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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
133/374

A→B→X?

「本当にごめんなさいでしたぁ……」


 夕陽が照らす廊下に靴音を響かせて、自分とリィティカ先生は職員室に向かっていました。


「いえいえ、誤解が解けて何よりです」


 リリーナ君による自分の社会的な立場を土台から狙い撃ちにしたテロは、なんとか回避しきりました。

 具体的には土下座まで敢行しました。


 本当にリリーナ君はこっちを貶めるチャンスを逃がさない子です。あのヤロウ。


「でもぉ……、やっぱりぃ興味を持っちゃうんですねぇ」


 思春期になるとどうしても、色々と興味を持ったり、一言に傷ついて過剰な執着を見せたりしてしまいます。

 その全ては大人になるための過程です。


 アイデンティティの確保に忙しいというか、なんというか。


「不安定な時期だというのもわかりますし、自分もそうでしたから難しいというのもわかります。実際、自分の思春期から青春期にかけての経験はあまりアテにならないでしょうけれど」


 貴族に出会って『こいつをどう殺せばいいんだろう?』とか考えて悩むのは思春期とは言いませんしね。

 他にも『この葉っぱ、食べれるのだろうか?』とか、ありましたね。

 思春期云々を抜かしても人として色々間違っている気がします。


「わたしたちの頃はぁ、戦争中でしたからぁ、とにかく食べることに必死でしたからぁ」


 大寒波と重なったこともあって、まともなご飯を手に入れるのも苦労しましたね。


「わたしはまだマシなほうだったんですよぅ。妹がご飯も食べられずに倒れてぇ、両親もあまり食べてなくてぇ、でも、わたしだけはなんとか耐えれたんですけどぉ……。お隣は死んじゃう子もぉいたんですよぅ。妹も同じになるんじゃないかってぇ、ものすごく怖くってぇ。どうにかしてぇ妹たちを食べさせたくてぇ……、自分を売ったんですぅ」

「ちょっと待ってください。誰です、リィティカ先生を買ったクソ貴族は?」


 当時はきっとエンジェルのように可愛らしかったリィティカ先生を、だぞ?

 買わないペドヤロウはいないでしょう、くそったれ!


 一寸刻みでも足りません。影の欠片も残ると思うなよ?

 ぶち殺し確定です。


「身体を売ったってぇ、ことじゃないですからねぇ? それに貴族様が相手じゃぁないですぅ」


 あぁ、良かった。

 危うく教職を投げうってでも一族郎党を根絶やしに行くところでした。


「ちょうどぉ、薬草採取の途中で村にこられた高名な錬成術師様にぃ、必死でお願いしたんですよぅ。小間使いでもいいからぁ、ってぇ。幸いわたしには才能があったからぁ、ミドルネームに『シューリン』の名を戴いてぇ、錬成術師になれたんですよぅ」

「シューリンというのは師の名前だったんですね」

「はい。とてもぉ良い人なんですよぅ。無理を言ってぇ、着いてきたわたしにとても良くしてくれたんですぅ」


 嬉しそうに語るリィティカ先生の御顔は輝きに満ちていましたが、同時に影も感じられました。

 

 そうです。自分はベルベールさんの報告書でリィティカ先生の状況を知っています。


 義務教育計画に参加する運びにもなった動機の一つです。

 弟子を取るというのも理由なのでしょうが、もう一つの理由がこのリィティカ先生の師に関係しているのです。


 リィティカ先生の師匠はどうやら何かのヘマをしたらしく、投獄されてしまったのです。


 投獄された経緯は現在、詳しく調査中なので今のところよくわかっていません。

 しかし、投獄された師への恩赦のためにリィティカ先生はリーングラードに来た面も確かにあるのです。

 もっと詳しいことはあの【とびだせ! 黒猫にゃんにゃん隊】の子たちが調べているんでしょうね。


 虎耳の子……、確かノノでしたか?

 あの子は優秀そうなのでそのうち、真相を掴んでくるでしょう。

 そういえば帝国に乗りこむ前に帰った時、城では会いませんでしたね。前みたいに餌付け――ではなく、ご飯でも奢ってやれば良かった。


 まぁ、猫のように気まぐれな子なので、あの子は別に気にしなくていいでしょう。


 今はそのシューリンという人が貴族院と裏取引してないことを祈りましょう。


「錬成は複雑な学問ですからね。勉強している内に思春期が終わっていた感じですか?」

「そんな感じですよぅ。でも、わたしにも覚えはあるのでぇ、相談してくださいねぇ。ヨシュアン先生のクラスだと女の子じゃないとわからない気持ちもあると思うんですよぅ」

「頼りにさせていただきます」

「はい」


 言われるとおり、自分は女の子の気持ちというのに疎いのです。

 恋愛とかそういうのではなく、機微というか、生徒たちが出す女の子独特の細かなサインですね。


 普段の生徒たちを見ると、そんなに気にしなくていいような感じもしますけどね。


「あの子たちは何気にタフな部分が目立ちますし、大丈夫だと思いますが」

「そういう油断がダメなんですよぅ」


 ウィンクしながら忠告してくれるリィティカ先生の素晴らしさはもう、例えようがないですね。

 そのウィンクを自分だけのものにしたいです。


「先生に言えないことや感じていることってぇ、やっぱり隠しちゃうんですよぅ? だってぇ恥ずかしいじゃないですかぁ」


 エロ本を持ってくるのは恥ずかしくないのかと問いたいですね。


「面倒なことになる前にちゃんとした正しい性教育を行うというのはどうでしょう? 性に関することは恥にも通じるので、隠してしまいがちです。隠された知識というのはともかく間違えて伝わりやすいと思いませんか?」

「えーっとぉ、ものすごい飛躍をぉ、したようなぁ……」

「正しい知識を伝えるのも教育者の役目でもあります。社会的には人口の増加にも繋がる部分ですし、内紛で減った人口を増やすために南部の流れ人を流入する政策は記憶に新しいと思いますがアレは短期で人を増やすための政策であって、文化摩擦の緩和などは一部の自治体に任されっぱなしです。問題がないわけでもありません。やっぱり安定した人口を求めるなら、妊娠中毒や妊婦の正しい在り方など子作りの際に発生する危機回避方法は教えるべきだと思うのですが、リィティカ先生はどう思います?」

「……ときどきヨシュアン先生はぁ、ものすごい角度からぁ物事に急接近しますよねぇ?」


 リィティカ先生がたじたじしておられました。なにこれ、かわいい。


「さぁ! リィティカ先生! 正しい教師として是非、意見を聞かせてくださいッ!」

「なんでそんなに勢いづいているんですかぁ!?」


 セクハラではありません。

 これはれっきとしたデリケートな教育に対する真摯な姿勢の顕れであって、変態行為とはまったく別のものです。


 断じて可愛すぎるのでからかっているわけではありません、ありえません。


「繊細なお話ですからぁ、皆で考えましょぅ? 次の会議の議題にするとかぁ」

「ですね」


 これ以上、踏みこむと嫌われるかもしれないので、あっさり同意しました。

 押すだけではいけませんよ、えぇ、まったく。ものすごく聞きたかったですが自重します。夜も眠れません。


 しかし、他人の思春期ほど厄介なものはありませんね。


 内心でどんな作用が起きているか、こっちからではさっぱりわかりませんし、術式に直接、影響したりします。

 具体的には術式の発動不全や威力と精度のバラつき、狙った源素が寄ってこないなどの諸症状に見舞われます。


 この時期に思春期のアレやコレやが起きるのは非常にまずい。


「【貴族院の試練】が近づいている今だけは、あの子たちも大人しくしてくれると良いのですが」

「時期を選べませんからぁ、ねぇ」

「議題にすると言いましたが、シャルティア先生がものすごく張り切りそうで恐ろしいですね」

「シャルティアさんはぁ、好きですものねぇ、そういう話ぃ」


 リィティカ先生も苦笑気味でした。


「あ、すこし閃いたいんですがぁ、男女で分けるというのはどうですぅ? まだやるかどうかはわかりませんがぁ」


 さすがリィティカ先生の着眼点は神がかっていますね。


 男女共同で授業をするよりも、男女で分けたほうが生徒たちも恥ずかしくなくて済みますものね。


「となると、男女にあわせて教師も男女で分ける必要がある、というわけですね。素晴らしい案だと思います。問題はこの【貴族院の試練】の最中で、それだけの時間が取れるのか、後は教育を行った後にとんでもない理由で不調に見舞われないかですね」

「術式は影響ありそうですねぇ、そうなるとやっぱり試練の後に組み込むことにぃなっちゃいますねぇ」


 先伸ばししていいのか、それともすぐ行えばいいのか。

 こればっかりは他の人の意見も聞いておかないといけません。

 

 幸い、これから明日に到着する『試練官』の話もあります。


 あわせて意見を出し合ってもらいましょう。


 楽しい時間はあっという間みたいで、もう目の前は職員室でした。

 もう少し、リィティカ先生と話していたかったですが、仕方ありません。


 紛糾しそうな会議を思うと少しだけ億劫ですが、これもお仕事です。


 恋愛だって公私のけじめはきちんとですからね。

 大人の醍醐味です。


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