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第4話 息をするたび、まだ痛む
熱海駅を出ると、潮の匂いがふわりと漂った。
坂道の向こうに海が光っている。
歩美は深呼吸した。胸の重さが少しだけ薄くなる。
古い旅館の看板、湯気の立つ温泉街、観光客の笑い声と、地元の人のゆっくりした足取り。
知らない町なのに、どこか懐かしい。歩美は思った。
“ここなら、少しだけ自分を許せるかもしれない”
二人は海沿いの遊歩道を歩いた。
ヨットが揺れ、カモメが鳴き、観光客の笑い声が遠くに聞こえる。
「ここ、好きなんです」凪が言った。
「逃げてきた人が、よくここで立ち止まるんですよ」
昼は、古い喫茶店に入った。
マスターは白髪の70代。
「若いのに疲れた顔してるね」と歩美に言った。
「逃げてきたんです」と歩美が言うと、マスターは笑った。
「逃げるのは悪いことじゃないよ。逃げるとき、人は本当の顔になるんだ」
歩美は息を吸った。喉の奥が少しだけ痛んだ。




