軍用格闘技って怖いです
暴れまわる内臓を無理矢理、術式で拘束して、気分が悪いのも我慢して帝国の防衛網を突破しました。
ちょっと夢に見るレベルの術式の雨でした。
【戦術級】から【上級】に至る全ての対空攻性をどう避け続けたのか半分くらい、記憶にないですね。
ローブの一部なんか焼け焦げていて、今、自分は邪悪な術式師みたいな風貌ですよ。
なんでバカ正直に国境を突破しようとしたのでしょうか、自分は。
いえ、ベルベールさんに勧められたせいでもあるのですが、難易度高すぎるルートじゃありませんか?
これで自分が帝国内に侵入したことに気づかれたでしょう。
帝国はすぐに中枢に情報を送るでしょう。
そのタイムラグは如何程のお時間でしょうか?
高機動走竜を使い、術式で補佐して、おおよそ一日もかからないでしょう。
つまり、十分です。
領内のそれぞれには簡易ながらも索敵網の一つや二つ、あるでしょう。ファーバート領に向かっていくためにはそれらを縫うように行くのがベストでしょう。
しかし、あえて自分は中央突破です。
まっすぐ脇目もふらずにファーバート領を目指します。
おそらく、わざわざ見つかるように仕向けたのも理由があるのでしょう。
外交的な理由か、あるいは何らかの意趣返しか。
そうでなければ、こんな蛮行に意味を見いだせません。
「なるべく手早く済ますしかない」
そして、これらの策謀や情報と同時に【キルヒア・ライン】の外周部隊にも情報は送られ、外周部隊は殺気立って自分を探すために帝国を駆け回るでしょう。
ますます時間との勝負になります。
見つからないように、とか、隠れてコソコソなんて真似はただの時間の無駄ですからね。
それに中央へと情報を送り、外周部隊に送り、などという行動を取ったのなら、当然、戦略上、重要拠点になりえないファーバート領は情報の入手が遅れるということです。
見つかるかもしれない、なんて曖昧な時間切れよりも確実な時間の空白を手に入れられるというものです。
前向きに考えないとそうとしか思えません。ちくしょう。
太陽が登り、頂点に差し掛かる頃。
ファーバート領らしき場所に着地しました。
ここで間違っていたらアホらしいので、途中で見かけた村でファーバート領かどうかを確認しています。
ついでに昼ご飯を戴き――若干、気分が良くなったのです――旅人っぽい感じで村を出ました。
ある程度まで離れたらエス・ウォルルムで移動します。
ここから情報が割れることはない……、と思いたいですね。
ファーバート領の中央都市を見下ろせる高台まで移動した自分は、街をグルリと囲む屏の向こうに見える、大きな建物を見つけました。
あぁして領主館が街から離れた高台にある理由は、領主が街の全貌を眺めるのと領民に誰が支配者か明確に分からせる二種類の意味の他にも、理由があります。
周囲から明確に見える位置、というのは何かが起きれば周囲全体にわかる、一種の警報の役割も果たしているからです。
他にも理由はありますが、いくらでも挙げられるでしょう。
古典な方法に効率が見え隠れしています。
時には自分も唸るような理由が隠れていたりもします。
こういう視点や効率的な行動、結果をウチの生徒も見習ってもらいたいものです。
「まずは構造を」
自作の測定器付き単眼鏡を取り出し、覗きこみます。
表面から見える構造をチェックしてからでないと、どんな罠があるかわかりませんからね。
敵国なのですから、警戒しておくに越したことはないです。
低い岩柵がグルリと領主館を囲い、門から伸びる道はクネクネと曲がりながらも領主館の玄関へと続いています。
玄関は少し高い位置のようです。たぶん床下は半地下構造なんでしょうね。あそこが雑多な倉庫になっていると思います。
左右の階段から玄関へと入り、すぐにホールがあるのが外からでもわかりますが、そこから先はよくわかりません。
たぶん、玄関に入ってすぐ階段があり、二階は領主の仕事室か寝室でしょうね。
奥あたりはソーラーか、あるいは物置ですね。
使用人用の住居がないところを見ると、使用人は住み込みよりも出勤する人のほうが多いようです。
「外から見れる情報はこれくらいか」
表門に守衛っぽいものや庭師っぽいものしかいないので、領主館内に警備がいるか、どこか裏あたりに詰所があるのかもしれません。
メイドや執事、そういった非戦闘員が何人かいるでしょうが、それらは無視。
地方都市レベルなら警備の人間はそう多くないはず。
10人いれば頑張っているほうですよ。
「さて、そろそろ行きますか」
もっとも領主館を襲ったら、駐屯所から帝国騎士がワラワラと集まってくるでしょうが。
「ベルガ・エス・ウォルルム」
メルサラがよく使う術式、その1です。
爆発力による跳躍、そして着地は爆風による制圧を実現させた傍迷惑な術式です。
別名:人間爆弾。
使用者にも肉体的負担は厳しいですが、内源素で強化した肉体なら十分、耐え切れる負荷です。
さすがに地方都市まで事前察知の術式も対空術式も仕込まれていないようです。
あっという間に防壁を飛び越えて、一直線に領主館の玄関に着地しました。
着地したと同時に放たれた爆熱が玄関のドアを破壊し、一階正面のガラスを粉々にぶち壊しました。
爆風の過ぎ去った後の静寂と破壊後は……、不思議と罪悪感を掻きむしります。
あれ? 思った以上に心に傷がつきますね。
どうしてでしょうか?
内紛の時は散々やってきた手口です。
別にメルサラと同じ手法でなくても、強襲なんて何時もの話じゃないですか。
背後で驚きと怯えを混ぜたような気配がします。
表門の警備の人は一般人よりちょっと強いくらいなのでしょう。
だから、いきなり人が落ちてきて爆発したら怖いでしょう。
あぁ、なんとなく罪悪感の正体が見えてきました。
でも、止めるつもりはありません。
無言のまま、壊れた玄関へと歩いていきます。
「と――止まれ!」
警備の人が叫びます。
「止まっていいのか?」
少しだけ振り向き、答えると黙ってしまいました。
足止めにもならないと警備の人もわかっているのでしょう。
自分は警備の人を無視して、そのまま玄関をくぐりました。
入ってすぐに広い玄関ホール。
訪れた者の目を引くだろう豪奢なシャンデリアは爆風の影響で落ちてしまっています。
別の意味で目を引きました。これは弁償するなら、いくらするんでしょうね。
益体のないことを考えているとドタドタと足音がします。
剣や槍を持った警備兵が6人、血相を変えて奥へと続く通路から出てきました。
「ここをファーバート家の敷地と知っての狼藉か! 死刑は免れんぞーッ!」
ヒートアップしているヒゲのおじさんを横目に、もう一つ、どこかに繋がる入口がありました。
たぶん、使用人用の通路でしょう。
この先がサロンだとすれば、使用人はサロンを通らずに作業ができるようになっているのです。
無言で周囲の様子を見ている自分にしびれを切らしたのでしょう。
「囲めッ! 絶対に逃がすな!」
自分は玄関を背にしているので、必然、弧を描くように半円状に散開しました。
その誰もが自分に刃先をブレさせずに向けています。
よく訓練されている上、全員、測ったように強化術式を使いました。
右から順に赤、緑、緑、赤と緑の混合術式、黄、赤、です。
赤と緑の混合術式を使った人は警備隊長っぽいおじさんでした。
「かかれ――」
と、言い切られる前に、左の人をぶん殴りました。
構成が遅かったので、自分はもう強化術式を完成させていました。
もちろん、ただの強化術式です。赤と黄ですね。内源素を頑丈方面に展開しているので、殴っても平気です。
一番、左の人が吹き飛ばされて壁にぶつかるより先に、今度は反対側の一番右の人、その隣の人にリューム・プリムを放っています。
音速の風圧が二人を巻きこんだと同時に自分に向かってくるお隣さんと隊長さんの右隣の人。
片方が剣、片方が槍です。
剣使いが前に出てきたので槍使いさん目がけて蹴り出してやると、槍使いさんはすぐに槍を横にずらしました。
槍で剣使いさんを刺さないためです。
でも、そのワンテンポ、致命的ですよ。
槍使いが剣使いを受け止めるように体でキャッチしたのと同時に、追いかけ様の直蹴りを放ちました。
二人がもつれ合うように玄関ホールの壁にぶつかり、これで隊長さん以外を制圧した形になりました。
「……なんということだ」
ほぼ秒刻みでの進行です。
全体だと10秒も経っていない間の攻防は、自分と隊長さんとの実力を如実に表していました。
「まだやるか?」
「ふざけるなッ! たかが相手が強大という理由で臆すると思うてか! 元翼竜騎士団の名誉に賭け、旦那様の屋敷は私が守る!」
その強がり、嫌いじゃありません。
落ちていた剣の先に小型のリューム・プリムをぶつけ、反動で自分に向かってきたのを掴み取りました。
すぐに剣を隊長に投げました。
ちょうど頭めがけてです。
隊長さんの動きは【支配】で予測しています。
もっとも隊長さんもまた自分の動きを【支配】で予測しているでしょう。
だから、この場で隊長さんの行動は自分の予測を裏切る形でしょう。
飛んでくる剣を弾く、回避する、どちらも予測されているのならと仮定し、隊長さんは己自らで飛んできた剣を受け止めました。
左腕を犠牲にし、そのまま突進してくる捨て身の構え。
ですが、それこそ自分の予測した行動でした。
隊長さんの左腕と剣、両方が視野を塞ぎ、痛みで一瞬、目を閉じた隙に背後に周りました。
「――ッ!?」
隊長さんからすれば、いつの間にか自分がいなくなったように見えるでしょう。
ただ、隊長さんは視界の端に揺れるローブの裾を見て、脂汗を垂らしています。
「……これほどか」
何かを答えてやろうと思って、止めました。
ここで何を言っても……、それこそ「ズンドコベロンチョー!」と叫んでも驚くだけです。
どれも同じ結果なら、無駄を省きましょう。
丁寧に首筋の神経に触れ、接触と同時にウル・フラァートを使い昏倒させました。
警備の人はこれで終わりでしょうか?
さすがにこの規模の街とはいえ、屋敷内に常時、警備の人間を大量に囲ってはいないでしょう。
戦術騎士相当の人間くらい居るとは思っていましたが、拍子抜けですね。
王国内で聞く帝国の評判よりも、帝国内部は平和なのかもしれませんね。
その事実に小さくため息をついて、自分はサロンへと向かいました。
サロンは豪華なツボや絵画こそあれ、その全てが嫌味にならないよう、部屋を引き立てるように飾られていました。
なかなかセンスがいいですね。
穏やかなオレンジ色を基調にした室内はくつろぐことを目的にしているのでしょう。
そこから領主の人となりが見えてきます。
客を最大限、もてなそうとする気遣いの人なのでしょう。
サロンには人っ子一人いません。
そこを抜ければ左右に伸びた通路と、真正面の部屋。
構造を考えるとこの先が食堂でしょうか。
カチャカチャと音がするので、部屋に人がいるのは間違いないようです。
派手さを演出するためにドアを吹き飛ばすのもいいのですが、ここはサロンの穏やかさに免じて、丁寧にドアを開けました。
食堂は特に目立つ要素はありませんでした。
ただ、一番奥のイスに座るカイゼル髭の男と、その後ろで怯える少女を抱く女性がいました。少女以外の二人はだいたい、歳は40くらいでしょうか。
目尻に皺があるくらいですから、それなりでしょう。
カイゼル髭の男は水代わりのようにワインを飲み干すと、音もさせずにテーブルにグラスを置き、唇をナプキンで拭います。
「ようこそ。不躾な客人よ」
そして立ち上がるとナプキンを捨て、ギラリとした瞳で睨みつけられました。
威圧。それも隊長さんとは比較にならないほどの圧力です。
結構、強いですね。
さっきの隊長さんを上級騎士とするなら、この人は戦術騎士一歩手前までの実力があるでしょう。
少なくても、帝国のアサッシン――名前を忘れました――より、数段、強いです。
対して自分は、女性と怯える少女をチラリと見ました。
あ、震え上がった。ショックで帰りたくなりました。はやく学園でも王都でもいいから帰って寝たいです。
しかし、仕事が終わらないとどうにもなりません。
「下がれ」
「貴方!」
「いいから下がれ!」
再び、カイゼル髭の男を見やると意図を察してくれたようです。
奥方と娘さんなのでしょう。この二人は旦那さんの言うことに反発せずに、奥の扉へと消えていきました。
「ファーバート卿で相違ないな」
「如何にも。私がファーバートの長だ。警備の者は……愚問か」
「別の者に代えることを勧める」
「明日からそうしよう」
不敵極まりないですが、それはお互い様です。
「して何用か」
そうこう言いながら、男はゆっくりと壁にかかった剣をとろうと足を進めています。
「どうぞ」
剣を取るように勧めたのが意外だったようです。
ファーバート卿は一瞬、鷹のような目つきをしましたが素直に好意に甘えてくれるようです。
何の躊躇もなく、剣を抜き放つ。
その剣、刻術武器ですね。
よくよく使い込まれた白銀の剣はおそらく、ファーバート卿が使っていた業物なのでしょう。
現役時代はさぞ、勇壮と称えられていたでしょうね。
そう、感想を抱いてしまうくらい堂に入っています。
「声からして若いな。10代の軽さがないので20そこら。もう昼の時間だというのに訪問するとは。常識を弁えないのは性格かね? せめてアポくらいは取りたまえ」
「人様の箱庭を荒らしておいて、よく言う」
「貴様、リスリアの者か」
「さて。どうだろうな」
お互い、テーブルをゆっくり回るのは何かの儀式ではありません。
ちょっとずつ相手との射線をズラしていると自然とこうなります。
射線を警戒する必要はないのですが、なんとなく場に流されて、グルグル回る自分は滑稽だと思います。
「ただ、お前の息子が目に余った。それだけだ」
「あぁ、アレか。アレがまた粗相をしでかしたか。もはや縁を切った男だ。私にその責任を押し付けるのはお門違いというものだ」
「だが、お前は息子への最後のチャンスとして、今回の件を画策したのだろう?」
「それが何か?」
「つまり、最終責任者はまだお前だということだ。何せ、公ではない仕事とはいえ命じたのだからな。任命責任くらい貴族なら果たせ」
「言い訳にしてはまぁまぁだ。内情までお見通しとなると、どれほどの組織の者か興味が沸いた」
ファーバート卿から、威圧以上の戦意が湧き上がってきました。
「仕合ってもらおう。嫌とは言うまい。私が勝ったのなら、我が家の警備をなぎ払ったその腕前、買おう。何、お釣りがくる」
「ならばお前には責任の代償を容赦なく頂こう。腕一本で済めばいいな」
最終的には金目のものを奪いますけど。
だって学園長が一番、こえぇです。
「名乗れ! 我らが神ルーカンの名の下に! 我が名はロンドヴェル・イエ・ファーバート! 王命よりこの地を支える者ぞ!」
「お前に名乗る名はない」
「この礼儀知らずがッ!!」
ファーバート卿の一歩は予測よりも速いものでした。
一足でテーブルとの最適な距離を取り、二足目で長テーブルを自分を覆い隠すように蹴り上げました。
視界を塞がれました。
次を予測するよりも速く、テーブルが縦に切り裂かれました。
その向こう側からファーバート卿は突きの構えを取っています。
攻撃姿勢からの、視線妨害、防御、次の攻撃姿勢までが速いです。
一連が全て無駄なく繋がっています。
遮蔽物と一緒に飛び込むやり方は玄関で自分がやったのと同じ技です。
その上での応用は年季を感じますね。
思った以上の素早さと思いっきりの良さに手加減は必要ないと判断。
【獣の鎧】を構築し、ファーバート卿の突きに備えました。
長く時間をかけるつもりはない。
突きを紙一重で避ける。
頬を薄く裂くのを痛覚が感じるより先にそのまま一歩前へ。
もちろん剣の内側に入ります。
剣を持つ腕を絡みとり、相手がこっちに向かってくる反動を利用して引き寄せる。
そして両膝の裏をファーバート卿の後頭部へ添え、そのままレバーを押し込むように腕を押し倒す。
これらの一連の動作、全てを相手の反応できない速度で行う。
「―――ッ!?」
膝裏と地面に頭をサンドイッチされ、激突した瞬間には右腕は極まっています。
その反動と自重、体重、全てがかけられた右の肩は呆けなくゴキリと音を立てて砕けました。
骨の音と地面の音、その全てを合わせるとたった一つの音にしか聞こえません。
軍用格闘術の一つ。
……正式名称、なんでしたっけ?
えー、飛びかかり腕極めとだけ言っておきましょう。多分に技の形は違いますけど、というか首を折る技だったのを一部変更したのでアクロバティックな技になってしまいました。
身動き一つしないファーバート卿の力ない指から剣を奪い取り、極めを解除してから首筋に剣を突きつけました。
「……殺せ」
ファーバート卿は屈辱と痛みを噛み締めた声を絞り出しました。
ゆっくりと剣を振り下ろそうとした時、奥のドアから飛び出してきた影がありました。




