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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
144/374

嵐の中心部はこちら

 廊下を歩いているとすぐに誰かが追ってくる気配を感じました。

 追いすがる形を隠すつもりもない足音に自分は止まり、振り向きました。


「まだ何か?」


 胸の前で指を組み、戸惑うように自分を見るレギィ。

 なんて顔で見てるんですか。


 そんな顔をされると文句の言い様がないじゃないですか。


「ヨシュアン……、ごめんなさい」


 ちょうど五歩の距離で謝られました。


「怒っていますか?」

「いいえ。どうせ早いか遅いかの違いです」


 確かにご機嫌ナナメです。

 ですが、その理由がわかった時、誰も責める権利がないとわかりました。


 心地良かったんだと思います。

 このリーングラードの学び舎で描く人間関係が。


 自分の過去を知らない人たちと真新しい関係を築き、生徒を教え導く。

 そんな重圧から開放されたような気持ちが、気楽で良かったのです。


 なのにレギィはまた自分を過去に引きずり戻そうとした。

 そう感じてしまったのでしょう。

 そんなものはありもしない幻覚です。居丈高な勘違いです。


 どれだけ見ないフリをしても過去は過去。

 この足の後ろに繋がっているのです。


 当たり前のことをレギィに向けて、怒れはしませんよ。


「勝手なことをした、と。行き過ぎた真似をしたのではないかと思っていました」


 あぁ、自覚はあったようで。


「でも、私には――耐えられませんでした」

「晒し者扱いがですか?」


 もう慣れたので気にもならないのですけどね、あぁいう扱い。


「疑われ、責められる立場に甘んじている貴方の姿にです」


 考えもしなかった言葉が返ってきたので、少しだけ息が詰まりました。


 レギィの瞳にありありと心配の二文字が浮かんでいました。


 レギィの気持ちはよくわかっています。

 だからこそ、わからないこともあります。


 彼女は一体、自分の何を見て、何を思い、どうしてそんな感情を抱いたのか。

 その想いを抱くきっかけです。

 まぁ、それは気にするようなことでもないのかもしれませんが引く手数多なのに何故に自分なんでしょうね?

 多くを望める立場にありながら、よりにもよって自分を選んだ。


 正気すら疑います。


「そんなに多くを望んだりしませんよ」

「……ヨシュアン」

「送ります。【宿泊施設】の北の方ですよね?」


 さすがに手を差し出すつもりも、差し出されるつもりもなかったようでした。

 レギィを連れて学び舎を出ると、術式ランプを持った人影が立っていました。


 その人型は少し人の形と違う部分がありました。


「お疲れ様です、レギンヒルト様」


 レギィの従者らしきメイドが一人、頭を下げてきました。


「プルミエール?」


 迎えに来た、と言ったところでしょう。

 しかし、そんなことよりも自分の目はプルミエールの頭に釘付けでした。


 特筆すべき容姿がないプルミエールと呼ばれた女性の、唯一の特徴。

 ファーハットのように垂れ下がった毛深い耳――犬耳でした。


「ヴェーア種ですか」


 ヴェーア種とは【とびだせ! 黒猫にゃんにゃん隊】のノノやリリーナ君と同じように源素の影響を受けて特殊な環境適応をした人類です。

 亜人種や幻想人種とも言われる、人の近親種です。

 その適応の仕方は生物進化の例に漏れず、多種多様です。


 彼女はヴェーアフントという種族ですね。


 よく見るとフサフサとした尻尾も見えます。

 犬のような人懐っこさと、従順さでメイドや従者に適性があり、戦争中はその戦闘力で威力偵察係にされる人々です。

 種族としては緑と黄の源素と相性がいいとされてはいますが……、どうでしょうね。


 ヴェーアフントは術式よりも近接戦闘を好みますし。


「ヨシュアン。この子はメイドのプルミエール。プルミエール、この方は……」

「では参りましょう、レギンヒルト様」


 ずず、と前に出てきて、すぐさまレギィに催促を飛ばします。

 んー、ベルベールさんやテーレさんのようなメイドレベルの高い人を見ていると、どうしても荒が目立ちますね。


 主の紹介中に言葉を挟むのは、主従でなくてもマナー違反ですよ。


「待ちなさい」


 急がせようとしたプルミエールは、レギィの声にピタリと止まりました。


「あれほど急くなと言っているでしょう。プルミエール」

「ぁ……、ごめ、すみませんでした」


 さっきまでのクールな雰囲気は霧散して、まるで幼子のように震え始めました。


「この方はヨシュアン・グラムです。学園教師のお一人です。私の旧知でもあるのでそれ相応の対応をなさい」

「はい……、ごめんなさい」


 殊勝に頭を下げている。

 と、見えるでしょうが、下げた一瞬、こちらを睨んできましたね。


 その濡れた目には、どこか憎しみのようなものが見て取れました。

 初対面だとは思いますが、どこで恨みを買っているかわからない人生です。

 そういうこともあるでしょう。


 感情を表すように尻尾がしゅん、となっている子をいじめる気にもなりません。


「今日はヨシュアンに送ってもらいます。貴方は先に帰ってなさい」

「……え? ど、どうして」


 目に見えて狼狽するプルミエールとは反対に、レギィの冷静な態度が気になります。

 

「レ、レギン様はウチのこと、嫌いになっちゃったんです……か」


 もう、最初の物静かなイメージはありませんね。

 こっちが素のようです。


「違います」

「だって、いつもだったら一緒に」

「先に帰りなさい」


 ほとんど有無すら言わせません。


 一応、レギィの名誉を守るために言っておきましょう。

 主従関係において、主の命令は絶対です。

 その主が定めた命令に、疑問はともかく、否定しすがることはNGです。


 よほど主の命令が非人道でない限りは問題ないでしょう。


 ですが、レギィのこの命令は自分から見ても厳しいものでもありません。

 この場合だと命令拒否と取られる言動のプルミエールが悪いのです。


「聞こえませんでしたか?」

「うぅ……、うー!」


 唸り、自分をキッと睨みつけて、ダッシュで逃げていきました。

 さすがにヴェーアフント、アスリートも真っ青なフォームと速度でした。


 はい、減点です。

 主の旧知、友人関係者類の前にして、こともあろうか主人の目の前で退去の挨拶もせずに姿を消すのはNGです。

 睨むのは言うまでもありませんね。


 これなら低迷しがちな教養の授業を誇るウチの生徒たちのほうが、まだ礼儀正しいですよ。


「ごめんなさい、ヨシュアン。見苦しいものを見せてしまいました」

「いいえ。特に気にしてませんよ」

「それはそれで、私の立つ瀬がありません」


 むー、と膨れられても。


 そう、メイドの失礼は雇い主でもある主人の失礼になります。

 そうなるとレギィは『メイド一人、躾もできないのか』と侮られ、他の者に示しがつかなくなります。


 この場合、プルミエールはレギィの顔に泥を塗りたくったわけですね。


「こういってはアレですが、主要貴族と会う時は彼女を連れて行かないほうがいいと思います。礼儀作法は教えたように見えましたが、まったく自制が効いていません」

「やはり、そう見えますか……」


 わかってて連れてきたのですか?


 この国政の計画に、貴族としての立場で来ておきながら未熟な者を連れてくる。

 なんともレギィらしくもない。


 このまま突っ立っているわけにもいかないので、まずは学び舎を出ました。

 それからは歩きながらです。


「あの子は四年前、自領の集落で見つけた子なのです。何歳くらいに見えました?」

「二十前半、十代の後半なのは間違いないですね」


 成長しきった感じの体格でした。

 自分より身長が高いですしね。


 ちなみにレギィと自分はとんとんです。

 ……リスリア人はもう、タッパばっかりでっかくって、もう!


「14歳です」


 クリスティーナ君やマッフル君、エリエス君と同い年?

 全然、見えませんね。


「いくら人間より成体になるのが早いヴェーアフントでも、ちょっと発育がいいですね」


 リリーナ君は1つ上ですが、あれはエルフの中でもかなりプロポーションがいいほうです。

 基本、エルフはぺったんだというのに、あの凹凸はどうかと思いますよ。


 たぶん、突然変異の何かだと思います。

 もちろん性格も含めてです。


「前はもっと酷く痩せていて、小さかったのです」


 んー、性教育の話ではありませんが、健康診断もすべきですかね?

 体格や成長で健康かどうかの判断もしなければなりませんし、健康の診断は計画に盛りこまれていなかったはずです。


 実際、体調管理の一環として会議で話題にあげてもいいかもしれません。

 もしかしたら、持病がある子もいるかもしれませんし、その子への配慮も必要だと思います。


 女医さん(36)にも相談してみますか。

 もしも本当に執り行うのなら女医さん(36)の協力は必須です。


「あの子はひどく傷つけられて、集落の隅に捨て置かれていました。人種ばかりの集落でヴェーアフントのあの子がどのような扱いを受けてきたか。今でこそ、種族差別の根となる法律は王が消してしまいました。それでも、まだ、そうした芽は消えてません」

「融和政策ですね。でもつい最近まで貴族院の『人種至上主義』が蔓延していたばかりです。その頃に受けた傷、傷つけた結果は根深く残っています。わずか数年、奴隷制まで含めると二十年くらいですか」


 山賊や河賊にヴェーア種がいるなんて、よくよくある話ですよ。

 現在、ヴェーア種も職業につけますし、大手を振って街を歩けます。


 差別というのは、必要悪な面もあるのでしょう。

 人より肉体的に強いヴェーア種を権利的に押しつけないと、人種にも被害が出ることもあるでしょう。

 いえ、そもそも人間というのは肌が違うという理由だけで同じ人間も苦しめます。

 別種だから、というのは体のいい理由でしかないのかもしれません。


 何が悪いなどということはあえて言いません。


 しかし、だからと言って不当な差別が許されるわけでもありません。

 貴族院のあの主義は単純に、貴族以外を奴隷にするための法律でしかありませんでした。

 だからこそ、適材適所を旨とするバカ王は差別を撤廃し、分野に優れた者を適切な場所に置き、その尊厳を守るように触れ回ったのです。


 声を大きくして『差別なんざくだらねぇ! んな暇ねぇぞ! 俺の国作りを手伝え!』と言い続けました。


 一度、差別が蔓延するとその取り返しは非常にデリケートで面倒かつ根気のいる作業になります。

 適材がまだうまくいかない部分があるのは、こうした細やかな部分での衝突や嘆きが残っているからでしょう。


 問題ばかり残していきやがって。

 これだから『貴族』ってヤツは。


 生きてたら生きてたで、問題しか起こさない。

 カスもここに極まれりです。


「悪しき風習の根を断つのもまた、『私』の役目です」

「だから拾ってきて、教育を施した、と」

「そうです。実際、あの子は私によく懐いてくれます。あぁして利かん坊な面もありますが、悪い子ではないのです」


 正直な意見を言いましょう。


「それはレギィが本当にしなければならないことですか?」


 レギィはハッとした顔でこちらを見てきました。

 いや、驚きすぎでしょう。


 まるで信じていた者に裏切られたような顔でした。


「レギィがそうしたことに罪悪感を持つのはわかります。そして、内紛で傷ついたものを癒していこうとし、その役目を全うするために貴族のままでいることも。でも、一人を救ってどうするつもりですか」

「一人も救えない者が多くを救うのはおかしい。そう、言っていたのはヨシュアンではありませんか」

「えぇ、それは今でもそう思ってます。おかしいとも思いません。別にレギィの判断、あの子を拾ったことを責めているわけでもありません。責める権利もありませんよ。良いことなんでしょう。ただ……」


 なんというべきか少し、迷いました。

 レギィが正しく、だからこそ責める理由にはなりえない。

 反対意見を言うつもりもありません。


「自分と同じでいいんですか?」


 こんな自分と同じやり方なんて、レギィがやったらダメでしょう。

 自分なら間違いなく、レギィがしたようにプルミエールを拾いあげたでしょう。

 だからこそ、ダメなんです。


「レギィにはレギィの救い方があったんじゃないでしょうか」

「……お母様と同じことを言うのですね」


 レギィママとセリフがかぶったようです。


「他にも適切な方法があったと思います。集落から引き離し、ヴェーア種の村落に引き渡すか作るか、それ以外にも領策の一環で仕事を回すという手もありますね。それらの方法、レギィなら考えだすでしょう? なのにレギィは手元に置くことを選んだ」

「そうです。貴方と同じ目線で、貴方と同じ救い方で」


 夕焼けを遮るように天上大陸がゆっくりと影を作っていきます。

 あの調子だと、天上大陸のせいですぐに暗くなってしまいますね。


「貴方の心を知るために」


 いつの間にか立ち止まって、レギィと並んで眩しい天上大陸を見つめていました。


 特に見るべきところがない芝が、生暖かい風に揺れていました。


「いつも遠くを見ているヨシュアンに何が見えているのか、私にはわかりません」

「いつ見ても壮観だなぁ、くらいの感想しか浮かんでいません」

「同じ時間を進んで、同じ場所にいて、同じ歩幅で、同じ未来を、同じものを見たいと思うことはいけませんか?」


 いけない、などとは言えません。

 でも、本当にレギィを思うのなら、言わなければなりません。


「ダメです。そんなのをレギィがしたって意味がない。本当に多くを救いたいのなら――」

「嘘です。そんなのは嘘です。貴方が私を想っての言葉は嬉しいです。でも哀しいのです」


 バレてーら。


 いや、だって、ですね?

 正直な話、効率が悪いじゃないですか。

 レギィやバカ王が多くを救う極大の救い方をして、自分は極小のほうが、隅々まで綺麗にできます。


 荒ヤスリのあとにサンドペーパーを使う感じですよ、ほら。


「ヨシュアンが自分を許せないのは、本当は許したいからではないのですか?」


 言い訳の言葉すら浮かびませんでした。


 あぁ、もう。どうして、こんなに詰め寄ってきますかね。


「傷つけられるのを甘んじているのは、そのせいですか?」


 罵詈雑言も拒絶の言葉も無意味でしょうね。

 きっとそれすら受け入れようとする。


 こんな面倒くさい道ばかり、進んでいる自分を。


 だから嫌なんですよ。

 

「そんな『言葉使い』をするのは、距離を置きたいからですか?」


 敬語は関係ありません。

 強いて言うなら教師っぽいからです。

 あと教えた人が教えた人ですからね。ていうかレギィ、貴方です。


「私と――」

「適切な距離っていうのは、あると思いますよ」


 貴族と平民。

 身分、という制度はいくら自分が特殊とはいえ、線を引かねばなりません。


「吟遊詩人が歌うみたいに、悪い竜を倒して貴婦人から寵愛を授かるなんて図面は現実にないんです。逆も同じです」

「私を信じられませんか」

「レギィは信じられます。ただ、貴族は信じられない」


 シャルティア先生とアレフレットが特殊なんですよ。

 あの二人はどうしてか貴族の匂いがしない。


 どうしてでしょうね?

 シャルティア先生はなんとなくわかりますが、アレフレットだけはどうしても理解できないのです。


「行きましょう。のんびりしていると陽が落ちます」


 これ以上は歩み寄れません。


 貴族を選んだレギィと、貴族を潰すと決めた自分。

 時代、世界、情勢、全てを考えれば今、貴族制度を壊すのは危ない橋です。

 いくら悪し様に罵っても、貴族という制度が世界をまとめあげているのは事実なのです。


 貴族でなければ、王でなければ救えない何かがあり、その二つでも救えないものがあるから。

 今の自分があるのです。


 いわば自分はレギィの決意の――『敵』です。


「ありがとうございますレギィ。シャルティア先生の裁判、あの時、自分の味方になってくれて」

「………」


 数歩進んでもついてこないレギィを、少しだけ待ってみました。

 十秒、二十秒、経っても動く気配すらありません。


 いや、もう早くしてくれませんか?


「私は……」

「そういうのはいいですから?」


 流石にしびれを切らして、振り向いてしまいました。


「こうしてヨシュアンと会って、わかりました」


 息を呑む、というのはこういうことを言うのでしょうか。


 茜色に染まるレギィはその細い指で胸中を押さえながら、それでもまっすぐ、自分だけを見ていました。


 何者にも侵されがたい、強い視線の下に小さな水の粒を――え?


「――ごめんなさい」

「な、何も泣くほどのことじゃ」

「違います。目にゴミが入っただけです」


 目をゴシゴシと拭いているのは本当なのか嘘なのか、判断つきませんでした。

 というか、そこで泣く……って、自分だけが悪者みたいじゃないですか。


「会ってわかりました」


 リテイクしましたよ、この人。

 本当にゴミが入っただけですか。

 空気読め、というより空気読みすぎて心臓に悪いですよ。


「決意が足りませんでした」


 涙目のまま、強い視線で自分を射抜きます。

 どうしてでしょう?


 その強い視線に心が揺れる前に、恐怖を感じます。

 まるで狙撃手に狙われた時のように、背筋が寒いんですが。


「覚悟が足りませんでした」

「あの、レギィさん?」

「貴方は私が幸せにします」


 ――一瞬、自分が何を言われたのかわかりませんでした。

 あれ? どっちかというと、それは自分のような男側の言うセリフではないでしょうか?


「貴方自身が貴方を救わないなら、私が救ってみせます」


 その意志の強さが門となって、周囲に白の源素が満ちるほど強い清純な想い。


 『眼』を開けば、その世界は美しいと言えるものでした。

 静謐な白い輝きが橙色の赤色と混ざり、優しいオレンジに満ちる世界。

 途方もなく人に優しすぎて毒々しさすら覚えます。


「例え、それで貴方に殺されても――」


 【ザ・プール】を発動させるほどの意志でそんなこと言われても。

 お、重い……。真正面から重いです。


「レギィさん。真剣な話なのでよく聞いてもらえますか」

「はい。答えは急ぎません。少なくともこの学園にいるときは答えを聞いたりしません」


 話、聞けっつの。


「至急、【ザ・プール】を止めてください」


 花々が咲き乱れているんですよ、貴方の足元から。

 ここ、生徒たちの通学路ですからね?

 見てください、芝生だった場所が満面の花壇に早変わりしましたよ。


 また七不思議に数えられたら、たまったものじゃありません。

 というか、明日にはもう絶対に四つ目に数えられます。


「ヨシュアン。私は真面目な話を――」

「わかってます。その、よくわかりましたから【ザ・プール】を閉じてくださいお願いします」


 頭を下げたら、渋々、【ザ・プール】を収めてくれました。

 ため息しかつけませんでした。


 真面目でまっすぐなんですよね。

 でも、だからこそというか、なんというか。


 応えるわけにはいかないのです。


 でも、聞いてくれなさそうですよね。

 重い、重い告白と重い覚悟が肌で感じられました。

 

 たぶん、リィティカ先生のことを言っても止まらないと思います。

 試しに言ってみましょうか?

 理屈上だと自分の幸せがレギィの幸せですから、あながち間違っていないはずなんです。


「レギィ。実は自分、好きな――」

「好きな……、何でしょう?」

「――食べ物は大麦パンです!」


 今、首と胴が離れるイメージが叩きこまれました。

 死ぬ。絶対に死ぬ。言ったら死ぬ。

 断頭台なんか目じゃねぇです。


 もっとも恐ろしかったのは殺意じゃなかったことです。

 殺意も悪意も、害意も翻意もなかったことです。


 この世のどんな死に方よりも、『純粋に死ぬ』ということの意味を理解しました。


 アレです、ヘタレというなら言うといい。むしろヘタレと呼べ!

 ただし、三百種類くらいの死に方を一斉に突きつけられて、なおも言い切れるのなら話は別です。

 そいつを神と崇めてあげてもいいです。


 たぶん、精神干渉でした。

 自分が知覚するよりも早く、途方もない術式技術で、瞬時に展開、発動、収縮を行ったのでしょう。

 戦闘態勢に入っていないとはいえ、強化された内源素を貫いて自分が干渉されたのです。


 化け物か、こいつ。


「ヨシュアン。その答えはふざけた気持ちで返してもらいたくありません」

「……はい」

「わかりましたか?」

「わかりましたごめんなさいもう許してください」


 ようするに全うで真っ当な答えじゃなければ納得しないというわけですか、そうですか。


 たぶん、他に愛している人が居て、その人と結ばれて幸せになってないと一切、納得してくれないということですね。


 し、幸せにならないと死ぬって、今度こそ自分、死んじゃうんじゃないでしょうか?


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