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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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内気、内地、内心、ところにより天井模様

 先日、アレフレットに術式を撃ったことが学園長にバレました。

 苦言を呈した学園長へと自分が言った言葉はコレです。


「わかりました。次はバレないようにします」


 学園長の、頭痛薬でも飲みたそうな顔が印象的でした。


 実際問題、ヘグマントにも術式を撃ったにも関わらずアレフレットのことだけ言われたのは、チクった相手がアレフレット自身だと証明しているようなものです。リィティカ先生? いやいや、女神が人の告げ口なんてするわけないじゃん。

 アレフレットには後で椅子に黄属性のトラップ術式でも仕掛けておくことで、仕返しにするつもりです。

 これが本当の電気椅子、なんちゃって。


「まぁ、アレフレット先生は全然悪くないんだけど」


 自分の悪は充分、認識してますよ。偽善者じゃあるまいし。


 色んな人を唖然とさせた今回の件。後悔なんてあるはずない。

 むしろ嬉々としてやったわけなので、怒られても何の痛痒も感じません。

 そんなこんなで学園長室から出た自分はそのあと、何をしているかというと。


 優雅に【大食堂】でランチをいただいています。


「個人的な観点で言わせてもらうか。あの忌々しい図書院の愚者が術式で吹き飛ばされるというイベントなのだが、次があったら特等席で頼む」

「前売り券無しのゲリラ公演なので、ちょっと難しいですね」

「残念だ」

「ところで個人的な主観の絡まない社会的な観点では、どんな感想を?」

「問答無用だな」


 そんでもって、シャルティア先生をランチに誘ってみました。

 いや、初めはリィティカ先生を誘ったのに「悪いことする子とは一緒にご飯を食べてあげません」と言われたので、次からしないと約束してから、今回は見送る形になりましたとさド畜生!


 たとえ本人が罪の意識をもっていなくても、罰は訪れるものだということがよくわかりました。

 むしろ罪の意識を植えつけるための罰なんだなぁ、きっと。


「ところで、その『春の山菜スペシャル・スフォルツァンド風味』はどんな味がする?」

「目が醒める味ですね」


 自分の目の前に、桃色で統一された名状しがたいサラダ、桜色の野菜を挟んだサンドイッチ、赤系色のソースをかけたリスリアンスパゲッティに、緩やかな粘性を含んだ泥のような形状の野菜ジュースです。


 桃色サラダはアクが強い野菜をこれまたキツい香辛料とドレッシングであえて、歯で噛むたびにシャキリとした瑞々しい感触の後に、野菜独特の青みを強制的にスパイスが消そうとして、ものすごく舌を刺激する。


 桜色野菜サンドは、現物がどんな形状をしているのか想像したくないような冒涜的な形をしており、一口齧ると、見た目に反して強烈すぎる野菜的な甘さをパンで薄めることでようやく食べることができるのではないかと疑わずにはいられない。


 唯一、マトモだったのがリスリアンスパゲッティ。サンドイッチがあるのに、何故、炭水化物? と首を傾げるも食べたことによって理解する。辛い。味覚という刺激を消すために作られたのではないかと思うくらい辛い。それも唐辛子のような痛みのある辛さではなく、毒のあるキノコや野菜を噛んだような非常にシビレるイヤな辛さが舌に触手のように絡みつく。


 野菜ジュースに至っては、最初に飲むと特に何も感じないのだが、胃の中にまで潜りこんだ時、その真価を発揮する。胃から立ち上ってくる青腐さが鼻を刺激し、無性に気分が悪くなってくる。すでに修行僧のような心持ちへと変化していた自分は、一気に飲み干すことでこれらを全て完食するに至った。


 一言でいうと、なんで作った。


「食堂の限定メニューを全て網羅するのが密かな企みだったのだが、そうか……」


 自分はせめて食べ物を粗末にしないようにと、努めて無表情で食べていた。

 その様子が余計に不気味に見えたのかもしれない。

 シャルティア先生は密かな楽しみをそっとどこかに捨て去る決意をしていたように見える。


「そういえば、アレフレット先生とは仲が悪いように見えますが、何かあったのですか?」

「いささかデリカシーに欠ける質問だな」

「デリカシーないですか?」


 割と人に気を遣うタイプなんだけどなぁ、自分?


「デリカシーのある人間はまず人に術式を使わないな」

「戦場で武器として使えるというのならデリカシーくらい持って歩きますよ」

「日常は戦場ではないのか」


 違いない。迂闊にも納得してしまった。


「誤解を招く恐れがあるより、スッキリ話してしまうか」


 シャルティア先生は桜色ではない普通のサンドイッチを一口、噛りながら宙空に視線を這わせる。

 ちなみにシャルティア先生の日替わりランチはバスケットでした。

 こう、限定メニューと著しい差を感じずには居られません。


「元々、数学宮と大図書院は仲が悪い」

「元老院直下と王下の組織がですか?」


 元老院の仕事はバカ王のやることに難癖つけるのが仕事だ。

 引退した古参貴族が多いせいか影響力こそあれ、直接的な力や支配地を持たない。彼らが持っている力は知識だけだ。

 その補強に数学宮のような数式を極める場所があったり、錬成院のような錬成師の元締めみたいな組織があるわけだ。


 一方、大図書院はバカ王が参考にする資料を集める組織だ。術式の原本や危険な錬成の書物、禁術に関する資料のせいか武装がハンパない組織でもある。

 他にも王家に不利な書類や他国のヤヴァい書類を管理していたり、割と王家の闇にも通じている場所だ。


 知識、という面ならこの二つの組織は別の方向性をもった同じ組織とも言えるだろう。


「始まりは創始者同士の権力争いだったそうだ。それが今日まで続いているという締まりのない話さ。しかし、数学宮で働いている者が図書院に出向き、イヤな思いをして帰ってきたという話も多い。実害が出ている以上、好意を抱けというのは無理があるのではないか」


 因習に今の人間が被害を受けるなんて話はよくよくある話だ。


「かく言う私も親友を泣かされてしまってな。腹が立ったので乗りこんだこともあった」


 王下の組織に乗りこむとか、政治的に危ない橋をわたるなぁ。


「親友が借り受けるはずだった書籍と禁書数点、後は土下座による謝罪を要求したのだが、すげなく追い払われてしまった」

「当たり前です」


 何考えてんだ。禁書の時点でアウトだよ。


「私の親友がヤツらに煮え湯を飲まされたのだぞ? 既得権益を越えた謝罪の品を要求するのは当然だ」

「もう少しハードルが低かったら、きっと謝罪文くらいは送られてきていたと思いますよ」

「親友が関わっていなかったとしても、あの養豚場の豚でも見るような目で私を見るあの姿勢はいけ好かないな。出向く度に『何しにきたんだ』というような負の目で見られる」

「あそこはいつも、あんな感じじゃなかったですか?」


 大図書院に何度か訪れたことがある身、少し信じられない話でもある。

 あそこは良くも悪くも、無関心の巣窟だ。司書に本の場所を聞いて案内してくれたりすることはあっても、関連性のある他の本を持ってきてくれるようなサービスはしてくれない。

 最低限の仕事しかしない、というイメージしかないなぁ。


「男は気にならないだろうが、あぁいう目をされると女性はひどく落ち着かないものだ。どんな女性も自分のどこかが気に入っている。その密かな自慢をなんともないような顔で見られるとなれば自尊心の一つや二つ、傷つくさ」

「そういうものですか」

「そして、女性にとって自尊心は女性そのものだ。覚えておきたまえ」

「そんなものですか」

「む。だんだん、相槌のグレードが下がってるぞ」

「いまいち反応しづらいんですよ」

「大体、反論ばかりではないか。少しは同意する姿勢くらい見せたらどうだ」


 火花が飛び散る、飛び散る。

 ようするに気に食わないんだろうな、大図書院の連中が。


「数学宮の男性職員もそうですか?」

「男性はもっと非道いらしいぞ? 罵詈雑言、皮肉は当たり前だそうだ」


 女性は結託するので、あえて真正面からぶつからず、男性には真正面に悪口をいうとは……、意外とせこい技を。

 これを逆転させるのもアリだが、その場合、女性連合の陰湿な陰口と戦わねばならないハメになる。

 男性職員だと避けたくなるんじゃないかなー? でも鬱憤は溜まってるからケンカ覚悟で皮肉を言う、と。

 バカじゃねぇの。


「しかし、そういう話だと両方の意見を聞きたくなりますね」

「双方の意見を聞いてどのような結論に到達するか知らんが、これらの件に関しては我々こそが被害者だ」


 そういう台詞はどっちもが言うんです。

 気になったから聞いてみたことを今になって、後悔し始めた。

 いい加減、この話題を断ち切ってしまいたい。

 このままだと愚痴をグチグチ言われるだけだ。


 何か別の話題に切り替え……、ちょうどいい。

 ずっと自分の後ろから、監視している気配について聞いてみるのもいいかな。


「ところでシャルティア先生――」

「と、言い足りない感はあるが、ヨシュアン。客だぞ」


 先に言われてしまった。

 なんとなく肩透かしを食らったような気持ちで振り向けば、


「……ひぅ」


 と、一声、鳴く少女の姿があったのだった。


 ヨシュアンクラスの小動物にして、気弱っ娘。

 セロ・バレン君(12)が肩を震わせて、椅子の下に隠れていた。

 なんだろうね、この橋の下で鳴いている子猫を見つけたような気分は。


「……セロ君? 一体、何をしているのですか?」


 内地で地震対策とは、これまた杞憂の故事のような話だなぁ。


「……あ、あのぅ」

「まず、そこから出て」

「ひぅ!?」


 先生、君が何を怖がってるのか理解できません。


「あ、あのあの……、知らない人……」

「……シャルティア先生ですか?」

「……先生?」

「シャルティア先生、知りませんか? 開園式、入学式の時に居たでしょう?」

「え……?」


 シャルティア先生の方へと視線をやってみると、すごく微妙な顔をしていました。


「ヨシュアン。私はこれでも幼少の頃から自分のことを目立つ子だと思っていた」


 でしょうね。黙っていれば細さとプロポーションと冷たい感じで、美人秘書さんみたいな色気出ていますし。

 冷徹ちっくな声と口調が全てを台無しにしています。

 もちろん、それも込みで良いというドMさんがホイホイされるでしょうが。


「少し傷ついた」

「そこが貴方の自尊心ですか」


 内心、目立ちたがりなのかこの人。


「傷心の女性は旅に出るという。探しにこないように」


 食事のトレーを持って去っていくシャルティア先生。

 ちゃんと洗口に返してくださいね、持っていかな……持っていくなっつってんでしょーが!


 しばしセロ君を放置して、シャルティア先生がトレーを返したのを確認してから、セロ君を椅子の下から引っ張り出す。

 最初はイヤイヤしてたが、すぐに首筋をつかまれた猫のように諦めた顔をしていた。

 椅子に座らせてご対面。どうしてここまででこんなに疲れるのかそれがわからない。


「で、セロ君。どうかしましたか?」

「………」


 無言で下を向く。

 おいおい、なんだよこの空気。

 まるで自分がセロ君をいじめてるみたいじゃないか。


 彼女も空気を感じているのか、非常に言難そうだ。


 あ、思い出した。

 教師ってイニシアティブ&アプローチしなきゃいけない職業だっけ。


「大丈夫ですセロ君。何を言っても大丈夫ですから。先生、温厚さにかけては国一番を自称しているくらいですよ。胸を借りるつもりで、ドーンと言っちゃってくださいね。絶対、怒ったりしませんから」

「え……、はぃ」


 この言葉に勇気づけられた少女は一歩、踏み出すのだ。

 誰かに相談する、その勇気をセロ君は手に入れるのだ。

 良い話じゃないか。


「チカン」

「言っていいことと悪いことがあります!!」

「ひぃ!? 」


 だからって、なんでまたチカンと言われなきゃいけないのだ。女子率が高いリーングラード学園では生死に関わってくるキーワードだぞ!

 そんなに先生を亡き者にしたいですか? セロ君。


「だ、だって……、何を言っても怒らないって……、ぅ」

「先生は聖職者ですが、聖人君子ではありませんから」

「ぅぅ……、ごめんなさい」


 泣きそうな顔をしているセロ君。

 あれ? 悪いのは自分なのだろうか? 意味がわかりません。


「そんなに怒ってませんから」

「怒ってるんだ……」

「全っ然! 全然怒ってませんから! いや、先生、ちょーごきげん! ハイテンションだ! ハハハ!」

「良かった……」


 いや良くねぇよ。これじゃどの角度から見てもイタイ人だ。


「それで。何か用があったのではないのですか?」

「はい……、ぁの……そんなに、見られる、と……緊張して、くらくらしますぅ……」


 視線一つでノックアウトか。伝説の暗殺拳でも到達できない高みだな、そりゃ。


「わかった。見つめない。どこか遠くのお空を眺めていることにしよう」


 自分の目には灰色の天井しか映していません。

 これで涙が出るようなことがあっても流れたりしなくていいね、ホント、本当に……、ハァ、だよ、まったく。


「ご、ごめんなさいせんせぃ……、ぁのですね……」


 ようやく本題に入れそうです。

 無駄に長くってイライラしているのも隠さなきゃいけないとか。もう、この子、対人関係に何か重要なトラウマでも抱えてるんじゃないかとさえ思えてくる。


「肩にゴミがついてます、です?」


 チラリと肩を見てみる。見えなかったので触ってみる。

 ゴミなんてどこにも付いていない。

 よくわからない。一体、この子は何を言いたくて、何を自分に求めているんだ?


 アプローチしようにも、セロ君の望みが不安がわからないと、どうにも手の打ちようがないんですわ、お?


 しばらく、お互いに目線を外し合いながら見つめ合うという訳のわからない状態に。


「明日の……」


 いい加減、無言も疲れてきたところでようやく事態が動く兆しが見えてきた。


「授業……、おやすみしていいですか?」


 その言葉を理解できても、納得できなかった。

 ただセロ君は本当に真剣で、何か事情があるのだろうことくらい、すぐにわかった。

 だけど、自分はまだ事情を聞かされていないし、そう簡単に休ませるわけにもいかない。


 彼女にとっては絶望的な言葉だろうと、自分は教師なのだから言わなければならない。


「ダメです。ちゃんと理由を言いなさい」


 彼女のために思った言葉ほど彼女を傷つける。

 尊厳ってヤツはどうしてこう脆く傷つきやすいのか、頭の一つも抱えたくなるってもんだ。


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