表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
145/374

夏嵐ときどきトルネード

 レギィを【貴賓館】に送り、自分は社宅への道を歩いていました。


 正直、予想外も予想外でした。

 何がと言われたらレギィのことです。

 愛の告白まがいのことではありません。


 幸せになれないなら殺す。

 どうしても幸せにならないのなら私が殺されても幸せにする。


 こんな告白、初めてです。

 戦慄しながら告白を受けたのも初めてです。


 以前から薄々と気づいていたことでした。

 今までは会わないようにしていたり、なんとか場をごまかしてきましたが、もうレギィも我慢できなくなったようです。


「何度も遠まわしに断り続けたというのに、まだ」


 自分は彼女の心を受け入れられません。

 リィティカ先生が好き、というのもありますが、それ以上の問題があります。


 まずはレギィが貴族であること。

 貴族が平民と結婚することがどういうことか、本当の意味で理解しているのでしょうか?

 例にあげると、結局、セロ君は『両親の顔を見ていない』のですよ?


 それを不幸だというには、あまりにも自分は何も知らなすぎますが、それでも一般の幸せとは程遠い何かがあったのは明白です。


 貴族は自らの血が尊いと考え、そこに一般人の血が交じることを忌避する傾向にあります。


「血が薄まると本気で考えているんでしょうね」


 彼らのその思想はアニミズム的な何かで、例えこれをどう説明しても、長年続いて信じられてきた慣習に支配された人々には理解も得られないでしょう。

 混血種のほうが色んな面で強い、ということを。


 純血種幻想、というべきでしょうか。

 貴族は特にこの思想が強いのです。


「困りましたね……」


 レギィの望む通りになれば、きっと自分は貴族に組み入れられるのでしょう。

 裏向きの顔を前面に出せば、誰も文句は言わないでしょう。

 文句は言わなくても恨みを買います。

 そして、その対象は自分ではなく、レギィや身内になります。


 だったら、自分は決して【輝く青銅】という正体を明かしはしないでしょう。


 となると立ちはだかるのは純血種幻想という厚い壁です。

 思想の壁と言ってもいいでしょう。

 あるいは常識と言い換えてもいいです。


 世間様を敵には回したくないですね、色んな意味でも。


 次にレギィには己に課した使命があります。

 内紛が始まる前よりも豊かなリスリアにするということですね。


 何も知らされず貴族院に良いように扱われ、戦線を拡大したと思いこんでいるレギィにとって、贖罪であり、願いでもあります。

 正しい貴族の心得を十全に満たした、国、民、貴族の正しい関係を取り戻そうとしています。


 それも自分と一緒だと叶えられません。

 自分は貴族の敵であり、貴族制度の崩壊を望んでいます。

 世襲制を廃し、貴族が持つありとあらゆる権利を剥奪し、官僚による統治と同時に中央集権制で憲法を頂く国家です。


 それでも何一つ変わらないとしても。

 格差も落差も差別も差異も不等もなくならないとしてもです。

 貴族がいるよりマシです。


 貴族なんかよりもはるかにマシです。


 少なくとも、レギィのような優しい貴族が親の代の尻拭きをしなくてもよくなります。


 ここまでが理屈です。

 なら感情はどうでしょうか?


「……いまいちピンとこない」


 の一言でしょうか?

 レギィに何一つ、不満はありません。


 貴族であることも含め、不満を抱く要素はありません。

 強いて言うなら説教癖を治して欲しいところですが、自分にも治せない癖の一つや二つ、あります。

 

 結局、レギィみたいに誰かを欲しがる気持ちが薄いためでしょう。


 レギィも難儀な相手を選んだものです。

 人並みの幸せを求めればいいものを。


「少なくとも彼女は自分と違って、そうできる立場にあるのにですよ?」


 どうしたら理解してもらえるでしょうか?

 あれほど強い気持ちで来られても、


「どうしろと言うんですか」


 困惑するしかない。


 どうやって諦めてもらえるかと不可能問題に取り掛かる気持ちで考えていると、ようやく社宅までたどりつきました。

 その時になって、ようやく気がつきました。


 轟々と鳴り響く、風の逆巻く音に。


「いや、ないわ……」


 素に戻った瞬間でした。


 さて、問題です。

 貴方が自宅に帰ってきたら、家の前で竜巻が発生していました。

 家一つを飲み込むくらい、大きなものです。

 貴方はどうしますか?


「騎士を呼べ、騎士を……、ちくしょう!」


 急いで渦巻く気流へと近寄ると、近くの木にしがみついている影がいくつか見えます。


「大丈夫ですか!」


 叫び、安否を聞くと顔をあげたのはエリエス君でした。

 その隣には……クリスティーナ君? マッフル君まで。

 リリーナ君がセロ君をしっかり捕まえて、もう片方の手で木にしがみついています。


 もう一人いますね。

 あれは……アレフレットクラスのティッド君ですね。

 どうしてこんなところにいるのでしょう?


 全員で固まって、強烈な風に耐えていました。

 何してんだ、君らは。


「先生! どうにかなりませんのー!」

「OK、よくわからないけれどよくわかりました」


 お前らが犯人か。


「とりあえずしがみつく前に結界です! 教えたでしょう!」

「無理ー! しがみつくのに精一杯だってのー!」


 あー……、急場に慣れていないので術式がうまく動かないアレですか。

 精神的な安定が必要な術式は、驚異を目の前にするとうまく動かないことがあります。


 それであっけなくグサリとやられることもあります。


 とにかく、この竜巻をなんとかしないといけません。

 術式の風のようですが、誰かが発動させているような感じはしません。

 かといって自然にできたものでもないでしょう。

 

 竜巻の中心にうっすら見えるのは……、奇妙な形をした何かでした。


 円盤を三つ、外に向けたような形に簡単な台座が取り付けられ、自らの出力でギシギシと揺れています。

 間違いなく術式具ですね。

 まずい、アレが折れると非常にまずい。


 現状、あの状態で縦に風が渦巻いているのなら、横倒しになれば?

 答えは火を見るより明らかです。


 【獣の鎧】があれば、中に突っ込むことも可能です。

 しかし、現在の怪我を鑑みるに無茶すぎますね。

 だとしたら竜巻一つを消す方法はそう多くありません。


 強すぎる風の壁に緑属性は不向きでしょう。

 緑属性の結界で中に入れば、自分ごと吹き飛ばされる可能性があります。

 赤属性は弾かれた時に、周囲への被害が洒落にならない。

 黄属性は精度の問題で無理。なら青属性。


「【源素融合】は使えない……、ひたすら風の影響を受けない術式形式は」


 頭の中にある音韻、その効果を組み合わせ、もっとも状況に適した術式を選ぶ。


「リオ・ラム・ペイル」


 地面に掌を押し当てると、そこから地面を這うように氷結した水分が突き進みます。

 風の影響を受けない、もっとも低い位置からの対象を狙う術式といえばコレです。


 見事に竜巻を貫いて術式具を凍結させました。


 術式具の動きが止まったと同時に、竜巻は夢だったかのように消え去っていきました。


 術式具は回路となる溝を何かに塞がれると効果を失います。

 といっても、溝を塞いだ程度では回路の効果を若干、弱くする位にとどまります。

 回路を刻み込んだ表面積の大体、半分を塞げば完全停止します。


 まぁ、その面積もモノによってはまちまちですがね。


 例えば騎士オルナが纏っていた黒い鎧。刻術防具です。

 アレはいくら殴りつけても、抗術式能力が落ちませんでした。

 何らかの手段で停止するのを防いでいるのでしょう。


 熟練の腕で作られたものならともかく、作った者が未熟ならその限りではありません。


 風の止んだ中心部まで歩き、術式具のON/OFF機能の部分を見つけると氷ごと術式で断ち切りました。


 これでもう、作動したりはしないでしょう。


 さて、後は……。


「詳しく話を聞きましょうか、君たち?」


 強風の影響でへばっている生徒たちが、自分が目を光らせていることに気づいて青ざめました。

 何よりも先に逃げようとしたリリーナ君はもちろん、拘束術式で縛りつけています。


 さてと、どうしてやろうか。


「なんだこれは! 一体どうなればこんなことになるんだよ!」


 と、叫ぶ声がして、後ろを見てみるとゾロゾロと帰ってきた教師陣の姿がありました。

 全員、家の前の惨状を見て、面食らっているようですね。

 叫んだのはアレフレットのようです。


 えぇ、家の前には色々と置いてますもんね。


 薪や桶などの必需品からテーブル、イスなどのちょっと木陰で休むための道具。

 竃に使う石なんかもありますし、洗濯物だって裏手にあります。


 その全てが風に舞って、どこかになくなってしまえば。

 何かが起こったことくらい、わかりきってしまうでしょう。


 シャルティア先生が自分たちに気づいて、ツカツカと近づいてきました。


「お前……、ヨシュアン。ほとほと問題ばかりだな」

「素性のことですか? それとも今までのことですか?」

「両方だ。で、今から尋問か」


 あの話を聞いた後だというのに、シャルティア先生に変わりはありませんでした。

 そのことにちょっとホッとしながらも、生徒たちを見ます。


「えぇ、そのとおりです」

「なら、私も手伝ってやろう。何、お気に入りのショーツが消えたんだ。タダでは済ませんさ」

「誠に申し訳ありませんでした」


 心の底から謝りました。


 後日、どこかの森でイスやらテーブルやらショーツやらネグリジェを見つけたら、【宿泊施設】の教師宅までご連絡ください。

 おそらく自分たちのものです。


 レギィといい、生徒たちといい。

 参礼日くらい安寧に過ごさせてくださいよ、まったく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ