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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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術式なんて後からついてくるものです

 密かに自分が細心の注意を払っている授業がある。


 【タクティクス・ブロンド】でありリーングラード学園の術式担当の教師、自分がアロンアルファを使ったトランプタワーくらいに注意を向けてる授業。


 体育も錬成も数学も、教養……、はまだやってませんが。

 ともかく、数々の授業をこなしてきた自分でも、不得手とする科目なのだ。想像を絶するといい。


 実は、術式だったりする。


 術式担当なのに、術式を教えるのが非常に難しい。

 見た目、そつなくこなしているように見えて、内心、汗ダラダラなのだ。


 理由は簡単。術式はめちゃくちゃ危険な代物だからです。

 自分がそこら中、術式使いまくっているのは自分だから使うのであって、他人にやらせるなんて考えられない。どこでどう暴発したっておかしくない。

 暴発しないように、生徒たちに教えているものの安全なんてないようなものなのだ。


 何せ、術式は感情に強く左右される。


 例えば、こんな――


「もー――我慢なりませんわ! いちいち揚げ足取るような台詞を言わなきゃ貴方しゃべれないのかしら! 愚民で下郎で下等生物だと思っていたけれど、その項目に蛮族も加えなきゃいけないかしら!」

「当然のことを言っただけじゃん! 間違ってることを間違ってるって言って何が悪いの? 自分が指摘されたからって逆ギレで突っかかって来て! 我慢ならないのはこっちも同じ!」

「いいでしょう。いい加減、お互い白黒つける時が来たようね!」

「中庭に飾りつけて『惨敗フリル』って題名つけてやんよ!」


 ――時に術式でも使ってしまったらどうなることか、わかろうものだ。


 今回の喧嘩の理由は、クリスティーナ君が問題をイージーミスし、そのあまりの無様っぷりをマッフル君が笑ったことだ。

 その結果はいつもどおり。

 枯れ野に火を放つ勢いで炎上し始める二人。

 そのたびに授業が中断する。


「エリエス君。どうしてこの二人はこう喧嘩ばかりするのだと思いますか?」

「はい。それは同類で同レベルで気が合うからだと思います」

「どのような流れでその結果を導いたのか興味ありますね」

「まず、お互いの生まれが平民と貴族、この異なる環境で育ってきた過程があります。好き嫌い一つとってもお互いが共通すべきことがありません。共通すべきところがないということは共感できないということです。共感は親近感を呼びますので、相手に対して好意を抱きづらい、ということが挙げられます。しかし、両名とも自分の生い立ちには自信を持っています。マッフルさんは商人であること、クリスティーナさんは貴族であることに。本来なら交わらないもの。関係性だけ見ればマッフルさんが折れることでこの仲は上手く回るとされますが、この教室という環境が二人の仲をものの見事に悪化させる要因の一つになっています。教室の中では商人と貴族という関係はないも同然。先生という上位者、生徒同士という関係性こそが私たちを繋ぐ糸になります。そうなるとお互い地位も立場も同じ。引く理由になりえない。となれば二人はお互いを無視するのがベストな答え。にも関わらず関係をもとうとしているのは、お互いがお互いに気になっているという証左になります。観察結果ではお二人は得手不得手こそ違うものの総合点は同じ。自分は誇りある生まれであるのに相手と同じ点数、という納得できないのだと推測しています。他にもセンス、美容の方向性、許せる部分から許せない部分まで正反対と言えるでしょう。これらの情報から、お互いが同じレベルであり、同類であり、お互い気が合わないという気の合いようが原因、という結果を導き出しました」


「ブラボー。エリエス君。百点満点中百二十点です。さすがはヨシュアンクラスのエースですね」

「それほどでも」


 最近、解説役にも重宝しております。

 この子、弱点がないからなぁ……、強いて言うなら14歳というマッフル&クリスと同じ歳なのに12歳のセロ君と体格が一緒ということくらいかな?


「個人的な意見も聞いておきましょう」

「結婚してしまえと思います」

「エリエス君。飛躍しすぎです」


 女の子同士ですから。自分、同性愛だけは生理的に無理です。男女問わず。


 自分が考えた理由以上の理由を言ってくれたので、花丸シールをあげました。

 もらったエリエス君はちょっと小首を傾げてシールを物珍しそうに弄ってる。

 剥がれた瞬間、目を見開いた顔がちょっと新鮮でした。


「解せぬ」


 呟くエリエス君はともかく。

 さすがにこう喧嘩が続くと、セロ君もオロオロし始めるし、リリーナ君は寝ようとする。夫婦喧嘩はリリーナ君も食わないのだ。


 さて、この喧嘩、とっとと終わらせましょう。


 額をつき合わせて歯を剥き出しにしている二人に、気配を消してこっそり接近、二人の頭をガッツリと掴む。せーの。


「ウル・フラァート」


 バチン、と甲高い、ゴムが弾けるような音と共に二人が倒れる。

 もう見慣れた光景なのかエリエス君もリリーナ君も驚かない。びっくりしているのはセロ君だけ。ようやく授業を始めるのかとリリーナ君も居住まいを正す。


「黄属性の、放出、接触……、黄属性の電を身体に流す術式ですか?」

「術韻を読みましたね。そのとおりです。こうやって術式はやり方さえ分かれば、人を容易く傷つける武器になってしまうので注意しましょう」


 使う人次第なのは武器と同じです。


「……同じ術を使っても、こうはならない。木が爆発する威力なはずなのに、先生のはどうして見事に二人を失神させるだけで済ませられるのですか?」


 あら、術韻は読めても陣は読めなかったのか。


「……そうですね。それは次の術式の話にしましょう。次の授業は儀式場を使います。つまり、ようやく実践ですね」

「マジで!?」


 いち早く目を覚ましたマッフル君が、ガクガクしながら頭を上げてくる。なんか怖いなー。

 初日はビビっていたのに、ここ一週間で何度も術式を受けているせいか、もう慣れっこです。

 さすがにこう何度も喧嘩の仲裁のために術式を使っていたら、疲れてきます。

 なんか(自分の)身体に良い、(対象者に)ダメージを与えられる術式具でも作ってみますか。


「その前に毎度、毎度、授業妨害に対する謝罪が見られませんね?」

「ごめんちょ?」


 とりあえず殴っておきました。もちろん頭の天辺ですよ?

 痛みで悶えるマッフル君を放置して、クリスティーナ君も脇腹を蹴って、叩き起しました。


「あ……、貴方という教師は! 何度、私にこんな無体を!」

「授業妨害しなくなるまでです。反省なさい」


 ぐっ、と詰まるクリスティーナ君。

 あのね、正論言われて黙るくらいなら、最初っから喧嘩するんじゃありません。


 これらの行為が非道いと思った方。

 時間が限られている状況で、人の話を聞かない彼女らを見事、説き伏せて見せてください。話はそれからだ。おう、やって見せたれや。そして心折れたら一緒にお酒でも飲もう。自分、下戸ですが。


「さっきも言いましたが、次の術式は実践です。そろそろ実際に術式の発動をさせていきましょう」


 そのために何度も基本を教えてきました。

 他のクラスはもう術式実践に入っているというのに、自分は断トツのビリです。

 このクラスのフリーダム具合だと暴発の可能性、大だったんですもの。慎重にもならぁさ!


「ちょうどいいので実地で開幕テストでもしましょうか」

「せっかく実践なのに、何、そのおあずけ状態!?」


 マッフル君から悲鳴が上がる。無視ですよ、んなもん。


「今までのおさらいですので、点数悪かった人は……」


 ニコリと笑ってみる。

 生徒が冷や汗を流して……、待てリリーナ君! 窓から逃げようとするな!


「と、ともかく、儀式服は禁止、体育で使った服で来なさい。以上!」


 逃げるエルフの頭を掴んだまま、授業が終わったのだった。


 いやぁ、どうなるか不安でたまりません。


 どうせ攻撃術式はやらないから安全性は確保されているようなものだけど……、この子たちはそういうのアテにならないからなぁ。


 しかし、妙に実践に食いつきいいなマッフル君。

 またぞろ妙なことにならないといいが……、まぁ、なったらなったでどうにかするとしましょう。


 この子たちの教師やってますから。


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