プロローグ それはただの都市伝説
「ねぇねぇ、これ知ってる?」
放課後の教室で、窓際の席に座っていた女子高生がスマートフォンを差し出した。帰り支度をしていた友人は、鞄に入れかけた教科書を机に戻し、その画面をのぞき込む。
「なに?」
「この国にはさ、無人島に連れていかれて、脱出ゲームみたいなのをやらされるっていう都市伝説があるんだって」
「えー……なにそれ。怖っ」
そう言いながらも、友人は画面から目を離さなかった。少女は指先で記事を送り、見つけたばかりの噂の続きを読み上げた。
「話によれば、借金のカタに連れていかれるらしいよ」
「借金のカタって……マグロ漁船みたいな話じゃん」
「それでね、無事にゲームをクリアした人には、賞金がもらえるんだって」
「へぇー……そんなのがあるんだ」
友人の相槌に、少女は少し得意そうな顔をした。けれど記事の最後まで目を通すと、拍子抜けしたようにスマートフォンを傾ける。
「でも、あくまで噂話だからね。本当にあるのかは分からないって」
「まあ、そうだよね」
「もし本当なら、私も参加してみたいなぁ」
何気なく口にしたその言葉に、友人が顔を上げた。
「えっ? なんで?」
「だって、賞金もらえるんでしょ?」
「そこなの?」
「うん!」
少女はためらいもなく頷くと、欲しいものを思い浮かべながら、楽しそうに指を折り始めた。
「いっぱいお化粧買って、ネイルして、服も買って……あと、新しいバッグも欲しい!」
「いやいや、そんなゲームなら、死ぬかもしれないんだよ?」
「そこは……頑張る!」
「頑張るって何」
呆れた声を出した友人も、結局は笑ってしまった。二人の笑い声に気づき、少し離れた席にいた別の女子生徒が振り向いた。
「でも、そんなのあるわけないじゃん」
「そうかな?」
「あっても、誰でも参加できるって話じゃないんでしょ。きさらぎ駅と一緒だよ。誰かが作った話が、ネットで広まっただけ」
彼女は机に置いていた鞄を肩に掛け、二人のそばへ歩いてきた。差し出された画面をひと目見ると、ほらね、とでも言いたげに口元を緩める。
「参加したって人、本当にいるの?」
「そこまでは書いてないけど」
「だったら、何とでも言えるじゃん」
「たしかにねー」
少女がスマートフォンを伏せると、噂話はそれだけで終わりかけた。けれど、否定したばかりの女子生徒が、ふと思いついたように付け足す。
「まあ……もし本当にあるなら、私もちょっと見てみたいけど」
「でしょ?」
「見るだけね。参加するのは嫌だから」
「えー、一緒に賞金もらおうよ」
「だから、頑張るだけじゃ無理だって」
三人は顔を見合わせ、また笑った。
窓から差し込む夕日が、机の上に長い影を落としていた。校庭からは部活動の掛け声が聞こえ、廊下では誰かが友人を呼んでいる。やがて彼女たちも鞄を持ち直し、別の話をしながら教室を出ていった。
その頃にはもう、無人島の噂など、三人の関心から離れつつあった。
彼女たちは知らない。笑い話にしたばかりのゲームが実在し、そこから生きて戻った人間がいることを。そして、この国のどこかには、そのゲームを見て楽しんでいる人間までいることを。
これから孤島へ連れていかれるのは、十五人の人間だった。生き残った者には、賞金十億円が与えられる。ただし、誰かが一人死ぬたびに、ゲームのルールは変わる。
彼らの苦しみも、疑いも、生き延びるために下す決断も、観客たちには娯楽となる。人の命に金を賭け、時には笑いながら、その行方を見届ける者たちがいるのだ。
そして、その観客の中には、かつて同じゲームに参加していた男もいた。




