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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
134/374

教師たちのテスト対策は準備が大変

 職員室に着いたら会議……、と思っていましたが、どうやら学園長が遅れているようで、まだ始まっていませんでした。


 それどころか待機命令まで出ている始末です。


 というわけで日中の熱がまだ残っている職員室の窓を開けて、自分とリィティカ先生も学園長を待つことにしました。

 こまめな換気は重要ですね。


 この、目の前で室内の不快指数を上げてくれている筋肉ダルマのせいで、なかなか出て行ってくれない熱気をこもらせないためにも。


「夏だなー! ヨシュアン先生!」

「夏ですね」


 この筋肉勇者ことヘグマント先生は、何故に職員室で筋トレをするのか。

 いや、待機命令中だからここで運動しているのでしょうが、黙って座ってろよと言いたいですね。


「えぇい! いい加減に目の端でちょこまかと動くなヘグマント! 貴様のせいで暑苦しい!」


 机に突っ伏しながらもキツめの眼差しをさらに尖らせて、シャルティア先生がヘグマントを貫いていました。

 そりゃ、睨みもします。


「筋トレなら外でやれ! 外で!」

「む……、しかしだな。部屋で待機しろと言われたばかりだぞ」


 夕刻で室内という条件なら多少、風が入ってくるとはいえ、人が増えたら増えた分だけ暑くなるのは必然です。

 それなのに自分たち教師陣は、学園長の指示で職員室に押し込められています。


 特に意味はないのでしょう。

 強いて言うなら、勝手に帰らないようにするための指示です。


「何の話かは知らんが、こう暑いのに押しこめられたら筋肉が圧迫されてしまう」


 えー、自分はこの訳のわからない言語にツッコミを入れなきゃいけないのでしょうか?

 ただ一つだけツッコめるのなら、それは『お前の脳みそ筋繊維』だけです。


「おそらく、というより十中八九、【貴族院の試練】の試練官の件でしょうね」


 【貴族院の試練】。

 リスリア王国が実験の一番の肝であり、『義務教育推進計画』の障害とも言えるこの試練。

 この成否が『義務教育推進計画』の継続・拡大へと繋がるわけです。


 『義務教育推進計画』が正しいかどうか。

 あるいは成果のあるものなのか。

 その問いに答えるための試練と言えるでしょう。


 もっとも表向きは、という注釈がつくでしょう。

 裏向きは、内紛の遠因にして原因、腐敗の中心となる【貴族院】の力を削ぎ落としきるための布石です。


 『義務教育推進計画』が成功すれば、【貴族院】は王を疑ったということで、押しつぶすことができます。

 悪あがきされて力を削ぎきれなくても、次に潰すとっかかりになるでしょう。


 失敗すれば【貴族院】は王の浅慮を止めたということで、忠臣であると胸を張れるわけです。

 そうなると、いくつか分断した権益と結びついて【貴族院】の力が増してしまうでしょう。

 平たく言えば、まぁこんな感じでしょう。


 そして、これは個人的な話です。


 【貴族院】を潰せば、自分は約束を果たせます。

 未来のリスリア王国を想った、ある人との約束です。


 バカ王と交わした約束とは違う、もっとも尊く――もっとも大事な約束です。


 それだけでもない感情と旧リスリアとの決別、二つの意味で自分は【貴族院】を潰したい。

 なので、ここで計画を潰してもらっては困ります。

 自分ができる範囲で、なんとか成功に導きたいですね。


「明日は試験官の到着ですので先触れくらい、今日、到着しているのかもしれません」


 具体的にどんな試練なのかはまだ明かされていませんが、ある程度のガイドラインは作られています。

 基本は学術テストとのことです。


 この学術テストが開園から四ヶ月後、八ヶ月後、そして十一ヶ月後に行われます。

 しかし、数えればわかりますが、まだ開園から三ヶ月しか経っていません。

 なのに一ヶ月も先んじて試試練官が来る理由。


 一ヶ月前、あるいは二週間前の猶予を使って、試練官が試練の内容を決めるからです。


「正直、どう思いますか? 試練は」


 シャルティア先生に睨まれてはヘグマントも大人しくするしかなくなったようです。

 布で汗を拭きながら、どすんと自席に座りました。


「むん! 問題ないぞ! 既に何名かの剣才ありそうな生徒は【支配】の領域に足を踏み入れている者もいる。ヨシュアン先生のクラスだとマッフルにクリスティーナ! 俺のクラスだとフリドともう一人、ピットラット先生のクラスではキースレイトがそれに当たる!」


 実はエリエス君も【支配】の領域に足を踏み入れているのですが、いかんせん小柄さと体力の影響か、他二人に比べると精彩を欠きますね。

 予測という面では十分、実践に通用するレベルなのに体術がついていってない、ということです。


 自分の【支配】と深度を比べてしまうと浅く、拙いものですが戦闘中に予測を立てられるところまで来ています。

 才能豊かなのはいいことですね。


 未来永劫、できそうにない子もいますけど。


「シャルティア先生はどうです?」

「資料を見ればわかるが若干名、テスト範囲の数式を覚えきれていない生徒がいるが、一ヶ月も猶予があれば十分だろう……、本調子ならな」

「本調子でなくても頑張ってください」

「夏が私を狂わせるのだ……」


 先行き不安なお言葉も一部ありましたが、ヘグマントとシャルティア先生はおおよその目処が立っているようです。


「あのぅ、暑いのはわかりますがぁ、もう少し」

「わかってはいるんだが、もう、胸の間に汗疹がだな」

「む、むねぇ!? 開かないでくださぁい!」


 シャルティア先生持参のゴージャス扇子で、胸元に風を送っている……、見ないでおきましょう。

 紳士として、ではなく、見たことでどんなペナルティを課せられるかわかったものでは……、いえ、今更ですが恥も外聞もある立派な社会人ですから、見ないのです。


 紳士は黙って目線をそらすものです。たぶん。


「リィティカ先生はどうです? 錬成は初級でも難易度が高いものが多いでしょう。試練は確か実物を作るのと座学の二種でしたね」


 錬成も術学と同じで座学と実習の二つで採点されます。

 この質問に答えたのはリィティカ先生ではなく、別の人でした。


「……純粋なテストは暦学、数学だけだ。実習のみは教養と体育。テストと実習は錬成と術学。リィティカ女史とヨシュアン・グラムは特にちゃんと試練の形式を見ておけよ。どちらに重きを置くかでテストの難易度が変わる。試練官がどんな人物か知らないが、どうせ僕たちに内容を教えるようなことはしないだろ」


 この暑い中でも真面目に資料の編纂なんかしているアレフレットの考察は、中々のものでした。

 というか聞いてないのに答えるんじゃぁ、ありません。

 自分はリィティカ先生の御声が聞きたいのです。


「となると自分とリィティカ先生は試練官の人柄を把握して対応しなければなりませんね」

「ふぇ~……、それってぇ、実習が得意な人は実習に点数を多く付けるってことですかぁ? もしかしてぇ実習だけとかもぉ?」

「いえ、一応、点数の最大値は固定です。座学70、実習30の計100点ですが……、聞くところによると試練官の裁量で20点分、調整していいそうで」


 学園長から聞かされた時は驚きました。

 どうやら先の会議で追加ルールが生まれたようです。


「最悪、座学90点、実習10点、なんてパターンもあるかもしれません」


 勉強できない子にとっては嫌がらせでしかないパターンです。


「つまり、試練官は生徒たちが教育によって、どのように偏っているかを調べる。そして弱点となる部分、座学か実習のどちらかに点数の最大値を増やすわけです」


 試練官はもちろん、貴族院の手先でしょうから?

 真っ先にこちらの弱点をついてくるでしょう。


 全体的に実習が苦手だと思えば実習重視で、座学が苦手だと思えば座学重視で。

 これでテストを落としてくるのだと思います。


 この試練を乗り越えないと、自分は任務……、任務でしたっけ?

 最近、仕事な気がしなくなりつつありますが、バカ王の立場とベルベールさんの仕事を煩わせるわけにはいきません。

 貴族院を調子に乗らせるわけにもいきませんし、せっかくここまで貴族院の力を削いだのです。


 トドメをミスるわけにはいきません。

 確実に、完全に、絶対に、貴族院の廃止まで持っていかないといけません。


 自分にとっては乗り越えてもらわなくては困る試練です。

 自分一人で頑張っても意味がない。


 教師陣、生徒共々、頑張らなければ乗り越えられない壁なのです。


「あぁ、ですから人柄を知るわけですな」


 現在、最優秀教師の名称を持つピットラット先生が冷たい香茶を出してくれました。

 あれ? 冷たいお茶?


「ピットラット先生、これは?」

「給湯室には小さな氷結庫があるとご存知ですかな」


 氷結庫は冷蔵竜車や大型倉庫につけられる術式具です。

 多くはリオ・ラム・ウォなどに代表される凍結術式が刻まれた術式具ですね。


「小さな氷くらいなら仕切りをつけた容器で作れますな。わざわざ大きなものを砕くより使いやすいですな」


 さすがというか、この辺は年季の入った知恵ですね。

 実はこういう使い方をする人は少ないのです。


 冷蔵庫自体が大型のものばかりで、しかも高額です。

 飲食店にすら小型のものは置いていないので、一般人が冷蔵庫に触れる機会はありません。

 氷を作ると言えば、業務用の大きなものだけがもっとも効率が良いのです。


 貴族の屋敷なら小型の冷蔵庫くらいあるでしょうし、長い間、使っていればそういう使い方も思いつきます。


「これも同じことです。冷蔵庫をどう使うかは普段、どうやって使っているか、という視点でものを考えます。得意なものならより深く。逆に不得意な分野なら、知識がない分、知りえないことも多い。人柄を知るということはその人の好悪を理解することですな」

「はぁ……、実習が得意なら実習をよく見てぇ、考えるぅってことですかぁ?」

「然りですな」


 相変わらず含蓄深い言葉です。

 そうこう言いながらもお茶を配り歩いているピットラット先生。


「特にリィティカ先生とヨシュアン先生は試練対策として、試練官の人柄に接して、うまく生徒たちを合格させてあげるようにしなければなりませんな」

「必然、自分とリィティカ先生が接客係になるんじゃないですか?」

「そうとも言いますな」


 ムカつく貴族だったらぶち殺そう。

 それよりも、悪いことばかりではなさそうです。


 自分が接客係になるのなら貴族院の手先とスパイが密会するのを防げますし、公然とリィティカ先生と一緒に居てもおかしくないのです。まったく、どこも、間違いなく、何一つ、おかしくないのです。 やった!


 もちろん、試練官殿には時々、気絶してもらってリィティカ先生とイチャつくのも悪くないですね。


「ところでぇピットラット先生はぁ、暑くないんですかぁ?」


 そういえばこの人、全然、汗をかいてませんね。


「プロですから」


 プロだと汗をかかないそうです。

 実は執事は人外だとしても驚きません。


「……ふん。とにかく相手は貴族院のお偉いさんだろうさ。失礼のないようにしろよ、特にヨシュアン・グラム」


 アレフレットが綺麗なペン止めの音と一緒に言い放ちました。


「【獣のガントレット】なら三発まで余裕です」

「するな! 大人しくしてろ怪我人!」


 アレフレットの指摘どおり、まだまだ自分の怪我は治りきってません。

 先月の下旬に騎士オルナからバカスカと斬られた傷は思いのほか、深かったようです。

 六色結晶もない上に【獣の鎧】は怪我に触るので使えません。


 戦闘能力という面において、自分のパフォーマンスはガタ落ちです。

 ですが、それでも戦えないわけではありません。

 アレフレットに言ったとおり、部分発動なら周囲の源素でも使えますし、上級冒険者くらいが相手でなければ、いつもどおり処理できそうです。


 術式は当然、普通に使えます。

 ですが、体に負担がかからない術式となるとこれまた面倒なことに、使えません。

 強化系の最上位とか、行使力の負担が体に及ぶ術式なんかも同じです。


 【源素融合】のほとんどが使えない状態です。

 【戦略級】もちょっとしんどいところですね。


 【ザ・プール】なんかは普通に使えるだけマシですかね?


「試練官対策は学園長から指示が飛んでくるから、二人共、よく聞いておくべきだ。あぁ……、それにしても暑いぞ、ヨシュアン」

「どうしろと」


 シャルティア先生が流し目してきました。

 嫌な予感しかしません。


「何か涼を取る手段を考えろ」

「では怪談で」

「またボディブローされたいようだな重症教師。私のボディは風切り音がすごいぞ?」


 一度、くらっているので知ってますよ。

 容赦なく気絶させにきましたからね、この女の皮をかぶった邪神は。


「部屋が涼しくなる術式具をよこせ」

「お断りです。そう簡単にホイホイと作れるようなものでもありません。仮に作ったとしても費用を要求しますよ?」

「多少は経費でなんとかしてやろう」


 この女、とうとう学園の予算を我が物顔で使い始めましたよ。

 半分くらいがシャルティア先生が稼いできたとはいえ、もう容赦の欠片もなくなりましたね。


「アレは青銅を使うのでメンテが大変なんですが」

「メンテすればいいだろう」

「自分たちは一年しかいないのですよ? 定期的にメンテに来るとしてもリーングラードは遠すぎますし、自分の技術は少し、いえ、かなり特殊な理屈を採用していますので本職人でも難しいものに仕上がると思いますが」


 術式ランプのような基盤がしっかりした回路を使うのとは訳が違います。

 ほとんどオリジナルですから、まず、メンテ方法を近場の職人に教えてから孫請け契約を――面倒でイヤです。


「王都よりマシだと思って諦めてください」

「諦めきれたら不快指数はあがらないということを胸に刻みつけておけ。いっそ女子のみ湖で水泳訓練にしてやろうか」

「男子からの声を忘れないでくださいね。しかし、やはり現実的には……」

「ヨシュアン先生ぇ、私からもお願いしますぅ。あのままだとそのうちぃ、下着になってしまいそうでぇ」

「それはいけませんね。作りましょう。他にリクエストはありませんか?」


 二つ返事でした。


「何故、私の時は渋ってリィティカの時だけすんなり了承した、え?」

「気のせいです。ほら、後で術式具の大まかな予算を表にしますから一考してください」

「なら代わりに冷暖両用の術式具にしろ」


 シャルティア先生がリクエストするんですか。そうですか。


「それって王城でも中々ない術式具なんですけど」


 帝国あたりにはありそうですね。

 術式具はあっちが本場ですし。


「オリハルコンをカバーリングにつかった……、氷金と灼熱鋼の二重構造なら」


 氷金は錬成で生み出される常温でも冷たい金のことです。

 灼熱鋼は南部で採掘されるマグマの熱で鍛えた鉄のことですね。

 氷金は青属性と相性が抜群によろしく、灼熱鋼は反対に赤属性に優れた親和性を発揮します。


 オリハルコンは言わずとも大体、知っている人も居るでしょう。

 竜種の鱗、その表面で形成される対源素に優れた金属です。


 作れそうな素材を口にすると、たちまちシャルティア先生の目つきが変わります。


「もっと安く仕上がる努力をしろ」

「大量生産なら考えるのですが、一品ものですしね。効果はかなりグレードダウンしますが、鉄と青銅でメンテ回数を増やせば、まぁ。どちらにしてもミスリルかオリハルコンが必要ですよ?」

「……また予算に穴を開けるつもりか」


 自分もまた怪我するつもりはありませんよ。


「素直に室内に対流を作って室内温度を下げるものでいいんじゃないでしょうか?」

「……ちっ」


 舌打ちしないでください。


「代わりに参礼日明けには用意しておけ」


 暑さにやられて、命令口調が全開ですね。

 

「まぁ、簡単なものを作っておきます。それより――」


 今、職員室には全教師がそろっています。

 ちょうどいいので性教育に関するアレコレを相談してみましょう。


 と、切り出そうとしたら職員室に向かってくる気配を感じました。

 コツ……、コツ……、と、遅い歩みはどう考えても待ち人です。


「皆さん、そろっていますね」


 メイドのテーレさんを引き連れた学園長が、ドアを開けて自分たちを見回します。


「此度の試練を担当される試練官の先触れが到着されたので、その旨を伝えようと思います」


 今回の会議はまるで剣を鞘から抜き放つような、学園長の連絡事項から始まりました。


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