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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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術式具のお求めは是非ヨシュアン術式具店へ

「ヨシュアンは――」


 レギィの涼しげな声は、凛とした感触をこの場にいる全てに与えます。


 場の支配者が誰なのかを明確に知らせるように作られた声色。

 全ての人の心を一つにまとめてしまうカリスマ、というのでしょうか?


 人を支配する。

 おおよそ領主に必要不可欠な素質です。


 その素質は如何なる場所でも発揮され、例えそれが教師間のお遊びすらも『レギィが望めば大事になる』という面倒さを孕んでいます。


「確かに【タクティクス・ブロンド】である私やメルサラさん、他の号を持つ者たちとも面識があり、交流のある人物です」


 でも、本人はそんな素質を全力で勘違いしているんですよ。

 そりゃ少しはそうだという認識くらいあるでしょう。


 何が勘違いかというと、そんな素質をこんなところで発揮することです。

 レギィという地位や存在感をまったく理解していないのです。

 はた迷惑極まりない。


 ただ、今回は少しだけ運が悪く、立場は良かったのかもしれません。


「それはつまり――あまり表の場にでない【タクティクス・ブロンド】も含まれていると!?」

「はい。そのとおりです」


 声を荒げたのはアレフレットでした。

 アレフレットの驚きは当然です。


 自分、【輝く青銅】なんですが【輝く青銅】の秘密っぷりはちょっとした都市伝説ですからね。

 『ウィンスラット私性露本』ではありませんが、下手な本には自分のことを闇の中にしか生息しない悪鬼羅刹みたく書かれていることもあります。


 その本を見たときの自分の表情の曖昧さはどう表現したらいいものでしょうか。

 強いて感想を述べるのなら『この著者は妄想の中に生きている』でした。


 世間様にあまり情報が漏れない【輝く青銅】や【砕く黄金】は、人の好奇心を刺激します。

 もっとも、これは人々の好奇心と想像力に任せてある部分もあります。


 あまり明確にしないことで、自分の偶像をたくさん作る手法です。

 古い王権政治ではそういった神秘性を前面に出した支配もありました。

 それとよく似た感じでしょうか。


 理由は暗殺防止です。

 メルサラみたいに敵に対する凶悪なまでの勘やレギィのように立場に守られていない自分は、最大限の警戒をしていても絶対にどこかで気を緩める瞬間が生まれます。

 その隙をカバーする存在がない以上、ある程度は仕方ありません。

 

 ベルベールさんが自分の身を案じて画策した案でもありました。


 でも暗殺防止策で身を守っていても、暗殺者とは戦わなきゃいけないのが身も蓋もない話でして。


「あの【輝く青銅】や【砕く黄金】とも出会っています」


 レギィはハッキリ肯定し、アレフレットは魂でも抜けたかのように席に座りました。


 【濡れる緑石】のエドを含めなかったのは、どうしてでしょうか?

 いや、特に疑問に意味はありませんが、ちょっと気になっただけです。


 エドはエドで表の顔があるので、そこらを配慮したのでしょうか?


 しかし、あのレギィが教師陣全員の前で堂々と嘘をつく――いや、自分の側面を別人とするのなら確かに会ってますがね? 毎朝、起きた時に。


 とにかく、真正面から嘘をつけるようになっただけ、少し変わったなと思います。


「悪名高い、あの【輝く青銅】まで……」


 本人を目の前になんてことを言うんですかアレフレット。

 今は術式でシバき倒せませんので、後で絶対に復讐してやります。


「アレフレット先生ぃはどうしてぇ、青ざめてるんですかぁ? 青銅位さんはぁ悪い罪人をやっつけるぅ人じゃないんですかぁ?」

「それは先代だぞ、リィティカ。今代も同じことをしているという話だが、聞かされる話は全て放蕩貴族などの責任を忘れた者の処分だけ。やり方は先代よりも過激で徹底しているとの噂だ。最近はリーングラードにいるせいかハタと聞かんがな」


 アレフレットやシャルティア先生のように貴族だと、【輝く青銅】は悪夢そのものでしょうね。


 代々、青銅位。

 つまり【~~青銅】という称号を得た術式師は独自裁定権をもつ断罪人です。

 王の判断の下、という制限こそあれ、裁判すら必要とせずに『斬る』ことができるのです。


 斬りたい放題とはいきません。

 ちゃんと証拠とかないとダメなのです。


 【タクティクス・ブロンド】の義務と権利の一つですね。


「で、交流というのはどういうものを指す?」

「お互いの交流関係までは私の知るところではありません。ヨシュアンから聞いてみてください」

「ノーコメントでお願いします」


 シャルティア先生からの視線が少し厳しかったですが、シャルティア先生もこの解答が自分の素性を聞く上で、特に問題ないと思ったのか追求はありませんでした。


 そりゃ、個人の交友関係、その内容までは素性とは関係しませんからね。


「そして、ここまで聞けばどうしてヨシュアンが市井の民でありながら【タクティクス・ブロンド】という国の守護職と関われるのか、という疑問をお持ちになるでしょう」

「聞かせてもらおうかレギンヒルト証人」


 聞かせてください。

 当の本人の意向をぶっちぎってまで、溌剌と奏でる言い訳の内容を。


「まず前もって発言させていただきますが、ヨシュアンは国政と何も関わりがありません。確かに優れた術式具元師で、王家の術式具などと関係はあるようですが、そこまでです」


 そこ! そこは隠して!

 御用達だってバレると組合がうるさいって言ったじゃないですか。


「ほーぅ。それは初耳だな。正直、そこまでとは思ってなかったぞ。面白いと思って言ったことがまさか本当に秘された王族御用達店だったとはな」


 ノリで真実を見つけないでください。

 非常に困ります。


「術式具あげたんですから、黙っててくださいね。組合の人たちが怖いので」


 組合の人たちも自分が怖いようですけどね。

 勝手に王都の隅で術式具を売っていても過度な干渉をされない理由はまだ後日ということで。


「僕はもらってないからな」


 アレフレット……、そこまで術式具が欲しかったんですか? 不憫な。

 わかりました。

 クズ鉄で適当に光る術式具でも作ってあげますね。


「ヨシュアンがこの国に来た理由にも関わりあう、その素性を一言で述べるのなら――」


 これ以上、変なことを言わないように。

 心の中で女神リィティカに祈りましたが、祈られた本人は固唾を飲んでレギィを見守っています。


 一途な表情って綺麗ですね。

 素敵すぎて意識が飛ぶと思いました。これがいわゆる信仰ハイってヤツでしょうか?


 誰もがその一言を待ち、ただの数秒が長く感じられたでしょう。

 自分もこれ以上、何を言われるかドキドキでした。



「――ヨシュアンはリスリア王国十三代国王ランスバール陛下の幼馴染です」



 その一言は静かに場に沈みこみました。

 圧倒的に、しかし、どこか理解不明な言語のように言葉が全員の心に浸透していきます。


 誰もが目を見開き、自分を見ています。

 アレフレットやヘグマントは口を開き、リィティカ先生は手で口を押さえています。

 ピットラット先生ですら眉をあげて、驚きを隠せない表情でした。


 シャルティア先生なんか、眉に力を込めることで驚きを必死で殺そうとしています。


 このリスリア、いえ、他国でも同じでしょうが。

 国王と個人的な交流を持つ人間というのは王侯貴族などに代表される、やんごとない身分を持つ者と限られています。


 それすらも仕事上の都合や、あくまで親しいだけ、ということを指します。


 間違っても市井の、一般人が関わりあうような関係ではありません。

 なのに、自分はその国王との仕事上での関わり合いではなく、国王個人の、人間的側面での付き合いがあるとレギィは言い放ったのです。


「……待て。ヨシュアンは異国人だぞ? なのにどうして、そんな関係性が持てる」

「それは語れません。私も詳しく聞かされていないというのもあります。ただ今から十六年前に起こった王子の暗殺事件。ランスバール王が十の齢の頃に起きた暗殺が関係していると」

「そこからは自分が説明しますよ」


 さすがにこれ以上はレギィの言葉で語らせるわけにはいきません。


「暗殺されそうになったランスバール王は、暗殺されたと見せかけて逃げ延びました。大怪我を負いながら。その時、ランスバール王を拾ったのは自分の父だったそうです。諸国漫遊中だった父は王――王子がとんでもない事件に巻きこまれていると知ると、リスリアから遠ざけるために自分の故郷に連れ帰ってきました。そこで自分と出会い、ある程度怪我も良くなると『リスリアに帰る』と言い始め、鬱陶しかったので面倒を見るために自分も着いていき、革命を始め、今に至るというわけです」


 国の暗部にも関わるかもしれない、重大事に聞こえるでしょう?

 でもこれ、全部、嘘なんですよね。


「リスリア以外の国が故郷となると、ヨシュアン。お前は法国か帝国、あるいは南部の自治区出身者ということになるぞ。それに以前、お前は七年前にリスリアに来たと言っていたはずだ。九年――実際は移動する時間があるのでもっと短いか。その間、ずっと王と同じ場所に居たということか」

「そうなりますね」

「……どこだ? どこに居た」

「それは答えられません」

「何故だ」

「自分の出身国を語ることは王の来歴に関わります。当時の暗殺のことにも触れます。かなりの暗部ですよ? 貴族ならなおさらです。時には聞くだけで死ぬなんてこともあります。それは決して口にはできないでしょう? おかげで自分は自分の故郷について、あまり多くを喋れないんですよね」

「……そうか。そうだったな」


 シャルティア先生は虚空を睨みながら、少しだけ決心した顔をすると口を開きました。


「最後に聞くが、お前の故郷はもう――いや、いい。そういう話じゃなかったな」


 シャルティア先生が言いかけた言葉は大体、想像がつきます。


 五十年前以上、公式には五十六年前ですね。

 まだユーグニスタニア大陸に『四つの国があった時代』。

 

 ラグスラン聖教国という国があったのです。

 北の方の隅にですね。ポツンとありました。

 シャルティア先生は滅びた教国こそが、その跡地が自分の故郷ではないかと思っているのでしょう。

 あるいはシャルティア先生くらいならもっと飛躍して、『海向こう』の大陸が出身ではないかと考えるはずです。


 むしろ一番色濃い線は『海向こうの大陸』でしょう。

 そうなれば全ての説明にうまく片がつきますから。


「そういうことです。とはいえ、もう内紛も終わり、自分もまた王との個人的な繋がりこそあれ、何らかの政務や国政に参加することなく、請われるがままリスリア王国に残っていただけです。その都度都度で【タクティクス・ブロンド】と関わる機会があった、というだけの話です」


 まぁ、その全て、前提条件そのものが嘘なので推測は無意味です。


 何時だって、真実が一つならば他は嘘なのです。

 しかし、嘘だってある程度の筋道があれば、こうして真実よりも綺麗な真実になります。


「さて、自分の素性もあらかた説明できたでしょう」


 自分は術式で縄を切り、立ち上がりました。


「生徒が社宅に宿題をしにきているので、そろそろ帰って採点してあげないといけません。寮の門限も近づいてきてますしね。では、失礼しますお疲れ様でした」


 レギィが語った内容、そして自分の語った内容のせいで、混乱しているのでしょう。

 誰も自分が職員室から出て行くのを止めることはしませんでした。


 わずか三ヶ月でここまでバレるとは。

 バレていいとは思っていましたし、バレるのも時間の問題でした。

 ですが、こうまで早いとこれからが心配ですね。


 これで貴族院からのスパイや手先に警戒されると、後々、困ることになります。

 もっとも何故か貴族院は静観しているようですから、目立った動きも誰なのかの判断も難しいままでしょう。


 しばらくは膠着状態。

 それで良しとしておくべきでしょう。


 自分のこの素性という名の嘘が、他の教師たちにどう影響するでしょうか。


 なんとなく怖いものを感じながら、自分は廊下を進んでいきました。


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