマシな小麦混ぜパンなら、他にも色々と使い様があるはずです。


 イワナだろうが鯨だろうが、魚の基本的な調理方法は変わりません。

 頭を叩いてシメ、内蔵を抜いて、エラを取ることです。


 エラ抜きは面倒ですからね。手順ではなく、下ごしらえ的な手間です。


 ウロコを剥がし、皮がついたまま三枚に卸します。

 自分的には頭を切っていたほうが三枚降ろしにしやすいので、さっくり切断しておきます。

 そして、塩で味付けして放置です。


 さて、その間に小麦混ぜパンの表面を包丁で削っていきます。

 バリバリとパンの欠片が弾け、ボールの中に落ちていきます。

 それを乳鉢と乳棒で粉々にし、パン粉の完成です。


 バターを使うかどうかで迷いましたが、ここはあえて卵の黄身を使いましょう。

 卵は毎朝、小僧が持ってきますしね。

 それに淡白な味わいのイワナにバターは合わないような気がします。


 イワナに黄身を塗り、その上からパン粉を塗し、フライパンで熱した鶏油にダイヴさせます。


 ジャウジャウと油と水分が弾ける音はどことなく食欲を掻き立てます。


 適当に焼けたらひっくり返し、その合間合間にパンを薄く切っていきます。

 フライのサンドイッチなんか朝食に相応しいと思いませんか? 思いますよね。

 今日はちょうど魚の気分だったのが功を奏しました。

 もちろん、テンション的な意味です。


 きちんと火が通ったら、今度は油を切り、そのままパンの上に置きます。


 そこにルーティアンから生まれたタルタルソース。

 これはピットラット先生の作ったものです。

 さらにレタスを乗せてパンで挟めば粗方は完成です。


 正方形のフライサンドを三角形になるように対角線で切って出来上がりです。


 学園長からおすそ分けしてもらった紅茶を淹れる頃にエリエス君がやってきて、一緒に朝食を頂いたという流れですね。


 測ったかのような登場でした。

 まぁ、手伝えとは言いませんが、エリエス君は料理ができるのか、できないのか。

 少しばかり興味はあります。


 なお、今回の感想は、


「特筆すべきところはありません」


 また同じでした。


 いや、ここは脳内変換してみましょうか。

 エリエス君的には美味しかったと考えれば……、無理です。

 本当に味覚が備わっているのか、ちょっと疑いそうになりますね。


 毎回、全部食べているのでまずく思っていないことは確かでしょうが。

 反応が欲しいですよね、本当に。


「手抜きではありません。正確には適材適所で頑張る、ですね。実際、術式具元師の仕事は鍛冶屋と密接な関係にあります。事は金属を扱う仕事ですからね。鍛冶屋との連携は必須になります。例えば――」


 食器を片付けているとエリエス君が何も言わず、そっと水桶の前に立ちました。


 なるほど。手伝ってくれるようです。

 なので木皿を適当に渡し、自分はフライパンの油汚れにチャレンジです。


 ですが何時まで経ってもエリエス君は動きません。

 じっとこちらを見ています。


 なんでしょうね。

 自分の顔に何かついているのでしょうか?


 いや、違いますね。

 もしかして食器を洗ったことがない、とかですか?


 一体、どんな生活をしていたのでしょうか。

 普通なら食器の一つくらいは洗った経験があるでしょうに。

 貴族のお嬢様でもあるまいし。確かエリエス君は施設出身ですから余計に炊事洗濯に関わる機会はあったはずです。


 孤独の施設アインシュバルツ。

 どんな施設だったのでしょうか。


「――木皿はあまり汚れていないので、さっと水につけて布で拭き取ってください。で、君たちも知っている術式具に使う基盤でもある金属板。これを板にするのは鍛冶屋です。鍛冶屋に依頼するんですよ。これこれこういう規格の基盤を作ってくれ、とね。自作やオリジナルの術式具の場合は設計図や口頭で基盤を説明します。どちらにしても鍛冶屋が鍛造してくれないと術式具元師は鍛造も手がけないといけなくなりますからね」


 今回は特殊な形の基盤や形状の装飾台が必要になります。

 さすがに自分一人でやっておける時間がなかったのでヴァーギンに設計図を渡して、作ってもらいました。


 自分がやることと言ったら、金属板に術陣を刻み、組み立てるくらいです。


「エリエス君が術式具元師になるのでしたら、絶対に鍛冶屋とは顔を合わせるので覚えておいた方がいいですよ」

「わかりました」


 エリエス君が本当に術式具元師になるつもりがあるかどうかはわかりませんが、それでも前知識くらいは教えておきたいですね。

 突然、店を開きだして破産なんてしようものなら、自分の教え方が悪かったことになります。


 こうして考えると、誰かに教えるということはその人の人生にも関わっていくんですね。

 当たり前のようですが、無責任ではいられません。


「終わりました」

「はい。よくできました」


 濡れた木皿を受け取り、食器立てに置きます。

 自分も洗い終わったので、ちょうどいいタイミングですね。


「そろそろヴァーギンさんのところで荷物を取りに行きましょうか」

「運んでこないのですか?」

「ヴァーギンさんはド・ヴェルグ族ですから日中は歩きたくないでしょう。周囲に小僧や弟子が居た形跡もなかったので、おそらく一人です。そういう場合はこちらが人を手配するものですよ。自分で取りに行けるのでしたら、その限りではありません」


 もっとも状況によっては鍛冶屋から赴いてもらうこともあります。

 この辺は状況によりけりな部分が強いですが、製造元との関係性に依存する部分もあります。


 まぁ、どっちが強い取引の間口を持っているかで決まります。

 今回は純粋に自分の気遣いです。


「自分が相手の立場ならどうすると良いのか。良い人間関係を築くことが仕事の秘訣と言っておきましょう」

「……人との関係にも頭を使うのですか」

「頭を使わない関係なんて気心の知れた相手か、事切れた相手くらいなもんですよ」

「事切れた……? 物語でよく好敵手に敬意を払う場面があります」

「生きていた相手に敬意を払うのですよ。死体に敬意はいりません」


 所詮はモノです。

 金属板と変わりません。


「だからこそ丁寧に扱わないといけないのですよ」

「わかりません」


 でしょうね。

 そんな経験、知らなくていいんですよ。


 少なくとも君たちにはまだ早いと思います。

 ドアを開け、エリエス君が出たのを確認したらドアを閉めます。


 鍵はそのままポケットへ。

 ローブは、置いていきましょう。

 休日くらいは義務から開放され、てませんね。


 気分は解放されたい、ということでローブはなしです。

 並んで【宿泊施設】まで歩きますが、やはりエリエス君は楽でいいですね。


 あまり喋る必要もなく、しかも明確に疑問を口にしますからね。


「荷車は向こうが用意しているでしょうし、手ぶらで助かりますね」

「先生」

「なんですか?」

「レギンヒルト試験官はどうしてあそこまで先生に執着するのですか?」


 こけそうになりました。


 あれ? エリエス君、そういうのに興味なかったんじゃないんですか?


「異常。あきらかにおかしい。婚約者というのはそういうものなのですか?」


 クリスティーナ君の決闘で有耶無耶にはしてくれませんか、そうですか。


「婚約者と言っても男避けですよ、男避け。たまたま気心が知れた相手だから選んだだけですよ、きっと」

「でも先生を見るレギンヒルト試験官の目はおかしい。輝いています」


 輝いちゃってますかー、俗に恋する瞳というヤツですね。

 困ります。


「エリエス君が興味を持った時と同じ目ですね」

「私はあんなおかしな目をしたことはありません」


 驚異の生き物が目の前にいました。

 この子は一体、何を言っているのでしょう?


 好奇心全開の時のエリエス君のアグレッシブさは異常ですよ?

 グイグイきますからね。真実、心が引きます。


「まぁ、どうなんでしょうね実際。エリエス君も好きな異性が出来たらわかると思いますよ」

「どうやってできますか?」

「それは、どう答えろと?」


 さすがに本能の領域を口にはできません。

 だって、あんなもの、どんな理屈でも間違っているような気がしません?

 正しいかどうかすら本人にもわからないものじゃないですか。


「先生にもわからないことがあるのですか」

「全知全能ではないですからね。経験でしかわからないことというのはあります」


 一応、納得してくれたようでこれ以上の追求はされませんでした。


 恋愛まではさすがに教師をやれませんよ。

 こっちだって身に余っているというのに。


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