生きてるから転ぶ
火事が起こるまでの間。
自分が何をしていたのかというと以下の通りです。
晩御飯を奢っただけなのに、何故か感涙しているセロ君をどうしたらいいでしょうか?
「ぉいひかったでぅ……っ」
まるで人生で初めて人間らしい食事をした子みたいでした。難民か何かですか。
いくら修道院に住んでいたと言っても、そこまで倹約と粗食に勤しんでいたのでしょうか。
なんだか無性に美味しいものを食べさせてあげたくなります。
ですが、それも問題があります。
一年後、セロ君は修道院に帰ってゆくでしょう。
その時に、舌が肥えているようなことがあれば倹約生活に耐えられるのか、というものです。
肉を食べたことのない者は肉を欲しないものです。
「あー、もー! 鼻! チーンしなさい、ほら」
何が悲しくて教え子の鼻水をハンカチで拭ってやらねばならないのか。
落ち着いても、えぐえぐ、と肩を揺らしているセロ君をマッフル君とエリエス君に任せて、自分は見回りに戻りました。
三人が寮に向かって歩いていくのをちょっと眺めてから、なんていうのは内緒です。
見回り自体、特に何が起きたというわけではありませんでした。
ただ、途中、見かけたシェスタさんにはちゃんと声をかけておきました。
「ヨシュアン様、こうして二人でキャラバンを回っているとデートのようです」
「君の後ろに名状し難い顔をしたジーニさんとアニーさんがいるわけですが、その辺は触れないのですね」
見かけたというか、ひっついてきたですね。
それはもう、スリーマンセルの二人をぶっちぎってですよ。
「シェ~~~ス~~~タぁ~~~!!」
すぐに仲間を見捨てた代償を支払うハメになりました。
具体的にシェスタさんは頭を鷲掴みにされています。
「あんたは前に言ったことを忘れてんのか!」
「二人の愛を裂く仲間の恫喝……」
冷静に状況を間違った方向に分析しないでください。
非常に迷惑です。
「キャラバンが来たら人が入りやすいってんで、余計に気ぃ回せって言われてんでしょーが! 一応、あたしらは国の依頼を受けてんのよ。ギルドの看板に泥でもつけたらこの業界、やりにくくなるってわかってんの!」
「愛は矜持より重い」
「生活は何よりも重いのよ!」
ものすごく心に染みる名言でした。
そうですね、生活、ちょー大事ですもんね。
何より、生活を大事にしないと愛だの恋だの言ってられませんよね。
自分が証拠です。
ほら、彼女いませんから。
今、すごくリィティカ先生に会いたいです。
「ほら、いくよ!」
「やぁん」
あぁ、ドナドナのように連れて行かれます。
しかし、シェスタさんには用事がありますからね、アニーさんを止めるようで嫌ですが引き止めさせてもらいます。
「ちょっと待ってもらっていいですか?」
ピットラット先生に頼んで倉庫から持ってきてもらったものです。
発見の術式具でもある校章のブローチです。
それを外観だけ細工し、装飾して、生徒たちがつけているものと一緒だとわからないようにしたものです。
しかし、このまま渡すのも癪なので、丁寧に包装してリボンなんかつけたりして。
見た目、プレゼント箱ですよ。
ソレをローブのポケットから取り出して、シェスタさんの前に突き出しました。
「シェスタさんにあげます。この前、冒険者として採掘依頼についてきてもらったお礼です」
「―――」
シェスタさんの、その顔をどう表現すべきでしょうか。
鼻で大きく息をして、呼吸困難になるまで止め続けたらそんな顔になるかもしれません。
うっすら頬を赤らめて、涙目。
口はだらしなく戦慄き、微妙に痙攣しています。
何かの悪い病気ですか?
「主よ――」
祈った!?
自分とアニーさん、ジーニさんは顔を見合わせてしまいました。
もう、なんというか、どうしたらいいのでしょうか。
「なぁ、先生さん」
「なんでしょう、ジーニさん」
「先生さんはシェスタに気があるのか?」
「ぜんぜん?」
ジーニさんの呆けた顔は死ぬほど殴りたいです。
「アンタね、気もないのになんでプレゼントなんてあげてんの?」
それには答えられませんでした。
人の好意を逆手に取るようで、あまり良い気分ではなかったのも理由です。
必要だから、という理由を言ってしまうには、シェスタさんの祈りは真剣すぎたのです。
さすがにこんなシェスタさんを地獄に突き落とすようなことを言ったら、アニーさんに斬り殺されかねません。
力量的にできなくても、です。
女性の怒りは力量の壁なんか関係ないのです、ハイ。
「さっきも言った通りです。採掘依頼でインストラクターを頼んだ手前、何もしないわけにもいきません。もちろん授業中、学園側の要求で冒険者に何かを催促するのは警備依頼の一環なのでしょうが、それはそれです。依頼料も払いましたが、それもそれ。また別に個人的に何かを贈るのも悪くないかなー、と思いましてね」
「先生さんが何を考えてるかわかんないんだけど、中途半端なら止めてやって。そうやって縁を切れず、見捨てることもできず、期待だけ持たせてズルズルやって、そうやって女はズタボロになるのよ」
自分がひどい男のようです。
「そんなつもりは」
「お互いがお互い、期待するものが違うとどっちかが苦労すんのよ」
「……肝に銘じます」
反論できませんでした。
そうですね、事が終わったら近寄らないようにしましょう。
少なくとも、路上で膝を着いて天を仰いでる少女相手に期待を持たせ続けるつもりはありません。
もしかしたら、シェスタさんも少しボタンをかけ違えれば、自分の生徒になっていた……なんて、ありもしないことを考えたりしますからね。
自分が眺めているのに気づいて、涙を拭いて微笑むシェスタさん。
なんだろう、すごい罪悪感。
「一生、大事にします」
「いえ、そこそこ使ってくれるだけで」
「家宝に」
「安物です」
ハードルを上げないで。
何度も断ってるというのにシェスタさんの思慕はめげないですね。
何製ですか? アダマンタイト製ですか? 重くて丈夫――洒落になりませんね。
なおも自分と見回りデートしようとするシェスタさんをアニーさんがアイアンクローと共に連れ去っていくのを見て、それから自分も見回りを再開しました。
ここまでは順調だったのです。
キャラバンが屋台を畳むまで見回りを続け、終わったのは普段なら眠る準備についている頃でした。
色々ありましたが、特に何かあったわけでもなく、自分も社宅に帰ってきました。
体だけ拭いて、明日の準備をして、さぁ寝ましょうか。
明日もえげつないんだろうなぁ、なんて、ウトウトしてたら――
「火事だ―――!!」
――ですもんね。
何よりも腹が立ちました。
狙ったように事を起こしやがって。
まだ見ない暗殺者に殺意が芽生えた瞬間でした。
上半身裸ってのもいただけないので、すぐにデザインワイシャツを着て、ローブを持って自宅から飛び出しました。
同じように飛び出したヘグマントは上半身裸でした。
あぶない、あぶない。あやうく上半身裸でペアルックするところでした。寒気しかしません。
「ヨシュアン先生!」
ヘグマントが無駄に筋肉を迸らせながら、その眼は真剣そのものです。
どうやら自分と同じ推測をしているようです。
「まったく、何事だ」
シャルティア先生も薄いカーディガンを羽織って出てきました。
「あふ……、どうしたんですかぁ? なんだか騒がしいですぅ……けどぉ」
寝ぼけ眼をこすりながら、ネグリジェのリィティカ先生が! リィティカ先生が!
ふわふわピンクのネグリジェは美しすぎるリィティカ先生のふくよかな胸元を隠しつつも柔らかさと暖かさを表現し、かつ女性的なラインを隠しているにもかかわらず香り立つ色気がその体躯の女性らしさを想像せずにはいられない背徳感!
無防備な寝ぼけ顔もリィティカ先生がすれば、それは『女神のまどろみ』と題名つけて衆目に晒しても、神々しさしか感じられない御姿です!
ま、まぶしい! 昼間か!?
なんだ、これ。なんの幸福に遭遇しているのでしょうか?
あぁ、わかった、これが信仰なんですね。わかりました。
五体投地をするなら今しかない!
「ヨシュアン! 口を閉じろバカ! 寝ぼけているのか!」
「……ちくしょう」
もう少し、リィティカ先生に浸ってたかったのに。
「血を飲むような呪詛を吐くな」
何故かシャルティア先生の視線が厳しいです。
「どうやら、キャラバンで何かあった……、火事だのなんだの騒いでいたようですな」
いつの間にかビシリと教師服を着ているピットラット先生が居ました。
この人、さっき現れたにしたって早着替えすぎませんか?
「プロですから」
自分の不躾な視線の意味を明確に答えてくれました。
しかも、渋い笑みもついてきました。ハンパねぇですね、元執事って。
「よし! キャラバンに向かうとしよう!」
「ちょっと待ってください」
今すぐ駆け出しそうなヘグマントに制止の声を叩きつけました。
「ぬ、なんだヨシュアン先生! 火事だというのなら事は一刻も争うぞ!」
「考えても見てください。何よりも安全を確保すべきは生徒です。ここは生徒の安否を確認する班と火事の現場に急行する班の二つに分けましょう。効率的に考え、ヘグマント先生はピットラット先生とリィティカ先生を連れて、学生寮へ。自分とシャルティア先生、アレフレット先生は……、アレフレット先生は?」
よく見るとアレフレット先生がいません。
誰もがアレフレット先生の社宅を眺めてしまいます。
「まだ寝ているのかもしれんな」
「でしたら、ヘグマント先生たちはアレフレット先生を起こしてから寮へ向かってください。自分とシャルティア先生はキャラバンへ向かいます」
「一分待て。術式具を持っていく」
シャルティア先生がすぐに社宅へと帰っていきました。
「では俺もアレフレット先生を起こすとするか」
肩をぐるんぐるん回しながら、ドアに手をかけます。
しかし、当たり前のようにドアには鍵がかかっています。
これだと起こすにはドアを叩き続けて、起きてくるのを待つしか――
「ぬん!」
――バキリ、と木を砕くような音がしました。
「きゃぅん」
音に反応したリィティカ先生の声がものすごく可愛かったですね。
バッチリ、この目に焼きつけました。もう決して忘れることはないでしょう。
「ぁ……、へ、ヘグマント先生ぃ!」
「緊急事態だ。許せ!」
鍵を壊してアレフレットの社宅へ入っていきました。
あーあ、アレは後で相当、怒り狂うでしょうね。
そのうえ、寝起きに暑苦しいマッスルがお目覚めの挨拶をするのですから、下手をすると今度は悪夢の世界に旅立つかもしれません。
「ヨシュアン。行くぞ」
準備を整えたらしきシャルティア先生には身に覚えがある杖……、というより棍です。
少し杖術ができるとのことなので、杖型から棍型に変えて、先端部を鉄鋼部品で作っています。
この部位から木芯を通って握りの部分に鉄を露出させ、任意発動の鍵にしています。
触れると電撃が走る仕組みの他、構えて使えば稲妻を撃つこともできます。
【ドッペルシュランゲ】と名づけた術式具はもちろん、自分が作ったものです。
「リィティカ先生、行ってきます!」
「え、はいぃ。怪我に気をつけてぇくださいねぇ」
シャルティア先生が走り出したので、自分も後を追い、すぐに隣まで追いつきました。
とっさにフロウ・プリムで周囲を照らしながら自分とシャルティア先生は止まることなく走りました。
「ヨシュアン! 失態だな」
「火事とか、そこまで読めませんよ。というか寝かせてください」
「せめて寝台の上で言え、その言葉は」
木々の向こう側からうっすらと赤い炎の光が見えています。
そこだけ明るいからでしょう。
どれだけの規模が燃えているのでしょうか?
光量から察するにキャラバン全てが燃えている、なんてことはありません。
精々、二台、三台? 豪勢に燃えるような店なら一台でも足りるかもしれません。
広場まで躍り出た自分たちが見たものは。
まだ轟々と天に向かって火の柱を立てる、三台の竜者でした。
その一台は赤く染まっていても見覚えがあります。
「マッフル君が術式ランプを売った店……? ジェンキンスさんの店ですか!」
慌ただしく火を消そうとする人々の間を縫って、現場にたどりつくと。
自分の言葉が間違っていないことを示していました。




