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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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貴方を知ってますストーカーじゃないです

 ため息しかでない。


 教師になって初めての授業は、混乱のうちに自己紹介を終えた後の自己紹介という実に意味不明かつ本末転倒な結果に終わった。

 根性で自己紹介したの初めてです。えぇ。


 だって人の話、全然、聞いてくれないし。


 クリスティーナ君はもちろんあの調子で、マッフル君はクリスティーナに突っかかるし、エリエス君は聞いてるかどうかわからないし、セロ君はケンカに怯えて話聞かないし、リリーナ君は意味不明だ。


 自分、仮にも先生だよ? 好きでやってるわけじゃないけどさ。


 結局、強引に授業を始め、生徒達との交流を終えてしまった自分はやはり教師という職業が難しいものだと、改めて認識した。


 っていうかこの難易度はありえねぇんじゃねぇかな? 初心者相手にスペシャルランクのロードランナーみたいな。


ネタが古かった。


「おや? ずいぶんくたびれているじゃないか。初日も初日に疲れるような授業内容でもあるまいに」


 カツカツと廊下を鳴らして、後ろから現れたのはシャルティア先生だ。

 どうにもこの人、普通に喋っているはずなのに背中に氷柱でも突き刺されるような声をしている。ドS声だ。


「あぁ、シャルティア先生ですか」

「なんだ、という言葉がどこかに入りそうだな。まったく、貧乏クジを引いたような顔と声で辛気臭いな。この素晴らしき開園の日にもっと覇気のある姿勢くらい見せたらどうかね」


 自分もシャルティア先生も、授業帰りだ。

 これから統括職員室に向かうのだろう、お互い並んで歩く。


「シャルティア先生はどうでしたか?」


 なんとはなしに会話を続ける。

 正直、今、エスプリがスパイスのように効いた会話は出来そうにない。


 だって、生徒たちがさぁ! ありえねぇよあのカオス具合はさぁ!


「ん? 私にそれを聞いたところで答えは決まっている。当然、生徒たちの信仰はすでに私のものだ」


 貴方は生徒に一体、何をしたんですか?


「容易いものだ。若人の初心な情動などな」

「シャルティア先生も十分に若いでしょうに」

「10代と20代は別物だ。彼らが得てきた経験を私たちは通過している。それだけで精神的な経験値は段違いだ。はるか上の年代からすればまだまだだろうがね、下の世代に教えるくらいならば私たちでも充分だ。ましてや私は天才だ。補正値を加えたら40は固いな」


 何を張り合ってるんだこの人。というより誰と戦ってるんだわかりません。


「私たちの10代は激動だったろう? タラスタット平原の変にランスバール革命……、激動の時代のど真ん中を青春と共に過ごした。君もそうだろ」

「えぇ、まぁ、当時は大変でしたね」


 あの時代はひどい有様だった。

 貴族の横行する時代、重税、人買い法、徴兵、そのどれをとっても国民には痛手で影響を受けた農作物はボロボロで、軍人崩れの盗賊は世紀末のようにヒャッハーしていて、どこをとっても救いなんてなかった。

 少しでも間違えれば三国協定は破綻し、帝国、法国からの外的影響を受けてリスリア王国は滅亡していてもおかしくなかった。


 それらが終わりを迎えたのは、たった四年前の話だ。


 バカ王が王になって何が良かったかと言えば。

 それらのダメージを急ピッチで回復させる政策に取り掛かったことだ。

 個人的なことを除けば、アレはアレで良い王なんだろう。

 それでもまだ、国に穿たれた戦争の傷跡はなくなっていない。

 間違っても義務教育なんぞにうつつを抜かしてる場合じゃないだろ。


 あるいは、そうだからこそ。

 好意的に見て、百歩譲って、欲目を使って、色メガネかけてという前提こそあれ、バカ王は後進を鍛えたかったのかもしれない。


 あの時代を多感な時期に生きて、乗り越えてしまった自分たちがこれからのリスリアを支える力に教えてやれることがある、と。


「20代と言えば、私、君、リィティカにアレフレットか。6人中4人。よくもまぁこれだけの若い世代を集めたものだ」

「単純に人がいないからじゃないでしょう。あの時代で動いていた20代30代の働き盛りがものの見事に減ったから、無理にでも優秀な20代を用意するしかなかった」

「優秀な20代……、ふん」


 おや? 褒め言葉は嫌いなタイプか?


「口説いているのか?」


 なんでそうなるんだよ! 口説いてないよ、口説いたりしませんよ純粋に驚いたわ!

 リィティカ先生なら、もちろん、口説きたいですが。


「冗談だ。真顔で一歩、横にずれるな。私だって傷つくぞその態度には」

「そう思うなら真顔で冗談を言うのを止めてもらえませんか」

「善処しよう。それよりだ――」


 そろそろ統括職員室も近い。

 ようやく本題に入ってくれるか。


「君はこの計画をどう思う?」

「まだ始まったばかりでなんとも」

「それだけリスリアの状況がわかってるんだ。思うところくらいあるんじゃないか」


 まぁ、そう思いますよね。

 ここまで理解していたら疑問はいくつも浮かぶ。


「そうですね。『何故、この時期なのか』という疑問はあります。義務教育計画で若手推進、とは聞こえはいいですが、内紛が終わってまだ四年。他にやるべき、優先すべきことがあるでしょうに」


 ましてや財政的にカツカツだった一年前に、こんな金のかかったマネまでしている。

 バカ王がバカをやるのは当たり前だが、いくらなんでも急すぎる。


「義務教育というのは確かにおおよそ10年後、文化や経済を活性させる方法としては悪くはないと思います。しかし、あくまである程度の余裕が必要になります。少年少女も農地にいけば働き手なのですから。その働き手を義務の名において徴収するようなものです。現状では『立直し政策』の足枷にもなりかねません」

「アレフレットを論破したとき言わなかった理屈だな」

「さほど言う必要もなかったでしょう」


 論破するならアレで充分。

 アレフレットに時間を使いたくなかったというのもある。


「私は義務教育というものに賛成の意を表している。素晴らしいじゃないか、若い才能を開花させるために教育を施すなんて。もちろん、十把一絡げ、玉石混交なのは否めない。だからこそ自らの眼で玉を見定めることができる。有能な者はいくらでも居て欲しいものだ」


 そう言うシャルティア先生の眼は鋭い。

 まるで目の前にライバルでも居るかのような目付きだ。


「君は?」


 自分はどうなのか。これがシャルティア先生の聞きたいことだろう。

 君ははたして味方になるのか、敵になるのか、という問い。


 やれやれ。クールビューティな横顔の裏は案外、熱いマグマのような人なのかもしれない。


「派閥とか作らない誘わない駆けこまない、というのでしたらお答えしましょう」

「そういうつもりはないさ。ただ、同じような志の人間が居たら協力しあえることもあろう」


 ふぅん。ずいぶん早いアプローチだな。

 駆け引きがどうも貴族っぽいところこそあれ、言っていることはかなり同意できる。

 今すぐにでも両手をあげて共同歩調をとっておきたいところだが、そういうわけにはいかない。


 貴族院のことさえ無ければ、という但し書きがあるのだ。


 現状、誰が貴族院の手先かわからない状態、情報のない状況で迂闊なマネはできない。


「誰のための時代なのか」

「ん?」

「それが答えですよ、シャルティア先生」


 どのようにでも答えられる問い。

 子供たちのための時代、自分たちのための時代、王のための時代。

 それらは受け取った者が勝手に補完して意味を変えてしまう。

 はぐらかせる程度の言葉だが、性急すぎるシャルティア先生を止めるには充分な言葉だ。


 何故なら。


「ふぅん? なかなかタヌキだなヨシュアン。いや、ヨシュアン先生」

「『数字の天災児』に言われたら、まぁ悪くないと思いますよ」


 にやり、という擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべるシャルティア先生。

 何故、知っているのかなどとは聞いてこないだろう。


 シャルティア先生からすれば自分は知らない相手だ。

 その知らない相手が自分のことを知っているという状況はよくある。貴族社会の情報漏洩力は壊れる前の建物の水漏れくらい、よく漏れる。しかし、あくまで貴族間でしか通用しない。

 貴族でもない平民そのものの自分、さらに畑違いの人間が何故、となれば話が違う。


 自分のメッセージはシャルティア先生が足を止めるに足る理由になる。

 警戒無しでは踏み入れないだろう、という勝手に作り上げた理由で。


 貴方のことを知っています。

 というメッセージは、意外とこの手のタイプにこそ有効なのだ。


 頭が良ければ良いほどに、よくよく染みこむ。


「まぁ、急ぐことはない。それに――」


 どうやらシャルティア先生はちゃんと足を止めたようだ。

 自分が仕込んでおいてアレなんだけど、この判断力は脅威的だなぁ。

 分かっていても止まらないということなんて、よくよくある話なのに。


 自らをちゃんと止められる人間は、誰かをちゃんと止められる人間だ。

 彼女は教師に向いているのかもしれない。自分よりも。


「どうやら私の望みは別のところでも叶う可能性がありそうだ」


 意味深な言葉を最後に聞き、自分たちは会話を終えた。


 何故なら統括職員は目の前で、もう自分はドアに手をかけてしまっている。


 シャルティア先生と共同歩調ね。

 これがリィティカ先生なら、どんなに良かっただろうなんてシャルティア先生に失礼なこと考えながら、自分は統括職員室の扉を開いた。


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