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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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四つの項目といろはにほへと

「術式の技量は四つの項目で成り立っています」


 黒板に描かれた四つの項目。

 その一つを教鞭で指します。


 その言葉は【容量】。


「【容量】。つまり、どれほど源素を確保できるか、という目安ですね。水に浮かべた小さな玉を小さじで掬うのと、桶で掬うのでは全然違いますね? また小さじと桶では玉が入る量も違う。これが容量の概念です」


 【タクティクス・ブロンド】の一人、【吠える赤鉄】のメルサラは特にこの技術に優れています。

 自分が桶なら、メルサラは湯船ですね。ごっそり持っていきますから。


 赤属性の【増色】の効果も相まって、途方もない出力を弾き出します。


「次に【知識】です。どれだけ術式に対する知識があるか。術陣一つにとっても、どこを改造すればどういう風な作用が働くか、そういった知識のことですね。感覚でわかる人もいる一方、ちゃんと体系立てて覚える人もいます」


 これは術式をうまく扱えなくても頭の良い人ならメキメキ上達していく項目ですね。

 【貴族院の試練】ではこの【知識】を見るためにテストと実技がバランス良く組まれています。

 義務教育の観点から実質、【知識】だけでも合格ラインをもらえるように調整されていると言われていますが、その難易度はレギィ次第です。


 どちらにしても、自分たち教師は対処のために知識と実技、両方を教えていかなくてはいけません。


 なおこれが一番、優れている【タクティクス・ブロンド】は【濡れる緑石】のエドです。


「【適性】はそうですね。これは先天性のものでメルサラが赤一点の【適性】に優れている一方で、先生は全ての属性に【適性】があります。こうした個人の属性との相性を【適性】といいます。先生は若干、青に傾いていますから青に【適性】があるともいいますね」

「……何気に化け物じみた言葉が飛んできたように聞こえましたが」


 クリスティーナ君の反論に関しては、まぁ、一般的に一つの適性に複数のサブ適性と言った感じが当たり前だからです。

 一番強い適性に引かれて他の色が使えるという感じがほとんどですから、ね。

 全種類を満遍なく使えるというのは、特殊といえば特殊なのです。

 ただ、全属性適性はまったくいないというわけでもないはずです。


 訓練次第ではできなくもないのですし、黒と白の純正術式を使えなくても六色使える人もいます。


 こればかりは優れている、という者はいません。

 持って生まれた才覚というヤツです。


「最後は【操作】です。【操作力】とも言います。源素を呼び寄せる感情操作ではなく、呼び寄せた源素を掴む把握力のことを指します。【容量】と似た部分もありますが実際に術式の速度や構成力にも関わってくる項目ですね。これは修行次第でどうにかなる部分ですので、主にこの部分を君たちは鍛えているわけです」


 これが優れている【タクティクス・ブロンド】は言うまでもないでしょうね。

 ハッキングという特殊技を使う自分こそが、もっとも【操作】技術に優れた【タクティクス・ブロンド】です。


 感情によって源素を動かす力と、近くに寄ってきた源素を掴む力は別々の力です。

 絵の具を絞り出す力と筆に乗せる力が別なように、同じ精神の在り方でも少し微細な意思変化が必要になります。


 とはいえ感覚的なお話なので、説明は難しいところですね。


 自分的な感覚だと、源素を掴む見えない手、でしょうか?

 

 【容量】はその手が持つ絵筆の大きさで、作者の巧さや技量が【操作】にあたります。

 絵心やデザインセンスを【適性】に当てはめると……、【知識】は造詣に詳しい、ということでしょう。


 これらがバランス良い人は技量があると言ってもいいんじゃないでしょうか。

 となると必然、レギィがもっとも技術のある【タクティクス・ブロンド】になりますね。


 一度、術陣を見ただけで再現できるほどの技量があります。

 自分が最低三回見なければならないのを考えると、差は歴然というわけです。


「先生。こうした話をするということは」


 エリエス君が手をあげて聞いてきました。

 当ててから喋ってもらえると助かります。


「そうですね。今日の放課後にでも頼む予定ですが、もしも請け負ってもらえるのならレギンヒルト試練官に【適性診断】をしてもらおうと思っています」


 生徒たちから小さく感嘆の声があがりました。

 リリーナ君だけはまだ茹だっているので、うめき声でしたが興味深そうな顔をしています。


 さて、【タクティクス・ブロンド】の中でもっとも技量があるレギィですが、その逆、もっとも技量のない【タクティクス・ブロンド】は誰か?

 

 これはきっと満場一致で【砕く黄金】を指差すと思います。


 とある事情によって、あの人だけは『術式をまったく使わない』からです。

 使わないというか、誰にも使っているように見えない、というかなんというか。

 あの人も特殊と言えば特殊なんですよね。


 しかし、戦闘能力だけ見たら立場は逆転するので、


「これら診断はあくまで君たちの基礎を知ることが重要なことです。単純な優劣を決めるものではありませんので、くれぐれも喧嘩しないようにそこの二人」


 まさにこの言葉に尽きるのではないでしょうか。


 クリスティーナ君とマッフル君両名は露骨に目線を逸らしましたね。

 この子たちは本当に競い合い大好きですね。


 しかも一長一短がうまく噛み合っているため、なかなか決着がつきません。


「そういえば君たちは【適性判断】を受けたことありますか? 受けたことがある人は手を挙げてください」


 クリスティーナ君とセロ君だけですね。


 クリスティーナ君は貴族なので、生まれた時に祝福と共に【適性診断】を受けるでしょう。

 セロ君は修道院に高神官位持ちがいたのでしょう。

 なんらかの都合で【適性診断】を受けたのだと思います。


 【適性判断】は【適性】を知るためのチェック方法です。

 内源素の偏りから判断しているもので、内源素を見るくらい深い『眼』の力が必要になります。

 そして『眼』の術式を秘匿し続けている神官でも、秘術の深奥を知るほどの高位の術式師でないと不可能です。


 なのでレギィに頼んだわけですね。


「ちなみに結果はどうでした?」

「おいそれと口に出すのも憚れますわ」


 クリスティーナ君の頬をぎゅっとつまんでみました。


「先生は別に興味本位で聞いているのではなく、理由あってです。言ってくれますね」

「にゃににゃはるのでふ!」


 ニコリとしながら手を離すと、クリスティーナ君は頬を押さえながら渋々とした感じでした。


「……海原の青ですわ」

「先生、クリスティーナ君が青属性に適性があることに驚きました」

「どういう意味ですの!」

「青適性は冷静な人の代名詞でしょうに」

「私が冷静じゃないといいますの!」

「冗談ですよ。例え授業中、マッフル君と喧嘩するのに集中力を割くようなクリスティーナ君でも適性と性格は関係ないですものね」

「含むところがあるのならハッキリ言ってくださったらどうです?」


 頬を膨らませているクリスティーナ君をなだめるために頭を撫でてあげたら、すげなく払われました。

 ごまかされませんね。


 属性の適性で性格を表すのは、どこぞの占いなどにもあるような性格診断みたいなお話です。

 青なら冷静、赤なら感が強い、黄ならタフだ、みたいな感じです。

 実際は誰にでも当てはまるような言葉でごまかしているだけに過ぎません。


 理屈も結構、適当ですからね。

 ただ一面では少しは影響を受けているのではないかとも思っています。

 源素の影響で進化した生命体がいる以上、多少の影響はあるのでしょう。


 さて、クリスティーナ君の言った『海原の青』というのは、海原という性質を持った青という意味です。

 青にも色んな色がありますからね。

 空の色に海の色、原色からパールカラー、明度暗度、そういった要素を組み合わせた診断結果が『海原』という結果になります。


「青なら先生とおそろいですよ、どうです?」

「そこはかとなく嫌な感じですわ!」


 頬を赤くしながら言われても。

 でも、その赤さは自分がつねったせいかもしれません。


 恥ずかしがっているように見えなくありませんので、そのまま受け取っておきましょう。そっちのほうが心安らかになれそうです。


「セロ君はどうでした?」

「えっと……」


 セロ君は何故かしょんぼりしています。

 一体、どうしたんでしょうか。


「わ、わかりませんのです」

「どういうことです?」


 診断を受けたことがあるのに、わからないってことでしょうか?


「神官の人もよくわからなぃって……、セロ、どこかおかしぃのですか?」

「いいえ、単純に神官の技量不足でしょうね。見えないほど適性が深い場合、そうしたことはよくあります。今回でハッキリすると思いますよ。何せ、【適性判断】してくれるのがレギィ……レギンヒルト試練官ですからね」

「今、レギィって言った! やっぱり知り合いだったわけ!」


 マッフル君が目聡く、言い間違いを指摘し始めました。


「そういえば先ほど、放課後に診断の協力を依頼すると言っていましたわね」


 あー、クリスティーナ君とマッフル君の眼光を放っていますね。

 君たち二人が何を考えているか丸分かりです。


「一応、言っておきますよ。連れて行きません」

「見られて困ることがあるって証拠だよな」

「いかがわしい事この上ないですわね」

「あのですね、君たち。あのレギンヒルト試練官と自分、釣り合うと思いますか?」


 ルックス、身分、年収。

 どれもレギィの足元にも及びません。


「ぜんぜん?」


 言われたら言われたで腹が立ちます。


「でも、あぁいうタイプって追っかけられるより追いかけたかったりしない?」

「先生の素っ気無さが琴線に触れてしまったら、ありえなくはないですわ。完璧な淑女ほど悪辣な男に引っかかるものですもの」


 どっちなんですか。

 あと、さりげなく先生のこと悪辣と言いましたね?


「質問です。先生が誰かと結婚した場合、別宅を作ってもらえますか」

「ちょっと待ってくださいエリエス君。それどういう意味です?」


 まさか卒業後、自分の店に住み込みとか狙ってませんか?

 弟子と言ってもそこまで許可した覚えはありませんよ? 止めてください死んでしまいますストレスで。


「先生、女運無さそうだからありえないって」

「そうですわね。ありえませんわね。でも面白そうですので私たちも連れて行くべきですわ」

「大量の宿題を用意して欲しいわけですね、そうですね?」

「二人っきりになりたいってことかな?」

「それ以外、考えられませんわ」


 この二人はまた悪ノリし始めましたね。

 でも気づいたほうがいいですよ。先生の我慢の導火線はすでに着火済です。


「先生がエロいことするでありますか!」


 その流れに便乗するんじゃありませんリリーナ君。眠ってなさ――いや、寝てたらダメです。

 とりあえずそれぞれにゲンコツしてあげると、じぃ~、と自分を見ている視線に気づきました。


「どうかしましたか、セロ君」

「……せんせぃ、結婚しちゃぅのですか」

「いいえ、哀しいことに結婚の予定はありませんよ?」


 何言わせんだ、この箱入り型気弱っ子。


「赤い人と事務員さんと、白い人の誰なのです?」

「その三択しかないんですか?」


 リィティカ先生は? セロ君から見てリィティカ先生は望み薄ですか?

 心は滂沱の涙で河川が溢れます。


「……白い人は、やさしぃですか?」

「質問の意図がよくわかりませんが、愛情あふれる性格だとは思いますよ。慈愛たっぷり成分で構成されています」


 リィティカ先生と比べたら、圧倒的にリィティカ先生に傾きますがね。

 あぁ、女神と人類は比べるべきではありませんね、不信心すぎました。


「子供、好きですか?」

「まぁ、嫌いではないんじゃないでしょうか」


 確か革命軍に捕まった時に、革命軍にいた少年少女に大人気でしたね。

 自分? 親切にしたら逃げられました。哀しいですね。

 いや、確かに自分、あの時の人相は近寄り難かったでしょうから?

 子供だって裸足で逃げ出します。


 こうして考えると、まだ普通に接している分、心に余裕があるわけですね。


「せんせぃは白い人とつきあってもいいのです」

「待ちなさい。今、何のプランニングでそういう結果になったのですか?」


 付き合ってもいい、て、生徒の許可がないと自分、異性と付き合うこともできないのですか?


 ぐぐ……、事、こういう話になると生徒たちは勢いづきますね。

 さすが年頃、女の子。

 そろそろ話の流れを変えないと面倒くさい、もとい授業にもなりません。


「えー、いい加減、授業に戻りますよ。あまり無駄口を叩くようなら物理的に心を入れ替えてもらいますからね」


 心の臟ごと入れ替えてあげます。


 「はぁーい」と適当感極まりない返事の後は完全に集中力を切らしていました。

 幸い、終わりの鐘が鳴るまでもう少しでしたから大事にはなりませんが、こうした生徒が集中力を切らした時にどうするかが未だにわかりませんね。


 もう一度、集中させるような授業ってどうやるんでしょうか。


 完全に切り替えて、体験学習にするのか。

 それとも継続させて、集中させるのか。


 誰かとのちょっとした話題として、聞いてみたいと思います。


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