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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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教師の品格 ‐アピール編‐

 統括職員室のドアを開けたら、筋肉がマッスルしていました。

 見せつける筋肉。躍動する上腕二頭筋。震えるヒゲ。

 軍服の上から立ちのぼるオーラは汗が蒸発したものか、それとも筋肉への愛か。


 認識して1秒、行動にして1秒。

 ドアを閉めました。


 隣のシャルティア先生は誰も足跡をつけたことのない雪原みたいな顔をしていました。別名、無表情無感動。

 その精神力、うらやましい。


 ドアから離れて3歩、シャルティア先生も何かを察してドアから離れる。


「リューム・フラムセン」


 緑色の光線が自分の指先から放たれる。

 それは一直線にドアに向かい、貫通し、その向こうへと突き抜ける。


「ぬおわ―――!?」


 断末魔のような声がした。


「ふむ。緑属性の術式か。無駄のない」


 一瞬だけ現れた陣を見て、シャルティア先生が感心したように呟く。

 まぁ、術式は慣れたら陣だけで、ある程度の情報が読み取れるものだ。ましてや初級の術式。コストを徹底的に削減して効率化を計るにはもってこいの術式です。

 もちろん陣を隠す方法もあるけれど、初級にそこまでしたくありません。


「しかし、ドアに穴を開けて良かったのかね?」

「小さい穴ですよ。これくらいなら」


 手のひらにもやもやとした白い光が集まる。


「ム・リオクル」


 手のひらの光が弾け、ドアの穴に集まっていく。


 さすがに今度は驚いたのだろう。

 シャルティア先生の氷原のような顔に驚きの色彩が浮かぶ。


「復元術式……、白の術式も使えるのか」

「白は苦手なほうなんですけどね」


 さっきのリューム・フラムセンが初級というのなら、復元術式は第一級。戦略術式レベルの難易度で、使うと疲れます。MPちっくな何かが減るのです。ぐーんと下がります。

 今、肩に猫でも乗せているかのような重さを感じてるくらいです。


 効果は簡単。ドアの穴が綺麗になくなりました。

 パテで埋めたほうがはるかに人体に優しいのは言うまでもない。コスパという面でみたら非常に悪すぎる。


「術式担当という肩書きは伊達ではない、ということか」

「まぁ、それなりですよ、それなり。言うほど便利なものでもありませんし」


 実際、この復元術式は人体みたいな複雑な物体には作用しない。

 オーク材程度ならば、まぁこんなもんですよ。

 もっとも、この復元術式、会得したくてしたものではありません。


 突然、イヤな予感と共に現れた白いのがよくわからない正論で無理矢理、詰めこんでいったものです。


 その結果、自分の術式に新しい項目・復元が増えました。その代償に七日七晩の勉強漬けが待っていました。

 こちとら自営業だってーの。一週間分の仕事が滞ったことは言うまでもない。


「そろそろ入りましょうか」


 シャルティア先生の様子を伺ってみて、再びドアを開ける。


 ドアを開けたら、そこには筋肉製のブリッジが鎮座していたのであった。


「ヘグマント。貴様は一体、何がしたい」


 シャルティア先生が自分の心を代弁してくれた。


 問われたヘグマントは全身の筋肉だけで上半身を持ちあげる。

 うわぁ、引くわぁ。


「なに。生徒たち相手にインパクトある登場を考えていただけだ」

「その結果がアレか?」

「うむ。場所が悪かった感は否めないな」


 常識があって何よりです。でも常識があるなら人が通る場所でサイドチェストしないブリッジしない。


「ところでヨシュアン先生」


 うわ、こっちに矛先向いた。

 シャルティア先生助けて……、あ、もう興味が無くなったみたいで自分の席に帰っていきました畜生。


「障害物を挟んでの貫通系の術式とは、心得ているな」

「はぁ」

「ブリッジをしなければ即死だった」


 死んでくれたら良かったのに……。

 あぁ、本音が出た。同僚殺しだけは避けたいから死ななくて良かったというべきか。

 というよりもあのブリッジ体勢はあれですか、リューム・フラムセンを避けた結果ですか?

 あの術式、音速に近いのになぁ。よく障害物越しに避けれたもんだ。


「聞けば人に物を教える職業は初めてだと聞く。初めての授業、どうだったかどうか訊ねてみようと思ってな」

「ヘグマント先生はそういった職業……、あぁ、軍人でしたね。となると指導教官みたいな位置に?」

「うむ。ある程度の階級になれば新人の指導をさせられる。タラスタットの時も徴兵隊への指導をしたものだ」

「ちなみに教育方針なんかを聞いていいですか?」

「一言で言えば、信賞必罰だ。できる者にできる相応の物を与え、できない者にはできないなりの罰を与える。人を教育するうえで意欲を失わせない、ということは重要なのだ」


 すごい。何がすごいかといえば、この人がまともなことを言うだけで妙にインテリっぽく見える。

 しかし、侮ったところで得られるものはない。筋肉質で巌のようなヒゲだけども、人にモノを教えるという点は自分より上なのだ。

 シャルティア先生風に言えば経験値が高いのだ。


 ここは一つ、相談に乗ってもらおう。


「意欲、ですか。そういう意味では今回の件は意欲が足らないと見るべきなのでしょうか」


 本当は意欲ではなく、クリスティーナ君のチョモランマよりも高すぎる自尊心と未根拠な自信が原因だったりするのだけど。

 ここはあえて『間違ったフリ』をしてみるか。


「ふぅむ? 初日早々、問題を起こしたのかね? あぁ、立ち話もなんだ。そこの応接間に行こう」


 統括職員室に備えつけられた応接間に向かう。

 ここは一応、業者や客と簡易な応対するために職員室内に仕切りを置いて、区切られた場所。

 ソファーが二つ、テーブルが一つ。

 自分とヘグマントが申し合わせたように対面に座る。


「あぁ、いえ。生徒の一人が貴族だった、という話なのです」


 ヘグマントに事の推移を話す。

 もちろん【タクティクス・ブロンド】の話はしない。説明もほら、面倒ですし。

 色々と納得するように首を振っていたヘグマントは、最後に一つ、うなづくとヒゲを触りながら目を閉じる。


「教師交代とは剛毅な要求をする生徒だ」

「もっとレベルの高い教師をお望みだそうですよ」


 教師レベルを横に置いて、自分より強い術者ってなると他の【タクティクス・ブロンド】くらいしか思いつかない。他国なら……、帝国の精鋭部隊【キルヒア・ライン】とか法国の戦乙女【モモ・クローミ】くらいか? どれも見たことないし、関わるつもりありません。


「自らを高みへと臨むためとあれば意欲はあるようだが」

「こう考えられませんか? 自分にとって都合のいい教師であってほしい。そうじゃないと意欲がでない。だから自分ではなく、別の誰かにして欲しい」

「ほう、貴族というのならありえる話だ」


 軍閥のヘグマントなら貴族の横行に辟易した覚えくらいあるだろう。

 領地の兵や戦争資金を出したくないから、難癖つけて少しでも負担を軽くしようとする。

 そんな要求が通ってしまったら、戦いに勝つために軍閥の戦力は相当な無理をしなくてはいけなくなる。

 古今東西、軍閥系と貴族系の仲が上手くいかないのは、仕組み上、対立するようになっているからだ。もっとも帝国のように上手くいっているところもある。程度にもよる、ということだろう。


「だが、一概にそうとも言えまい。私から見ればヨシュアン先生の術式の腕は極めて高い。ドアを閉じてからの数秒で即座に術式を編み放ち、復元術式まで使いこなした。腕前という時点で言うのなら、是非、ウチの軍で」

「そういうのは結構です」

「……むぅ。話を戻そう。教師としての経験はともかく、術式師としての経験、技量は高い。教える者としては合格でも、生徒から見たら不安なのではないか?」

「不安、ですか?」

「うむ。はたしてヨシュアン先生は本当に自分たちを教え導く人なのか。計画に対して我々が色々と思うことがあるように、生徒もまた色々と不安なことがあるのではないか、というのが俺の意見だ」


 む、思った以上にマトモで、自分にない意見だった。ヘグマントのくせに。


「つまり、アピールが足りない!」

「言ってることはともかく、ポージングはいりません」


 大胸筋を見せつけるな。エス・プリム撃つぞコラ。


「しかし、教師の品格、とでも言えばいいんでしょうか。なるほど」


 さりげなく置かれたお茶に、ぎょっと驚く。

 いつの間にかピットラット先生がヘグマントと自分にお茶を煎れてくれていた。


 ちょうどいい。元執事さんにも聞いておこう。


「ピットラット先生はどう思われますか?」

「教師が教師として見られない、ということについてですかな?」


 グサ、ちょっと心にダメージを負いました。


「そうですな。体験談で申し訳ないのですが、こういうことがありました。かつて御子息様が授業を抜け出してしまったことがありました。すぐさま御当主様にご報告し、それから子息様を嗜めることとなったのです。御子息はこうおっしゃいました。『こんなものを習ったところで何の役にも立たない』、と」


 言いそうだなぁ。かくいう自分も数学とかやってて、これ将来何の役に立つんだよ的なこと言ってましたよ。えぇ、意外と役に立ちます。自営業ですから収支はつけるわけです。関数とかは結構使っていくことに驚くわけです。二次関数とかはさすがに使わないけれど。


「私はそのとき、失礼を承知で御子息様にこう言いました。

『今はなんの価値もなくても、きっと何年後かの未来に御子息様の役に立ちます。そのとき、学び直そうとしても遅いのです。何故なら、そのときに学ばれたとしてもソレは付け焼き刃。本当の知識ではなく、その場しのぎだと相手にもわかってしまうのです。そうなれば御子息様が人に知識がない者と貶められてしまう』と。我々は大切なことをしている、と、御子息様にも教えたのです」


 はぁ……、執事さんも苦労するんだなー。


「たとえ無意味でどうしようもないように見えても、大切なことだと伝える姿勢がなければ教わる側もまた、大切だと思わない」

「そんなものですか」

「我々が伝える者だということをちゃんと姿勢や言葉にしないと生徒たちには伝わらないでしょう。ましてや貴族は『与える側』です。『与えられている』ということに気づかせるのもまた、執事の……、いえ、教師の務めなのでしょう」


 教師の務め……、ねぇ。


「あとは自らが優れている、という考えは捨てたほうがいいでしょう。教えさせていただいている、という姿勢を怠らないように」

「そうだな。これからを担う生徒どもの貴重な時間を王命とはいえ我々が借り受けているのだ。生徒どもが後悔しないようにしなければな」


 ピットラット先生もヘグマントも、そのあたりは共通認識のようだ。


「参考になりました」


 さすがに対貴族のスペシャリストは違うなー。


「助言を元に色々とさせていただきます」


 復元術式を教えに来た、白いの。

 彼女は彼女なりに大切なことだと思って、自分に教育しにきたのだろうか?

 正直、今一つ、あの人の言ってることが理解できなかったけれど、もしそうだったのするなら。

 あの白いのは一体、何を大切だと思って復元術式を自分に教えこんだのだろうか。


 あまり会いたくはないのだけど、機会があったら聞いてみよう。

 たぶん、教えてくれなさそうだけど。


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