取り決めましょう、勝つまでは
まだ授業が終わるまで少し時間がありました。
これほど授業の終わりを望んだことはありません。
ですが、時間が余っている以上、仕方ありませんちくしょう。
レギィと自分。クリスティーナ君。
そして、ぞろぞろと生徒たちもドアから入ってきました。
もはや自習どころかお勉強の形すら成していません。
天を仰いでも太陽は何も応えませんし、生暖かい風も同様です。
自分がやらないとダメということですね、わかりました畜生。
「で、いきなり何を言い出すんですかクリスティーナ君」
プスプスと身体から煙を上げたクリスティーナ君はブスリと仏頂面でそっぽを向いていました。もちろん正座で。
思いっきりびりびりハリセンで叩いてあげましたからね。
ただ、やっぱりというか手馴れたもので、すぐに回復してきました。
「ヨシュアン。いきなり何をするのです。婦女子に術式具を使うだなんて」
「あまりクリスティーナ君を甘くみないほうがいいですよ」
至極当然なレギィの叱咤に、自分は当たり前のように返答しました。
「彼女とマッフル君は結構、高い抗術式力がありますから」
自分が散々、びりびりハリセンで殴り続けましたからね。
今では出力を高くしないと気絶してくれません。
「だからと言って」
「言っても止まらないから困っているんですよ」
今回にしても自分が止めろと言っても止まらなかったでしょう。
経験則は言葉以上にモノを言うものです。
というか何故、いきなり決闘?
最近、意味がわからないだらけでオーバーワークな気がしますね。
主に白い誰かさんのせいで。
「さて、クリスティーナ君。どうしてレギィと決闘をしようと思ったのですか?」
「別に先生には関係ないことですわ」
「エリエス君。説明をお願いします」
「はい。クリスティーナは以前、メルサラ・ヴァリルフーガにも同じことを言おうとしていました」
「んな! 裏切りましたわね!」
「別に約束してない」
いつの間に、というかなんて真似を。
「クリスティーナ君。先生、ちょっと自殺はオススメしませんよ?」
「負ける前提で話を進めないでくださいません!」
「では勝てるんですか? あの一人焼け野原に」
だんまりは雄弁な答えでした。
メルサラにも同じことを言おうとした、ということはまだ言っていないと考えて、さて、どうしてクリスティーナ君はメルサラに決闘を挑まなかったのでしょう?
「確かにクリスティーナ君は【タクティクス・ブロンド】に執着していましたね。高みがどうのこうのと」
訳のわからない供述を繰り返して、授業妨害していた頃が懐かしく感じますね。
まだ三ヶ月ですけど。
「先生の薫陶を授かっているからといって私はまだ己を高めることに諦めたわけではありませんの! 目の前に【タクティクス・ブロンド】がいるのなら挑むのがもっともその高みを知るに適しているはずですわ!」
言わんやとしていることはわかりますが、
「でもメルサラには挑めなかった、と」
「そ、それは……」
情報不足は否めません。
仕方ないのでもっと情報を……あ、いや待て。
メルサラがダメで、レギィである理由ですか。
「リリーナ君。メルサラをどう思いますか?」
「にぎやか~な人族であります、あと近寄ると暑いであります」
「さっきの授業のようにレギィからピリピリした感じはありますか?」
「先生みたいにエロエロした感じならわかるであります」
「よし、ありますね」
エロエロした感じって。
まるで自分がレギィに発情しているように言うのは止めなさい誤解です。
「え、エロエロ……ッ!?」
両手で口を隠して真っ赤になるレギィでした。
反応が生々しい上に初々しすぎます。
「はい、レギィも子供の言うことに過剰反応しない。ともあれ大体、わかりました」
【吸素原理】ですね。
リリーナ君はレギィの源素に対して反応をしますがメルサラには反応しない。
一方、クリスティーナ君はレギィには挑めて、メルサラに挑めない。
これが【吸素原理】の個人差です。
ですが正直に言いましょう。
【吸素原理】に関係なく、メルサラの威圧感にビビらない子供はリリーナ君くらいですからね。
ようやく理解しました。
クリスティーナ君の目的は『自身を高めること』です。
ゆえにもっとも高めてくれるだろう【タクティクス・ブロンド】からの薫陶を望み、そして、この学園に居るとされる【タクティクス・ブロンド】に教えを請おうとしたのです。
なお、その情報をもらしたゴシップをベルベールさんより頂いています。
実に巧妙な書き方をしていました。
まるで【タクティクス・ブロンド】が居る、とも、賛成しているだけとも取れる微妙な書き方です。おかげでこっちは大変だったのですから、これも復讐帳に記載済みです。
この計画が終わったら覚えてやがれバカ王。
まぁ、それは横に置いておいて。
すったもんだもありましたが自分から薫陶を授かっても目的にそえると考えたクリスティーナ君は、素直に授業を受けてくれるようになりました。
しかし、クリスティーナ君の中では目的はまだ継続中だったのです。
つまり【タクティクス・ブロンド】から何かを学ぶ姿勢です。
なのでメルサラがやってきた時、クリスティーナ君は喜んだでしょうね。
でも相手はメルサラ。【吸素原理】もあって近寄れなかった。そもそもメルサラの居場所が冒険者たちの詰所ですからね。
クリスティーナ君の性格だと気にせず詰所でも突入しそうですが、結構、内弁慶なところがある子ですから近寄り難かったのかもしれません。
ともあれ一目でハードルが高い相手だとわかります。
目の前に餌がぶら下がっている状態で、それでも耐えれたのは自分とメルサラの戦闘を見ていたせいでしょう。
クリスティーナ君から見て敵わないと思えるくらいには、力の差を感じたはずです。
まだ挑む時期ではない。
今は先生の下で頑張って力をつける時だ。
そう考えていたのでしょうね。
しかし、ここで予期しない人物が登場しました。
「なるほど、だからレギィですか」
メルサラと同じ【タクティクス・ブロンド】のレギィが試験官として現れたことです。
レギィもメルサラも有名ですが、まったく武勇がないレギィはメルサラより弱く見えたのでしょうね。
実際、見た目だけで判断したらお姫様みたいですからね、レギィは。
レギィの源素にクリスティーナ君が反応しなかったのも良い風に作用したのでしょう。
簡単にいえば相手にしやすいと思われているのですよレギィ?
「顔見知りでもありますし、メルサラより弱くて倒しやすそう。なおかつクリスティーナ君より強いかもしれないとなれば、絶好の修行相手ですね」
「ち、違いますわ! 先生はいつもそんな見透かしたようなことを言って貶めようとしているのですわ! 私はただ――」
「ただ?」
「戦って打ち負かしたいだけですわ!」
「はい、零点」
もう一発、びりびりハリセンを炸裂させました。
正座から五体投地に進化したクリスティーナ君ですが、これはクリスティーナ君のためです。
正直、他の【タクティクス・ブロンド】の中で黒を除き、もっとも決闘してはいけない相手を挙げるのなら自分はレギィを推します。
あの戦闘狂のメルサラすらレギィとの戦闘は避けます。
それほどの相手と理解していないのは、少々説得に難しいですね。
実際に体験してみろとは言えませんから。
「つーかさ。そんな情けない理由で試験官に決闘挑もうとしたわけ? このバカ」
「いきなり立ち上がって走り出したから、出歯亀に行く気だとばかり思ったであります」
「貴族が聞いて呆れる」
ここまで平民やエルフにボロクソ言われる貴族というのも珍しいというか、クリスティーナ君らしいというか。
「……人が黙って聞いていれば言いたい放題おっしゃって!」
「黙って倒れてる方が悪い」
エリエス君は相変わらず容赦ないですね。
ついでにツンツンと指でクリスティーナ君の背中を刺しているのはなんででしょうね? 挑発の一種ですか?
さて。どうしたものか。
「レギィ。本当に決闘を受けるつもりですか」
「もちろんです。ヨシュアンの生徒というのなら私も遠慮をする必要はありません」
「あんなこと言ってますよクリスティーナ君」
遊びも決闘も全力すぎて、この人とは勝負になりません。
以前、王都の店に来たレギィと二人で『開拓者』というボードゲームをしたときの話です。
それぞれ役割の違う木彫りのコマを駆使して、ワールドマップ上の陣地を奪い合う簡単な陣地取りゲームです。冒険者がよくやるお遊びですね。
今までこうしたボードゲームをしたことがないというレギィにルールを教えながら暇を潰していたわけです。
覚えの早いレギィは一発でルールを理解しましたが、所詮は初心者です。
初戦は自分が圧勝しました。
当たり前の結果です。
ですが、これが行けなかったのだと今では後悔しています。
最初は「もう一戦、お願いします」と静かに再戦を希望してきました。
まぁ、自分も暇つぶしのつもりでしたし快諾しましたよ?
レギィは徐々に徐々に、やり方がえげつなく、悪魔じみた作戦にシフトしていき――十戦やるころにはもはやその戦略に容赦がなくなりました。
自分が勝ち続けるたびに冷えていく声。
ボードゲームをしているだけの穏やかな昼下がりだったのに、どこか寒気がしてくる迫力に拒否はできませんでした。
影のかかった笑顔で自軍の兵士を一切の容赦なく犠牲にする様を見たときは、ちょっと帰りたくなりましたよ。でも自宅です。逃げる場所はありません。
この時、自分はレギィにだけは自軍指揮官にさせたくないと思いました。勝つ代償に兵士が理不尽な死に方をします。
死ぬのではなく、死に方です。
結局、レギィに歯が立たなくなるまで、時間にして昼が夜になるくらい続きました。
違うんですよ、遊びっていうのは勝つまでやるんじゃないんですよ。
皆と和気藹々と楽しむのが遊びなんですよ。
今まで遊びを知らなかったレギィだからこそ、手加減という概念が人とは違いすぎるのです。
この世間知らずに決闘なんかさせてみろ。
クリスティーナ君が血祭りですよ。
決闘は基本、自己責任で行われますが自分はこの子の教師ですからね。
危険な真似をさせられません。というかトラウマにさせたくありません。
「こんな清楚な顔をしてますが戦闘となるとえげつないですよ?」
「ヨシュアン? 何か言外にも、とても言いたいことが隠れているように聞こえます」
容赦がなさすぎてギャラリーが引く、とは言えません。
「悪いことは言いません。レギィとメルサラだけは止めておきなさい。本当に全力できますよ、この人」
「先生には関係ないことですわ! ハイルハイツの名を出して今更、退くなどという選択肢はありませんわ!」
クリスティーナ君は安定の早死するタイプですね。
言うと思っていましたが、本当に退かないつもりなのでしょう。
ならば方法は一つです。
「わかりました。決闘を認めましょう。もちろん立会人は自分です」
レギィとクリスティーナ君の目つきが妙に剣呑さを増しました。こえぇです。
「ですが試練前ということもあり、どちらが怪我をしても困ります。そこでルールを設けます」
限定条件下に当てはめてしまえばレギィも無茶はしないでしょう。
「簡単なルールですよ。どちらか片方が術式で攻撃し、片方は防御結界のみで対応します。防御結界を貫けば勝利。防御結界を貫けなかったら攻守交替。使う術式は下級術式のみ。全色対応の結界はなしです」
これなら怪我もなく済みます。
ポイントは結界を貫くことです。
必ずしも相手に当てる必要がありません。
それに最悪、どちらかに術式が当たるようなことがあるのならハッキングで無理矢理、術式を解除するという手が取れます。
「何故、先生が勝手に取り仕切っていますの! これはハイルハイツ家とジークリンデ家の……」
「ハッキリ言いましょう。今のクリスティーナ君がどの【タクティクス・ブロンド】と戦おうが敗北は間違いないでしょうし、何をされたかすら理解できません」
憤慨した顔で睨まれても事実です。
「高みを目指すための経験を積みたい、というのなら君は相手を間違えています。理解できないほどの強い相手と勝負したところで学ぶものなどありませんよ。死ぬだけです」
ちょっと意識をこめてクリスティーナ君を見返します。
「先生はクリスティーナ君をむざむざレギィに殺させるつもりはありません。真剣に止めたいのを我慢してまで、君の学ぶ姿勢を尊重しているつもりです」
「ヨシュアン? さっきから聞いているとまるで私が血に飢えた狼のように聞こえます」
「大差ありませんよ。【タクティクス・ブロンド】なんていうのは須らくそんなもんです」
まだ自分とエドが穏健派なだけマシです。
メルサラとレギィ、黄色いの、黒色ゴキブリなんかと決闘させれば生徒が死にますよ。
もっとも黄色いのはアレで手加減が絶妙なので『死ぬほど辛い負け方』をするでしょうが。
「手加減できない強者ほどタチが悪いと覚えていてください」
「手加減くらいできます。ヨシュアンは私が信用できませんか?」
「事、戦闘においてのみ信用できません」
そういうとレギィもムスッとしてしまいましたね。
クリスティーナ君は背中がムズ痒いみたいな顔で、自分を見ていました。
あんまりと言えばあんまりな言い方にちょっと傷ついちゃいましたか? 繊細な乙女心が傷ついちゃいましたか?
まぁ、今はレギィに色々と過去を含めて反省してもらいましょう。
「人質を捕られて立て篭った時、本気で【未読聖典】を使っていたのを覚えていますよ。アレのせいでこっちがどれだけ二の足を踏んだのか」
「昔の話です! それにその時はヨシュアンが助けに来てくれたではないですか」
「半分、死にかけたんですけど」
「そうやっていつも私をいじめようとする!」
【戦略級】が二人がかりでも突破できなかった【未読聖典】のオールレンジ防御陣を思い出して辟易しました。
【戦略級】術式すら跳ね返す概念結界も備えたマルチブルな結界の攻略なんて、もうやりたくありません。
「――くっ!」
突然、クリスティーナ君が走り出しました。
「ウル・バルド」
「ぎゃうん!?」
でも、目の前で逃げようとする生徒くらい、片手間で捕まえられますよ。
両手と足に黄属性の縄が巻きつき、バランスを崩したクリスティーナ君はそのまま顔面から床に倒れこみました。
痛そうなこけ方しましたね、アレ。
「どこへ行こうというんです?」
「先生を信じた私がバカだったのですわ! そんなぬるま湯のような決闘で何を学べるというのです! こんな術式! どうして外れないんですのー!!」
クリスティーナ君はまだ拘束術式を弾く方法を知らないんでしょうか?
拘束術式は基本、より強い力で負荷をかけると壊れます。
ウル・ウォルルムなどに代表される肉体強化術式が使えればいいのですが、今のクリスティーナ君はそこには気が回らない上に考える頭もないようです。
それにしてもまた変な風に考えて結果を出しましたね、この子。
「大体、ここは見送って後で追いかけてくるのが筋じゃありませんの! これだから先生は!」
「見逃した後にまた追いかけたら、二度手間じゃないですか」
「手間の問題ではありませんわ!」
「なら、なんです? 踊って待っていればいいんですか?」
自分、踊りはあまり得意ではありませんけどね。
そんなことして待つより、自分はクリスティーナ君の傍によります。
そして、無様に倒れているクリスティーナ君を抱き起こしました。
途中、噛みつかれそうになって一回、落としましたけど。
まぁ、些細なことです。
「何も学べない戦だというのなら学ぶための手段を教えましょう。君にとって理不尽かもしれませんが、それでも先生はクリスティーナ君の教師ですからね。それともクリスティーナ君」
だからそんな憎しみがこもった目で見ないでくださいね。
落としたのは悪かったと思いますけど、自業自得ですから。
「君はお膳立てされた学ぶ機会はお嫌いですか?」
「……そんなもの、この学園生活の全部と同じですわ」
つまり、納得はしてくれるというわけですね。
「レギィの度肝抜いてやりなさい。先生の生徒ならできると信じています」
そうして、頭を押さえつけるほど強く撫でてやると微妙に強ばっていた筋肉が弛緩する感じが手に伝わってきます。
しかし、見てくださいあのレギィの目。
微笑ましいものを見ているような表情筋を作っているくせに、その実、目が笑っていないという。
何を考えているんでしょうね、レギィは。
生徒に嫉妬なんて、シェスタさんでもしませんよ。
「し、仕方ありませんわね! 先生がそこまでおっしゃるというのならしょうがなく――」
素直じゃない生徒にはアイアンクローで心の根を語ってもらいましょう。
イモムシは逃げようとしましたけど、所詮イモムシです。
「い゛だっ!? わかりましたわ! 勝つに決まってますわ先生の名誉に賭けて!」
あっけなくアイアンクローで素直になりましたね。
「いえ、名誉に賭けなくてもいいですよ。張る必要がある名誉までなくなると先生も困りますからね」
「それはどういう意味ですの?」
指をパチンと鳴らしたと同時にクリスティーナ君を拘束していた雷の縄を解いてやりました。
別に指を鳴らす必要はありませんが、ちょっとした演出です。
「では儀式場に行きましょう。レギィもいいですか」
「はい」
生徒たちとレギィを連れて儀式場へと向かいます。
レギィにはまた後で色々と言いたいことがありますが、今は決闘のことだけ考えてあげますか。
自分の育てた生徒がレギィに立ち向かうと考えると、自分も思うところがあります。
生徒はどこまでやれるのか。
これは教師である自分にとっても興味深い内容でもあります。
いい勝負してくれると嬉しいんですけどね。




