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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
110/374

利道を使って商談二マイル

 キャラバンには様々な商材が運ばれてきます。


 その荷物の半分が学園への搬入物であり、学園長がロラン商人と商談していた内容のものです。

 つまり次回のキャラバンで持ち運ぶものを決めているわけです。


 これらの物品の発注数はピットラット先生が在庫を管理し、不足分の発注を行います。これを元にシャルティア先生が纏めあげ、さらに次回までの一ヶ月で必要になるだろう教材を足したものになります。


 ほぼ全ての授業に羊皮紙とインクが必要ですから、この辺りも不足分になりますね。

 術式の授業は術陣を羊皮紙に描くことから始めて、感情操作によって源素を描いた通りに組みあげる方法を取っていますので羊皮紙が足りません。

 ものすごい勢いで足りません。


 地味に高いんですよね、羊皮紙。素材が素材ですし数が用意できないのもあります。

 パルプ紙はもっと高いので、最近、生徒たちが練習用に使う羊皮紙を携帯用の小さな黒板にしようかと思っています。

 もちろん予算の穴が原因ですね。


 今月はまだ羊皮紙のままですが、来月から携帯黒板を使用し、提出物のみ羊皮紙にする方式を採用しました。

 こうして授業が低予算、効率化していけば義務教育計画が本当に開始された時、役に立つでしょう。


 さて、キャラバンのもう半分の荷物は言わなくてもわかりますね。


「はぅ……」

「セロ君。危ないですよ」


 人ゴミにさらわれそうになったセロ君を受け止めて、そのまま立たせてあげます。

 前を歩くマッフル君から離れてしまったようですね。


「この前のように先生の服のどこかを握ってなさい」

「ぇっと……、はひ」


 一瞬、おずおずと自分の手を握ろうとしたようですが、やっぱり勇気が出なかったようですね。

 最初のキャラバンの時のように、服の袖を掴んできました。

 どんどんと先に進んでいくマッフル君を見失わないように、後を追っていきましょう。


「ぉいしそうな匂いなのです」

「そうですね。つい手が伸びてしまいそうになりますね」


 残り半分はいわゆる娯楽品、消耗品、ここでは採れない食材などです。

 またリーングラードでは採掘できない金属類もそうですね。

 錬成の授業に使われる宝石類などは完全にキャラバンに依存しています。


 こちらは学園で買い上げるのではなく、個々人での取引が基本です。


 キャラバンがズラリと並んでいますが、新鮮食材は学び舎から見て手前側、最前列です。

 ここが一番、賑やかな場所です。

 祭りのように食材の屋台が並び、料理屋が陳列するこの場所はリーングラードでは味わえない本場屋台の味わいが楽しめます。


 こうして、二段棚の端から端まで所狭しと並べられる彩豊かな料理を眺めていると、つい手を伸ばして食してしまいそうになります。

 芳しい匂いが鼻を刺激しているのも一躍買っているようで。

 乾燥調味料ってどうしてあんないい匂いがするんでしょうね。


 なんだかお腹、減ってきました。

 商談が終わったら生徒たちと一緒にご飯を食べましょうか。


 歩くたびに変わる匂い。

 香辛料の刺激する匂いから揚げ物の脂が弾ける匂い、そして、濃厚なエキスが染み出るブイヨンの匂い。

 そして最後に香る、夏野菜と果実の匂いです。


 計算されつくされていますね、この配置。

 奥へ奥へと誘うように並んでいます。


「せんせぃ、この人たちはどうしてこんなに新鮮な果実をもってこれるのですか?」


 セロ君が疑問に思ったようで、果物を見ながら聞いてきました。

 良い質問です。


 キャラバンは長旅してくるので、新鮮食材の入手が難しいのが常です。

 大体、キャラバンそのものが食べてしまうので我々、消費者の手に届かないものです。


「この規模のキャラバンになれば、冷蔵の術式具が設置された竜車が何台もあるんですよ。ここから十日ほど離れた地方都市で仕入れた果実や野菜はキャラバン全体が一度に買い上げ、共同で冷蔵竜車に載せて運んできます。その前から取り決めてある量だけ個人が貰い受け、こうして屋台ごとに売っていくのです」


 そして、売上の何割かはキャラバンへの参加料として消えていくのですが、それを補って余るほどの利益が出るのでキャラバンは儲かるのです。


 元々が負担を全員に分散させ、利益を強化しようと試みた結果がキャラバンです。

 盗賊被害も防げるので、コスト面だけでは測れない利益は多いですね。

 不利益を減らし、利益を増やすのは基本中の基本です。


 もっともデメリットとして、人が集まることにありますね。

 こうして利益が絡むと人はすぐにもめたがりますから。

 あえてキャラバンを選ばない人もいます。


「個人で新鮮食材を持ち運ぶのも限界がありますので、こうしたキャラバンでは新鮮食材にありつけるわけです」

「皆でがんばったからなのですね」


 うん、違います。

 でも、そう違わないので答えに詰まります。


「皆でやれば、できないと思っていることもできるかもしれない。やれることも多くなる。君たちが術式ランプを10個も作れたのは皆で力を合わせたからでしょう?」


 ハッ、とした顔をして、数度頷くセロ君。


「はぃ、なのです」


 そして、すぐに綻ぶような笑顔になりました。

 身に覚えがあるから学びやすい……、これは【支配】の模擬戦の時もそうでしたね。

 体験学習の時も同じです。成果は出てますから、やはり理解するという意味では優秀なんでしょうね、体験学習。


 さて、門まで続く食材の屋台を越えると次は、雑貨です。

 個々の商人が道中で仕入れてきた雑多なものが並び始めます。


 鉄製の鋤や鍬、外で制作された術式具に狩猟用の武器。

 調理具やインゴット、宝石まで取り揃えたラインナップ。


 リーングラードの住人はここで日常に必要な物品を買います。

 特に人気なのは洗濯溶剤です。あとソープです。体を洗うもののほうです。

 石鹸は溶かして使うタイプと石鹸のまま使う二種類があると聞きます。面妖な話ですね。


 不思議なので聞いてみましょう。


「ところでセロ君はどちらの石鹸を使いますか? 液体と固体」

「ぅえぇっ」


 変な声を出されてしまいました。


「……せ、せんせぃ、それはこたぇないと……、ダメなのですか?」


 若干、怯えてるのは何故でしょう。

 不思議さは増すばかりです。


「いえ、日常のちょっとした疑問です。そういうの、あるでしょう?」


 みかんの白いヤツとか、本に住み着く白い虫とか。

 あぁ言うのです。


「ぁう……」

「あぁ、いえ、言いづらいのなら言わなくていいんですよ」


 結局、不思議は解明されませんでした。


「せんせぃは大人なのです」


 もしかして聞いてはいけない疑問だったのでしょうか。

 それともリスリア人だけの特殊な文化か何かですか?


 何一つわかりませんが、いつか答えられる人に聞いてみたいと思います。

 袖を掴む指の数が減ったのは気のせいでしょう。


 さて、ここがマッフル君の目的地です。

 見た目は小さな家具類を置くインテリアショップですが、術式具の販売も手がけています。

 新しい木の匂いと薄いニスの匂いが混じった独特の香りがする屋台ですね。

 いくつか同じような、それでいて取り扱いの商品に差がある屋台を見ると、この辺はインテリア関係が密集するように設置されているのでしょう。


 屋台の主のおじさんはマッフル君を見た瞬間、ニコリと温和そうな顔をし始めました。

 それが自分には戦いのゴングのように聞こえたのは気のせいでしょうか?


「いらっしゃい。マッフルさん」

「約束の物はちゃんと持ってきたよ、ジェンキンスさん」


 ジェンキンスさんという家具屋の主はチラリと自分を見ました。

 「こちらの方は?」「話と違うな」という二つの意味を持ちます。


「マッフル君」

「む」


 口を開くな、という視線を受けました。こわいこわい。

 しかし、自分が何を言いたいかを察したマッフル君はちょっとだけ息を吐いて気合を入れ直しました。


「こっちはあたしの先生」

「おぉ、学園教師の! 男性でローブを持つ教師、となれば、では貴方が冒険者相手でも一歩も引かずに戦ったという」

「リーングラード学園、術式担当教師。ヨシュアン・グラムです」


 自分もジェンキンスさんと握手を交わします。


 しかし、噂を聞いたと言うニュアンスで語ったのなら、この人。前回のキャラバンに参加していて初回のキャラバンには居なかった人ですね。


「ははぁ、これはこれは。お目にかかれて光栄です。して、此度は如何用で?」

「いえ。生徒を見張るのも教師の役目でしてね。おイタするなら叩きつけねばなりません。もっとも『悪しきこと』ならば牧師でも同じことをするでしょうがね。そうでないならワインのお目こぼしのごとく、黙っているのも良い教育だと思っています」


 瞬間、ジェンキンスさんの瞳が光ったのがわかりました。

 すぐに笑みを浮かべると、手で屋台の中へと誘うように広げます。


「それはそれは。大変ですな」

「えぇ。というわけで仕事と思って、お邪魔させていただきます」

「存分におくつろぎください。おーい! 誰か!」


 小僧らしき使いがピューと飛んでくるように走ってきました。


「店番してろ!」

「あい!」


 ジェンキンスさんの店の見習いなのでしょう。

 セロ君は男の子を見て、驚きの顔をしていました。


「珍しい話ではありませんよ。マッフル君だって、もっと子供の頃にあぁして商売の基本を覚えていったのですから」

「そうなのですか……、すごぃです」


 心底、感心したという顔をされました。

 ついでにマッフル君の隣に居たエリエス君も、自分に瞳を向けて疑問を浮かべています。

 えー、その疑問はわかっても、内容まではわからないので喋りましょう。


「世間では当たり前?」

「そうですね」


 何気にこの二人、箱入りですね。

 セロ君は修道院という箱に。そして、エリエス君は『アインシュバルツ』という箱で育ちましたからね。


 これは、もしかしてマッフル君とジェンキンスさんのやりとりをいちいち説明しなきゃいけない流れですか?


 うわ……、ちょっと見学するだけだったのに。

 どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。


 マッフル君は不満そうでしたが、自分の言葉の意味をちゃんと理解したようで――


「……余計な真似、禁止!」


 ――ご機嫌ナナメです。


 ちょっと心に傷を負いました。またですよ。

 そんな自分に追い討ちかけるように、袖を引くセロ君。

 あーあー、聞きたいことはわかっていますよ、説明しますよー。


「ジェンキンスさんに先生の立場を明確にしただけですよ」


 ようするに自分は一切、手を出さない。

 しかし、それが違法なことなら両方ともオシオキする、という内容です。


「本来は商人が所属する商会やギルドが立会いをするものですが、双方にとって信用のおける相手ならその限りではありません」


 この場合、信用とは自分の所属する学園そのものの信用を指します。

 また、個人としても国に選ばれた教師という面、マッフル君の教師であるという面、以前、クライヴさんとやらかした面を考慮しての信用度も問われています。


 その結果、ジェンキンスさんは自分を立会人にしてもいい、くらいの信用があったのでしょう。


「もちろん、マッフル君だけを不公平に肩入れしません」


 心情的にはしたいのですが、あえて手助けしません。

 マッフル君が自分自身で戦うと決めた以上、自分は見守るだけです。

 いつまでも過保護というわけにも行きませんしね。


「私たちは?」

「いい思考ですね。もちろん、君たちはマッフル君の味方ですから、ジェンキンスさんは敵になります。この場合だと架空の貨幣を武器にした決闘です」

「架空の貨幣?」

「えぇ、商談とは何をするものだと思っていますか?」

「おかねもうけ、じゃないのですか?」


 セロ君の答えは正解です。


「正解です。ですが不正解とも言えます」


 そろそろジェンキンスさんが待ちくたびれてしまうので屋台の奥に入りましょう。


 ジェンキンスさんが提示した商談の場所は何の変哲もない竜車の中でした。

 客を接待するには狭いことこの上ないですが、荷物のない竜車の中なら十分、商談できる広さがあります。


 ここにあった荷物は全て、商品として表に出ているのでしょう。


 幌を下ろせば暗くなる竜車の天井に、小さな術式ランプの火が灯ります。


「こっちとしても学園生徒との商談は推奨されていてね。ここまで大口になったのはウチが初めてでしょうな」

「個数はこっちが勝手に決めていいって話は前もって決めてた通り……ですね?」


 ですますの口調が壊滅的に似合わないマッフル君でした。


 さすがに商談の途中に横からセロ君とエリエス君に説明するわけにはいきません。

 この後にご飯に誘って、そこで教えようと思います。


「エリエス君。話の流れをメモに取って置きなさい。後で説明します」

「はい」


 エリエス君がスカートのポケットから小さく切った羊皮紙を取り出しました。

 後で纏めて、手帳に入れていくつもりでしょう。

 小さな下敷きまで持っているあたり、機能的かつ準備良すぎます。


 さて。すでに商談は始まっています。


 前約束を取り付けられた時点でマッフル君のアプローチは成功しています。


 どんな商談もお互いの利益を求めて行います。

 マッフル君もジェンキンスさんもお金が欲しい。

 それは当然、お互い背負うものがあるからです。


 ジェンキンスさんは当然、生活のためにお金を必要とするでしょう。

 一方、マッフル君はそこまで普遍的な理由ではないものの、クラス全員が造った術式ランプをより高額で売らないと面目丸つぶれです。


 双方とも理由ありきですが、商談において二人の理由はあまり関係ありません。


 双方に後ろ盾がいるのなら別でしょうけどね。

 今回はお互いピンでの取引。簡単な商取引です。


 つまり、マッフル君が生産者、ジェンキンスさんが卸業――小売問屋、あるいは小売業者ですね。ようするに実際に消費者と顔を合わせて売り買いする立場です。


 ジェンキンスさんからすれば商品を他の誰よりも多く、売ってしまいたい立場ですので当然、商品も売れる商品が欲しいでしょう。


 だから、まずマッフル君は『ジェンキンスさんの興味』を惹きました。


「なぁ、おじさん。術式ランプの仕入れに困ってない?」

「へぇ? そりゃどういう意味かい、お嬢ちゃん」

「良い品ってのは落ちてないわけじゃん。二つランプがあってさ同じ金額なのに片方だけが質がいい。そんなだったらおじさんは当然、片方のランプの値段を釣り上げるじゃん」

「そりゃ、当然だな」

「そこのランプより良いランプ、持ってんだけどなぁ。まとまった数があったほうがおじさんも儲けやすいと思うんだけど」

「………」


 と、まぁ、こんなやりとりがあったのでしょう。

 ほぼ想像ですが、似たような流れだと思いますよ。


 ともあれジェンキンスさんは興味を惹かれた。


 さて、ここで問題なのはランプを売り買いすることではありません。

 如何にして、マッフル君から安く買うか、です。

 品質はともかくとして、買うならより安く、売るならより高く。

 その差額がジェンキンスさんの利益になるわけですから。


「口調は朝に会った時のままでいいよ。マッフルさんは商人ではなく学園生徒なのですから」

「そ。じゃぁ、遠慮なく」


 お互いがお互い、大事な顧客ですからね。

 いくらかの譲歩やサービスは当然です。

 この場合、ジェンキンスさんはマッフル君へ単純なサービスとして、口調を正させました。

 お互いがお互い、この場では公平だという証明です。またジェンキンスさんがその意識があると明確にしたわけです。

 これをマッフル君が受けたことで、お互いに『同じ立場』という認識が生まれました。


 売りと買いの間に共通する認識がある分だけ、商売は滞りがなくなります。

 特に商人同士がよくやる軽口の応酬は、相手と同じ認識を持たせながら欺くための手段なのです。


 商談の冒頭にわざと迂遠な言い回しを使ったのも同じ理由です。


 そのまま聞けば、セロ君に言った通りの意味にもなります。


 ですが、もしもジェンキンスさんが『悪い方法で利益をあげる者』だったのなら、言葉は別の意味を持ちます。


『いえ。生徒を見張るのも教師の役目でしてね。おイタするなら叩きつけねばなりません。もっとも『悪しきこと』ならば牧師でも同じことをするでしょうがね。そうでないならワインのお目こぼしのごとく、黙っているのも良い教育だと思っています』


 この普通の言葉が――


『生徒も貴方たちも同時に見張ってますので、もしものことがあったらわかりますね? 生徒相手に無茶なやり口で商談なんかまとめてみたら、いつの間にか消えてても知りませんよ? わかったら大人しく堅気の商売してくださいね』


 ――と、こう聞こえるわけです。

 俗にいう副声音というヤツですね。


 まぁ、本気で言ったわけでもありませんし、相手が悪いことしてないならこうは聞こえません。

 釘刺しも同時に行なったというわけです。


 これに気づいたのがマッフル君だけだったとき、先生、心にキましたよ? 悲しみとかで。

 マッフル君の察しが良すぎた、ということで心の安定を取り戻しましたが。


 何にせよ、厄介極まりないお話です。ウチの生徒が。


「それではモノを見せてもらいましょう」


 マッフル君がジェンキンスさんに術式ランプを手渡しします。


 ここではジェンキンスさんがもっとも欲しい商品なのかどうか、ジェンキンスさん自身が査定するわけです。

 どういうものか、どんなクオリティか、どういう風に使われて、使い心地はどうか。

 様々な視点がありますが、ジェンキンスさんが家具屋というのなら、見た目が好まれますね。

 あとは術式ランプとしての性能が良ければ、問題ないでしょう。


「ほう! これは」


 術式ランプに火を入れると、とたんに竜車内が明るくなります。

 

 しかし、誰が考えたものでしょうね。

 術式の光の上から格子を填めて、実際の光量を抑えるという技術。

 割と普通の技術なのですが、とても目に優しい上にインテリアとしての見た目も良いのです。


「取り外しもできるようになっているわけですか」


 アピールポイントです。

 マッフル君が顧客であるジェンキンスさんにもっとも興味を惹いて欲しいと思ったところです。

 この時、ジェンキンスさんは頭の中で自分の店や他店にある術式ランプを比べているでしょう。


「どうよ。寝室に置いても違和感ないし、本当に使いたいと思ったら格子を外して光量をあげたらいいし」


 見た目が良い術式ランプとなれば、室内で使われることを想定しています。

 そして、術式ランプを欲しがる人は大抵、高額所得者か冒険者なので両方のニーズに合わせた造りにしているのです。


 お陰でどっちつかずな普通の出来でしたが、品質に間違いはなく、正直、店頭に並んでもおかしくない術式ランプでした。


「不思議な装飾台ですな。滅多に見ない様式……、造り手はさぞセンスのある方なのでしょう」


 それ、ウチの不思議生物の仕業です。


 エルフのセンスですから人には不思議な魅力を持つ造形に見えるのでしょう。

 なんらかの蕾をモチーフにした女性的なデザインランプは新しい客層を呼びこむ風のようなものを感じたりするかもしれませんが、正直、自分は無骨なタイプのランプが好きなのでどうなんでしょうね。判断に困ります。


「家具って大体、奥さんの意見が通ったりするんじゃない? 女性連れで見に来る人も結構、いると思うんだけど」

「まぁ、確かになぁ……」


 悩んでいる時点で購入の意思があることがわかります。

 しかし、明確な購入理由がないから迷うわけです。

 ようするにマッフル君のアプローチ、ここではもうプレゼンテーションというべきでしょうか。


 プレゼンが弱いため、意思があっても購入に踏み切れないのです。


「そうですな。試しに数点、置いてみても良いでしょうな。幸いランプそのものに不満はありません」


 結果、10個全てを買うのではなく、試しの数点を購入するつもりです。

 現実的な意見ですね。


 学園の信用は確かにあるでしょう。

 目の前の術式ランプの信用に足る品質。

 ですがマッフル君には実績がないのです。


 実績。すなわち実際にマッフル君が売買を成功させてきたという積み重ねです。

 経験則は目に見えないため、そうとわかるものではありませんが。

 

 この実績を試しで証明にするわけです。


「3個を店に置いて、知り合いの術式具の店に一点、貸してみようかと思います。なので4個ほどいただけますかな?」


 商談の落としどころとしては無難なところです。

 しかし、それはあくまでジェンキンスさん側の意見でしかありません。


「おじさん。それじゃぁ、残りの6個はどうしたもんかなぁ?」


 ここで黙って商談を閉じるには、あまりに味気ないですね。

 ましてやマッフル君は目的を果たしていないのですから。


 ここからどう返すかが一つの山になるでしょう。


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