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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
123/374

夢幻とはいかないようで

「――ッ!」


 それは誰が出した音だったのでしょうか。

 今まさに殺されそうな自分? それとも呼気と共に首を跳ねようとした騎士オルナ?


 答えはすぐに出ました。


「い、いつの間に!」


 騎士オルナの驚く声に、自分は閉ざしていた眼を開きました。


 手に持つ薄白銀の剣は自分の首筋手前でピタリと止まっていました。まさに薄皮一枚。

 当然、慈悲や寛容の心で止めたわけではありません。


 地面から生えるように伸びる、真っ赤に染まった鎖。

 その鎖に四肢全てを縛られているため、動けなかっただけです。


「仲間がいたか!」


 騎士オルナは、戒めを解こうと暴れています。

 しかし、血赤の鎖はビクともしません。

 それでも諦めないのは立派な心がけでしょうが、いくら貴方の力が強くてもその鎖は切れませんよ。


「いいえ、仲間なんていませんよ」


 このまま寝ていたかったですが、そうもいきません。

 寝てしまえば術式の効果が切れてしまいます。


 そう、その鎖の術式を使ったのは自分です。


「術式の陣はなかった! どこにもなかったぞ!」


 薄白銀の剣はまだ首筋に添えられているので、自分で首を切らないようにゆっくり立ち上がります。


 えー……、かなり全身が痛むんですが、どうしたものでしょうか。


 痛む感じから、右腕裂傷、脇腹も裂傷、両手両足に切り傷多数、手首がイカレていますし、拳の第二~第三関節部は右も左もすりむけで血が流れています。

 高所から落ちたせいで打撲も多いのですが、これはもう、どう痛むのかもわからないくらい多数なので具体的にどこが一番ひどいかすらわかりません。


 さらに【獣の鎧】の最大出力のせいで、全身筋肉は断裂しまくっているでしょうし、筋も痛めています。

 骨も何本か折れてますね。


 あばら? 上腕骨もそうですね。指もやられてますしね。プルプル震えてますよ、人差し指。

 そんな中、首を傷めなかっただけマシです。


 首と腰は一生ものですものね。


 未だに血がダラダラと全身から溢れています。

 早く止血しないと本当に死にます。あー、血が足りないのか頭がガンガンします。立ち上がると更に頭痛がします。


 正直、ここまで損傷が激しいと痛みで術式を編むのも億劫です。

 自分でも、この状態ではもう術式を使えないでしょう。

 

「半死半生の貴様はどうやっても……!」


 ようやく気づいたのでしょう。


 半死半生だろうがなんだろうが、意識さえあれば発動する術式のことを。


「それこそ、いつの間にッ!」


 罠に関連する術式です。

 メルサラが使った溶岩の術式や、森に仕掛けられていた術式具の元になった術陣とかですね。

 アレは予め対象に仕込んでおくことを前提に使う術式です。

 眠って意識を閉ざさない限り、解除されません。


 メルサラの場合なら地面、術式具のアレは地面に仕込んでいた鉄板なんかがそうですね。


「術式というのなら!」


 どうやら騎士オルナは術式を使って鎖を壊すつもりです。

 でも、それも予想済みです。


 その罠には【断凍台】で作った青属性の源素を込めておきました。


 青の源素の特性は【絶色】。

 高速射出させれば周囲の源素を弾き飛ばす性質がありますが、高速射出しなくても若干の対術抑制効果が生まれます。ほんのわずかにですがね。


 【断凍台】で活性化させた青の源素なら抑制力も強くなりますが、さすがに騎士オルナの術式行使能力を抑えるだけの力はありません。


 だからもう一つ、鎖の罠の術式に仕込みを入れています。


「その罠の術式にかかっている最中は術式が使えない」


 術毒を仕込んでいます。


 術毒がどこにあったかというと、それは自分の体の中です。

 正確には術毒ではありませんけれど。


 術毒は術式師の意識を酩酊させる薬や毒物の上に術式を走らせて作るものです。

 多くは水銀のような液体金属を利用した『服用する術式具』みたいなものです。


 一方、騎士オルナを縛っている鎖の術式は、全てを一から術式で作った術毒に似た何かを流しこみ続けます。

 強いて名前を作るなら【抗術式ウィルス】でしょうか。


 以前、フリド君が毒虫にやられた時、ハッキング技術で内源素を操ったことがありましたね。

 その時から、できるんじゃないかと考えていたのです。


 毒を消すなら、毒に似たものも作れるのはでないか、と。


 帝国のアサッシンから受けた術毒を分解し、大まかな構造を理解し、リーングラードから王国への移動の途中、頭の中で試作と試行を繰り返し、試しに術式を走らせてみたら墜落しそうになったのはいい思い出です。


 しかも、自分の体の中にしか動かなかったのも。


 だからこそ、考えました。


 どうすれば【抗術式ウィルス】を相手に与えることができるのか。


 その答えも、すでに出ていました。


 自分の血と他人の血を混ぜ合わせ、内源素で内源素を掴む方法。

 これを利用してやればいい。


 そう、罠の術式は一体、何を媒介にしたのかという答えにもなります。


 今、現在、この場に何があるのか数えてみましょう。


 騎士オルナ。隕鉄製の剣。花畑。血だまり。罠の術式。そして、【抗術式ウィルス】。

 最後にボロボロになった自分です。

 答えはわかりましたね。


「もともと内源素を運ぶものです。それに鉄分が豊富ですから、術式を走らせるには十分な素地があった」


 答えは血。


 騎士オルナが動かなくなる一瞬――つまり、自分に止めを差しに来るこの一瞬を狙うためだけにあえて自らボロボロになり、敗北を演出し、意識を何%でもいい、割くために問いかけ、そのわずかな時間で罠が発動するまで待ったのです。


 急造だったうえに、初めて実践したので何時、発動するかヒヤヒヤしましたが成功したようです。


 自分の血液をバラまいて、騎士オルナに返り血をつけたり、利用してみたりなんかして相当量の血が必要だったのは言うまでもないでしょう。

 自壊寸前まで体を酷使したのもそれが理由です。


 相手を捕獲し、鎖に触れた相手に【抗術式ウィルス】を流し込む毒の鎖。


 名前は……、と、考えて、グラリとしました。


「あー……」

「くっ! こんな男に私が……」


 悔恨されても困ります。


 とにかく血を止めないと。

 体をひねって、ポーチから薬を出しました。


 ……すげぇ、痛ぇです。


 意識が飛ぶかと思いました。

 罠とか全部、解除してしまうかと思いました。もう寝たい。


 しかし、寝れない。いえ、術式が消えることではありません。

 苦痛を犯してでも手に持たなければならない物があるからです。


 リィティカ先生『お手製』――『お手製』なのがポイントです譲れません。

 疲労回復剤です。液状です。

 あの戦いの中でも壊れなかったことがもう奇跡と言ってもいいでしょう。

 さすが女神の奇跡は格が違いますね。主神ヒュティパは見習うと良いですよ。


 いえ、もうこの奇跡に相応しい名前に変えてもいいんじゃないでしょうか?


 リィティカ先生の優しさやら母性を総合した、何か素晴らしい名前は……、良し、決めました。


 命名:女神の汁。


 やばい。ものすごくやばい。語感がいい! テンションあがってきたですよ! 伝説の神酒なんて目じゃない! あとエロい! 痛みなどどうにでもなれ! 自分はこの汁を飲むまで死ねない!


「このような真似をしてタダで済むと思うなよ罪人! 貴様のような男は必ず地獄に落ちるぞ! 恥を知れ!」

「……ありがとうございます!」

「の、罵られて感謝した……、だと……ッ!?」


 女神リィティカに感謝をしていると、何故か騎士オルナに戦慄の表情で見られていました。

 心無しか切れ長の眼に怯えが混じってます。何があったのでしょうかわかりません。


 騎士オルナの状況なんてどうでもいいのです。

 この女神の汁を一気に飲み干します。


「にやり」


 と、笑みを浮かべました。

 そして、青ざめる騎士オルナでした。


 だから、何故、そんな反応なのでしょうか?


 ともあれ、効果が高いとはいえタダの疲労回復剤です。

 効果は持続性で疲労の元となる原因物質を取り除く程度のものですが。


 自分が飲めば話は違います。


 女神の加護を頂いている自分なら、もう薬のポテンシャルなんか軽く凌駕して見せます。

 うん、痛みが引いてきた感じがします。いや、もう絶対です。

 全然、変わらないかもしれませんが自分にはわかります。リィティカ先生の愛が。

 全てを癒そうとする化身みたいなものが体中を駆け巡ります。


「……勝った!」


 何に勝ったのかはもう言わなくてもわかりますね。

 リィティカ先生の愛を勝ち取ったということです。うん。


「結婚式には呼びますよオルナさん」

「こんな気持ち悪い男は初めて見た……」


 傷つくのでそんなこと言わないでください。


「友達とかも連れてきてくださいね」

「……殺す!」


 急に暴れ始めた騎士オルナ。

 ガチンガチンと鎖と鎧が擦れた音が響きます。


 あれ? 戦闘中よりも気迫が増してませんか?


 もしかして、この人……。

 気づいた瞬間、巨大な十字架を背負うような気分になりました。とてつもないほどの重みの正体を一言で罪悪感と言います。


「あ、すみません。ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです、その当たり前だと思っていたので気が回らなくって……、すみませんでした、友達がいなかっただなんて」

「うがーッ!! 絶対、殺すッ! 殺し尽くすッッ!」


 やばいです。

 なんか怒りで膂力が増しているのか罠の術式にヒビが入りました。素の膂力で術式にヒビ入れるとか……、【キルヒア・ライン】こえぇです。


 あまり長居している場合ではないようです。


 しかし、気が回らなかったとはいえ、友達のいないという傷を踏んづけてしまったわけですから、何かお詫びをしなくてはなりません。


 リィティカ先生のお陰で! お か げ で!

 ある程度、術式が使えるようにもなりました。


 なので、少しだけ手助けしてあげましょう。

 この人、たぶん、騎士の誇りとか騎士の誉れとかが山のように高くて、素直になれないクリスティーナ君タイプの人だと思うんです。

 だから、素直になるきっかけさえあれば、皆とも仲良くなれると思うのです。


 しかしですよ? この手のタイプは素直になることがもっとも苦手なのです。

 自分の弱い部分とか隠しちゃいますからね。


 だから、ハッキリと周囲に分からせる必要があるのです。

 

 自分は友達が欲しい、という素直な気持ちを。


 そんな気持ちを込めて。

 術式で騎士オルナの額にこう書いてあげました。


「これでよし」


 『友達募集中』。

 これ以上にない、素直な気持ちを書き下ろした一筆です。


「何が『よし』だ! 何をした貴様ァッッ!!」


 ものすごい勢いで鎖のヒビが増えました。

 本気で時間がないようです。


 【断凍台】で傷口を凍結させ、失血死を防ぎ、それと同時にリューム・ウォルルムの座標を空中にセットします。


「待て! 逃げるな! 殺させろ!」


 嫌です。

 それに、どうして自分が貴方を相手に最後まで戦わなきゃいけないのでしょうか?


 そもそも自分の勝利条件は『リーングラードに帰る』ですよ。

 騎士オルナは自分を殺すことが条件かもしれませんが、自分としては殺されるつもりもないし、貴族でもない貴方を殺す理由もない。頬に刺青がないのがいい証拠です。


 それに本隊が到着するらしい旨ですが、おそらく本当でしょう。

 ただし、それは遅れて到着すると予測しました。


 大体、考えても見てください。

 【キルヒア・ライン】は元々、集団戦を生業にした騎士団ですよ。

 それなのに、騎士オルナは一騎打ちみたいな真似をしてきたんです。


 数がいるなら数で攻めればいい。でも、それができないから騎士オルナは自分に向かってきた。

 もちろん、自分を単独で撃破できる自信もあったのでしょう。

 しかし、集団のほうが確実ですし、無駄もないので単独戦を仕掛けた理由には薄いのです。


 近くに【キルヒア・ライン】がいない。

 しかし、到着の予定がある。

 これが正解です。


 となれば、騎士オルナは【キルヒア・ライン】から離れて行動していることになりますね。

 単独での先行には色々と理由がありますが、騎士オルナの戦闘スタイルから見て、スピードに特化した騎士なのでしょう。

 許可があったのかは知りませんが、先行できたから先行し、自分を単独撃破できるならそれで良し。そうでないなら足止めをしろ、という内容の指令を受けたのだと思います。


 他にも、さっさとファーバート邸に乗り込めばよかったのに、わざわざ地方都市の兵士を展開させていたことや、外で待っていたところから、突入の前に本隊になんらかの連絡を入れていたと考えるのが自然でしょう。


 本隊は来ます、いずれは。

 だから、ここは急いで逃げるべきなのです。


 そしたら、【キルヒア・ライン】本隊は一時的に自分を見失うわけです。


 騎士オルナを殺す理由もなく、殺す手間も惜しいのだったら逃げるが勝ちでしょう。

 そのうえ、今の自分の状態だと音速を超えるような出力を出せません、出したら死にます。


 なるべく本隊との距離を開ける。

 決断し、喚く騎士オルナを背に空へと飛び上がりました。


 【ウルクリウスの翼】を広げ、リーングラード方面に向かって通常速度で進みます。


 音速状態に比べたら悠々とした飛びっぷりだったでしょう。

 しかし、術式を使っている自分は冷や汗ものですよ。

 半死半生で術式を使い続けなければならない、意識が途切れたら落ちて死ぬ、飛んでいる間は一切、集中力を切らしてはいけないこの一人耐久レースにひたすら耐えなければならないのですから。


「―――」


 ですが、耐久レースどころではなくなりました。


 ドドドドド、と、何かを掘削するような音で地面を見てみると、何かが走って来ています。

 途方もない土煙をあげて進む、正体不明の何かをものすごい嫌な予感と共に、じっくり見てみると――


「逃がしてたまるかぁーッ!!」


 ――と、叫んで追いかけてくる騎士オルナでした。うわぁ……。

 今度は自分が戦慄する番でした。


 え? もしかして自力で鎖の術式を壊して、いくら通常速度とはいえ航空力学ちっくな術式に走力だけで追いついてきたんですか?


 もっとよく見ると、騎士オルナの顔に黒い線みたいなものが見えます。

 アレは……、内源素を利用した何かだと思います。

 騎士オルナの周辺に黒の源素も見えているので、何らかの物理制限を解除して肉体の内源素を活発化させることで、どーたらこーたらです。


 まずい、女神の汁でも色々と回復できない何かがあるようです。

 理屈すらこねられなくなっているとは……。


 ようするに、肉体強化と物理書き換えの併用で走っているわけですね。化け物ですか。


 こうして一人耐久レースは、捕まったら死ぬ系の鬼ごっこに変化しました。


「死ねぇええ!!」


 叫びと共に、地上から剣閃が飛んできました。

 慌ててインテークを操作して避けてみましたが、あれですよね?


 鬼ごっこってそんなルールじゃないでしょう?

 飛び道具とかナシですよね? 帝国だけのローカルルールとか持ち出さないでくれますか危険極まりない。


 えー、変更します。


 当たったら死ぬ鬼ごっこが始まりました。


 この日、陽が暮れるまで……、というより国境の山を越えるまで怖い鬼騎士に追い回されるハメになりました。


 自分が今、生きてるのが不思議で仕方ありません。

 いや、生きたいとは思ってますけどね!


 生きることは時に苦痛ですね、えぇ。


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