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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
170/374

悔しさの証は足元に落ちる

 良い勝負どころの話ではありませんでした。


 心は深く、落ち込みそうです。

 クリスティーナ君には悪いですが、言った通り勝てる可能性は限りなくありませんでした。

 そのためにルールまで設けて、少しでも勝てる可能性を増やしました。

 勝てるかもしれないという希望を見出すくらいには勝率を上げたつもりです。

 それでも勝つ可能性は低かった。


 現実はどうでしょう。


 六本の大理石の支柱が特徴的な【野外儀式場】。

 そこにはいつもどおりのレギィと、


「そんな――」


 へたりこんだクリスティーナ君でした。


 ギャラリーに自分とマッフル君、セロ君、エリエス君、リリーナ君です。


 他に変わったところは儀式場を傷つけず、しかし射線上に伸びた貫通跡。

 勝負の行方が分かる跡でした。


 予想外でしたね。

 ある意味、予想通りというかなんというか。


 ワンターンで終わりました。


「レギィの勝ちです」


 自分は立会人としての仕事を果たすために、勝利者を告げました。

 ですがクリスティーナ君には声をかけれませんでした。


「マッフル君。良きライバルとしてクリスティーナ君のザマをどう思います?」

「ライバルじゃないし。でもアレかな。たぶんクリスティーナのママはタイニー・エル・レジナントにそっくりなんじゃない?」


 マッフル君のジョークにも暦学の影響が出てきてますね。


 タイニー・エル・レジナントは近代歴史の人物です。

 50年ほど前、レジナント領から華々しくデビューした社交界の女傑ですが、後に育てた子供達は皆、プライドばっかり折れやすい性悪になってしまったというお話です。


 その性悪を処刑したのは自分とバカ王なので、まぁ、関わり合いがないわけでもありません。


「ちょっと言い過ぎですね。少なくともタイニーの子供達と比べるのならクリスティーナ君は遥かに根が素直です」

「花がフリル製なんでしょ。きっと中身に針金が入ってるし」


 根があまり素直じゃないマッフル君は、素直に褒めませんね。

 要するにある程度、クリスティーナ君を認めているとも取れます。


 だから、マッフル君はこう言いたいのでしょう。


「頑張ったんじゃない? 術式はよくわからなかったけどさ」


 きっと術式だと、マッフル君はあそこまでクリスティーナ君みたいに耐え切れなかっただろうから。

 だからこその慰めの言葉なのでしょう。


 そう、決闘の内容はあっけないものでしたよ、えぇ。

 さっきまでの決闘の中身をもう一度、ぶちまけましょう。


 そして、自分がかけるべき言葉を見つけたいと思います。


「お先にどうぞ、クリスティーナ子爵」


 レギィは手のひらを差し出して、クリスティーナ君に初手を譲りました。

 まだ有情ですね。


 レギィからすればクリスティーナ君は遥かに格下です。

 譲るくらいわけないということでしょう。


 しかし、クリスティーナ君は無駄にそう思わなかったようです。


「一撃で終わらせてあげますわ! その余裕が足をすくうとお知り遊ばせ!」


 無駄に自信満々なポーズと共に気合の入った声をあげました。


 敗北が前提なせいでしょうか?

 濃厚な三下臭が漂ってきました。


「解説のエリエス君。どう思いますか」

「授業を放り出して私たちは何をしているのかと問いかけたい気持ちです」

「奇遇ですね。先生も同じ気分です」


 解説のエリエス君の瞳は無感動でした。

 たぶん、授業して欲しいのにこんな負けが決まっている決闘を見なければならないことに意味を感じられないのでしょう。


 あいかわらず知的好奇心以外のことにはドライですね。


「ですが、まぁ、クラスメイトが頑張っているのですから応援してあげてください。もしかしたら、もしかするかもしれませんよ」


 ジャイアントキリングと呼ばれる心理作用は、ギャラリーを大いに沸かせます。

 格下が格上を倒すという、ようするに番狂わせのことです。


 ありえない幻想の結果を裏切りと共に驚かせる、心躍る勝利。

 クリスティーナ君なら期待してもいいんじゃないでしょうか、たぶん。


「先生は本当にそう思っていますか?」


 全然? と言ってあげたかったですが自分にも立場がありますからね。


「もちろんです」

「目を見て言ってください」


 無自覚に疑う瞳を直視できない自分を許してください。

 正直、ルール有りとはいえ、決闘を認めたことすらまだ迷っているんですから。


 さて。ルールは一応、説明したつもりですが相手がレギィですから念を押しておきましょう。


「レギィ。ルールは覚えていますね?」

「ヨシュアン。心配しなくても大丈夫ですよ」


 落ち着き払った声でレギィは答えます。


「必ず勝ちますから」

「でしょうね。勝てなかったら【タクティクス・ブロンド】の位を王に返上してください」


 別にレギィが自信満々というわけでもありません。

 外に出たら空気が変わるくらいに、当たり前のことなのです。


 【タクティクス・ブロンド】が勝利することは。


「わかりました。代わりに私が勝ったら参礼日に一緒にお出かけしましょう」

「すみませんが先約があります」


 ちゃっかりデートの約束を取り付けようとするんじゃありません。


「なら私が勝ったら先生には今までの謝罪をしてもらいますわ!」

「何を謝罪しなければならないのでしょう。先生、ちょっとわかりません」

「今までの無体のことですわ!」

「なら問題ありませんね。オシオキは無体ではなく教育です」

「あー言えば、こー言いますわね……」


 ジト目で見られても何も出ませんよ?


 しかし、この二人を見ていると本当に不安になってきました。

 特にクリスティーナ君にはちゃんとルールを理解してもらわなければなりません。


「一応、もう一度ルールを説明します。攻守交代制で使用術式は初級のみ。結界に阻まれたり貫かれたりした場合に交代となります。結界は万能結界や白黒属性は禁止。近接格闘の類も禁止です。攻撃術式は基本四色まで。勝利条件は結界を貫くことですが、『結界を超えて着弾した』と自分が判断した場合も貫いたことと見なします。なお、双方が攻守で結界を貫通した場合、それぞれ勝利条件を満たした場合ですね。延長戦としてもう一度、攻守交代で術式を撃ち合います」


 レギィは格闘や剣術の類が全く出来ません。

 ルールを設ける以上、クリスティーナ君だけが有利になるのも避けたかったのです。


 ようするに固定矢台同士の打ち合いです。


 結界を盾に矢という術式を防ぐという感じでしょうか。

 もっとイメージ的に言うのなら、盾を構えた剣闘士同士が一撃交代で交互に戦う感じです。


 さて、術式師同士がこうして戦う場合に一番、必要なことはなんでしょうか?


「先生。もしも同じ状況だった場合、どうやったら勝てますか?」


 エリエス君もルールを聞いて、疑問に思ったようです。


「相手の心理を読む『予測』。そして、もう一つ必要ですね」

「もう一つ……」


 エリエス君が問題を聞いて考え始めました。


 まぁ、これは簡単ですね。

 タイミングです。


 レギィは源素を見る『眼』持ちです。

 一方、クリスティーナ君は『眼』を持っていません。


 結界を張ればレギィには結界の色が見えます。となるとクリスティーナ君が選んだ色以外の術式を使えば簡単に結界を貫けます。

 逆にクリスティーナ君から見れば、レギィがどの結界を使ってくるかわからない。


 クリスティーナ君はレギィに見られないように、レギィが術式を使った後に結界を張らねばなりません。


 こうして考えると『眼』持ちが如何に術式戦においてアドバンテージになるのかがわかりますね。


 この状況を打破するためにクリスティーナ君はレギィの虚を突かねばなりません。


 いくら素早さの観点から『結界>攻撃術式』の公式が成り立つとしても、虚を突かれたら意味がありません。

 レギィの結界に防がれる前に『着弾したと判断された』のなら、十分、勝利条件になります。


 もっともそれしかできないと踏んで、クリスティーナ君のために選んだ勝利条件です。


 防衛時もレギィの術式に合わせて結界を張らねばならないので、タイミングが問われますね。

 この場合は反射神経がものを言います。


 さすがにクリスティーナ君もそのことに気づいているはずです。

 そこまで頭が可哀想な性格でも成績でもないでしょう。


 術式の知識はエリエス君とタメを張れるレベルです。

 それでもって戦闘勘も悪くない。


 十分、勝てる条件はそろっているはずです。


「では、始めますよ。ルーカンの名の下に両者、名乗りなさい」

「ジークリンデ領領主。レギンヒルト・ジークリンデです」

「ハイルハイツ家が頭首ディラクシールの娘! クリスティーナ・アンデル・ハイルハイツ!」


 自分はクリスティーナ君とレギィ、両者十歩の距離の真ん中に立ち銅貨を指に乗せました。


「両者の健闘を祈る!」


 略式の文言を諳んじて、自分はコインを弾きました。

 それはあっけなく地面に落ちて、決闘の合図としました。


 両者は動きません。

 ルール上、動く必要がないからです。


 自分は悠々と二人の真ん中から距離を取り、生徒たちのところに帰ってきました。


 セロ君がハラハラしながら二人を見てますが、自分が見ていることに気づいて、おずおずとしながら口を開きました。


「クリスティーナさんは、勝てるのですか?」

「そうですね。チャンスは一度きりです」


 落ち着かないセロ君の頭を少しだけ撫でてあげました。


「まぁ、ルールの穴に気づかないと負けるでしょうね」


 自分が作ったルールはわざと一部分、穴を開けています。

 それをどう利用するかがクリスティーナ君の勝利に繋がるでしょう。


 緊迫している空気を放つクリスティーナ君とは対照的に、レギィは余裕そうです。

 実際、余裕なのですから緊張する理由はありません。


 せっかく『王に位を返上しろ』とまで言って揺さぶったのに、意味がないですね。


 しかし、いきなりクリスティーナ君の顔に不敵な笑みが貼りつきました。

 なんでしょう、このダメな感じ。非常に不安です。


 そして、じりじりとレギィを警戒しながら……、警戒する必要もないんですけどね、このルールだと。

 ともかくレギィを中心に円弧を描くように移動したと思うと、


「行きますわ!」


 突然、叫び始めました。


 タイミングが重要だって言ったじゃないですか。

 何、叫び出してるんですか。


「リオ・ミルスト!」


 クリスティーナ君が地面に手をついた瞬間、クリスティーナ君の周囲を濃い霧が満ちました。


「ミルストってなんの術韻?」


 マッフル君が首を傾げて聞いてきました。


「ミルストは霧を意味する術韻ですよ。あのように周囲を霧で覆います」

「攻撃術式じゃないじゃん。どうやって霧で相手の結界を壊したり、貫いたりすんの?」

「あれは攻撃のつもりで使ったわけではありませんよ」

「ん? でも術式は一回撃ったら終わりなんじゃ」

「ルールをよく聞いていましたか? 先生がどう説明したのかを思い出しなさい。ちゃんと答えはあります」


 頭を使うために腕を組んで悩みだしたマッフル君。


「はい」

「手をあげて質問するようにとは言いましたが、さすがにこの状況でやられるとは思いませんでしたよエリエス君」


 せっかくなのでエリエス君の答えを聞きましょう。


「ではエリエス君」

「はい。『結界に阻まれたり貫かれたりした場合に交代』ということは『相手の結界に術式が当たらなければならない』とあの術式は交代の条件を満たしていない。だから『術式を使う』ことは交代条件を満たさない。相手に当たらないと意味がありません。当たるまで何発も撃っていいと解釈します」

「はい、正解」


 ルールの穴、一つ目ですね。

 ここまで聞いてマッフル君もようやく合点がいったようです。


「もしかして、術式を見られないようにするための煙幕?」

「そのつもりのようですね」


 クリスティーナ君の作戦は煙幕で術式を隠すことでした。

 これなら『眼』で源素を見られる心配はありません。

 『眼』によるアドバンテージをなくすことで条件を五分に、いえ、クリスティーナ君に有利な形にするように運んだのです。


 よしよし。普段の態度が嘘のようにいい形ですよ。


 ですが霧のせいで審判の自分も見えないんですけどね。

 この術式、発生源と現象が分かれている代表的な術式です。


 つまり、この霧自体は物理現象なので青属性の結界では防げないのです。


 もっとも霧の防ぎ方なんて無数にありますけどね。


 霧が自分たちまで覆わないようにリューム・ウーラテレス、風の結界で霧を追い出しました。


「どうやら準備ができたようですね」


 霧がクリスティーナ君の姿をすっかり隠してしまいました。

 『眼』を開いてみても集まってきた青属性がカーテンのように邪魔をしてクリスティーナ君の姿が見えづらいですね。


 この状態で……、あ。

 自分はこの作戦の問題点を見つけて、密かに臍を噛みました。


 霧の向こうからレギィに向かって一直線に伸びる不可視の線。

 リューム・センですね。

 フラムセンの下位互換術式ではありますが、利点が一つあります。


 リューム・センは空気圧縮の槍です。

 フラムセンが源素を圧縮して撃つので特性の【発色】が軌跡として描かれるのに対して、リューム・センはまったく見えません。


 見えない場所から術式を特定される前に、見えない術式で撃つ。


 クリスティーナ君はよく考えました。

 王族は真正面から堂々……、なんて言わずに持てる知識から知恵を振り絞り、レギィを倒すために必要な行動を取れるようになりました。

 最適解を見つける努力が垣間見えました。


 ですが、だからこそ。


 クリスティーナ君の術式はあっけなくレギィの展開した緑属性の結界に防がれました。


「……うそ」


 クリスティーナ君の小さな声が聞こえてきました。

 自信があったのでしょう。


「驚きました。霧の向こうからの何時、術式が来るのかドキドキしました。では私の番ですね」

「何故、アレを……」


 防がれたのか、と言いたいのでしょう。


「リューム・ウーラテレス」


 今度はレギィが霧を吹き飛ばすための術式を使います。

 あっけなく霧は晴れ、クリスティーナ君の姿があらわになりました。


 クリスティーナ君の作戦は間違えではありませんでした。

 しかし、如何せん技術が足りませんでしたね。


 簡単な話です。

 術式は周囲の源素を使うものです。

 それをクリスティーナ君は忘れていました。


 青の源素を使って周囲を霧で覆うということは必然、周囲に青の源素で満たすということです。


 密集した青の源素の中で使用できる属性は決まっています。

 まず反対属性にもなる赤は使えないでしょう。効果が半減するどころか、構築すらままならない可能性があります。

 次に黄属性。これは霧がある以上、使用できません。何故なら霧は身体を濡らします。

 そんな中で雷関係の術式を使った場合、感電の危険性があります。


 クリスティーナ君も望んで感電したく……、はないと信じています。びりびりハリセンを受けるようなことばっかりしていてもです。


 となると青か緑の二属性しか選択肢がありません。

 そして、その二つの中なら威力、源素の集まり具合から青を使うのがもっとも効果的だったのでしょう。

 しかし、それは当然、読まれやすい手です。

 なのでクリスティーナ君は相手の虚を突こうとした結果――緑属性を選びました。

 

 当然、レギィは裏を掻こうとするクリスティーナ君を予測して、いえ、推測して緑属性の結界を選んだのでしょう。


 【支配】ではありません。


 純然なロジックで積み上げられた確率の高い推測です。

 クリスティーナ君の積み上げた最適解を最適解で返したわけです。


「クリスティーナ子爵。私は緑属性を使います」


 レギィの宣言にクリスティーナ君は柳眉を逆立てました。

 舐められているとしか受け取れなかったのでしょう。


 すぐに怒鳴るかと思いきや、クリスティーナ君は大きく息を吸い込んで、まっすぐレギィを睨みつけました。


 拙くても精神抑制技術を使って、怒りを沈めました。

 怒りは赤の源素を呼び、緑の源素を遠ざけるので、緑属性の結界を張ろうと思ったのなら怒りを沈めないといけません。


 勝とうとする意思がありました。

 今までの自分が教えた技術、その全てを駆使していました。


「信じるか信じないかはクリスティーナ子爵の……」

「構いませんわ。裏切ろうが宣告通りにしようが、その傲慢に対する制裁は勝利を持って償わせるのみですわ」

「良い矜持をお持ちですね」


 ですが、クリスティーナ君。

 違うんですよ、それは。


 すぐに結界を張り終えたクリスティーナ君につい叫びそうになりました。


 『もっと全力で結界を張りなさい』と。

 多重構造結界を使えるかどうかわかりませんが、全力かつ全霊で、です。


 しかし、自分が立会人だということを思いだし、言葉にできずにいた瞬間――


「リューム・フラムセン」


 緑の光線はあっけなくクリスティーナ君の結界を貫き、クリスティーナ君の耳元を通過していきました。

 その威力は轟音と共に小さな岩に細い点を穿ち、遠くの木に貫通しても止まりませんでした。


 ただの初級術式です。

 ですが自分たち【タクティクス・ブロンド】が本気でアレンジした初級は、結界くらい破壊します。


 何故なら内紛時において。

 いえ、内紛以前から構想され、未だ構築が続く【結界殺し】の術式は対術式騎士用に編み出されたものだからです。


 術式師の術式をものともせずに近寄り、結界で身を守る術式騎士を殺すための術式。

 術式騎士のアドバンテージを如何に殺すかを重きにおいた術式構想。


 【戦略級】【戦術級】の二つは、このコンセプトを源流にして作られたものなのです。


 そして【結界殺し】の本質は【源素融合】。

 術式に不純物を混ぜることで単色結界に負荷をかけ、壊しやすくしたのです。


 レギィは緑属性にわずかな青を加え、可能な限り貫通力を高めるアレンジをし、宣言をすることでクリスティーナ君が緑の結界しか使わないようにしました。

 結果は見ての通りです。


 この女、本気でした。

 決して一切の手加減もなく、圧倒的に負かしました。


 この場合、自分は何について怒るべきでしょうか。


 レギィという【タクティクス・ブロンド】を舐めていたクリスティーナ君か。

 生徒に対して【結界殺し】まで使ったレギィか。


 少なくとも自分は怒ることだけはできませんでした。

 簡単な理由ですよ。


 どんな結末になろうとも、この決闘を許可したのは自分です。

 その責任は自分にあります。


 ならば見通しの悪さは自分の未熟だと思いましょう。


「レギィの勝ちです」


 ジャイアントキリングなんて起こりはしませんでした。

 ただ純然たる技術の差と、思考の優劣だけでつけられた勝敗。


「負けて当たり前だと言ったでしょう」


 決着を言い渡し、マッフル君と会話した後、自分は項垂れて地面に爪を立てているクリスティーナ君の傍に立ちました。


「今の君と【タクティクス・ブロンド】はそれほどまでに差があるのです」


 金の髪のせいもあるのでしょう。

 顔はよく見えません。


「ですが、よく頑張りました」


 その髪をポンポン、と撫でてやりました。


「自分が教えたことをちゃんと理解して精一杯、戦いました」


 想像以上でした。

 あんなに授業妨害ばかりしているのに、自分が教えたことはきっちりと守って戦っていたのです。

 少なくともクリスティーナ君と同じ技量と条件だと仮定した自分があの場に立てば、同じことをしたでしょう。


「だから悔しいのはわかりますから」


 その上で勝つ。

 自分はよくそうやって戦ってきました。

 今、生きている以上はその全ての賭けに勝ってきたとも言えますね。


「泣いても恥ずかしいとは思いませんよ?」


 必死で噛み殺しても、溢れてくるものはポタポタと地面に落ちました。

 悔しさの証です。

 でも、衝動を押し殺しすぎて「うぇぐえ」と嘔吐くのは止めてください、汚いです。


 ようやく待ち望んだ午前授業の終わりの鐘が鳴り響きました。


 不器用にしか慰められない自分は、クリスティーナを慰めるように撫でてあげることしかできませんでした。

 あと、背中もトントンと叩いてあげました。


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