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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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忘れものはなんですか?

「その前に皆さんに、新しい仲間を紹介したいと思います」


 学園長のいつもの好々爺とした様子を崩さないのは結構なんですが、ものすごくイヤな予感がします。


 ようやく話が進むと思った矢先ですよ。

 しかも、今から新キャラって……、新キャラ枠はもういっぱいです。

 何人いると思ってんですか。


 新しい誰かさんが現れるたびに自分が苦労するんですから、もう勘弁してください。


「警備員から事務に転向したシェスタ・ジェンカさんです」


 既存キャラでした。


 忘れてました。えぇ、完全に。

 試練のほうに頭が行っていたせいですっかり忘れていました。


 シェスタ・ジェンカ。

 『義務教育推進計画』の重要性――というより王国が秘密にしている計画があるので潰してやろうと考えた帝国貴族ファーバート卿が送り込んだ刺客の、協力者ですね。

 もっとも協力者というより、ほとんど捨て駒扱いだったうえ、協力する理由もなくなったので、彼女自体はシロと言い切っていいでしょう。


 これでシェスタさんが貴族院の手先だったら、殺しますよ?

 この人が面倒なことをしてくれたおかげでこっちは大怪我を負いましたしね。


 まぁ、その事件でシェスタさんも怪我をしたわけで。

 足の傷が少し良くなったから事務員になったわけですね、そうですね。


 以前はローブを着ていたシェスタさんは、桃色と黄色の線が入ったワンピースの上にチェインベルトを巻いた姿でした。

 さらに上から、薄い生地の七分袖のアウターを着た、事務作業しやすい格好をしていました。


 その手に持っている布はカフスですかね?

 腕が汚れないようにとカフスを付けてから仕事をするようです。


 夏の装いと仕事の両方を考えた結果のファッションなのでしょうが……、軍服もどきの教師服を着ている自分たちに混ざると違和感しかありませんね。


 事務員用の制服を用意したほうがいいですか?

 今度はちゃんと詳細を書いた注文書を用意します。


「彼女はキャラバンの事件にて、単独で犯人を足止めした結果、足にひどい怪我を受けてしまいました。警備の仕事が困難であると判断し、本来なら警備を辞めるところをその功績と彼女自身、教養ある身だということなので無理を言って事務方を担当してもらうことにしました。学園に届く手紙などの仕分け、各所への報告の手紙などはシャルティア先生とリィティカ先生に兼任させていましたが、さすがにそろそろ負担もあるでしょう。そう言った雑事を彼女が担当します。生徒会の依頼書の管理、また受理も彼女の担当に回そうと思います」


 学園長はつらつらと表向きの理由を語りました。

 この中で詳しく内容を知っている自分と、シェスタさんが元協力者だと知っているヘグマントはわざわざ学園長の説明を訂正することなく黙って聞いておきました。


「もっとも最終的な判は貴方たちの役割ですので、全てをシェスタさんに任せてしまわないようにお気をつけなさい」


 つまり、学園の窓口になるということですね。


 暗殺者の元協力者に任せていい仕事かどうかの判断は難しいでしょうが、裏切る心配だけはないでしょう。

 それに、シェスタさんに任せる仕事はほとんどが雑事。


 本来なら自分たちがやらなくても良かった仕事や、全体に影響はないけれどやらないと面倒という部分を担当しますので仕事効率も良くなりますし重要度から見れば妥当です。


「ではシェスタさん」

「はい」


 少しだけ左足を引きずり、一歩、前に出ました。


「学園長様より紹介を受けましたシェスタ・ジェンカです」


 足が足なのでカーテシーはできませんでしたが、深々と頭を下げる姿からは貞淑なイメージを受けるに十分でした。


「不慣れな部分や激しい運動ができないこともありますが、至らなければ叱咤していただけたら嬉しいです。それから――」


 術式師でもあるシェスタさんなら、識字などのリテラシーにも明るいでしょう。

 冒険者だったとはいえ、礼儀作法が欠けているようには見えなかったので事務職としての能力に疑いはありません。


「ヨシュアン様の愛奴隷なので、どうかそのことは覚えていてください?」


 その瞬間、会議室は凍りつきました。


 頬を赤らめて、もじもじしているシェスタさんだけが色を帯びているような光景でした。


「ベルゼルガ――!」

「ヨシュアン先生! 早まるな!」


 ヘグマントに羽交い絞めにされました。


 ちくしょう! この腐れアマ!

 教師全員の前でなんてこと言いやがる!?

 

 いや、なんていうかもうリィティカ先生の前なのが一番、堪えますよ!


「大丈夫です、大丈夫。ちょっと会議室に大穴が開くだけですよ、大丈夫です」

「むぅん! ちょっとどころの騒ぎではないぞ。どの辺りが大丈夫なのか具体性もない」


 怪我のせいで羽交い絞めを振りほどけません。

 強化術式を使っても、どうせ傷口が開くだけです。


 あと暑苦しい。不快さが半端ありません。


「ギリギリギリギリ……」


 シェスタさんがものすごく嫉妬した目をしていました。

 親指の爪を噛んで、自分――ではなくヘグマントを見ています。


 足を引きずりながら、自分とヘグマントに近づくと細腕でヘグマントを押しのけようとしています。

 ヘグマントもヘグマントで少し面食らったように羽交い絞めを解きました。


 何をしているんですか?

 というか、その反応は一体、何ですか?

 正直に言いますが、欠片も理解できません。


「男同士なんて不潔っ」


 無言でシェスタさんにげんこつを入れました。


「えーっと、丁寧かつ遠まわしに言いましょう。ぶち殺すぞ」


 あの時、見捨てていたら良かった。


 お前のためにヘグマントは自分を羽交い絞めにしたんですよ。

 さらに自分とヘグマントの間に桃色の何かがあったら、自分は舌噛みちぎって自殺しますよ。


「ヨシュアン先生。個人的な趣味趣向に口を挟むつもりはありませんが、会議中だということを思い出してくださいな」

「肉の塊に欲情すると思っているあたりにひどい侮辱を感じました。正当な報復だと思います。あと、今、ちゃんと皆の前で、誤解と自分の意見を主張しておかないと色々と困ります」

「ふぅむ……、肉の塊とは照れるな!」


 うるさい、黙れ。


「……ヨシュアン様の愛は激しい」


 てめぇも黙れ。


 なんというか、このシェスタさん。

 なんでしょうね?


 嫉妬しないのは、まぁ、いいでしょう。

 献身型ドMによくある特徴として受け入れましょう。


 でも、あろうことか男に嫉妬しないでください。

 貴方の中の男女観はなんなんですか? どういう類なんですか?

 腐っているというよりシロアリでも住み着いているんですか?


 今の自分では理解できません。前衛的かつ高難易度かつ高々度すぎて。


 て、なんでシャルティア先生は『わからんでもない』という顔をしてるんでしょうか?

 はい、リィティカ先生は目をキラキラさせないでください。うっかり愛してしまいそうです。


 あれ? 女性ならわかる話なんですか?


「アレフレット先生、わかります?」

「何がだ! いつも唐突なヤツだな」

「いえ、さっきのやりとりがどう理解できたかです」

「お前の色恋・恋愛模様なんか興味ない!」


 ですね。

 自分だってアレフレットの恋愛模様なんて、アリが運ぶ餌くらい興味がありません。


 ここはリィティカ先生に聞いてみるのが一番でしょうが、あの様子だとモヤモヤした解答しかもらえないでしょう。

 女神リィティカの神託は自分のような矮小な子羊には高尚すぎます。


 なのでここはシャルティア先生――と、見せかけて、


「学園長。これは一体、なんなんでしょう?」

「そうですね。貴方が後見人なのですから多少は面倒を見なければなりませんよ」


 わかってて答えませんでしたね、この人は。

 密かに爆弾発言を設置してますし。


「後見人ですかぁ?」

「えー、彼女の怪我をした現場に居た時、彼女の仲間に頼まれてしまいまして」


 ジルさんも余計なことをしてくれましたよ!

 恩を仇で返されました。


「学園長。話を進めましょう。これ以上、この話題を続けると自分はキレる自信があります」

「アレで怒っていないつもりだったのか」


 聞こえない、聞こえない。


「試練官の先触れはどんな内容を引っさげてきたのですか?」


 こういう時は有耶無耶の内に話を進めるに限ります。


「ヨシュアン先生も十分に楽しんだようなので話を始めましょう。シェスタさんにも関係のある事柄でしょう。会議は教員のみですが今回は同席を許します。お好きな席にお座りなさい」

「はい」


 当然のように自分の隣に座るシェスタさんをどうしたらいいものか。

 あと、こっそり席の間を詰めないように。

 もう隠すつもりもなく、もたれかからないように。


 とりあえずシェスタさんの頭を掴んで、引っペがしました。


「さて。先触れでしたが……、明日の正午、到着予定です。皆さんには学園の正面入口にて、試練官を出迎えてもらいます。集合時間は正午前で良いでしょう」

「それで学園長。相手は誰です。学術となればリーチシェンか、ナルレイツェント。西部の貴族か。どちらにしろ一筋縄ではいかない連中だったでしょう」


 忙しい自分の代わりにシャルティア先生が学園長から情報を得ようとしています。


「滅多なことを言うものではありませんよ、シャルティア先生。そうですね……」


 少しばかり考え事をし、自分を見た学園長。

 一瞬でしたし、さりげなく周囲を見回していたので、特に含む様子は見られませんでした。


「秘密にしておきましょう」


 学園長の思いがけない一言に、教師陣は少し面食らいました。


「学園長。秘密にする必要があるのですか」

「リスリアを代表するとある貴族、とだけ言っておきましょう。相手がわからなくても失礼のない対応ができると私は信じていますよ」

「若干、心配な者もいますがね」


 シャルティア先生がこっちを見て言いました。


「まったくですね。ねぇ、アレフレット先生」

「何がまったくだ! お前しかいないだろ!」

「何を言うんです。相手がどんな護衛を連れてきても標的だけ狙えますよ?」

「狙うな! じっとしてろ! 学園長、当日はこいつを縛って納屋に放り込んでおきましょう」

「納屋くらいで閉じこめられる人ではありませんよ。我慢なさい。納屋もタダではありませんからね」


 あれ? なんか扱いがぞんざいな気がします。


「到着後は各々、貴方たちから見た生徒たちの資料と学習要綱の進捗を提出してもらいます。試練官はその資料を元にテストを作ります。用意はできていますね?」


 資料自体はできています。

 なので、特に問題はないのですが……。


「学園内の案内や接待は、ヨシュアン先生とリィティカ先生に任せるとしましょう。皆さんも同じ意見なようですので、異論はありませんね」


 これで接客係は確定になりました。

 まぁ、リィティカ先生と一緒なので問題ありませんけどね。


「それと授業中はシェスタさんが対応することになりますから、もしも判断がつかない自体や問題が起きた場合、すぐに私か最寄りの教師に対応を引き継いでください」

「はい」


 しかし、試練官の対応に追われすぎて性教育について、話し合う隙がありませんね。

 次回に持ちこむべきでしょうか。

 少なくとも話を知っているリィティカ先生も、そっちに頭が回っていないようですので、もう少し自分で煮詰めてからでいいかもしれません。


 学園長にだけ、それとなく伝えておくべきでしょう。


 あとは……、女医さん(36)にも意見を聞いておきましょう。

 セロ君の様子も看ておかないといけません。


 細々とした諸注意こそあれ、意見が出なかったのは相手の出方がわからなかったからでしょう。

 会議では積極的な意見は出ず、対応の話ばかりに終始しました。


 さて、どうして学園長は試練官の身元を明かさなかったのでしょうか?


 事前情報を仕入れているとまずい相手だったとしたら、どうでしょうか。

 しかし、そんな相手はそうそういません。

 応対する側が知らされていない状況なんて、ちょっと思いつきませんね。


 強いていうなら、今回の応対は、自分たちも試されているというパターンです。

 生徒を試すと同時に、外の客に対して適切に応対できるかどうか、自分たちをその状況に置いて判断しているのかもしれません。


 教師として相応しいのか、否か。

 そして、試されたことで何が変わるのか。


 先行きが不透明なことよりも学園長が一枚噛んでいることが、もっとも厄介だと思っています。


 最悪の事態を想定して、明日は術式具を持っていきますか。


 こうして何一つ、決定的な情報を得ることなく、薄い猜疑だけ積み重ね、懸案事項を話し合うことなく、会議が終わってしまったのでした。


 隣にいるシェスタさんのせいで、会議に集中できなかったのも理由です。

 こんなんで大丈夫なのか、生徒たちより先に不安になりそうです。


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